イントロバートガール·シヴァルリィ~無気力少女の異世界冒険記

コラム

第百十八話 失念

俺はその魔剣まけんを見て思い出していた。


以前いぜんにライト王国で暴走ぼうそうしたググがあばれていたとき――。


ビクニはその魔剣でググを止めたことがあった。


あの暗黒騎士あんこくきしだけがあつかえる魔剣には、相手の悪意あくいを受け止めるちから――吸収きゅうしゅうする力があると、ビクニが言っていたな。


それじゃ、今あれほどやいばが大きくなっているのは理由りゆうは、この国中くにじゅうの者の悪意を吸収しているからってことか。


それならさっき地上ちじょうころし合っていた人間や亜人あじんたちは、もうその手を止めているはずだ。


だが、俺が気にしているのはそこじゃない。


ビクニの馬鹿ばかがセイレーンの前にあらわれたことだ。


これまでたびかさね、出発前しゅっぱつまえとは別人べつじんのように実力じつりょくを付けたのはみとめる。


使い方すらわからなかった魔道具まどうぐを、自分の意思いしで魔剣へと変化へんかできるようにもなった。


ビクニはたしかにつよくなった。


しかしだ……。


それでもやつが一人で精霊せいれいたおせるはずもない。


あいつのことだ。


きっと俺が攻撃こうげきされているのを見て、かんがえなしに飛び出してきたんだろう。


出会ったときから変わらない本物ほんものの馬鹿だ。


俺なんか気にせずにかくれてろよ馬鹿ビクニ……。


「なんなのあなた? あなたのせいでみんな私の歌を聴かなくなっちゃったじゃない」


早速さっそくビクニに声をかけたセイレーン。


たおれながらで見にくかったが、屋根やねの上に立つビクニはふるえながらも目の前にいる精霊をにらみ返していた。


ビクニの態度たいどが気に食わなかったセイレーンは鳥のつばさひろげ、俺にやったように、自身じしん羽根はねをナイフをように飛ばそうとした。


「キュウッ!」


そのとき、ビクニのかたからググが姿すがたを現した。


ググが大きくくと、俺たちのいる下でしばられていたルバートのわな魔法まほう――イージートラップの拘束こうそくかれる。


そして、その魔力まりょくくさりはそのままセイレーンを縛り上げた。


セイレーンが空中くうちゅう面食めんくらっているあいだに、ビクニはググとともに屋根をつたって俺のほうへとけてきた。


普段ふだんだったらおびえながらグズグズ言い出し、結局けっきょく飛ばないのだろうが、こういうときの奴の行動こうどうはやかった。


「大丈夫なのソニック?」


「なんで出て来たんだよ、お前は……」


「ググがね。フラフラの体で私のところへやって来ておしえてくれたの。ソニックがあぶないって」


その後にセイレーンの歌声が聞こえ始め、ビクニのまわりにいた者たちも暴れ始めたのだが、突然魔道具が反応して魔剣へと変わり、物凄ものすごいきおいで暴れていた者たちから黒い波動オーラい始めたという。


なんてことだろう。


俺はビクニだけではなく、つかれきってねむっていたはずのググにまでたすけられたのか。


俺がそう思いながうつむいていると、ググが鳴き、ビクニが言う。


「なんでも一人で背負しょいこまないで。私たち、ここまでずっと一緒いっしょだったんだから……もっと信頼しんらいして……話をしてよ……」


そう言われ、そうかもしれない……と、俺は思った。


俺ははなから誰もルバートが犯人はんにんだということをしんじないと決めつけ、こうやって殺されかけた。


最初さいしょから話していれば、もっとうまくことがはこんだかもしれない。


そう、思わざるなかった。


「こんなもので私を止めれると思っているの?」


空中で縛られていたセイレーンは、その魔力の鎖を引き千切ちぎり、ふたたび大きく翼を広げようとした。


だが、突然セイレーンめがけて飛んできたナイフと金属きんぞくが、そのほほをかすめた。


その刃物はものが飛んできた方向には、があまりにも大きなおのバルディッシュをかついでいるダークエルフの男と、大きな金属の輪チャクラムを持った人狼ワーウルフの女――。


イルソーレとラルーナだ。


「よくわからねえが、その二人と一匹に手を出すんならタダじゃすまさねえぜ」


「そうだよぉ。絶対ぜったいゆるさないよッ!」


二人の声を聞き、いかりにちた顔をしたセイレーンだったが、すぐに表情ひょうじょうもどす。


そして翼を広げると、今度こんどは歌い始めた。


すでにビクニによって、悪意は吸収しくされているはずだ。


無い感情かんじょうは、セイレーンがどんなに強力きょうりょくな魔力を持っていたとしてもあやつることはできない。


だが、それは俺の勘違かんちがいだった。


いや、忘れていたと言ったほうがいい。


悪意を操るのでなく――。


精霊に魅入みいられた者は、本人ほんにんちからでなくてはそれをやぶれないことを。


「ル、ルバート……?」


俺のよこでビクニがつぶやくように声を出した。


その疑問ぎもんの言葉の理由は、ルバートがたとえクラーケンが相手でも、けして使わなかった自身のけんに手をかけていたからだった。

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