ナイトメアシンドローム
-4-
「あ…?」
すると突然、男の動きがぴたりと止まる。
そして何かに感づいたように、優に顔を近づけると、スンスンと鼻をひくつかせた。
「……、この気色わりぃニオイは…」
嫌悪感たっぷりの表情を浮かべると、男は静かに優から離れた。
「おい、もしかしてお前…、あのキツネに会ったか?」
じろりと睨む男に、優は間髪入れずにうなずいた。
「こいつをおれに届けるように頼まれたとか言ったな。まさかあのキツネにでも言われたか?」
あのキツネ。誰のことかなどわかりきっている。
再び優がうなずいたのを確認すると、男は小さく舌打ちをする。
「喰い気が失せた…」
興ざめするかのようにそうもらすと、男は優を捕えていた腕をあっさり解いた。
解放された優は全身の力が一気に抜けるのを感じた。
何が起こったのか。おそるおそる、優は目の前の男を見る。
「おい」
するとちょうど目が合う形で、男の方から唐突に切り出された。
「お前、名前は?」
「え…」
「名前だよ!二度言わすな」
怪訝な様子でこちらを見上げる優に、男は少々いら立ち気味にくり返す。
優は戸惑いながらも、下手に男の機嫌を削がないようおとなしく答えることにした。
「ゆ、優…」
「そうかよ、んじゃ優とかいうの…、お前が盗人じゃねぇことは、とりあえず信じてやる。
喰わねぇでやるし、この酒もタダでやるよ。だからさっさとここから立ち去るんだな」
そう言うと、男はクイっとあごで外への道を示した。
その対応に優は目を丸くし、差し出された酒つぼと男の顔を交互に見つめる。
それはつまり、見逃してやるという意味だ。
いったいどういうことなのか。先程までの状況を考えれば、こんなに幸運なことはないほどの急変した事態。
しかし、優は静かに首を横にふった。
「私…、お酒は飲めない。それに、これを持ち帰っても意味がない。おつかいが、果たせないから…」
そう途切れ途切れに、だがはっきりと言う優の様子に男は眉をひそめるも、乾いたように笑った。
「おい、あのペテン野郎に何吹き込まれたか知らねぇけどよ、あいつの言うことは易々と信じないのが身のためだぜ。
そもそもお前、あいつに何言われたんだ?」
そう男に聞かれ、優はつぐんでいた口を開き正直に話す。
「私が知りたい情報を、水仙は知っていたの。でもそれを教える代わりにおつかいを頼みたいって。
そのお酒を、友達のあなたに無事に届けてほしいって言われて…。だからここまで来ました」
「……おいまて」
すると男が再び眉をひそめた。
「ともだちぃ?はあ!?おれがあいつの?かゆくなること言うなよ…っ!」
そう言うと男は実に不快そうに、複数の腕で自身の体を掻きむしる。
優は戸惑いながらも話を続けた。
「でも、私はそう言われました。水仙の友達に無事に届け物をするっていうおつかい」
「くり返すな!」
優の言葉に男がすかさず言い放つ。そしてため息をもらすと言った。
「…友達なんかじゃねーよ。まぁ、昔少しだけ手を組んで暴れてたことはあったが。
いいか、あいつは勘が鋭くて悪知恵の働く喰えないペテン師だ。
そのおつかいとやらも、お前は真剣に受け止めているみたいだが…、案外あいつの茶番かもだぜ?」
「?…どういうこと」
男は水仙のことをよく知っているような口ぶりで話す。優はその意味深な言葉に首をかしげた。
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