イントロバートガール·シヴァルリィ~無気力少女の異世界冒険記

コラム

番外編 異世界の先輩~その④

「あぁぁぁッ! また負けたのですよッ!」


白いノースリーブのパーカーを着た少女がさけんだ。


オープンフィンガーグローブを付けた両手りょうてを頭に当て、さもくやしそうにしている。


「ふふ、これで俺の十戦十勝じゅっせんじゅっしょうだな、リム」


その目の前では、眼鏡めがねをかけた少したよりなさそうな青年が笑みをかべていた。


その様子ようすは、クククとかたらし、当然の結果けっかであると言わんばかりであった。


「くッ!? こんなのおかしいのですよッ! 何回やってもリョウタが勝ち続けるなんてッ! きっと何かきたない手を使っているに決まっているのですッ!」


リムと呼ばれた少女は、自分の人差ひとさゆびを、リョウタと呼んだ青年に向かってさした。


それから納得なっとくがいかないと、ただわめき続ける。


「わりぃけど俺……ゲームで負けたことねぇから」


少し気取きどった言い方で返事へんじをしたリョウタに、リムはさらに言葉をあらげるのだった。


二人がやっていた遊びは、オセロという白い石と黒い石を盤面ばんめんに打って戦うゲームだ。


彼らがいた国――ライト王国で今流行はやっているゲームで、前に国にいた暗黒騎士あんこくきしの少女が国王であるライト王にたのみ、白い石と黒い石を盤面のだいを作ってもらったのが始まりだった。


リムはその暗黒騎士の少女とは友人であり、それもあってすぐにのめりんだのだが、如何いかんせんリョウタにだけはいくらやっても勝てない。


それもそのはずだ。


なにせこのオセロは、暗黒騎士の少女とリョウタのいた世界にあるゲームなのだから。


そう――。


リョウタは、ある日に突然この本やゲームに出てくるようなファンタジー世界に連れて来られた人間だったのだ。


リョウタは現代げんだいの日本で大学生をやっていた。


それが、ある日に自宅じたくに突っ込んできた車につぶされて、気がつけば女神の目の前に。


リョウタは、女神から異世界へ行って世界をすくわないか言われ、それを承諾しょうだく


だが、それがすべての悪夢あくむの始まりだった。


リョウタは転生てんせい特典とくてんが付くと女神に言われたというに、いまだになんのスキルもアイテムもあたえてもらってない。


さらにリョウタは、女神にハーレムイベントはまだかと呼び掛けた。


彼のもといた世界では、異世界転生者は何の努力どりょくも無しに、魔王まおうたおせたり、可愛かわいい女の子たちに言い寄られたりするものらしい。


だが彼のパーティーメンバーには、複雑ふくざつ事情じじょうで仲間になった、飛んでも着地ちゃくちができないダメ女竜騎士りゅうきししかいない(彼女の容姿ようし絶世ぜっせいの美女と言っていいものだが)。


それで、さらにしつこく女神に呼び掛けていたら、きゅう音信不通おんしんふつうになって返事も寄こさなってしまった。


その後、女竜騎士とたびを続け、今はライト王国で落ち着いていたのだが――。


「それにしても何にもねえ村だな」


文句もんくを言うなら何故ついてきたのです? ライト王国にのこっていればよかったでしょう」


今リョウタたちは、リムの故郷こきょうである武道家ぶどうかさとストロンゲスト·ロードへと来ていた。


それはライト王国で魔法まほう勉強べんきょうしているリムの里帰りについてきたからだった。


「俺だって来たかなかったよ。でも、レヴィがうるせえから」


レヴィとは、リョウタのパーティーメンバーである女竜騎士のことだ。


彼女はリョウタにすくわれたことがあり、それ以来いらい彼に自身じしんやりささげている。


金髪碧眼きんぱつへきがん容姿端麗ようしたんれいな女騎士との旅は、さぞ楽しいことだろうと思われるが。


リョウタは、レヴィの常識じょうしきがないところや、彼女の悪癖あくへきである“感情的かんじょうてきになるとジャンプしたがるくせ”にまわされ続け、毎回その後始末あとしまつ辟易へきえきしていた。


「まったく、あいつ一人でここへ来ればよかったのによぉ。あぁ~退屈たいくつだ」


「そんな文句ばかりならべていても、リムにはちゃんとわかっているのです」


「あん? 何がだよ?」


「フフフ……なのですよ」


意味いみわかんねぇ……」


リョウタがリムの不敵ふてきな笑みにあきれていると、部屋のが開いた。


そこには、りゅうの姿をなぞらえた甲冑かっちゅうを身に付けた女性の騎士きしが立っていた。


彼女がリョウタのパーティーメンバーであり、なやみのたねでもある女竜騎士レヴィ·コルダストだ。


「おいレヴィ。一体いったいどこへ行ってたんだよ?」


「リョウタ、さっきはらったと言っていただろう?」


「ああ、小腹こばらいたとは言ったけど?」


リョウタの返事を聞いたレヴィは、フフフと笑みを浮かべると、部屋に大量たいりょうけものを投げ入れ始めた。


それはとてもすぐにはかぞえ切れず、あっというに部屋の中をくしていく。


「あぁッ!? なんだよこの数のいのししはッ!?」


レヴィが部屋に投げ入れているの獣は、リョウタの世界にいる猪のような生き物だった。


こちらの世界では大衆たいしゅうにもよくしょくされ、りといえばまずねらわれる生き物である。


レヴィは近くの森で狩りでもしてきたのだろう。


次から次へと投げ入れていく。


「ふぅー。どうだリョウタ。これだけあれば空腹くうふくたせるだろう?」


そして、すべての猪を投げ入れると、レヴィは何故かモジモジとれ始めていた。


「ほ、めてくれても、か、かまわんぞ」


両腕りょううでを組みながら、顔をけてほほを赤くめるレヴィ。


きっと気のく女だとか言われたかったのであろう、その口調くちょうはリョウタからの称賛しょうさんの言葉を待っているのがわかるものだった。


だが、大量の猪に押しつぶされそうなリョウタは――。


「俺たちを押し殺す気かッ!? お前、俺が言ったことをちゃんと聞いてたのかよッ!?」


「ハッ!? たしかにこのままでは食えんな。だが大丈夫だ。これから調理場ちょうりばを借り、私がこの獣をさばいて食わしてやるぞ!」


「そういう問題もんだいじゃねえッ!」


リョウタはそれから大声で、「小腹が減ったと言ったのに、どうしてこんな生の獣の食べ放題ほうだいが始まるんだ!」と言い続けたが、すでに猪を部屋から出し始めていたレヴィの耳にはとどいていなかった。


