ナイトメアシンドローム
第6夢 教会の住人たち -1-
音に引き寄せられるように、優の足はひたすらその方へと歩き続けた。
先に何があるのかなんてわからない。
ただ、悪いものではない、何か希望があることを求めて――。
「ここから聞こえる…」
そうしてたどり着いたのは、大きな聖堂であった。
それはポストカードの中に描かれていそうな、どこかの国の教会といった感じである。
「たしかに…。この奥から聞こえるな」
キルトは聖堂の扉の前に近づくとそう言った。
この安らかな音色は、目の前のどっしりと構えられている扉の向こうから今も聞こえている。
「で、どーする?中入るのか」
キルトがちらりと優を見る。
優は少しも迷わず静かにうなずくと、自然と腕を扉へのばした。
――ギィィ…っ
すると、ひとりでに扉が開いたではないか。
「ひぎ…っ!」
キルトの肩がびくりとはねる。
タイミングを見計らったかのように開く扉に、キルトが警戒するようにじりっと一歩後ずさる。
しかし、優は臆することなく言った。
「入りましょう。外にいても寒いし…」
そして優はそのまま扉を押し開けた。
大きくて重量のありそうな扉は、さほど力を入れてないのにすんなりと開いたのだ。
中からは暖かい空気と心地よい音色が流れてきて、優の身体を包み込んだ。
「えぇー…」
拒否する間もなく、キルトはしぶしぶ優の後に続くしかなかった。
***
音に導かれ薄暗い通路を進んでいくと、大広間のような場所があった。
ステンドグラスをあしらった窓に、開放感のある天井には天使を表したような絵が施されている。
まさに教会といった感じだ。
存在感のある十字架はいっさいの穢れを許さないようで、汚れた者の侵入を拒むような、そんな神聖さが満ちていた。
「ねぇねぇ、どうだった?今日の演奏は!」
「うん…、あいかわらず癒されるよねー。オルカのレクイエムはー…」
そんな場所に少女と少年、二人の子どもがいて、何やら楽しそうに会話をしていた。
「子ども?見た感じまともそうだけど…。どうする、話しかけてみるか?」
彼らの様子を遠くから眺めていた優たち。キルトが確かめるように優に言った。
しかし優は口を閉じたまま、その様子を見つめているだけである。
どうしようか。口をつぐみ、そのまま立ち止まってしまった。
「どうしたの?」
すると突然、背後から声をかけられた。
「こんにちは!ねぇ、あなたたち…、だぁれ?」
優が反射的にふり返れば、少女が立っていた。
近くで見ると優とかわらないほどの少女で、にっこりときれいな笑みを向けられる。
すぐに視線を広間へと戻すと、もう一人の少年がじぃっとこちらを見つめていた。
(え…)
たしか、目の前の少女はつい先程まであそこにいたはずでは?そう思った途端、優は背筋がぞわりとするのを感じた。
「あなたたち、話しかけてこないんだもん。こっちから来ちゃったわよ!」
「……」
明るく言う彼女だが、その笑顔がかえって不気味に思えた。
気味が悪くなった優は後ずさりするも、逃げ場がないことに気づく。
混乱し言葉の出ない優を、少女が全身を確かめるように見ると、言った。
「…ねぇ、あなた人間?もしかして外界から来たの?」
「え?」
何を言われたのかわからず、優は自分にしか聞こえないくらい小さくつぶやいた。
少女はそれを肯定ととらえたようで、途端その大きな目を輝かせた。
「そーでしょ!やっぱり…っ!ねぇリック、お客さまよ!?それも人間の!」
そう言うと少女はパァッと顔を明るめて、優の背中を押しながら広間へと案内する。
「あの…っ」
「さ、そんなとこいないで入って入って!お客さまは歓迎しなきゃって、主が言ってたもの。
ああ、でもほんと…、人間のお客さまなんていつぶりかしら!」
そんなことを一人嬉々として話す少女に優は戸惑うばかりだ。されるがままに大広間へと通された。
コメント