イントロバートガール·シヴァルリィ~無気力少女の異世界冒険記
番外編 異世界の先輩
「え~ここはどこなの?」
「わ~わ~喚くなっ!」
私たちは森の中を進んでいて、気がつくと迷子になってしまった。
ソニックが商人の一行と会ったという広い道に出るはずだったのだけれども、どうやら彼も道がわからなくなってしまったらしい。
一番の問題は食べものだ。
森の木になっていた果物や、生えていた食べれるキノコも急に見当たらなくなってしまって、現地調達も不可能。
持っていた保存食のパンも尽きかけていて、もはや絶体絶命の状態だった。
「ねえ、どうするの!? ねえねえ、どうなっちゃうの!? 私、こんなところで白骨死体になりたくないよ!」
「うるさいっ! 今に広い道へ出るから黙ってろ!」
「うわ~ん! お腹減った~! 歩きすぎて足が痛い~! お風呂入りたい~! ふかふかのベットで寝たい~!」
今まで我慢していたものが一気に溢れ出てくる。
人間とは、過酷な環境に追いやられると、恥ずかしいだのなんだの気にしなくなるのは本当だ。
それは幻獣も同じようで、いつも楽しそうに跳ねているググも私の肩でグッタリしていた。
ソニックはあまりにも泣き喚く私が面倒くさくなったのか、無視して先へと歩き出している。
「うわ~ん、ソニックが私のこと無視した! シカトした! ないがしろにしたぁぁぁ!」
私はただ大声で叫びながら、彼の後をついていくことしかできなかった。
そんなとき――。
突然ソニックに向かって槍が突き出された。
後に下がったソニックが私にぶつかり、喚いていた私はその一瞬で言葉を失う。
「出て来い! 一体誰だ!?」
ソニックが叫ぶと、その槍を突いてきた人物は、ゆっくりとその姿を現した。
「見事なり。よく今の一撃を躱せたものだ。吸血鬼よ」
そこには、竜の姿をなぞらえた甲冑を身に付けた騎士が立っていた。
でも、たしかにこの人、騎士だけど……。
キレイな金髪で背はすごく高いけど、鎧の上からでもわかるくらいスタイルが良い(思わず、自分の小さな胸と比べてしまった……)。
さらに顔をよく見てみると、透き通るような青い目をした絶世の美女。
女の私から見てもキレイな人だよ。
「いきなり襲ってきやがって、お前は何者なんだ!?」
「ふふ、我が名はサビィ·コルダスト。吸血鬼族風情に名乗る名などないわっ!」
「へっ?」
このサビィという美人の騎士さん。
名乗る名はないと言ったのに、自分で名乗っちゃったけど……。
これって突っ込んだほうがいいのかな……。
でも、もしかして真面目にやって間違えちゃった可能性もあるかもしれないし、黙っていてあげたほうが……。
私がそんなことを考えている間――。
そこは、風の音と遠くから聞こえる鳥の鳴き声だけが響く、静かな場所になっていた。
「自分で名乗ってるじゃないか」
あぁ~ソニックが言っちゃったよ。
突っ込んじゃったよ。
私は我慢したのに。
「はぁっ!? しまったぁぁぁ!? またやってしまったぁぁぁっ!?」
どうやら私の予想していた考えの後者だったみたいで、名前を名乗りたくないはずなのに名乗ってしまった女騎士は、頭を抱えて呻いていた。
それにしても、またって……。
この美人さんは、いつもこんな感じなのかな。
「ふふ……ふははははっ! 面白いぞ、吸血鬼よ。そうこなくてはな!」
「いや、俺はただ注意しただけだけど……」
俯いていたサビィと名乗る女騎士が、顔を上げた途端に大笑いし始めたけど。
私は呆れてしまって何も言えなかった……いや、言う気がしなかった。
「このグングニルを使った秘儀を見せてやる!」
そう言ったサビィは持っている槍を、まるで風車みたいに振り回してみせた。
よくアニメとかで武人キャラがやるようなやつだ。
って、不味いよ!?