猪の死体したいの山にまっていたリムがヒョコッと顔をあげると、左手で自分の右こぶしつかみみ、むねって笑う。


それは、リョウタの元いた世界でいう“拱手きょうしゅれい”という中国の挨拶あいさつていた。


「リムは感服かんぷくしました。さすがはレヴィなのです」


「部屋に猪を投げられて感服してんじゃねえッ!」


それからリョウタの小言こごとは続いたが、レヴィもリムもまるで何事なにごともなかったのように調理場へと向かい、夕食ゆうしょく支度したくを始めることになった。


「これだけの量ならば、里に住む全員に振舞ふるまえますね。さすがレヴィなのです。皆よろこびます」


「そ、そうか。そ、そいつはよかった」


普段ふだん褒められてれていないレヴィは、れながら獣のかわぎ、その肉をばらし始めていた。


レヴィは元は貴族きぞくのおじょう様だが、両親りょうしんくして傭兵稼業ようへいかぎょうに身を落していたのもあって、料理りょうり手際てぎわはかなりいい。


その様子を見よう見まねでやっているリムは、その華麗かれい包丁ほうちょうさばきに目をうばわれている。


両目と口をを見開き、おぉ~と声をあげながら見られているせいなのか。


レヴィは少しやりづらそうだ。


「さすがなのです! レヴィはきっと将来しょうらいいいおよめさんになりますね」


「そ、そうかな?」


「なのですよ」


そんな二人のやりとりを調理場のすみで見ていたリョウタ。


リムはそれに気がつくと、彼に声をかけた。


「それで……あなたは見ているだけなのですか?」


それは今までレヴィと話していたときとは対照的たいしょうてきに、まるでこおりの魔法でもとなえたかのようなつめたい言い方だった。


そう言われたリョウタは渋々しぶしぶ置いてあった野菜やさいを洗い、その皮を包丁でむき始める。


普段から野宿のじゅくするときの食事を、すべてレヴィにまかせている彼は、お世辞せじにも手際がいいとは言えなかった。


「リョウタは何をやっても手際が悪いから、リムは安心あんしんなのです」


「リムお前……俺にだけなんかキツぎない?」


その後――。


里に住む全員、いやそれ以上の量の猪鍋料理を完成かんせいさせた三人は、早速皆を集めて食事をすることにした。


「なんだかちょっとしたパーティーみたいだな」


「いいじゃないか。里長さとおさむすめであるリムがもどったんだ」


リョウタとレヴィがテーブルに食器を並べていると――。


我々われわれストロンゲスト·ロードの住民が、リム·チャイグリッシュ嬢とその御友人に拝謁はいえついたします!」


いつの間にか集まっていた住民たちが、ずらりと整列せいれつしていた。


叫ぶように言ったのは、その中の代表だいひょうらしき人物だ。


そして彼に続き、並んで立っていた屈強くっきょうそうな男性や女性、子供も、一斉いっせいに「リム嬢と御友人に拝謁いたします!」と、声をそろえて頭を下げる。


「おぉ! すごいなリョウタ。これがこの里での挨拶なのだな」


三国志さんごくしかよ……」


その様子を見ていた二人――。


レヴィは嬉しそうに声をあげ、リョウタはただ呆れていた。


皆々みなみな様。今日はライト王国から戻ったリムとこの二人、我が友人竜騎士レヴィ·コルダストとその連れから豪快ごうせいな肉鍋料理をおくるのですよ」


リムも住民たちと同じように頭を下げ、皆に存分ぞんぶんあじわってほしいと声をかけた。


「うん。リムはすごいな。まだわかいのにもう里長のようではないか。住民たちの態度を見ると皆笑顔で、彼女がしたわれているのがわかるぞ」


「慕われているのはたしかにわかったんだけど。なんか俺の紹介しょうかいがぞんざいじゃね?」


そして、猪の鍋パーティーが始まった。


住民たちと気さくに話ながら、リムは実に楽しそうにしている。


ひさしぶりに故郷こきょうへ帰ってきたのもあるのだろう。


年齢ねんれいのわりには落ち着いている彼女も、今は子供のようにはしゃいでいた。


御両人ごりょうにん。楽しんでいるかな?」


リョウタとレヴィも鍋料理を堪能たんのうしていると、そこへ辮髪べんぱつに武道着姿の人物が声をかけてきた。


リムの父親であり、この武道家の里ストロンゲスト·ロード里長のエン·チャイグリッシュだ。


彼は、リムや他の住民たちがしていたように左手で自分の右こぶしつかみみ、むね姿勢しせい――拱手の礼をした。


その堂々どうどうとした態度たいどに、ついついリョウタも同じように拱手の礼を返してしまう。


「ど、どうもご丁寧ていねいに」


「わざわざ気にかけていただき、ありがとうございます。リム嬢の帰郷ききょうパーティー、我々われわれも楽しませてもらっています」


リョウタとはちがい、その場に片膝かたひざをついて頭を下げたレヴィ。


そんな彼女を見たリョウタは、あわてて彼女と同じように片膝をついた。


「いやいや、そんなかしこまらないでくだされ。二人のことはリムからよく聞いています。これからも娘と仲良くしてやってくだされ」


かがんだリョウタとレヴィを手で引きあげたエンは、ニッコリと微笑ほほえむと、「では」と言ってその場を去っていった。


一部をのぞき、こちらの大陸たいりくでその名をとどろかすストロンゲスト·ロードの里長でありながらもその丁寧な物腰ものごしに、リョウタもレヴィも好感こうかんを持った。


立派りっぱな人物だな。里長は」


「ああ。ライト王もそうだったけど。えらいのにエラそうにしないのって、それだけで尊敬そんけいできるよ」


レヴィとリョウタがそんな話をしていると、突然パーティーのせきに兵士があらわれた。


その姿はきずだらけで、立っているがやっとのように見える。


「誰かッ! この者の手当てを」


誰よりも先に兵士の体をささえたのは、里長のエンだった。


すぐに屈強な武道家たちに声をかけ、兵士をその場にかせる。


「あぁ……エン·チャイグリッシュ殿どのであらせられますか……?」


兵士は弱々よわよわしくも言葉を続けようとしていたが、エンはこれ以上しゃべらないようにと声をかけた。


近くで見るとよくわかる。


兵士の上半身じょうはんしんひど火傷やけどで、その甲冑や衣服の下の皮膚もドロドロにただれていた。


正直しょうじき長くはもたない――。


今からこの火傷をなお医術いじゅつは、この里にないことをエンはよく知っていた。


ならばせめて、やすらかにねむらせてやるべきか?


