第百八十九話 女神の戯れ

フルートを吹き続けるルバート。


その目の前に突然女神が現あらわれる。


「あなたが原因げんいんね。音楽で人を動かすなんて大したものだけど。これ以上は私も聴いていてあげられないわ」


そう言い、クスッと笑みを浮うかべる女神。


無垢むくな顔立かおだちながら、妖艶ようえんで洗練せんれんされた色気いろけ。


宙に浮かぶその長くしなやかな脚あしと豊ゆたかな胸むね。


女性でさえ見入ってしまうほどの上半身じょうはんしんから下か半身にかけての曲線美きょくせんび。


その、この世のものとは思えぬほどの美うつくしさを前に、ルバートは笛ふえの音ねを止めて立ち尽つくしてしまう。


女神の美しさに魅了みりょうされたのではない。


ルバートが感じているのは恐怖きょうふだ。


彼は神を目の前にして悟さとったのだ。


女神の前では自分の力ちから――いや、人間や亜人あじんではけして手の届とどかぬ存在そんざいだということを。


「さようなら……。あなたの演奏えんそう、悪くなかったわよ」


女神はゆっくりと右手をルバートへと翳かざした。


このままでは殺されるとわかっていながらも動けずにいる。


頭のどこかで何をしても無駄むだだと言われているように感じ、手足が言うことを聞かない。


だが女神がルバートに攻撃をする前に、彼女の腕うでが宙を舞まった。


「ルバート! 早く逃げてッ!」


よく知る女性の声――ラヴィ·コルダストの声だ。


彼女は果敢かかんにも女神の腕を剣で斬きりつけたのだ。


だが女神は、右腕を切り落とされたというのに、痛いたみも感じることなくただ失うしなった腕の部分ぶぶんを眺ながめている。


「どうしてかしら? たかが人間の剣で私の身体が傷きずつくなんて」


驚おどろいているというよりは、子供が難むずしい話でも考えるかように――。


女神は不思議ふしぎそうに切られた腕を動かす。


「うおぉぉぉッ!　兄貴あにきはやらせねぇぞッ!」


「ルバートの兄貴に手を出すなッ!」


ラヴィに続き――。


イルソーレとラルーナも女神へと襲おそい掛かかった。


彼の持つ大きな斧おのバルディッシュと、彼女が握にぎる大きな金属きんぞくの輪わチャクラムが、女神の頭へと振ふり落とされた。


頭上ずじょうの二方向にほうこうから斬られた女神の頭は、まるでヘタクソな撒まき割わりによって切られたようにブサイクな切り口が入る。


だが、それでも彼女は涼すずしい顔をしていた。


腕を斬り飛ばされ、頭も顔まで割られても痛みすらないのか。


すぐに後退こうたいしたイルソーレとラルーナも――。


先に攻撃を仕掛しかけたラヴィも――。


まるで自分が斬りつけられたかのように、絶望ぜつぼうの表情へとなっていた。


「しかもダークエルフと人狼ワーウルフもか……。う―ん……。これはちょっと試ためしに遊んでみようかしら」


すると、切り裂かれた傷きずが光と共に元通もとどおりになり、女神は再ふたたび空へと飛びあがる。


それから両手りょうてを大きく広ひろげ、何かの呪文じゅもんを唱となえ始めた。


「何をしているかはわからないっすけど。今のうちにみんな逃げろッ!」


ラヴィがそう叫さけんだのと同時に――。


彼女のたちの立っていた大地から魔法陣まほうじんが浮かび上がってくる。


それはあっという間まにその戦場にいたすべての者を覆おおい、魔法陣の中にいる者が次から次へと宝石ほうせきへとその身が変えていった。


「これは奴やつの魔法か!?」


「でも、うちらには何の変化もないすっよ!?」


人間も亜人も――。


平民へいみんも貴族きぞくも――。


宮廷魔術師きゅうていまじゅつしや武道家ぶどうかも――。


種族しゅぞくも身分みぶんも職業しょくぎょうも関係なく皆みなが宝石になっていく。


「さあ、一緒に遊びましょう。私の戯たわむれに付き合ってちょうだい」


慌あわてているルバートとラヴィの頭上へと降りてきた女神は、そんな彼らを見ながら嬉うれしそうに口を開くのであった。