イントロバートガール·シヴァルリィ~無気力少女の異世界冒険記

コラム

番外編 異世界の先輩

「え~ここはどこなの?」


「わ~わ~わめくなっ!」


私たちは森の中を進んでいて、気がつくと迷子まいごになってしまった。


ソニックが商人の一行いっこうと会ったという広い道に出るはずだったのだけれども、どうやら彼も道がわからなくなってしまったらしい。


一番の問題もんだいは食べものだ。


森の木になっていた果物くだものや、えていた食べれるキノコも急に見当みあたらなくなってしまって、現地調達げんちちょうたつ不可能ふかのう


持っていた保存食ほぞんしょくのパンもきかけていて、もはや絶体絶命ぜったいぜつめい状態じょうたいだった。


「ねえ、どうするの!? ねえねえ、どうなっちゃうの!? 私、こんなところで白骨死体はっこつしたいになりたくないよ!」


「うるさいっ! 今に広い道へ出るからだまってろ!」


「うわ~ん! おなかった~! 歩きすぎて足がいたい~! お風呂ふろ入りたい~! ふかふかのベットでたい~!」


今まで我慢がまんしていたものが一気にあふれ出てくる。


人間とは、過酷かこく環境かんきょうに追いやられると、ずかしいだのなんだの気にしなくなるのは本当だ。


それは幻獣げんじゅうも同じようで、いつも楽しそうにねているググも私のかたでグッタリしていた。


ソニックはあまりにも泣き喚く私が面倒めんどうくさくなったのか、無視むしして先へと歩き出している。


「うわ~ん、ソニックが私のこと無視むしした! シカトした! ないがしろにしたぁぁぁ!」


私はただ大声でさけびながら、彼の後をついていくことしかできなかった。


そんなとき――。


突然ソニックに向かってやりき出された。


後に下がったソニックが私にぶつかり、喚いていた私はその一瞬いっしゅんで言葉をうしなう。


「出て来い! 一体誰だ!?」


ソニックが叫ぶと、その槍を突いてきた人物は、ゆっくりとその姿をあらわした。


見事みごとなり。よく今の一撃をかわせたものだ。吸血鬼きゅうけつよ」


そこには、りゅうの姿をなぞらえた甲冑かっちゅうを身に付けた騎士きしが立っていた。


でも、たしかにこの人、騎士だけど……。


キレイな金髪で背はすごく高いけど、よろいの上からでもわかるくらいスタイルが良い(思わず、自分の小さなむねくらべてしまった……)。


さらに顔をよく見てみると、き通るような青い目をした絶世ぜっせいの美女。


女の私から見てもキレイな人だよ。


「いきなりおそってきやがって、お前は何者なんだ!?」


「ふふ、我が名はサビィ·コルダスト。吸血鬼族風情ふぜい名乗なのる名などないわっ!」


「へっ?」


このサビィという美人の騎士さん。


名乗る名はないと言ったのに、自分で名乗っちゃったけど……。


これってんだほうがいいのかな……。


でも、もしかして真面目まじめにやって間違まちがえちゃった可能性かのうせいもあるかもしれないし、だまっていてあげたほうが……。


私がそんなことを考えているあいだ――。


そこは、風の音と遠くから聞こえる鳥のき声だけがひびく、しずかな場所になっていた。


「自分で名乗ってるじゃないか」


あぁ~ソニックが言っちゃったよ。


突っ込んじゃったよ。


私は我慢がまんしたのに。


「はぁっ!? しまったぁぁぁ!? またやってしまったぁぁぁっ!?」


どうやら私の予想よそうしていた考えの後者こうしゃだったみたいで、名前を名乗りたくないはずなのに名乗ってしまった女騎士は、頭をかかえてうめいていた。


それにしても、またって……。


この美人さんは、いつもこんな感じなのかな。


「ふふ……ふははははっ! 面白おもしろいぞ、吸血鬼よ。そうこなくてはな!」


「いや、俺はただ注意ちゅういしただけだけど……」


うつむいていたサビィと名乗る女騎士が、顔を上げた途端とたんに大笑いし始めたけど。


私はあきれてしまって何も言えなかった……いや、言う気がしなかった。


「このグングニルを使った秘儀ひぎを見せてやる!」


そう言ったサビィは持っている槍を、まるで風車ふうしゃみたいに振り回してみせた。


よくアニメとかで武人ぶじんキャラがやるようなやつだ。


って、不味まずいよ!?


