外れスキル【釣り】を極限にまで極めた結果 〜《神器》も美少女も釣れるようになったけどスローライフはやめません。〜

赤金武蔵

第5話 着の身着のまま

 シャウナと共に朝食を食べ終えた俺達は、シャウナの案内で城内を散策することになった。


 なんでも、城内には王族自慢の池や湖まであるのだとか。


 それは是非とも見てみたい。そして出来ることなら釣りがしたい。切実に。


 内心ウキウキしていると、シャウナが申し訳なさそうな顔で振り向いた。


「タナト様、エリオラ様。改めまして、先程は愚弟が大変失礼致しました……」


 ……ああ、シャオン様のことか。


「いや、俺は構わないが……さっきから愚弟愚弟って言うけど、シャオン様って文武両道の天才だって聞いたことがあるぞ。付いた異名が王国の至宝。顔もよければ家柄もいい。どこに愚弟要素が?」


「え? 私の崇拝するタナト様を貶したからですが?」


 なんでこの人はさもそれが当たり前のように言ってるの?


「うんうん。流石シャウナ、よく分かってる」


「ですよね!?」


 エリオラも同調するな。シャウナも同意するな。


「はぁ……でもシャオンは、本当はいい子なんです。ただ姉離れが出来てないだけで……」


「ああ、めちゃめちゃシスコンっぽかったもんな」


「お恥ずかしい限りです……」


 それだけシャウナを大切にしてるんだと思うと、気持ちは分からなくもない。俺も大切な人に変な男の影があったら、多分イラつく。


 ……それで思い浮かぶ奴がエリオラなだけに、俺も大分こいつに毒されてるのかもな……。


 まるで迷路のような城の中を歩くこと暫し。突然視界が開けた。


 広い……凄く広い庭だ。


 中央には見上げるほどの樹木に、その周囲にはベンチが並べられている。至る所に石像があり、草花も可憐に咲き誇っていた。


 まるでおとぎ話に出てきそうだな……。


「ここは?」


「王宮の中庭です。ここは王族と王族直属の従者しか入れない特別な場所。この奥に私のお気に入りの池があります」


「こんな所に連れて来ていいのか?」


「はい。タナト様は私の特別ですから」


 っ……そ、そんな風に言われると照れるんだが……。


 妙な照れくささを覚えていると……ん? 何だ、この視線は?


 粘り着くような視線。どこから……?


「タナト、タナト。あれ」


「あれ?」


 あ……シャオン様?


 中庭の中央にある巨大な樹木。その影から顔を半分だけ出して、王子にあるまじき形相で俺を睨み付けていた。


 って、血涙血涙。あんた血涙流し過ぎだぞ……もうめんどいから無視でいいや。


「全くあの子は……一度お灸を据えないといけないみたいですね」


「シャウナ、俺早く釣りしたい」


「承知しました! こちらです!」


 シャウナに無視されたのがショックだったのか、シャオン様が項垂れてるのが見えた。それでも無視。あんたはさっさと姉離れしなさい。


 中庭の隅にある、花が咲き誇っているガーデンアーチを潜る。いや、ガーデンアーチと言うより、花のトンネルみたいだ。これだけでも、心癒される。


 木漏れ日の差す花のトンネルを抜けると……その先に現れたのは、美しい花々に囲まれた池だった。


 池の中央には大理石で作られた小さい建物があり、手前の橋で渡ることが出来るみたいだ。


 確かにこれは……心奪われる光景だな……。


「さあ、こちらが私のお気に入りの池です。お気に召したでしょうか?」


「ああ……」


「きれー……」


 どうやら、エリオラも気に入ったみたいだ。目を輝かせて辺りを見渡している。


 小鳥のさえずり。魚が水面を跳ねる音。太陽の暖かな陽射し。全てが調和していて、ここにいるだけで心が落ち着く……。


「こちらの池は水深が十メートルあり、様々な魚を世界各地より取り寄せているので、どれだけ釣りをしても問題ありません」


 へぇ……世界各地の魚か。てことは……俺の釣ったことのない魚もいる可能性があるってことか! それは楽しみだ!