エンがそう考えていると――。


とう様ッ! ここはリムにお任せください」


リムがエンの前へと飛び出していき、兵士の体に自分の両手をかざした。


その手から放出ほうしゅつされた魔力まりょくにより、酷かった兵士の火傷が次第しだいいやされていく。


治癒ちゆ魔法を両手から同時どうじとなえている。やるなリム。うむ。さすがは大魔導士だいまどうし目指めざすす者だ」


レヴィが感動かんどう感心かんしんをしているよこでは、ならべられた料理の中にこめを見つけたリョウタが泣きそうになっていた。


そして手に取ると、口いっぱいに米を頬張ほおばり、ときおり嗚咽おえつしている。


「なんだリョウタ。そんなに感動したのか。わかる、わかるぞッ! 私もお前と同じくリムの成長せいちょううれしいッ!」


レヴィは他人たにん活躍かつやくを見て泣きそうになっているリョウタの姿に、やはりこの者に自身じしんやりささげたことは間違まちがっていなかったとえつに入っていた。


そして、リムの成長とリョウタの仲間思いな面に、彼女はつい泣き出してしまう。


リョウタはそんなレヴィのことを見て、一体何を勘違かんちがいしているんだと思いながらも、何も答えなかった。


彼はただこのファンタジーのような世界に来てから、もう食べられないと思っていた自分の国の主食しゅしょく――。


米を口にすることができて感動しているだけだった。


二人がそんなやりとりをしている側で――。


エンが自分である娘リムの治癒魔法を使っている姿を見て、おだやかな笑みを浮かべていた。


「リム……見事みごとなものだな、魔法というものは」


「そんなことないのですよ。リムはまだまだ修行中しゅぎょうちゅう。それに父様こそ……。誰よりも早く怪我けが人もとへ行くそのお姿すがたに、リムは感服なのです」


その言葉を聞いたエンの表情にかげができ始めた。


何か罪悪感ざいあくかんを感じている――そういう顔を彼はしていた。


「……今までいろいろとすまなかったな……。私は魔法で人を救える娘をもったことをほこりに思うぞ」


「はいッ! なのですよ」


そう言ったエンの目には、うっすらとなみだが浮かんでいた。


リムは武道家でありながら、攻撃こうげき系魔法も回復かいふく系魔法も使いこなし、さらには、ほぼすべての属性ぞくせい魔法、さらにべつ属性の魔法を合体がったいさせて使うこともできるほどの手練てだれである。


その魔力コントロールの上手うまさは、賢者けんじゃレベルと言っていい。


だが、彼女は体内にある魔力が極端きょくたんひくく、一日に唱えられる魔法は三回が限度げんど


リムはまず回復魔法を同時に唱えると、それからのこりの魔力もすべて兵士へとそそいだ。


「ふぅ~、これ以上はもう無理ですが、いのち心配しんぱいはもういらないはずなのですよぉ」


体内の魔力を使いたしたリムは、ヘトヘトにつかれ切った表情ひょうじょうでそう言った。


そんな娘を見てうなづいたエンは、静かに兵士へたずねる。


一体何があったのだ?


その傷や火傷を見るに、生半可なまはんかなモンスターの仕業しわざではないだろう? と――。


兵士はなんとか体を起こすと、ひどおびえた表情で説明せつめいを始めた。


昨夜さくやに現れた聖騎士リンリとドラゴンによってライト王国が攻め落とされ、ライト王や住民たちもりなり、壊滅かいめつ状態であること――。


「な、なんだと……ちょっと待てッ!?」


兵士の話を聞いたレヴィが前へと飛び出してきた。


それも当然だ。


彼女は今リョウタやリム――そして姉のラヴィと共に、ライト王国に住んでいるのだから。


「ライト王国には現在げんざいこの大陸最強さいきょうの騎士ルバート・フォルテッシがいるはずだッ! それでもやぶれたのかッ!?」


ルバート・フォルテッシとは、海の国マリン·クルーシブル出身しゅっしん吟遊ぎんゆう騎士である。


金色の長髪を後ろにたばね、その顔は誰が見てもととのっていると思うほどの美貌びぼうを持ち、さらに先ほどレヴィが言ったように愚者ぐしゃ大地だいちを抜けば、最強と名高い剣の使い手でもあった。


彼は元婚約者こんやくしゃであったレヴィの姉――ラヴィ·コルダストを追いかけて、ライト王国へと来ていたのだが。


兵士は怯えた表情のまま頷くと、その口をおもたそうに開いた。


我々の勇者ゆうしゃであるはずのせい騎士リンリが、突如とうじょドラゴンに乗ってあらわれ、国をくし始めた。


何故聖騎士リンリが攻撃してきたのか理解りかいできないライト王は、彼女を説得せっとくしようとした。


だが、ライト王はドラゴンのほのおつつまれ、それを助けに入った側近そっきんのメイドと共に行方知ゆくえしれず。


聖騎士リンリを止めようと、吟遊騎士ルバートが一騎打いっきうちをいどんだが、リンリの圧倒的あっとうてきな魔力の前に敗退はいたい


自分はライト王から言われていた――。


“何かあればストロンゲスト·ロードのエン·チャイグリッシュを頼れ”