このサビィって人、なんかとても残念な感じだけど、実力はありそう。
「くそ!? 下がってろ、ビクニ!」
「ソニック、気を付けて!」
私たちが発した声と呼応するかのように、サビィって人は槍を使って空中へと跳躍。
「この女!? もしかして竜騎士か!?」
「今さら気がついたか吸血鬼よ。だがもう遅いぞ! 私が飛んだらもはや何者にも止められん!」
それは人間の常識を超えた飛翔だった。
よくは知らないけど、たぶん世界レベルのアスリートやオリンピック選手でもあり得ない跳躍だ。
だけど……。
サビィって女の人は森の木の枝を突き破り、私たちが肉眼で確認できなくなるほど飛んで行ってしまった。
それから数分後――。
「……遅いね」
「だな……」
私たちは空を見上げながら待っていたけど、彼女が戻って来る気配はなかった。
私たちが女騎士を待っていると、そこに一人の男が現れる。
「あの~君たち。この辺でドラゴンっぽい鎧を着た女の人を見なかった?」
眼鏡をかけた、マントで身を覆っている男。
眼鏡以外はいかにも冒険者って感じの出で立ちだ。
「金髪でさ。顔は結構な美人なんだけど」
そうか。
この冒険者っぽい男の人は、あのサビィって人の冒険者仲間かな。
「はい、知ってますよ。実はですね……」
私はこの場で起こったありのままのことを伝えた。
突然槍で突いてきて、名乗るつもりはなかったはずなの名乗っちゃって、その後に大笑いして空を飛んで行ってしまったと。
「す、すんませんでしたぁぁぁ!」
冒険者っぽい眼鏡の男の人は、私の話を聞いた途端に土下座をした。
その様子は、なんか非常に謝り慣れているように見える感じだった。
この人……きっと苦労してきたんだな。
「うおぉぉぉ! ぐはっ!?」
すると冒険者っぽい男が土下座している横に、さっき飛んで行ったサビィって女の人が落ちてきた。
美人が天空から降りてくるってシチュエーションって、これほどまでに無様なものなのかと、私とソニックはその様子を静観してた。
「ふふふ、やるな。私の負け……だ……ぐはっ!」
そして、プルプルと震えながら立ち上がった女騎士は、何故か満足げな笑みを浮かべてまた倒れてしまった。
「……潔いとこは騎士っぽいね」
「だな……」
静かに見守っていた私とソニックの前で、冒険者っぽい男はさらに頭を深く下げた。
その後、気がついたサビィって女の人の誤解を解いて、私たちは一緒に食事を取ることに――。
「すまなかった。まさか二人がライト王国を救った英雄だったとは。本当に申し訳ない」
彼女は、呼ぶときはサビィでいいと、さっきとは打って変わって気さくに話をしてくれた。
それと食料が尽きかけていた私たちに、自分たちの食料を分けてくれることに。
せめてもの謝罪の気持ちみたい。
「ありがとうございます。私は雨野比丘尼。ビクニって呼んでください。それとこっちはソニックで、私の肩にいるのがググ」
あれだけのダメっぷりを見たせいか、いつもなら人見知りしてしまう私でも、この人たちには吃ることなく話ができた。
「俺は関涼太……って、あめの……って、まさか君っ!?」
「せきりょうた……って? あなたまさか?」
「異世界転生された人っ!?」
「異世界召喚された人ですかっ!?」
冒険者っぽい男の人――関涼太さんは、どうやら私と同じ世界――日本から来た人みたいだった。
ただ関涼太さんは転生で、私は召喚だったけれども。
「呼び方はビクニでいいよね。俺のこともリョウタって呼び捨てでいいから。あと敬語も使わなくていいよ」
それから私たちは二人だけで話がしたいと移動することに――。
サビィはちょっと“アレ”な人だったけど、普通に話をする分にはコミュニケーション能力が高ったので、ソニックを相手にしてもうまく話をしていた。
それと可愛いものに目がないみたいで、ググのことをずっと抱いている。
別に私たちがいなくても大丈夫そうだ。
そして二人っきりになった私たちは、自分がどうやってこの世界へやって来たのかを、互いに話し始めた。
……というか、自然と愚痴を言い合う感じになった。
「いや、だから普通は異世界っていったら最初からレベル上げしないでもチートスキルとか俺TUEEEとか定番じゃん」
「うんうん。私もそう思ってた」
「なのに、何の能力も与えられないままいきなりスエット姿で放り出されてさ」
「私も上下スエットだった。引きこもりの定番だよね」
「いや俺、引きこもりではないから。あとアニメとかも観ないし、ゲームとか声優にも興味ないから」
何度も眼鏡の位置を直しながら言うリョウタ。
