第百二十一話マインドダイブ

凄すさまじさが増ますルバートの剣。

防戦一方ぼうせんいっぽうのままではまずいと思った俺は、一度距離きょりを取るために反撃はんげきに出た。

魔力まりょくを込こめた蹴けりをルバートの脇腹わきばらを狙ねらって放はなつ。

当然防御ぼうぎょされてしまったが、その蹴りで奴やつを吹ふき飛ばすことには成功せいこうした。

十分じゅうぶんな距離はできた。

本当ならここで全力ぜんりょくの攻撃魔法こうげきまほうを唱となえれば俺の勝ちだが、それはできない。

かといって、ルバートを殺ころさない程度ていどに抑おさえた攻撃魔法では、奴を止めることは不可能ふかのうだ。

どうする……?

どうすればルバートの呪縛じょばくを解とける?

精霊せいれいに魅入みいられた者を正気しょうきに戻もどすことが可能かのうなのは武道家ぶどうかの里さとで見た。

だが、俺がビクニのやり方でそれができるとは到底とうてい思えない。

あれはあの女の才能さいのうと言っていいだろう。

他人たにんの弱よわさを理解りかいできる、あいつの……。

いや、今はあんな暗黒あんこく女のことを考えている場合ではない。

俺ができることを考えろ。

……そうなるとやはり魔法に頼たよるしかない。

精神操作せいしんそうさの魔法は俺にもできなくはないが、セイレーンの使う術じゅつのほうがおそらく上だ。

それならいっそのこと、魔法を使って直接ちょくせつルバートの心に潜もぐる。

だか、この作戦には問題もんだいが二つある。

一つ、相手の精神に潜る魔法を唱えると、術者じゅつしゃ――ようは俺自身じしん、完全かんぜんに無防備むぼうびになってしまうこと。

二つ、たとえ俺がルバートの精神に入ったとして、奴を正気に戻せる保証ほしょうはどこにもないこと。

無防備になった途端とたんにセイレーンか動き始める可能性もある。

いや、その前にルバートにやられるほうが先さきかもしれない。

精神に入り、ルバートの心に触ふれたとして、俺の言葉が奴に響ひびくことも難むずかしいはずだ。

だが、それでも他ほかに方法ほうほうがない。

やるしかないんだ。

俺は近づいてくるルバートに飛びかかり、奴の頭あたまを両手りょうてて掴つかんだ。

「マインドダイブ!」

そして、他者たしゃの心へ潜る魔法を唱えた。

自分の意識いしきが目の前の相手に入っていくこの感覚かんかく。

今までにも何度が使ったことがあった魔法だが、やはり好きになれない。

俺はルバートの心の中を進すすんでいくと、ある一つの建物たてものが見えた。

その周まわりでは、人間族ぞくと亜人あじん族たちが言い争あらそっており、互たがいに休みなくいがみ合っていた。

それから俺は建物に入ると、そこには楽器がっきだらけの部屋があった。

外観がいかんは宮殿きゅうでんのように立派りっぱな建物だったのだが、部屋の中は狭せまくすべての色が灰色はいいろだ。

そしてそこには、一人の男が女の姿すがたをした彫刻ちょうこくに寄より掛かかっていた。

その男はルバート。

女の彫刻は、奴の思い人ラビィ·コルダストだった。

そして、部屋にはセイレーンの歌声が鳴なり響いている。

俺が部屋に入ってもルバートは何の反応はんのうも見せず、ただラビィの彫刻に寄り掛かっているだけだった。

もし、ビクニかここにいたら気に利きいた言葉――いや、あいつの思いをルバートにぶつけていただろう。

だが、俺にはそんな真似まねはできない。

ルバートを慰なぐさめることも激励げきれいすることもできない。

そもそも俺が奴に正気に戻ってもらいたいのは、こちらの都合つごうでしかない。

その程度の気持ちでは、セイレーンによって欲望よくぼうを解放かいほうしたルバートに届とどくはずがないのだ。

しかし、それでも……。

俺にはこいつに伝つたえるべきことがある。

「悪いが慰めるのは得意とくいじゃねえんだ。簡単かんたんに話させてもらう」

それから俺は、ルバートがずっと溜ため込んでいたことについて話した。

この海の国マリン·クルーシブルでの問題や、行方ゆくえがわからなくなったラヴィのことを探さがしに行けなかったことを。

実際じっさいに大たいしたものだと思う。

自分の気持ちを抑え、国のために努力どりょくしてきたルバートは、たしかに立派だった。

たとえ操あやつられているとはいえ、不満ふまんや鬱屈うっくつした気持ちが爆発ばくはつした今、ラビィに捧ささげた剣を振ふるってしまっていることも理解りかいできる。

だが、それとこの国の住民じゅうみんを皆殺みなごろしにするのは矛盾むじゅんしている。

「お前は今でもこの国の連中れんちゅうを愛あいしているはずだ」

伝えたかったことを話した俺は、最後さいごそう言った。

すると、ラビィの彫刻に寄り掛かっていたルバートが俺のほうを振り向いた。