思い出し、ここまで落ちびてきた。


「どうかおねがいでございますエン·チャイグリッシュ殿ッ! 王や民を救うためにちから……力をお貸しくださいッ!」


兵士は両膝をついてエンにひざまづいた。


エンはそんな兵士にゆっくり休むように言うと、屈強な武道家に声をかけ、彼を医者いしゃに見せるようにと運ばせた。


「父様ッ! ここはリムがまいるのです!」


左手で自分の右拳を掴み、胸を張る姿勢――拱手の礼をしたリムが叫ぶように声をかけた。


そんな娘のいさましい姿を見たエンは、早速屈強な武道家たちを連れ、ライト王国へと出発しゅっぱつするようにめいじた。


「だが、今回は王や住民たちの救助きゅうじょ目的もくてきだ。けして聖騎士やドラゴンと一戦交いっせんまじえようなどと思うな」


御意ぎょいなのです。かならずやライト王国の人たちを連れて戻って参りますなのですよ」


その後――。


「えッ!? 俺たちも行くのかよッ!?」


「当然だ。おたずね者だった私たちを受け入れてくれたおんを、ここで返さねばいつ返す!」


そして、もちろんリョウタとレヴィも、リムたちストロンゲスト·ロードの救助隊きゅうじょたい参加さんかすることになった。


リムを先頭せんとうに、ストロンゲスト·ロードの武道家たちをひきいて出発。


その道の途中とちゅう、ライト王国の住民たちを見つけては、武道家たちにストロンゲスト·ロードまで案内あんないさせ、リムは進む。


「これでほとんどの住民の人たちは里に案内できたと思うのですが……」


「ああ。だがライト王やラヴィ姉、それにルバートの姿は見えないな」


馬に乗り、その振動しんどうに揺れながら、心配そうに言い合うリムとレヴィ。


あれだけいた武道家たちはすでに誰一人いなくなり、現在はリムとレヴィ、そしてリョウタの三人となっていた。


「お~い二人とも。ここは一度戻らないか? 俺たち三人だけじゃ、王様やラヴィ姉さんをさがすの効率こうりつが悪いし」


レヴィの乗る馬に二人乗りしていたリョウタが、そう提案ていあんした。


彼には乗馬じょうば才能さいのうまったくないので(何故かリョウタが乗る馬はあばれ馬になる)、しょうがなくレヴィの後ろに乗ることになった。


「ふん。つかれたからもう休みたいってことを、さも立派りっぱ正論せいろんとして言う口の上手うまさはさすがなのです。リムは感服しました」


「いくら王様やラヴィ姉さんが見つからないからって露骨ろこつ不機嫌ふきげんになるなよ……」


リムの冷たい返事を聞いたリョウタは、別にそういう意味じゃなかったのにと思ったが、彼女の機嫌をそこねてしまったと少し後悔こうかいする。


気まずい空気が流れる中、リムは馬の足を早め、一人先へと行ってしまった。


「なあ、リョウタ。お前が言っているのも一理いちりあるんだが」


そんなリムの背中せなかを見ながら、レヴィがリョウタに声をかけた。


彼女は、リョウタが今提案したことはもっともだと思ったが、個人的こじんてきにはこのままライト王国へ進みたい。


きっとラヴィ姉さんは、怪我をしたライト王やルバードが一緒にいるため下手へたに動けないのではないか?


そう思うと、じっとしてはいられないのだと、心配そうに言う。


「でもよ。ルバートの傍には、きっとイルソーレとラルーナもいんじゃねえかな? あいつらと姉さんがいりゃ心配はいらなそうだけど……」


イルソーレはダークエルフの男性。


ラルーナは人狼じんろう――ワーウルフの女性だ。


二人ともルバートの従者じゅうしゃであり、いつでも彼の傍につき従っている。


レヴィの心配をはらおうとしてそう言ったリョウタだったが、レヴィは彼のほうを振り向いてかなしそうな顔をした。


目をウルウルと涙でにじませ、今にも泣きだしそうだ。


「くっ! わかったよッ! 行けばいいんだろッ!」


「リョウタ……」


「ほら、早くしねえとリムに追いつけなくなるぞ」


リョウタのその言葉を聞いたレヴィは笑みを浮かべ、馬を走らせて先へと進んでいったリムを追いかけた。


笑顔で馬の手綱たづなを引きながらレヴィは思う。


(くぅぅぅぅッ! やはりリョウタは優しいッ! 普段は冷たいがそこがまた……って、私は何を考えているんだッ!? ライト王国の一大事だというこんなときにッ!? しかし…… くぅぅぅぅッ!)


そして、自分はこの男に槍を捧げてよかった、とその身をふるわせていた。


「おい、今飛ぼうとしたろ?」


「し、していないッ!」


そんなレヴィを後ろから見ていたリョウタは、すぐに彼女が飛びたがっていることに気が付いていた。


レヴィは感情的になると、どこでも構わず竜騎士の必殺技ひっさつわざであるジャンプをしたがるのだ。


当然、やれば確実かくじつに着地は失敗しっぱい


動けなくなった彼女の面倒めんどうを見るのは、いつもリョウタだ。


「そ、そんなことよりもちょっと飛ばすぞ! 思っていたよりもリムとはなれてしまった」


「はいよ」


反対にリョウタは、しかめっつらになって思っていた。


自分はこのダメ女竜騎士のせいで、またいのちちぢめそうだ、と。


(はぁ、レヴィにあんな顔をされることわれなくなっちまうんだよなぁ……。自分でもなんでだかよくわかんねぇよぉ……)