わざわざ聞いてもないことを言うのは怪しい……というか、この人、格好のせいで最初はそう思わなかったけど、喋り方がオタクっぽい。
まあ、別にいいけど……。
リョウタは日本で大学生をやっていたみたいで、ある日に自宅に突っ込んできた車に潰されて、気がつけば女神っぽい人の前にいたみたい。
もしかして、その女神――。
私に暗黒騎士の腕輪を授けた女神様と同一人物だったりして。
「でさ。異世界へ行って世界を救わないかっていうもんだから、引き受けちゃったらこのあり様。転生の特典が付くって言うから来たのに、未だになんのスキルもアイテムも与えてもらってない。さらに女神にハーレムイベントはいつだって急かしても適当に誤魔化すし。パーティーメンバーはあの飛ぶことしか能のない女竜騎士だけ。それで、さらにしつこく女神に呼び掛けていたら、急に音信不通になって返事も寄こさなくなりやがって。あの薄情女神っ!」
スエット姿で異世界に放り出されたリョウタは、まず冒険者ギルドへ向かって登録をしようとしたみたい。
だけど登録料が払えず、とりあえず当面の生活のために街で労働をすることに。
「最初の一年間は何のイベントもないままずっとバイト生活だよ! 肉体労働する異世界ファンタジーってなんだよ! 俺はコツコツ努力するのが一番嫌いなんだ!」
どうやら私よりも先にこの世界に来ていたみたいだな……。
それから、どうやってサビィと仲間になったのかを訊ねた。
なんでもバイト帰りに、冒険者の集団に囲まれていたサビィを助けるため、彼女を抱えて逃げてから今に至るらしい。
「そりゃサビィみたいな可愛い女騎士が困っていたら、ようやく俺のターンとか思うじゃないっスか。でも、結局そのイベントでも俺にチートスキルは発動せず、命からがらなんとか逃げ出したんだ。ホント殺されるかと思ったよ……」
泣きながら言うリョウタ。
この人が言うに、サビィはそこそこ有名な騎士の家系の生まれで、それが落ちぶれて傭兵をやっていたみたい。
美人というのもあり、よく色んな男から狙われていたみたいなんだけど、彼女の“アレ”な性格を知って、相手にするのをやめるんだとか。
リョウタが彼女を助けたときに襲ってきた相手は、サビィのことを初めて見た結構名の知れた冒険者パーティーだったみたいで、そのときに逃げたせいで、リョウタとサビィには懸賞金がかけられてお尋ね者にされちゃったとか。
「あの女はマジで疫病神なんスよ! もう食肉植物の擬態みたいなもんで、美しいと思わせておいてガブッだよ!」
でも、こうやって文句を言っているのに、ちゃんと面倒をみてる理由はなんだろう?
ホントは好きなのにってやつかな?
そうならこの人って意外と素直になれないタイプなのかも。
そこはちょっソニックに似てる。
「サビィを助けたせいで金なし、宿無しの野宿放浪生活……。おまけに命まで狙われて……世界を救うよりも俺を救ってほしいよ……」
気がつくと、リョウタは持っていたビンの蓋を開けて、そのまま飲み始めていた。
たぶん、あのビンの中身はお酒か……。
まあ、飲まなきゃやってられないんだろうな。
「俺だってイキリョウタとか、イキリリョウ太郎とか言われてぇよ……。ホント……もう……」
「うんうん。私もいきなり幼なじみの子と一緒に王宮に召喚されてさ。それから女神様にこんなダサい魔道具を授けられて、暗黒騎士にされちゃうわで」
「……なにそれ?」
「もう嫌になっちゃうでしょ。だってこんな中二病っぽい腕輪なんてさ。まあ、王宮暮らしは快適で、ご飯も美味しいし、貴族しか入れない大きくて豪華なお風呂は気持ちよかったけどさ」
「……なにそれ?」
「それに専属のメイドさんがついてくれてね。私はラビィ姉って呼んでいるんだけど。あっ! そういえばサビィとちょっと顔が似てるかも」
「……なにそれ?」
「それでさ。そんな王宮ライフを過ごしていたんだけど。突然お城で幻獣が暴れて、あそこにいる吸血鬼族のソニックと一緒になんとかしようと頑張って。そのときにやっと暗黒騎士の力が使えるようになったんだ。あっ! ちなみにその幻獣ってのはググのことなんだけど」
「……なにそれ?」
「だからね。異世界に連れて来られた者同士、大変だなって話……」
「お前は全然大変じゃないだろっ!」
リョウタは、私の言葉を遮るのと同時に立ち上がって、突然怒鳴り出した。
すると彼の体からは、大量の魔力が漏れ出し、その波動で森の木々や大地を揺らし始める。
それは、素人の私でも感じられるほどの途轍もない魔力だった。
もしかして、この人のスキルってお酒を飲むと発動するんじゃ……?
