ナイトメアシンドローム

ブンカ工場長

-2-


それは優のすぐ背後からで、何者かの気配が闇の中で動くのがはっきり感じられた。
反射的に、優は後ろをふり返った。

「や…っ!?」

ランタンの明かりに照らされて映ったのは、複数の長く伸びた手足…。
逆さまに吊るされたそれ・・は、爛々と光る黄色の目で今まさに優を見下ろしていた。

「いやぁああ―ーっ!!」

優は悲鳴を上げて退いた。
逆さまのそれはそのまま地面に落ちると体勢を立て直した。

「ウゥゥー…っ」

腰から下は、節くれた不気味な脚が4つ。
そして腕は肩と背中の部分からそれぞれ2つずつ生えていて、その姿はまるで巨大な蜘蛛のようだった。
それは口から荒々しく息をもらし、かなり気が立っている様子である。

「あ、あ…っ」

すると次の瞬間、勢いよく何かが飛んでくると、ガシャンとガラスが割れる音が響く。
持っていたランタンが振り払われたようだ。
ランタンは粉々に砕け散り、もう使い物にはならない。中の炎はまだ消えずに残っていて、かろうじてこの空間を照らしていた。

「…さっきからちょろちょろうろついてんのはお前か?」

ゾゾ、と4本の脚を動かし、蜘蛛のような男のような怪物が一瞬で距離を詰める。
あっという間に優は壁際へと追い詰められてしまった。
男はさらに畳みかけるように言った。

「ここはおれの大事な住処だ。そしておれは、それを侵されるのが嫌いなんだよ…。日の光や小さな明かりもなあ…っ」

優は隙をついて逃げようとする。だがそれを阻むように、男の腕が優の後ろの壁を思いきり叩く。
その衝撃で、表面の岩肌がピシリと割れた。

「…っ!?」

怪物は逃がすつもりなど微塵もない様で、完全に優の目の前に立ち塞がった。
身体が硬直するのを感じる。もう逃げられない――。
そう悟った優は、意を決して口を開いた。

「…れを」
「あ?」
「これを、あなたに…っ!」

精一杯の声を絞り出して、優は持っていた酒つぼを差し出した。
怪物の男は鋭い目つきのまま、怪訝そうにそれを見つめる。

「こいつは?」
「あなたに渡してほしいって頼まれたの…。届け物、です」
「……へぇ、届け物、ねぇ」

男は必死にそう言う優の姿をじろりと見つめる。すると口元を歪ませると吐き出すように笑い出した。

「く、はは…っ、はははは!あー…、なるほど、そういうことか」
「え…」

優がおそるおそる目を向けると、男は信じられない言葉を投げつけた。

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