彼はレヴィのわれると、本当はいやでしょうがないのに引き受けてしまう。


リョウタは馬上ばじょうで揺られながら、そんな自分にあきれていた。


「着いたのですよ」


それから馬を足早に進め、リョウタたちはライト王国へと到着とうちゃくした。


ライト王国は、三人が想像そうぞうしていた以上に酷い有り様だった。


国をかこっている城壁じょうへきくずされ、街や城はほぼ全壊ぜんかい


一体何をすればここまで破壊はかいできるのだと、三人は馬を降りてライト王国の惨状さんじょうを前に立ち尽くしてしまっていた。


「ひでぇ……一国いっこくをここまでボロボロにするって、そのリンリってやつとドラゴンってどんだけなんだよ……」


めずらしくリョウタが口を開くと、リムも続く。


「父様が、けして聖騎士やドラゴンと一戦交いっせんまじえるなと言っていましたが……」


「ああ……ルバートが負けたのも納得なっとくできるな……」


その惨状は、一国のぐんでもここまでできるものとは思えないほどのものだった。


まだ近くに、その張本人ちょうほんにんである聖騎士やドラゴンがいるかと思うと、三人はその身を震わさずにはいられない。


「ともかく、生存者せいぞんしゃがいないか確認をするのです」


リムがそう言うと三人は、周囲しゅうい警戒けいかきいしながら、全壊したライト王国を回ってみることにした。


さいわいだったのかはわからないが、生存者も死体したいも見ることはなく、リョウタたちはまだ屋根やねのこっていた建物たてもの一泊いっぱくすることに。


「ラヴィ姉さん……一体どこに……」


ポツリと言うレヴィに、リムは彼女と同じようにうつむくしかなった。


ライト王国の状態が、これほどまで酷いとは思ってもみなかったのだ。


この現状げんじょうを見たレヴィには、何を言っても気休めにすらならない――。


リムはそう思うと、彼女を元気づける言葉が出てこなかった。


「心配するなよレヴィ。あの暴力ぼうりょくメイドと呼ばれたラヴィ姉さんが、そう簡単かんたんにくたばるわけないだろ? どこにも死体がなかったのがその証拠しょうこだ」


「リョウタ……。そうだな。姉さんがそう簡単に死ぬはずないよな」


リムは自分が言わないでいたことを、あっさりと話し始めたリョウタを見て、この男が考え無しと思うのと一緒に、その口のかるさをうらやましく思った。


実際にレヴィは、リョウタの言葉で笑顔になったのだ。


この男は要領ようりょうも悪く、何をやっても文句もんくばかり言い、すきあらば楽をしようとするのだが。


何故か他人に希望きぼうを持たすことができる才能がある。


(この冴えない男からビクニっぽさを感じるのは、こういうとこなのですかね……)