リョウタは、この世の怨念をすべて身に受けたような顔で、そのまま喋り続ける。
「女神から暗黒騎士にしてもらって!? 王宮で食っちゃ寝生活して!? 専属の美人メイドがついて!? それで吸血鬼の少年と一緒に大活躍して!? それのどこが大変なんだぁぁぁっ! 完璧な異世界テンプレじゃないか、それはっ!」
そして、身を震わせて叫び出すリョウタを見たサビィが、慌てて止めに来た。
その後ろをググを頭に乗せたソニックが、どうでもよさそうな顔をしてついて来ている。
「おい、リョウタ!? どうしたんだ!? 何かあったのなら私に話をしてくれ!?」
献身的にリョウタをなだめようと必死のサビィ。
この二人のコンビって、案外バランスがいいのかも。
「敵だ! お前なんか敵っ! もう食料なんて分けてやらん! 勝手に野垂れ死ね、このイキリ暗黒女ぁぁぁっ!」
「なんでよ、急に……?」
「ああっ! 同じ異世界へ来た人間なのにこの格差はなんなんだよ! ……女神だな! あの薄情女神の仕業だな! 俺は絶対にあいつを殺してやるぅぅぅっ!」
散々くだを巻いたリョウタだったけれども。
次の日の朝には、暴れていたことを忘れており(私の話はなんとなく覚えていたみたいだったけど)、ちゃんと食料を分けてもくれた。
私とソニック、ググは、ちゃんとお礼を言い、別れの挨拶を済ますと、彼は木の陰で嘔吐してながら手を振り、苦しそうに頷ていた。
そんな彼の背中を、心配そうに撫でているサビィ。
リョウタは文句ばかりだけど、こんな美人と二人旅ってかなり異世界ファンタジーっぽくない?
「優しいね、サビィは」
私がサビィにそう言うと、彼女はニコッと微笑んだ。
その顔はどこかで見たことがあるような気がしたのだけれども、はっきりとは思い出せなかった。
「私はリョウタに救われているからな」
「救われてる? ああ、助けてもらったってやつね」
「それもあるが……私のことを竜騎士として理解してくれたのは、離れ離れになってしまった姉とリョウタだけだからな」
……そうか。
たぶん親とか友達とか色んな人から、お前に竜騎士は向いていないって言われ続けたんだろうな。
だけどサビィは、自分が望む道を突き進み続けてきたんだ。
それも騎士道だよね。
この人……キレイなだけじゃなくて内面もカッコいいかも。
……まあ、あのジャンプはちょっと残念な感じだけど。
「うう、悪いねビクニ。だらしないとこ見せちゃってさ」
サビィに背中を擦られながら、なんとか笑顔作るリョウタ。
「いやいや、それよりもまた二人に会えるかな?」
私がそう訊くとサビィがクスッと笑った。
「会えるさ。なにかお前たちには奇妙な縁を感じる」
「腐れ縁になりそうで怖いけどな」
「ソニック! そんな言い方っ!」
私がソニックの皮肉めいた言葉に怒鳴ると、リョウタもサビィも微笑んだ。
そして、私たちは二人と別れて、再び森を進んでいく。
「なんか妙な二人組っだったな」
「うん。だけど、良い人たちだったね」
「同じ穴のムジナってやつだな」
「なにそれ? 私もあの二人と同類だって言うの?」
「お前も負けないくらい残念だよ」
「残念いうなぁぁぁっ!」
私が叫びながら頭突きを喰わらせると、その振動でソニックの頭に乗っていたググが起きた。
ググは、いつものように嬉しそうに大きく鳴く。
もう元気になったみたいでよかった。
「おい、見ろよビクニ。広い道に出たぞ」
「やった! これで次の街まであと少しだね」
それから私たちはようやく森を抜けることができた。
関係ないだろうけど、あのリョウタとサビィのおかげかな?
