イントロバートガール·シヴァルリィ~無気力少女の異世界冒険記

コラム

第百二十話 似合わないこと

俺はり落とされた剣を魔力まりょくめた両腕りょううでで受け止めた。


ルバートが使っている剣は、由緒ゆいしょただしいなんとかとか、伝説でんせつのうんぬんなどではなく、どこにでもあるただの鋼鉄はがねのものだ。


どこにでもあるありふれた武器ぶきなんかを、魔力をまとった俺の体に振り落とせば、当たった瞬間しゅんかん粉々こなごなになるのだが、そうはいかなかった。


それはルバートのはな強烈きょうれつ剣圧けんあつが、どこにでもあるありふれた剣を強化きょうかしているからだった。


世界最強せかいさいきょうの名は伊達だてではない。


達人たつじん得物えものえらばないというが、ルバートはまさにそれだった。


かといって、受け止めた俺の両腕が切り落とされたわけではない。


当然だが、ビクニのった俺のほうが、すべてにおいて上回うわまっていることを、ルバートの一太刀ひとたちびて理解りかいした。


このままちからまかせてやつ仕留しとめるだけなら簡単かんたんだったんだが……。


「どうやら本気ほんきを出せないみたいね」


セイレーンが空中くうちゅうからクスクスと笑い、俺とルバートのことを見下みおろしていた。


「まさかあのむすめが自分の血を吸わせるなんて思わなかったけど。それじゃ、せっかくの力が無駄むだになっちゃうわ」


手を出せないことにかんづいたセイレーンがそういうと、ルバートの猛攻もうこうが始まった。


それはまるで雨のようで、一度の振りで無数むすうの剣がおそいかかって来るようだった。


だが、こんなものではやられはしない。


たとえ今が朝だろうが、剣の動きはすべて見えている。


どんな達人だろうが、今の俺から一本取るのは至難しなんわざだ。


しかし、それでもルバートをころさずに止めるのは非常ひじょう困難こんなん――いや、正直不可能ふかのうだ。


ルバートの実力じつりょくは、俺が想像そうぞうしていた以上いじょうのものだった。


だからといって、ここでこの吟遊騎士ぎんゆうきしいのちうばえばビクニとの約束やくそく……いやちがう。


この国でふねりることができなくなる可能性かのうせいがある。


そしたら目的地もくてきちである愚者ぐしゃ大地だいちへと行けなくなってしまう。


俺はルバートのあらしのような剣を受けながら、そう考えた。


そうだ……。


だんじてビクニと約束やくそくしたからとか、奴がかなしむからとかではない。


「何をしているのルバートッ! さっさとその吸血鬼きゅうけつきを殺しなさいッ!」


いつまでも手間取てまどっているルバートを見たセイレーンは、苛立いらだったのかきゅう怒鳴どなり始めた。


俺はその声と、剣の打撃音だげきおんを聞きながら考える。


さきにセイレーンのほうを始末しまつすれば、ルバートにかけられた呪縛じゅばくかれるかもしれない。


だが、それはできない。


何故なら、今俺はルバートの攻撃こうげきを受け切るので精一杯せいいっぱいだからだ。


むしろ、空中にいるセイレーンが動かないでくれているのががたいくらいだ。


なら、やはりルバートに自力じりき正気しょうきもどってもらうほかない。


しかしだ。


それは期待きたいできないのだ。


それは、過去かこ精霊せいれい魅入みいられて、正気に戻れた者などいないからだ。


精霊は気に入った者を誘惑ゆうわくし、その人物じんぶつ欲望よくぼう欲求よっきゅうなどのこころよわみに付けんでくる。


だから、それにあらがえる者などいないのだ。


どんな奴だって、自分が心の奥底おくそこでののぞむことにさからえるはずがない。


この聖人君主せいじんくんしゅ見本みほんのような男だったルバートだってそれは同じだ。


いや……ちょっと待てよ……?


俺は見たぞ……。


ビクニの奴が死ぬ思いをして説得せっとくしたことで、正気を取り戻したリム·チャイグリッシュのことを……。


「……それなら、やる価値かちはあるってことか……」


俺が笑みをかべてそうつぶやくと、ルバートは振る剣の速さをさらに上げ始めた。

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