リムはそう思うと、二人に気がつかれないように笑った。


き火をかこみ、交代こうたい見張みはりをしながら夜を過ごした三人は、次の日にストロンゲスト·ロードへ一度戻ることを決める。


里へ戻って、今度は大人数でライト王やラヴィらを捜すためだ。


「だから俺は最初さいしょにそう言っただろ?」


やはり文句ばかり――。


リムはそう言ったリョウタを無視してながら、里へと馬を走らせた。


その帰り道に、三人のいたところが突然くらくなった。


今は朝だというのに、何故と三人は空を見上げると――。


「あ、あれは……バハムートッ!?」


三人の上を巨大きょだいなドラゴン――幻獣げんじゅうバハムートが飛んでいた。


バハムートが向かっている方向ほうこうは、三人が戻ろうとしているストロンゲスト·ロードのほうだ。


「ライト王国をおそったのは、バハムートで間違まちがいないなさそうなのです。とてつもない狂暴きょうぼうな気を感じました」


リムはそう言うとバハムートを馬で追いかけた。


レヴィも馬の手綱を引き、すぐに彼女を追いかける。


「あんなデカいやつに勝てるのかッ!? それにバハムートって言ったら最初は絶対ぜったいに勝てないって設定せっていなんだぞッ!?」


「すまんが何を言っているのかよくわからん」


茶化ちゃかすなよッ!」


「勝てる高い可能性かのうせいが低いのはわかってる。だが、かといって里が襲われるかもしれないんだ。ほうっていくわけにもいかんだろッ!」


二人がそう言い合っているとき――。


リムはすでに馬から飛び降り、バハムートの注意ちゅういを引くため、攻撃を仕掛けていた。


「はぁぁぁ、オーラフィストッ!」


リムの叫び声と共に、彼女の突き出された両手のてのひらから、ひかり波動はどうはなたれた。


チャイグリッシュ家につたわる、体内にあるオーラを集め、それをぶつける聖属性ぞくせい気功技きこうわざだ。


地上から空に飛んでいるバハムートへ光の波動が向かって行く。


だが――。


「なッ!? オーラフィストを吸収きゅうしゅうしたのですかッ!?」


光の波動を受けたバハムートは、その光を体内に取り込んだ。


そしてリムの姿に気がつき、ゆっくりと彼女のいるほうへと向かってくる。


「今の一撃はうぬか?  すさまじいものではあったが我は聖なるりゅう……光はすべて我の力となる」


バハムートは丁寧ていねいでいながら威圧感いあつかんのある声で、リムに話しかけ始めた。


言葉をしゃべる幻獣を見たリム、そしてその後ろにいたレヴィやリョウタはおどろきをかくせない。


「ちょっと待てよッ!? 喋るのは別に驚かねえけど。バハムートが聖属性の攻撃を吸収するなんて、俺の知ってる設定にそんなのなかったぞッ!?」


だが、リョウタだけは二人とは違う理由りゆうで驚いているようだった。


「言葉が通じるのなら……」


レヴィは馬を降り、バハムートへと向かっていく。


彼女はある程度ていど近づくと顔を上げ、空に浮かぶバハムートへ声をかけ始めた。


「ライト王国を襲ったのはお前か?」


怒鳴どなりつけるわけでも、尋問じんもんするかのようでもなく、あくまで自然しぜんに落ち着いた様子でたずねるレヴィ。


訊ねられたバハムートはくるしそうにいきを吐いた。


その吐いた息で、周囲にあった木々きぎが揺れ、それらにまっていた鳥たちが一斉いっせいに飛んで行く。


「たしかに我である」


「何故そんなことをした? いや、たとえどんな理由があったとしても、お前をこのまま野放のばなしにはできん」


レヴィはそう言いながら背負っていたやりかまえた。


そして、彼女の横にリムも無言むごんならび、身構える。


「我はすべてを焼き尽くさねばならぬ……。すべては女神のために……」


バハムートはそう言うと口を大きく開く。


リョウタは慌ててレビィとリムのことを引っ張り、二人を連れて走り出した。


彼につられたのか、そばにいた二匹の馬もその場から走り去っていく。


「ど、どうしたというのだリョウタ!?」


「そうなのですよ! 逃げるのなら一人で逃げてください!」


リョウタの咄嗟とっさ行動こうどうに、レビィは戸惑とまどい、リムが酷い言葉をぶつけた。


だがそれでも彼は、彼女たちを引っる力をゆるめなかった。


「バカ野郎ッ! バハムートが口から吐くものって言ったらメガフレアだろッ!? そんなもんらったら確実に死んじまうぞ!」


二人が理解しようがしまいが、リョウタはそう叫びながらただ思いっきり走る。


そして、バハムートは口からほのおを吐き出した。


すさまじい青白あおじろ業火ごうかが周囲にあった草や木々をき尽くす。


そのあまりの威力いりょく唖然あぜんとするレビィとリム。


力任せに引っ張られながら彼女たちが思ったことは――。


リョウタが伝説でんせつの幻獣であるバハムートについて、よく知っているということだった。


「リョウタッ!? お、お前はどうしてバハムートのことを知っているんだ!?」


「そうなのです! バハムートは本にしかっていないような伝説の幻獣なのですよッ!?」


叫ぶように訊いてくる二人にリョウタは、今は説明せつめいしているひまはないと返事をした。


「それよりも早く逃げるんだよッ! あんなやつ、伝説の勇者でもないかぎり勝ってこねぇッ!」


だが、そんなリョウタの手は振り払われた。


レヴィとリムは、再び体をつかんできた彼に言う。


「悪いなリョウタ。いくらお前の言うことでも、ここで引くことはできん」


「リムも同じくなのです。バハムートは里へと向かおうとしているのです。ならば、ここでやつを止めねば里も焼き払われてしまうのですよ」


背を向けたまま言う二人を見たリョウタは、その表情を強張こわばらせると、その場が走って去っていった。


バハムートがレヴィとリムの姿に気がつき、その大きな黒銀こくぎんつばさを広げて飛んでくる。


二人はみょうさとったような表情で、ただ向かって来るバハムートを見ていた。


「伝説の幻獣バハムートか……。竜騎士として私のみがいてきたうでを振るうのに、これほど相応ふさわしい相手もいないだろうな」


「リムもライト王国できたえた魔法の力。今こそ見せるときです」


レヴィは槍を構え、竜騎士の必殺技であるジャンプの姿勢に入る。


リムも両腕に魔力を込め、臨戦態勢りんせんたいせいへと入った。


「我が名はリム·チャイグリッシュッ! 武道の名門めいもんチャイグリッシュの生まれながら、才能も全くないのにゆめは大魔導士ッ!」


突然リムが叫んだ。


それはどこか、彼女の決意表明けついひょうめいのようなひびきに聞こえるものだった。


そんなリムを横で見ていたレヴィは、クスッと笑みを浮かべると、彼女に続いた。


「そしてその友、レヴィ·コルダストッ! 貴族きぞくコルダスト家の生まれにして今は流浪るろうの竜騎士ッ! だが、いまだに着地もできぬ未熟者みじゅくものだ! しかし、それでも必ずお前をここで止めて見せるッ!」