また会えるかはわからないけど。
もう一度二人に会えたらいいな。
「わ~わ~喚くなっ!」
私たちは森の中を進んでいて、気がつくと迷子になってしまった。
ソニックが商人の一行と会ったという広い道に出るはずだったのだけれども、どうやら彼も道がわからなくなってしまったらしい。
一番の問題は食べものだ。
森の木になっていた果物や、生えていた食べれるキノコも急に見当たらなくなってしまって、現地調達も不可能。
持っていた保存食のパンも尽きかけていて、もはや絶体絶命の状態だった。
「ねえ、どうするの!? ねえねえ、どうなっちゃうの!? 私、こんなところで白骨死体になりたくないよ!」
「うるさいっ! 今に広い道へ出るから黙ってろ!」
「うわ~ん! お腹減った~! 歩きすぎて足が痛い~! お風呂入りたい~! ふかふかのベットで寝たい~!」
今まで我慢していたものが一気に溢れ出てくる。
人間とは、過酷な環境に追いやられると、恥ずかしいだのなんだの気にしなくなるのは本当だ。
それは幻獣も同じようで、いつも楽しそうに跳ねているググも私の肩でグッタリしていた。
ソニックはあまりにも泣き喚く私が面倒くさくなったのか、無視して先へと歩き出している。
「うわ~ん、ソニックが私のこと無視した! シカトした! ないがしろにしたぁぁぁ!」
私はただ大声で叫びながら、彼の後をついていくことしかできなかった。
そんなとき――。
突然ソニックに向かって槍が突き出された。
後に下がったソニックが私にぶつかり、喚いていた私はその一瞬で言葉を失う。
「出て来い! 一体誰だ!?」
ソニックが叫ぶと、その槍を突いてきた人物は、ゆっくりとその姿を現した。
「見事なり。よく今の一撃を躱せたものだ。吸血鬼よ」
そこには、竜の姿をなぞらえた甲冑を身に付けた騎士が立っていた。
でも、たしかにこの人、騎士だけど……。
キレイな金髪で背はすごく高いけど、鎧の上からでもわかるくらいスタイルが良い(思わず、自分の小さな胸と比べてしまった……)。
さらに顔をよく見てみると、透き通るような青い目をした絶世の美女。
女の私から見てもキレイな人だよ。
「いきなり襲ってきやがって、お前は何者なんだ!?」
「ふふ、我が名はサビィ·コルダスト。吸血鬼族風情に名乗る名などないわっ!」
「へっ?」
このサビィという美人の騎士さん。
名乗る名はないと言ったのに、自分で名乗っちゃったけど……。
これって突っ込んだほうがいいのかな……。
でも、もしかして真面目にやって間違えちゃった可能性もあるかもしれないし、黙っていてあげたほうが……。
私がそんなことを考えている間――。
そこは、風の音と遠くから聞こえる鳥の鳴き声だけが響く、静かな場所になっていた。
「自分で名乗ってるじゃないか」
あぁ~ソニックが言っちゃったよ。
突っ込んじゃったよ。
私は我慢したのに。
「はぁっ!? しまったぁぁぁ!? またやってしまったぁぁぁっ!?」
どうやら私の予想していた考えの後者だったみたいで、名前を名乗りたくないはずなのに名乗ってしまった女騎士は、頭を抱えて呻いていた。
それにしても、またって……。
この美人さんは、いつもこんな感じなのかな。
「ふふ……ふははははっ! 面白いぞ、吸血鬼よ。そうこなくてはな!」
「いや、俺はただ注意しただけだけど……」
俯いていたサビィと名乗る女騎士が、顔を上げた途端に大笑いし始めたけど。
私は呆れてしまって何も言えなかった……いや、言う気がしなかった。
「このグングニルを使った秘儀を見せてやる!」
そう言ったサビィは持っている槍を、まるで風車みたいに振り回してみせた。
よくアニメとかで武人キャラがやるようなやつだ。
って、不味いよ!?
