ナイトメアシンドローム

ブンカ工場長

-3-

「ユウちゃんって、今のど渇いてない?」
「…は?」
「おい、話そらすなよ!」

いきなりの脈略のない話題に優は戸惑う。
すかさずキルトが割って入れば、水仙がめんどくさそうに言った。

「んも~、何!?オレ今ユウちゃんに言ってんだけど!人形クンは黙ってろよ」
「人形クンって何!?」

うるさく突っ込むキルトに、水仙はやれやれとため息混じりに続ける。

「ハァー…、まだ飢えや渇きがあるならセーフだけど。もしそれがなくなってきたら要注意だよ。この世界に、徐々に侵されている兆候だから…」

すっと声を落として言う水仙の顔は、少し怖い感じがした。
一瞬だけ空気が冷たくなった気がするも、すぐに彼の口元が大きくつり上がる。

「っていうオレの妄言ね!」
「……」
「そーいうのいいから、早くさっきの話の続きしろよ」

イラついた様子でキルトが促した。すると水仙はきょとんとした顔で実にしれっと言う。

「え?さっきの話って?」
「とぼけんな!ついさっき言っただろ!?青ガラスの居場所なら教えてやるって」
「あー…、そうだったね。ていうか教えてやる・・・・・じゃなくて、教えてあげられる・・・・・・・・って言ったんだけど。何?教えてほしいの?」
「くそ…っ」

キルトは小さく悪態をつく。のらりくらりとかわす水仙との会話にいら立ちは増していくようだ。
もはや完全に水仙のペースであった。

「教えてほしいです」

そんな中、優がはっきりと言った。その声が静かに森に響く。

「ユウちゃんは素直だねー!そういうコ好きだよ。うん、いいよ!教えてあげる」

すると意外にも水仙はあっさりと言った。優は表情を変えない。

「で、も――」

うっすらと水仙が目を細める。そして次の瞬間、その姿が消えてしまった。

「タダってわけじゃ、ねぇ…?」

ざわざわと葉が揺れる。そんな言葉が辺りに響いた。
水仙は消えたのではなく姿を隠してしまったようだ。キルトは優のそばに寄り、警戒心を露にする。

「実はちょっと困ってることがあってさぁ。オレのお願い、聞いてくれたらうれしいんだけど」
「なんだよ…っ」

訝るようにキルトが言った。姿の見えない水仙を探るように視線を泳がせている。
その様子を水仙はくつくつ笑っているかのようだった。

「そんな怖い顔しないでよー。ちょっとおつかい・・・・を頼みたくってさぁ…。
ここから少し離れた場所に友人が住んでてね、そいつに届け物をしてきてほしいんだよねー。
どう?簡単でしょ?」

たしかに簡単そうだ。でも優は思った。
こちらの要求に無償で応じてくれないことは想定していた。このキツネは簡単に信じてはいけない、と。
でも、そんな意志に反してきっと答えなければならないのだろう。
でなければきっと、水仙は姿を現さずそのまま消えるつもりなのだろうから。

「…わかった、引き受けます」

くすくすくす、と笑われているかのように葉が揺れる。

「わぁ、ありがとー!んじゃさっそく頼むわ」
「……っ!」
「ぬはっ!?」

するとそんな声が近くで聞こえた途端、優たちの目の前に急に水仙が現れた。
それはかなりの至近距離で、二人の肩は大きくはね上がった。とても心臓に悪い。

「はい!コレお願いね」
「…?」

そう言うと水仙は優に何かを差し出した。
丸みのあるつぼのようなそれは手にずしりと重く、中身は液体のようだ。
独特の香りが漂っていて、甘くも少しつんときついものだった。

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