第百四十四話 抗えないもの

ワルキューレがそう言うと、ソニックの体は輝かがやき始めた鏡かがみの光ひかりに包つつまれていった。


それはぼくの知っている聖せいなる光とは違う。


一体いったいなんの魔法まほうなんなんだ?
 

そして――。


「……ビクニッ!? ググッ!? やめろ! やめてくれぇぇぇッ!」


ソニックがビクニとぼくの名を叫さけび始めた。


必死ひっしになにかをやめさせようと、鏡に向かってとても苦くるしそうに喚わめいている。


なんでよ!? 


鏡にはソニックの姿すがたしか映うつっていないのに。


ソニックには一体なにが見えているの!?
 

「その鏡に見えるものは……」


驚おどろいているぼくの傍そばでは、ワルキューレは笑みを浮うかべていた。


そのときの彼女の顔は、女神の使つかいというよりもまるで悪魔あくまのようなおぞましいものだった。


「この世で最もっとも恐おそろしいものだ」


それから彼女はソニックに語かたりかけるように、今鏡に映っているものの説明せつめいを始めた。


生死せいしに関かかわらなくても、耐たえがたいものは誰だれしもある。


ソニックの場合――。


それはビクニやぼくを失うしなうこと。


それを理解りかいしたワルキューレは幻惑げんわく魔法をかけ、鏡にソニックがこの世で一番見たくないものを見せているのだと言った。


きっとぼくやビクニが酷ひどい目に遭あっていたり、殺されそうになっている姿が映っているのかも。


その話を聞き、今見えているものが幻覚げんかくだとわかっているというのに。


ソニックは自分が拷問ごうもんされているとき以上に、悲痛ひつうな叫び声をあげていた。


鏡にすがりながら、ひたすらやめてくれと喚いている。


「生せいある者には、けして抗あらがえないことがこの世にはある。それから自分を守まもろうとするのは臆病おくびょうではない」


ワルキューレは、両膝りょうひざをついて叫び続けるソニックへ言葉を続けた。


溺おぼれたときに藁わらを掴つかむかの如ごとく――。


熱ねっした鉄板てっぱんに触ふれ、思わず手を離はなしてしまうかの如く――。


生きている者には絶対ぜったいに逆さからえない反応はんのうというものがあると――。


ワルキューレは嬉うれしそうに語っていた。


「しかし驚いたぞ。まさかあの冷酷非道れいこくひどうな吸血鬼族きゅうけつきぞく――しかもその王子が、他人たにんの苦痛くつうが何より耐えられないものだったとはな」


ワルキューレがそう言うと鏡の輝きが止やんだ。


そして、ソニックはその場で気を失ってしまう。


「おめでとう。これで治療ちりょうは終わった。あとは時間をかけ、抜ぬけ殻がらとなった貴様きさまに女神さまへの愛を注そそぎ込むだけだ」


パチパチと一人拍手はくしゅをしたワルキューレ。


それから彼女は、倒たおれたソニックをそのままにして部屋から出ていった。


一方ソニックのほうは、気を失っても幻覚は続いているみたい……。


両目をつぶりながらもその顔は苦痛に苛さいなまれていた。


とても酷い夢ゆめにうなされているみたいだ。


酷い夢……。


悪夢あくむ……そうだ!
 

ぼくは人の悪意あくいを食べる幻獣げんじゅうバグ。


それは悪夢だって同じだよ。


ソニックが空からっぽされちゃう前に、その頭の中の悪夢を全部食べてやる!
 

ぼくは倒れているソニックのほうへ歩き、彼の頭に自分の体を寄せた。


待っててねソニック。


今ぼくが助けてあげる!