このサビィって人、なんかとても残念な感じだけど、実力はありそう。
「くそ!? 下がってろ、ビクニ!」
「ソニック、気を付けて!」
私たちが発した声と呼応するかのように、サビィって人は槍を使って空中へと跳躍。
「この女!? もしかして竜騎士か!?」
「今さら気がついたか吸血鬼よ。だがもう遅いぞ! 私が飛んだらもはや何者にも止められん!」
それは人間の常識を超えた飛翔だった。
よくは知らないけど、たぶん世界レベルのアスリートやオリンピック選手でもあり得ない跳躍だ。
だけど……。
サビィって女の人は森の木の枝を突き破り、私たちが肉眼で確認できなくなるほど飛んで行ってしまった。
それから数分後――。
「……遅いね」
「だな……」
私たちは空を見上げながら待っていたけど、彼女が戻って来る気配はなかった。
私たちが女騎士を待っていると、そこに一人の男が現れる。
「あの~君たち。この辺でドラゴンっぽい鎧を着た女の人を見なかった?」
眼鏡をかけた、マントで身を覆っている男。
眼鏡以外はいかにも冒険者って感じの出で立ちだ。
「金髪でさ。顔は結構な美人なんだけど」
そうか。
この冒険者っぽい男の人は、あのサビィって人の冒険者仲間かな。
「はい、知ってますよ。実はですね……」
私はこの場で起こったありのままのことを伝えた。
突然槍で突いてきて、名乗るつもりはなかったはずなの名乗っちゃって、その後に大笑いして空を飛んで行ってしまったと。
「す、すんませんでしたぁぁぁ!」
冒険者っぽい眼鏡の男の人は、私の話を聞いた途端に土下座をした。
その様子は、なんか非常に謝り慣れているように見える感じだった。
この人……きっと苦労してきたんだな。
「うおぉぉぉ! ぐはっ!?」
すると冒険者っぽい男が土下座している横に、さっき飛んで行ったサビィって女の人が落ちてきた。
美人が天空から降りてくるってシチュエーションって、これほどまでに無様なものなのかと、私とソニックはその様子を静観してた。
「ふふふ、やるな。私の負け……だ……ぐはっ!」
そして、プルプルと震えながら立ち上がった女騎士は、何故か満足げな笑みを浮かべてまた倒れてしまった。
「……潔いとこは騎士っぽいね」
「だな……」
静かに見守っていた私とソニックの前で、冒険者っぽい男はさらに頭を深く下げた。
その後、気がついたサビィって女の人の誤解を解いて、私たちは一緒に食事を取ることに――。
「すまなかった。まさか二人がライト王国を救った英雄だったとは。本当に申し訳ない」
彼女は、呼ぶときはサビィでいいと、さっきとは打って変わって気さくに話をしてくれた。
それと食料が尽きかけていた私たちに、自分たちの食料を分けてくれることに。
せめてもの謝罪の気持ちみたい。
「ありがとうございます。私は雨野比丘尼。ビクニって呼んでください。それとこっちはソニックで、私の肩にいるのがググ」
あれだけのダメっぷりを見たせいか、いつもなら人見知りしてしまう私でも、この人たちには吃ることなく話ができた。
「俺は関涼太……って、あめの……って、まさか君っ!?」
「せきりょうた……って? あなたまさか?」
「異世界転生された人っ!?」
「異世界召喚された人ですかっ!?」
冒険者っぽい男の人――関涼太さんは、どうやら私と同じ世界――日本から来た人みたいだった。
ただ関涼太さんは転生で、私は召喚だったけれども。
「呼び方はビクニでいいよね。俺のこともリョウタって呼び捨てでいいから。あと敬語も使わなくていいよ」
それから私たちは二人だけで話がしたいと移動することに――。
サビィはちょっと“アレ”な人だったけど、普通に話をする分にはコミュニケーション能力が高ったので、ソニックを相手にしてもうまく話をしていた。
それと可愛いものに目がないみたいで、ググのことをずっと抱いている。
別に私たちがいなくても大丈夫そうだ。
そして二人っきりになった私たちは、自分がどうやってこの世界へやって来たのかを、互いに話し始めた。
……というか、自然と愚痴を言い合う感じになった。
「いや、だから普通は異世界っていったら最初からレベル上げしないでもチートスキルとか俺TUEEEとか定番じゃん」
「うんうん。私もそう思ってた」
「なのに、何の能力も与えられないままいきなりスエット姿で放り出されてさ」
「私も上下スエットだった。引きこもりの定番だよね」
「いや俺、引きこもりではないから。あとアニメとかも観ないし、ゲームとか声優にも興味ないから」
何度も眼鏡の位置を直しながら言うリョウタ。
