イントロバートガール·シヴァルリィ~無気力少女の異世界冒険記

コラム

第八十八話 涙

俺のキザ男という言い方が気に入らなかったのか、イルソーレは椅子いすから立ち上がって、こちらをにらんできた。


ラルーナも同じようで、うなりながら俺のことを見ている。


しまった。


もっと言葉をえらぶべきだったか。


言われた本人ほんにん――。


吟遊騎士ぎんゆうきしばれた男はまったおこっていないが、太鼓たいこ持ちのダークエルフと人狼ワーウルフの二人はあきらかに俺へ敵意てきいき出しにしている。


面倒めんどうなことになりそうだ。


本人は怒ってないんだから、お前らも気にするなって言いたい。


「二人ともやめ……」


キザな男がイルソーレとラルーナのことを止めようとした瞬間しゅんかん――。


俺のあたまがポンッとたたかれた。


「ダメだよソニックッ! そんな言い方しちゃ失礼しつれいじゃないッ!」


誰よりも早く俺に手を出したのはビクニだった。


それを見てイルソーレとラルーナの顔からいかりが消え、笑い始める。


「ホントしりかれてんな、お前」


「人間と吸血鬼族きゅうけつきぞくなのに。あなたたちってなかがいいんだねぇ」


椅子いすすわったイルソーレと、唸るのをやめたラルーナを見たキザな男は、ラムしゅの入ったグラスをらしながらホッと安心あんしんしているようだった。


二人にそう言われて、ビクニは何故か顔を赤くしていた。


ずかしそうに一人何かブツブツとつぶやいている。


そんなビクニの頭に飛びったググはうれしそうにいていた。


そして、ようやく料理りょうりはこばれてきた。


「言いわすれていたが、今夜こんやの飲み物も料理も私のおごりだ。遠慮えんりょせずに食べてくれ」


それを聞いて、イルソーレはまた「さすがですッ!」と大声を出し、ラルーナもまたさっきと同じように両目りょうめかがやかせてパチパチと小さく拍手はくしゅを始めた。


その後――。


キザな男は店内てんないにいるすべての者の飲食代いんしょくだいはらうと言い、全員が歓喜かんきの声をあげながら俺たちと乾杯かんぱいをした。


現金げんきんやつらだ。


さっき俺たちしたことをもう忘れたのか。


集団しゅうだん袋叩ふくろだたきにしようとしていたくせに、この手のひらの返しようはなんだ。


いや、それだけこのキザな男に影響力えいきょうりょくがあるのか。


さっきのビクニにたいする態度たいどを見るに、奢ったくらいでここまで変わるほど亜人あじんたちも単純たんじゅんじゃなさそうだしな。


「ずいぶんとふとぱらなんだな」


「場をさわがせてしまった謝罪しゃざいみたいなものだよ」


俺がそう言うと、顔にかかった前髪まえがみはらいながら返事へんじをしたキザな男。


いちいちその仕草しぐさはつが立つが、助けてもらったうえに奢ってもらってもいるので文句もんくは言えなかった。


店内がおまつりムードになる中、俺はキザな男にさっきの質問しつもんの答えをたずねた。


この男がルバート·フォルッテシなのかどうかを。


そばにいたビクニもみみかたむけていたらしく、俺たちのほうへとちかづいて来る。


「何故君たちが私のことを知っているかはわからないが。そうだよ。私の名はルバート·フォルッテシだ」


さっきイルソーレが名をんだからそう思ったが、やはりそうだった。


ビクニが身を乗り出し、俺はルバートと話を続けようとすると――。


「そりゃルバート兄貴あにき名声めいせいはこの大陸中たいりくじゅうに知れわたっているからなッ! 知っていて当然ッ! むしろ兄貴のことを知らないなんて、余程よほど田舎者いなかものだ」


家柄いえがら人柄ひとがら、そしてそのお顔も最上級さいじょうきゅう。しかもこの大陸たいりく随一ずいいちけんの使い手で、演奏えんそうできない楽器がっきはないほどの芸術げいじゅつ才能さいのう発揮はっきされてるお人。それがルバートの兄貴なんだよ」


イルソーレとラルーナがしゃしゃり出てきた。


そして、また「さすがですッ!」と大声を出し、また目を輝かせて拍手を始めた。


いい加減かげんいやになるな、このパターン……。


「実は手紙てがみを渡したくて……」


ビクニがイルソーレとラルーナを無視むしして、ルバートに声をかけた。


そして、自分の荷物にもつからそっと手紙の入った封筒ふうとうし出す。


この暗黒あんこく女は、普段ふだんまわりの雰囲気ふんいきながされやすいが、わりと自分から行動こうどうできるので安心あんしんできる。


「手紙? 君から私へではないのなら。じゃあ、誰からなんだい?」


「ラヴィねえからなんですけれど……」


「ラヴィって……もしかしてラヴィ·コルダストのことかッ!?」


ルバートはまるで人が変わったような顔になって大声をあげた。


そして、差し出された手紙を丁寧ていねいに開き、じっくりと読み始める。


そこには、これまでこの男が見せていたキザな雰囲気はなく、手紙一つでよろこんしまっている男の姿すがたがあった。


あの暴力ぼうりょくメイドからの手紙がそんなに嬉しいのか?


ルバートのそのときの態度は、二人の関係かんけいはとても深いのだろうと思わせるものだった。


「えっ! ど、どうして……?」


ビクニは、つい言ってしまったという感じだった。


それは、おどろいたことにルバートは、手紙を読みながらなみだながしていたからだった。

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