ナイトメアシンドローム

ブンカ工場長

-2-

「っ~~…!頭突きとかってありえなくない!?何このコ!ちょっと引いたわー…」

痛そうに鼻を押さえながらそこにいたのは、銀の毛並みをまとったキツネ。
もちろん普通のキツネではなく、大きさは人間の大人とさほど変わらない。

「おかげでオレの術も解けちゃったし…、もっと遊びたかったのになー…」

残念、とため息混じりにつぶやくキツネには尻尾が3本あり、それらがゆらゆらと怪しく動いていた。

「ふざけんな!なんだよお前!?」
「ありゃ?オレ水仙すいせんっていうの。銀ギツネでーす!よろしく。
にしてもキミたち、けっこうかわいい反応するんだねー。あ、そっちの彼女はアップルパイみたいな味しておいしそうだったよ」

キルトが吠えるもあっさりそれを受け流す銀のキツネ。
水仙すいせんと名乗る彼は、口を開けばペラペラ一人でしゃべり続けている。
優はあっけに取られてその様子を見つめていた。

「アップルパイ…」
「意味わからん、失せろ変態!」
「ひどい!そんなこと言うと、また全身くすぐっちゃうよ~?」

水仙はニヤリと笑うと、キルトに向けて3本の尾を伸ばした。
キルトはひるんだように後ずさる。

「ハハっ、冗談だよ。でもいいの?オレキミたちが知りたがってる情報知ってるんだけどなぁ…。
失せろってんならこのまま退散しまーす!」

ビシっと敬礼するようなポーズでそう言うと、水仙は大きくジャンプして木の上へ飛び移った。

「待って!」

優はあわてて声をかける。水仙がピタリと止まり、首だけそちらに向けた。

「私たちが知りたい情報…。青ガラスの居場所を知っている、ってことですか?」

見上げる優の質問に、水仙は口元をつり上げる。

「そうだよー。ま、知ってるていうか本人に会ったからね。キミさぁ、名前なんていうの?」
「…優」
「へぇ、かわいい名前~!ユウちゃんって迷い人でしょ?匂いでわかるもん。もしかして出口を探してるの?」

そう聞かれ、優は素直にうなずく。すると水仙はけらけら笑い出した。

「この世界から抜け出すのは難しいと思うよー。明確な出口なんてだれも知らないし。まぁ、唯一それを知っているのは」
「主…。この世界の支配者で、あなたたちがそう呼んでいる人」

優は水仙の言葉を遮るとはっきり言った。
水仙は少し驚いた顔で優を見るも、すぐに含んだような笑みに戻る。
ヒュウ、と口笛を鳴らした。

「そうそう主!あの人に会って直接聞くのが確実でしょ。でもさぁ、そう簡単に教えてもらえるかな?」

優は眉をひそめる。同じくキルトも顔をしかめた。
そんな二人に何かを察したのか、水仙はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

「キミたちってなんていうか純真だねー。ユウちゃんは真面目そうだけど、そんなんじゃ足をすくわれるよ。
ギブアンドテイク・・・・・・・・って言葉があるでしょ?相手から何かをもらう代わりにこっちもそれ相応のものを差し出すってやつ。
だからキミたちが主に出口を教えてもらう代わりに、何かあげられるものがあるのかって話だよ」

水仙はその目に優の姿を映すとそう言い放った。その言葉に優は口を閉ざす。
あげられるものなんて何もない。それ以前に、聞けばふつうに教えてもらえるものだと思っていたからだ。
水仙の言うように、元の世界への帰り道という大きな望みを受け取る代わりに、もしとんでもないものを要求されたら?
自分は、その時どうするのだろう…。

「あー…、ごめんごめん。今のはあくまでもオレ独自の考えで、決して普遍的なもんじゃないからさ。そんな真に受けなさんなよ。
キミからもらえるものなんて高が知れてるし、そりゃ主じゃなくても見返りは求めないでしょ?
まぁ、あの人の気分を害さなければ、教えてもらえる可能性はあるかもねー」

なんとも人を食ったような水仙の発言に、優の涼しい顔が少しだけ鋭くなった。

「あ…、怒ってる?ごめんねー。でもオレ、出口は教えてやれないけど、カラスどんの居場所なら教えてあげられるよ」

そんなわずかな変化に目ざとく気づいた水仙。さして気にした様子もなく急に本題をふってきた。
その言葉に、優の心は揺れる。
そして――。

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