忘れられた元勇者~絶対記憶少女と歩む二度目の人生~

こげ丸

【第55話:約束だからね】

 気付いた時、オレは後頭部に柔らかく暖かいものを感じた。

 目覚めたばかりで思考が回らず、手がかりを求めて周りに目を向けると、幾体かの魔人の躯を見つける……のだが、他には何も無かった。

「オレは気を失っていたのか?」

 徐々に思考を取り戻し、状況を把握しはじめたのだが、あれほどいた魔物の姿が一つも無い。

 記憶が少し曖昧だが、恐らくオレが……。

 オレはチリチリと痛む首筋から意識を振り払うように、今度は遠くに視線を向ける。

 ここから少し離れた街の門の前には、シグルム団長率いる騎士団が陣を張っているようだし、後ろを振り向けばダルド様たちがこちらの様子を伺っていた。
 騎士団は警戒の色を滲ませ、とりあえず状況を把握するために静観しているようだ。

 そんな事を考えていると、湿った声色のリシルの声が天から降ってきた。

「テッド……気が付いた?」

 そしてわずかな距離で交差する視線。

「あれ……? どういう状況……かな?」

 オレのその言葉を引き金にリシルがオレを抱きしめる。
 どうやらひざ枕をされていたようだが、何か感極まってリシルが覆いかぶさるようにオレの顔を……。

「ふごっ!? ちょ、ちょっと落ち着け!?」

 気恥ずかしさを胸の奥に押し込め、リシルを押しのけて立ち上がると、ようやく記憶が鮮明に蘇ってきた。
 急に押しのけられたのが不満だったのか、少し不機嫌になったリシルが

「すっごい心配したんだからね!!」

 と、目尻に光るものをちらつかせながら睨んでくる。
 気を失っていた時間はかなり短かったみたいだが、心配したんだからと何度も責められた。

「そ、そうか。オレは聖魔剣の魔の力に呑みこまれそうになって……」

 聖魔剣の力で無数にいた魔物を鎧袖一触薙ぎ払い、この場にいた魔人を一人残らず仕留めたのだ。

「そうよ! 何だか禍々しい鎧を身に纏ったかと思ったら、凄まじい力であっという間に魔物たちを倒しちゃうし、倒したら倒したでいきなり倒れちゃうし!」

 あの力は……勇者として行動していた頃と比べても、勝るとも劣らない凄まじい力だった。

「それは、すまなかったな。それと……ありがとう」

 オレの言葉に動きを止めると、みるみるうちに頬を朱に染めていくリシル。
 礼を言っただけなのに、そこまで照れる事もないだろう。

「そんな反応されると、何だかこっちが恥ずかしくなってくるんだが……」

「う、うるさいわね! ひひ、膝枕ぐらい大したことないわ!」

「いや……膝枕に対しての礼じゃなくて、オレの事を覚えていてくれた事にだよ……」

 その一言に今度は別の意味で恥ずかしくなったようで、今度は顔全体を赤に染めていく。
 見ていて本当に飽きない子だな。

「ま、まぁそれは、私がテッドの事を覚えておいてあげるって約束だからね! それより……私の魔眼でも記憶を保っておくのが大変なぐらい強大な力だったわ。村を守る時に使ったのとは段違いだったわよ?」

「この聖魔剣レダタンアが魔に傾いて以来、初めて全力で使ったからな。なるべくなら全解放こんな使い方はしたくないんだが……」

 聖魔剣の力を全解放したので、リシルにもかなり負担を強いる事になったのだろう。
 平気そうに装っているが、相当無理をさせたのか魔力にかなりの乱れが感じ取れた。

 オレが全力で力を解放した時、リシルにどの程度の負担をしいているのか把握しておいた方が良いな。
 もし、全力で使ったせいでリシルが身動き取れないなどの状況になるようなら、使うタイミングにもっと気を付けなければならない。

 その事を尋ねておこうと口を開きかけた時だった。
 突然気配がすぐ側に現れたかと思うと、不意に話しかけられた。

「リシルさんにあまりご負担をかけすぎないように」

 オリビアさんだ。

 高位の吸血鬼の力に、霧となって高速移動する技があったはずだ。
 おそらくそれを使用して一瞬でここまで移動してきたのだろう。

「すまない。これから気を付けるつもりだ。オレが聖魔剣の力を解放した時、リシルはどんな感じだった?」

「剣を抜くのに合わせて魔眼の能力を解放していたようですが、予想を超える負荷だったようで、跪いて必死に何かに耐えるように……『嫌だ! 絶対に忘れたくない!』と泣きながら叫ん……「わぁわぁわぁ!? オリビアさん!?」」

 手をジタバタさせながらオリビアさんを追いかけるリシル。
 いったい何をしてるんだか……。
 そこはいつまでじゃれているんだ……?

 それより、立っていられないほどなのか。
 これは本当に力を解放させるときは気を付けないと、リシルを危ない目にあわせてしまいかねない。

「リシル……本当に、覚えていてくれてありがとう」

 その言葉に頬を朱に染めたリシルは、また動きを止めるのだった。

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