わざわざ聞いてもないことを言うのは怪しい……というか、この人、格好のせいで最初はそう思わなかったけど、喋り方がオタクっぽい。
まあ、別にいいけど……。
リョウタは日本で大学生をやっていたみたいで、ある日に自宅に突っ込んできた車に潰されて、気がつけば女神っぽい人の前にいたみたい。
もしかして、その女神――。
私に暗黒騎士の腕輪を授けた女神様と同一人物だったりして。
「でさ。異世界へ行って世界を救わないかっていうもんだから、引き受けちゃったらこのあり様。転生の特典が付くって言うから来たのに、未だになんのスキルもアイテムも与えてもらってない。さらに女神にハーレムイベントはいつだって急かしても適当に誤魔化すし。パーティーメンバーはあの飛ぶことしか能のない女竜騎士だけ。それで、さらにしつこく女神に呼び掛けていたら、急に音信不通になって返事も寄こさなくなりやがって。あの薄情女神っ!」
スエット姿で異世界に放り出されたリョウタは、まず冒険者ギルドへ向かって登録をしようとしたみたい。
だけど登録料が払えず、とりあえず当面の生活のために街で労働をすることに。
「最初の一年間は何のイベントもないままずっとバイト生活だよ! 肉体労働する異世界ファンタジーってなんだよ! 俺はコツコツ努力するのが一番嫌いなんだ!」
どうやら私よりも先にこの世界に来ていたみたいだな……。
それから、どうやってサビィと仲間になったのかを訊ねた。
なんでもバイト帰りに、冒険者の集団に囲まれていたサビィを助けるため、彼女を抱えて逃げてから今に至るらしい。
「そりゃサビィみたいな可愛い女騎士が困っていたら、ようやく俺のターンとか思うじゃないっスか。でも、結局そのイベントでも俺にチートスキルは発動せず、命からがらなんとか逃げ出したんだ。ホント殺されるかと思ったよ……」
泣きながら言うリョウタ。
この人が言うに、サビィはそこそこ有名な騎士の家系の生まれで、それが落ちぶれて傭兵をやっていたみたい。
美人というのもあり、よく色んな男から狙われていたみたいなんだけど、彼女の“アレ”な性格を知って、相手にするのをやめるんだとか。
リョウタが彼女を助けたときに襲ってきた相手は、サビィのことを初めて見た結構名の知れた冒険者パーティーだったみたいで、そのときに逃げたせいで、リョウタとサビィには懸賞金がかけられてお尋ね者にされちゃったとか。
「あの女はマジで疫病神なんスよ! もう食肉植物の擬態みたいなもんで、美しいと思わせておいてガブッだよ!」
でも、こうやって文句を言っているのに、ちゃんと面倒をみてる理由はなんだろう?
ホントは好きなのにってやつかな?
そうならこの人って意外と素直になれないタイプなのかも。
そこはちょっソニックに似てる。
「サビィを助けたせいで金なし、宿無しの野宿放浪生活……。おまけに命まで狙われて……世界を救うよりも俺を救ってほしいよ……」
気がつくと、リョウタは持っていたビンの蓋を開けて、そのまま飲み始めていた。
たぶん、あのビンの中身はお酒か……。
まあ、飲まなきゃやってられないんだろうな。
「俺だってイキリョウタとか、イキリリョウ太郎とか言われてぇよ……。ホント……もう……」
「うんうん。私もいきなり幼なじみの子と一緒に王宮に召喚されてさ。それから女神様にこんなダサい魔道具を授けられて、暗黒騎士にされちゃうわで」
「……なにそれ?」
「もう嫌になっちゃうでしょ。だってこんな中二病っぽい腕輪なんてさ。まあ、王宮暮らしは快適で、ご飯も美味しいし、貴族しか入れない大きくて豪華なお風呂は気持ちよかったけどさ」
「……なにそれ?」
「それに専属のメイドさんがついてくれてね。私はラビィ姉って呼んでいるんだけど。あっ! そういえばサビィとちょっと顔が似てるかも」
「……なにそれ?」
「それでさ。そんな王宮ライフを過ごしていたんだけど。突然お城で幻獣が暴れて、あそこにいる吸血鬼族のソニックと一緒になんとかしようと頑張って。そのときにやっと暗黒騎士の力が使えるようになったんだ。あっ! ちなみにその幻獣ってのはググのことなんだけど」
「……なにそれ?」
「だからね。異世界に連れて来られた者同士、大変だなって話……」
「お前は全然大変じゃないだろっ!」
リョウタは、私の言葉を遮るのと同時に立ち上がって、突然怒鳴り出した。
すると彼の体からは、大量の魔力が漏れ出し、その波動で森の木々や大地を揺らし始める。
それは、素人の私でも感じられるほどの途轍もない魔力だった。
もしかして、この人のスキルってお酒を飲むと発動するんじゃ……?