レヴィは、リムの覚悟かくごこたえるように叫んでみせた。


おろかな。たかが人間風情が我を止めようと言うのか?」


そして、バハムートは再び口を大きく開いた。


その口からは先ほどと同じく、青白い炎が吐き出される。


高く跳躍ちょうやくする姿勢からすかさず切り替えたレビィは、リムを抱えてその凄まじい業火を避けた。


炎がさらに辺りを焼け野原へと変える。


もしさっきリョウタが無理やり引っ張ってくれなかったら――。


もしあの炎を避けなかったら――。


レビィはそう思い、口に溜まったつばをゴクリと飲むと気持ちを切り替えた。


「よしリム。このまま奴に突っ込むぞ!」


「はい! なのですよ!」


レビィはそのままリムを抱え、再び跳躍。


その流れるような動きは、今までの彼女とは思えないものだった。


ただ、どれだけ高く飛べるかだけに力を注いでいたレビィだったが、今は状況に合わせて跳躍できている。


それは、これまでのリョウタとの旅やリムとの出会い――。


そして、これまでけして諦めず努力をしてきた彼女の成長の証であった。


レビィ本人はそのことに無自覚だが、その成長を彼女の姉であるラビィが見ていたら、堪らず涙ぐむかもしれない。


「うおぉぉぉッ! リムもお空を飛んでいるのですよ!」


「いいかリム。このまま奴の頭に一撃喰らわすぞ」


御意ぎょいなのです!」


バハムートの頭上を越え、空へと上がった二人はそれぞれ構える。


槍を下に突き立てたレビィの肩に足を乗せたリムは、そこからさらに上空へと飛んだ。


重力とリムのかけた重さを利用し、レビィは槍をバハムートの頭に突き刺す。


「どうだ! 私の槍、グングニルの味はッ!」


苦痛くつう悲鳴ひめいをあげるバハムート。


額から血を噴き出し、怯んでいるそこへ先ほどさらに高く上がったリムが突っ込んできた。


「これで決めるのですよ!」


空中で回転かいてんしながら飛び込んできたリムは、そのままバハムートの額に自身のかかとを落とした。


レビィ、リムの連続攻撃を喰らい、バハムートは大地へと叩きつけられる。


まるで砂漠さばくに起きた暴風ぼうふうのように砂が舞い、辺り一面をけむりのごとくおおっていく。


跳躍がいつもよりも高くないためか、レビィは失敗することなく着地できていた。


そのとなりには、リムかまるでねこのようにスタッと軽やかに下りてくる。


「今のは手応てごたえあり! なのですよ」


「だがバハムートは伝説の幻獣。この程度で倒せたとは思えないが……」


レビィがそう思ったように、バハムートはゆっくりと立ち上がった。


黒銀の翼を広げ、それを羽ばたかせると、レビィとリムに強風が吹き荒れる。


バハムートにダメージがないわけではなさそうだが、まだまだ戦う余力はありそうだ。


「やはりそう易々とはいかないか……」


「ならば、倒れるまで続けるだけなのです」


「よし、もう一度飛ぶぞリム。今度はさっきよりも高くだ!」


「なのです!」


二人がたがいに声を掛け合い、再び跳躍。


レビィが言った通り、より高く上空へと飛んでいく。


だが、うなるバハムートから放たれた光の波動が、それをさせまいと降り注いだ。


「ぐわッ!? 何の光だッ!?」


「これはオーラフィストと同じ聖属性せいぞくせいッ!? ドラゴンにどうしてこんなことができるのですかッ!?」


そして二人は、その身をけずられながら大地へと叩きつけられてしまう。


「いたた……。レビィ、大丈夫なのですか?」


リムが声をかけたが、レビィは苦悶の表情をみせた。


どうやら地面に落ちたときに、リムを庇って両足を痛めたようだ。


これではもう高くは飛べない。


リムがレビィの怪我のぐらいを見て、そう思っていると――。


「少しはできるようだな。だが、その程度は我を倒すことなど、夢のまた夢に過ぎぬ」


光の波動を放ちながら、ゆっくりと二人へと向かってくるバハムート。


そして、その口を大きく開く。


地獄の業火のような炎――メガフレアを喰らわせるつもりだ。


リムはレビィを抱えて逃げようしたが、すでに間に合いそうにない。


「何をしているリムッ!? お前だけでも早く逃げるんだッ!」


レビィが叫ぶ。


リムは彼女を抱えて逃げるのを諦めると、すでに青白い炎を口から吐こうとしているバハムートに向き合った。


「何をしているんだッ!? 奴の炎が来るぞッ!?」


レビィの声を無視して――。


リムはその両手に魔力を溜めていく。


「リムの夢は大魔道士……英雄になることです」


「こんなときに何を言っているッ!? このままお前まで殺られたら私は……」


「リムの命はある人に救われたものなのです!」


突然レビィの言葉を遮って叫ぶリム。


彼女はレビィが驚きで黙ると、そのまま言葉を続けた。


前に精霊に誑かされ、里を破壊しようとしてしまったとき――。


我が身を顧みずに、リムを助けてくれた暗黒騎士がいた。


その暗黒騎士は、操られていた愚かな自分のことを英雄、そして友人と呼んでくれた。


それ以来、もう自分の境遇や才能のなさを恨むのをやめ、ただ夢を追いかけてきたのだと。


「ここでレビィを置いて逃げるようなら、リムはもうその人に合わせる顔がないのです。それに……」


リムは、急に言葉を止めてレビィのほうへと振り向いた。


その顔はいつも見せている笑顔――レビィのよく知るリムの顔だった。


「レビィはもうリムの大事な人なのですよ。だから、置いて逃げるなんてできません」


そして、その微笑みのまま、そう呟くように言った。


「リ、リム……お前……」


レビィは頬に暖かさを感じていた。


それはポタポタと垂れる自分の涙だった。


だが、涙で滲む目には、容赦なく青白い炎が向かってくるのが見えていた。


レビィには、リムが何をするかがわかっていた。


おそらく両手から氷の魔法を同時に唱え、バハムートのメガフレアを相殺するつもりなのだと。


しかし、それが無謀なことなのは、リム本人が誰よりも知っているはずだ。


確かに、リムの合体魔法ともいえる技術は素晴らしいが、国を焼き尽くすほどの炎を打ち消すのは不可能。


それでも、彼女――リムは、吐き出された青白い炎に向かって、氷の魔法を放った。


業火がリムの放った氷の魔法を、まるで飲み込むように近づいてくる。


やはり、どう見ても相殺することはできなそうだった。


「まだまだッ!」


それでもリムは叫び、体内に残った魔力をさらにその掌へと集めていく。


「なんだとッ!?」


慌てふためくバハムート。


それは、リムの放った魔法は勢いを増し、飲み込むようだった業火は、氷塊に寄って相殺されたからだ。


「や、やってやったのですよ……」


リムが一日に唱えることができる魔法の数は三回。


今メガフレアへ向けて放っている二回と、残りは後一回だ。


だがリムはこの土壇場どたんばで、同時に三回の魔法を唱えることに成功。


その三倍の威力いりょくを持った氷魔法で、メガフレアをかき消したのだった。


見事みごとなり人間よ。だが、次はもうあるまい」


バハムートは不敵ふてきに笑うと、その大きな口を開く。


再びメガフレアを吐くつもりだ。


「くッ!? も、もう魔力が……」


「リムッ!?」


レヴィが叫んだその瞬間しゅんかん――。


大きな鉄球てっきゅうがバハムートの顔面に放たれた。


口から出かかっていた青白い炎は軌道をそらされ、誰もいない焼け野原へと吐かれる。


「それ以上、うちの妹二人を傷つけるのはゆるさないっすよ」


その声の先には、メイド服を着た半目はんめの女性がいた。


レヴィの実の姉――ラヴィ·コルダストだ。


「よし、イルソーレ、ラルーナ! 行くぞッ!」


「さすが兄貴ッ! やつがひるんだすきにたたみかけるんですね!」


「さっすがルバートの兄貴ですぅ!」


ラヴィの声に続き、吟遊騎士ルバートと、ダークエルフのイルソーレ、そして人狼ワーウルフのラルーナが飛び込んでくる。


そして、その後ろから現れた人物を見て――。


「リョウタッ!」


レビィが歓喜かんきの声をあげた。


喜びに身を震わすレビィだったが、彼女にはリョウタが来ることはわかっていた。


何故ならば、彼はいつでもレビィの危機ききけつけるからだ。


途中とちゅうでラビィ姉さんたちに会ってさ。これなら勝てるかもって」


リョウタはレビィから目をそらしながら言うと、傍にいたラビィがあきれた顔をした。


大きくため息をつき、やれやれと言わんばかりだ。


「何が勝てるかもとか適当てきとうなこと言ってんすか? あんたが一人で泣き喚きながらバハムートのいるほうへ走っているのを、うちらが偶然ぐうぜん見つけただけでしょ」


「うわぁわわッ! そのことは言うなよッ!」


ため息まじりのラビィの言葉に、リョウタは慌てふためいている。


そんな彼を見たレビィは涙を拭うと、両足の痛みを堪えながら立ち上がった。


「レビィ、まだいけるすっか?」


「当然だ姉さん。……と言いたいところだが、この足ではもう飛べそうにない……」


「うーん、ルバートが気がついた良い作戦があったんすけどねぇ」


「いや、たとえもう飛べなくなったとしても私はやる……やってみせるッ! 教えてくれ! その作戦とはなんなんだッ!?」


言葉を詰まらすラビィにレビィが声を張り上げて訊ねると、姉は渋々話を始めた。


ルバートは泣き喚いていたリョウタからとてつもなく高い魔力を感じた。


ライト王国にいたときは感じなかったが、何故か今のリョウタからは感じるのだと。


その魔力はライト王国を襲った聖騎士の少女や、吸血鬼族をも越えるほどのもので、それをうまく使えばバハムートを倒せるかもしれない。


「とまあ、そんな感じなんすけど……」


ラビィは人差し指でほおをかきながら言葉を続ける。


残念ながらリョウタ本人は、魔法は何一つ覚えていないし唱えることもできない。


だが、その魔力を誰か別の人間にうつすことができたら?
 