「実は私もタナト様に感化されて、たまに釣りを嗜んでいるのです」


「お、本当か? 釣りはいいぞ。心を落ち着けてくれるからな」


 池の縁に座り込み、釣り竿を取り出す。


 右隣にはエリオラが、左隣にはシャウナが汚れることに躊躇なく座った。


「二人はやらないのか?」


「今日はいい。タナトが楽しんでるところ見てる」


「私も、本日はタナト様の勇姿を目に焼き付けようと思います」


 釣りするだけで勇姿とか言われても。


 ……まあいいや。好きにやらせてもらおう。


 釣り竿を振るい、池に釣り糸を垂らした。


 ……うん……うん、いい。いいぞ、この感じ。どこで釣りをしても変わらない。やっぱり釣りはいいものだ。


 神経が研ぎ澄まされて、思考が意識の海に沈んでいく。


 目の前の一点に集中出来るこの時間……堪らない。






「──おい、貴様」






 …………。


「シャオンッ、今タナト様は……!」


「あーいい。いいから」


 ったく、せっかく人が気持ちよく釣りをしてる最中に……。


「……何すか、シャオン様」


「……貴様、何者だ」


「……は? タナトっすけど……」


 今更何言ってんだこの人。さっきシャウナに頭を殴られて記憶が飛んだか?


「違う、そうではない」


 シャオン様は腕を組んで目を閉じると、意を決したように口を開いた。


「釣りをしていた時の貴様の気配、空気……いや、密度と言うべきか。俺が今まで出会って来た者とは一線を画していた。騎士団長とも魔法師団長とも違う……十極天にも似ているが、それより研ぎ澄まされている気がする。見たところ貴様は若い。どうやってそこまでの境地に辿り着いた。どのような修行を積んだ。教えろ」


 …………。


「俺からも一ついいっすか?」


「何だ?」


「……何でそんなことを俺に? 十極天と知り合いなら、そっちに聞いた方がいいっすよ」


【武芸百般】のスキルは、戦闘系では最強に近いスキルだ。シャオン様ほどの才能があるのなら、それを使いこなすのは容易だろう。


 十極天に聞けば、スキルを極める一番の近道になる。


 それなのに俺に強さの秘訣を聞く……意味が分からない。


「……十極天には既に聞いた。奴らは口を揃えて、『いつの間にかなってた』だの、『努力と根性』だのと……話にならんのだ」


 ……それで言うなら、俺もいつの間にかなってた口だから、何とも言えん……。


「【武芸百般】は全方位型戦闘スキルだ。剣、槍、弓、馬などは勿論、策略、戦略、謀略にも精通している。将来、この国を担う王として……愛する民を護る者として、これを極めるのは当然の責務だ。──教えてくれ。何故貴様がそこまでの境地に辿り着けたのか」


 王族の証である金と銀のオッドアイが、真剣な眼差しで俺を見つめる。


 憎悪や嫉妬や怒りはない。


 純然たる意志を込めた瞳。


 …………。


「正直……シャオン様に納得のいく回答は俺には出来ないっす」


 俺の人生は努力、根性、修行なんてものとはかけ離れたものだ。


 のんべんだらりと釣り、釣り、釣りの毎日。


 とにかく全てを釣りに費やしてきた。


 ……いや、費やすという感覚すら俺にはない。


 俺の人生が釣りで、釣りこそが俺の人生。


 そして、そんな俺が言えるのは……ただ一つだけ。


「俺は、俺のスキルに対して『やらなきゃ』『努力しなきゃ』『修行しなきゃ』『頑張らなきゃ』なんて不純な気持ちは一切ない」


 そんなの辛いだけだ。辛いことはしたくないし、何より俺が疲れちまうし……。






「せっかく神様から貰ったスキルおもちゃなんだ。着の身着のまま……楽しんだもん勝ちってもんっすよ」






「────」


 俺の回答が意外だったのか、目を見開くシャオン様。


「……努力じゃなく……スキルを、楽しめと……?」


「そういうことっすね」


「……そんなこと、考えたこともなかったな……なるほど、それが貴様の強さの秘訣か」


 いや俺強くないっすよ? マジで、釣りが好きなだけな一般ピーポー。


 シャオン様は組んでいた腕を解くと、俺達に背を向けた。


「……貴様のこと、少しは認めてやる。ただ……姉上との関係を認めたわけではない」


 いや、だからシャウナとの関係って何のことだよ……。


 そう聞く前に、シャオン様は花のトンネルを潜って行ってしまった。


 ……結局、何がしたかったんだ、あの人?

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