リョウタは、この世の怨念をすべて身に受けたような顔で、そのまま喋り続ける。
「女神から暗黒騎士にしてもらって!? 王宮で食っちゃ寝生活して!? 専属の美人メイドがついて!? それで吸血鬼の少年と一緒に大活躍して!? それのどこが大変なんだぁぁぁっ! 完璧な異世界テンプレじゃないか、それはっ!」
そして、身を震わせて叫び出すリョウタを見たサビィが、慌てて止めに来た。
その後ろをググを頭に乗せたソニックが、どうでもよさそうな顔をしてついて来ている。
「おい、リョウタ!? どうしたんだ!? 何かあったのなら私に話をしてくれ!?」
献身的にリョウタをなだめようと必死のサビィ。
この二人のコンビって、案外バランスがいいのかも。
「敵だ! お前なんか敵っ! もう食料なんて分けてやらん! 勝手に野垂れ死ね、このイキリ暗黒女ぁぁぁっ!」
「なんでよ、急に……?」
「ああっ! 同じ異世界へ来た人間なのにこの格差はなんなんだよ! ……女神だな! あの薄情女神の仕業だな! 俺は絶対にあいつを殺してやるぅぅぅっ!」
散々くだを巻いたリョウタだったけれども。
次の日の朝には、暴れていたことを忘れており(私の話はなんとなく覚えていたみたいだったけど)、ちゃんと食料を分けてもくれた。
私とソニック、ググは、ちゃんとお礼を言い、別れの挨拶を済ますと、彼は木の陰で嘔吐してながら手を振り、苦しそうに頷ていた。
そんな彼の背中を、心配そうに撫でているサビィ。
リョウタは文句ばかりだけど、こんな美人と二人旅ってかなり異世界ファンタジーっぽくない?
「優しいね、サビィは」
私がサビィにそう言うと、彼女はニコッと微笑んだ。
その顔はどこかで見たことがあるような気がしたのだけれども、はっきりとは思い出せなかった。
「私はリョウタに救われているからな」
「救われてる? ああ、助けてもらったってやつね」
「それもあるが……私のことを竜騎士として理解してくれたのは、離れ離れになってしまった姉とリョウタだけだからな」
……そうか。
たぶん親とか友達とか色んな人から、お前に竜騎士は向いていないって言われ続けたんだろうな。
だけどサビィは、自分が望む道を突き進み続けてきたんだ。
それも騎士道だよね。
この人……キレイなだけじゃなくて内面もカッコいいかも。
……まあ、あのジャンプはちょっと残念な感じだけど。
「うう、悪いねビクニ。だらしないとこ見せちゃってさ」
サビィに背中を擦られながら、なんとか笑顔作るリョウタ。
「いやいや、それよりもまた二人に会えるかな?」
私がそう訊くとサビィがクスッと笑った。
「会えるさ。なにかお前たちには奇妙な縁を感じる」
「腐れ縁になりそうで怖いけどな」
「ソニック! そんな言い方っ!」
私がソニックの皮肉めいた言葉に怒鳴ると、リョウタもサビィも微笑んだ。
そして、私たちは二人と別れて、再び森を進んでいく。
「なんか妙な二人組っだったな」
「うん。だけど、良い人たちだったね」
「同じ穴のムジナってやつだな」
「なにそれ? 私もあの二人と同類だって言うの?」
「お前も負けないくらい残念だよ」
「残念いうなぁぁぁっ!」
私が叫びながら頭突きを喰わらせると、その振動でソニックの頭に乗っていたググが起きた。
ググは、いつものように嬉しそうに大きく鳴く。
もう元気になったみたいでよかった。
「おい、見ろよビクニ。広い道に出たぞ」
「やった! これで次の街まであと少しだね」
それから私たちはようやく森を抜けることができた。
関係ないだろうけど、あのリョウタとサビィのおかげかな?
また会えるかはわからないけど。
もう一度二人に会えたらいいな。
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