そのとてつもない魔力をバハムートへぶつけることができるのでは?
 

それがルバートの考えた作戦だった。


「で、その魔力を移すやり方なんすけど。どうも相手への信頼関係が重要じゅうようみたいで」


「なるほど。だから私が、というわけなんだな。姉さん、やるぞ私はッ! リョウタの魔力を使ってバハムートを倒してやる!」


はりきってみせるレビィだったが、その震えている両足を見るに、誰でも無理をしているということがわかる。


レビィ以外が静まり返る中、リョウタが口を開いた。


「みんな、俺に考えがある……。聞いてくれ」


リョウタたちが話している間――。


バハムートを止めているルバート、イルソーレ、ラルーナの三人。


彼らは伝説の幻獣を相手に見事に戦っていたが、それももう限界が見えていた。


「あらら、ルバートたちがヤバいそうすっね。じゃあ、あとはあんたらに任せたっすよ」


そして、ラヴィは再び用意していた鉄球をバハムートへ向かって投げ始めた。


鉄球を喰らったバハムートは、メガフレアを吐こうとも吐けないでいる。


ラヴィなりのメガフレアへの対策たいさくだったのだろう。


仕留しとめることはできないにしろ、それなりに効果こうかありそうだった。


「よし。こちらも行くのです。自分で言ったことなんだから我慢がまんしてくださいなのですよ」


「あぁ。……でも、できればあまり痛くしないでくれ……」


まるで注射器ちゅうしゃきを怖がる子供のような顔をしたリョウタは、そう言いながらレヴィのことを自分の両肩に乗せる。


「こらリョウタッ! あまり動くな! 甲冑かっちゅうを着ていないからお前の皮膚が直接触れるだろう!」


「そんなこと言ってもしょうがねえだろ! ただでさえお前は重いんだから」


「重いとか言うなッ!」


肩車かたぐるましたリョウタが不安定せいか、レヴィはなんだか恥ずかしそうにモジモジしている。


「はぁぁぁぁッ!」


そしてリムはリョウタを思いっきり蹴り上げた。


レヴィを担いだままリョウタは、そのまま空へと蹴り飛ばされていく。


「オーラフィストッ!」


リムは、そこからさらに両手の掌に集めた光の波動を放った。


蹴り上げられたリョウタは、その波動を喰らったの勢いでさらに上昇じょうしょう


リョウタはすでにむしの息だったが、そのままバハムートへと向かってを描いて飛んで行く。


「リョウタ! あとはお前の魔力を私にそそいでくれればいい!」


「で、それってどうやんだよ?」


「私が知るか! さあ早くやってくれ!」


「お前、わかんないくせに引き受けたのかよッ!?」


言い合いをしながら空を飛ぶリョウタとレヴィに気がついたバハムートは、顔を上げてその口を大きく開こうとした。


だがラヴィが鉄球を投げつけ、それに続いてルバート、イルソーレ、ラルーナの三人がバハムートの体を斬りつける。


小賢こざかしいッ! これでも喰らえッ!」


メガフレアを諦めたバハムートは、光の波動を全身から放った。


それにより、周囲にいた者たちが吹き飛ばされる。


「次は貴様たちだ! 人間どもッ!」


そしてバハムートは、上空にいるリョウタとレヴィにも光を放つ。


「危ないレヴィッ!」


「バカッ! やめろリョウタッ!」


リョウタはすでにボロボロだというのに、レヴィのことを庇った。


だが、そのとき――。


リョウタの全身から凄まじいまでの魔力が放出され、それが光の波動を弾き返していく。


そして、その魔力はそのままレヴィの槍へと集められていく。


「こ、これがリョウタが持つ魔力なのか……? これほどの魔力……初めて見るぞ……」


「いいからさっさと決めて来いよ、レヴィッ!」


「ああ、任せろッ!」


「ぐわッ!?」


そして、レヴィはロケットがブースターを切り離すように飛びあがった。


「クソッたれッ! やっぱお前といるとろくなことにならねえなぁぁぁッ!」


叫びながら落ちていくリョウタを見ながら――。


さらに上へと飛んだレヴィは、リョウタの魔力を纏った槍を下へ向け、バハムートを狙って降下こうかしていく。


こんなときだというのに、レヴィは満たされていた。


今までで一番高く空へと飛んで行けたのもあったのだろう。


そして、何よりも皆の力を合わせ、自分が決着をつける役を任されたのだ。


レヴィは、仲間に信頼されていると思うと、喜ばずにはいられなかった。


「これで終わりだ! バハムートォォォッ!」


レヴィがバハムートの額に槍を突き落とすと、凄まじい魔力がその体に流れ始めた。


バハムートは悲鳴をあげながら、その体内に流れた魔力が内側から爆発ばくはつしていくの感じていた。


「バカなッ!? 我がたかが人間ごときに敗れるのかッ!」


そう叫んだバハムートは、全身から溢れ出す魔力の輝きに飲み込まれて消滅しょうめつしていった。


危機は去り、すっかり安心したレヴィだったが――。


「やったぞ! ……って、うわぁぁぁッ!?」


「ゲフッ!」


そのまま落ちていき、やはり着地できず、すでに倒れていたリョウタの上に落ちた。


リムやラヴィ。


ルバートもイルソーレとラルーナと一緒に、そんな二人の元へと笑いながら向かって行く。


「やれやれ、締まらないっすね」


「でもいいじゃないか。二人ともしあわせそうだ」


ラヴィがため息をつくと、ルバートはまあまあと声をかけた。


実際に気を失い、もうボロボロのレヴィだったが、ルバートの言う通りその顔は満面の笑みである。


反対にリョウタのほうは険しい顔で、まるで悪夢でも見てうなされているかのようだが――。


「リョウタ……やったぞ……私は……」


「ああ……レヴィ……お前は……いつまで……俺を苦しめるんだ……」


ムニャムニャと嬉しそうに眠っているレヴィと、呻くリョウタを見て――。


その場にいた全員が大声で笑い合った。

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