このサビィって人、なんかとても残念ざんねんな感じだけど、実力はありそう。


「くそ!? 下がってろ、ビクニ!」


「ソニック、気を付けて!」


私たちがはっした声と呼応こおうするかのように、サビィって人は槍を使って空中へと跳躍ちょうやく


「この女!? もしかして竜騎士りゅうきしか!?」


「今さら気がついたか吸血鬼よ。だがもうおそいぞ! 私が飛んだらもはや何者にも止められん!」


それは人間の常識じょうしきえた飛翔ひしょうだった。


よくは知らないけど、たぶん世界レベルのアスリートやオリンピック選手でもあり得ない跳躍だ。


だけど……。


サビィって女の人は森の木のえだを突きやぶり、私たちが肉眼にくがん確認かくにんできなくなるほど飛んで行ってしまった。


それから数分後――。


「……遅いね」


「だな……」


私たちは空を見上げながら待っていたけど、彼女が戻って来る気配はなかった。


私たちが女騎士を待っていると、そこに一人の男が現れる。


「あの~君たち。このへんでドラゴンっぽい鎧を着た女の人を見なかった?」


眼鏡めがねをかけた、マントで身をおおっている男。


眼鏡以外はいかにも冒険者ぼうけんしゃって感じので立ちだ。


「金髪でさ。顔は結構けっこうな美人なんだけど」


そうか。


この冒険者っぽい男の人は、あのサビィって人の冒険者仲間かな。


「はい、知ってますよ。実はですね……」


私はこの場でこったありのままのことを伝えた。


突然槍で突いてきて、名乗るつもりはなかったはずなの名乗っちゃって、その後に大笑いして空を飛んで行ってしまったと。


「す、すんませんでしたぁぁぁ!」


冒険者っぽい眼鏡の男の人は、私の話を聞いた途端とたん土下座どげざをした。


その様子は、なんか非常ひじょうあやまれているように見える感じだった。


この人……きっと苦労くろうしてきたんだな。


「うおぉぉぉ! ぐはっ!?」


すると冒険者っぽい男が土下座している横に、さっき飛んで行ったサビィって女の人が落ちてきた。


美人が天空から降りてくるってシチュエーションって、これほどまでに無様ぶざまなものなのかと、私とソニックはその様子を静観せいかんしてた。


「ふふふ、やるな。私の負け……だ……ぐはっ!」


そして、プルプルとふるえながら立ち上がった女騎士は、何故か満足まんぞくげな笑みをかべてまたたおれてしまった。


「……いさぎよいとこは騎士っぽいね」


「だな……」


静かに見守っていた私とソニックの前で、冒険者っぽい男はさらに頭をふかく下げた。


その後、気がついたサビィって女の人の誤解ごかいいて、私たちは一緒に食事を取ることに――。


「すまなかった。まさか二人がライト王国をすくった英雄えいゆうだったとは。本当にもうわけない」


彼女は、呼ぶときはサビィでいいと、さっきとは打って変わって気さくに話をしてくれた。


それと食料が尽きかけていた私たちに、自分たちの食料を分けてくれることに。


せめてもの謝罪しゃざいの気持ちみたい。


「ありがとうございます。私は雨野比丘尼あめのびくに。ビクニって呼んでください。それとこっちはソニックで、私の肩にいるのがググ」


あれだけのダメっぷりを見たせいか、いつもなら人見知ひとみしりしてしまう私でも、この人たちにはどもることなく話ができた。


「俺は関涼太せきりょうた……って、あめの……って、まさか君っ!?」


「せきりょうた……って? あなたまさか?」


異世界転生いせかいてんせいされた人っ!?」


異世界召喚いせかいしょうかんされた人ですかっ!?」


冒険者っぽい男の人――関涼太さんは、どうやら私と同じ世界――日本から来た人みたいだった。


ただ関涼太さんは転生で、私は召喚だったけれども。


「呼び方はビクニでいいよね。俺のこともリョウタって呼び捨てでいいから。あと敬語けいごも使わなくていいよ」


それから私たちは二人だけで話がしたいと移動することに――。


サビィはちょっと“アレ”な人だったけど、普通に話をする分にはコミュニケーション能力が高ったので、ソニックを相手にしてもうまく話をしていた。


それと可愛かわいいものに目がないみたいで、ググのことをずっと抱いている。


別に私たちがいなくても大丈夫そうだ。


そして二人っきりになった私たちは、自分がどうやってこの世界へやって来たのかを、たがいに話し始めた。


……というか、自然と愚痴ぐちを言い合う感じになった。


「いや、だから普通ふつうは異世界っていったら最初からレベル上げしないでもチートスキルとか俺TUEEEとか定番ていばんじゃん」


「うんうん。私もそう思ってた」


「なのに、何の能力もあたえられないままいきなりスエット姿でほうり出されてさ」


「私も上下スエットだった。引きこもりの定番だよね」


「いや俺、引きこもりではないから。あとアニメとかもないし、ゲームとか声優せいゆうにも興味きょうみないから」


何度も眼鏡の位置を直しながら言うリョウタ。


わざわざ聞いてもないことを言うのはあやしい……というか、この人、格好かっこうのせいで最初はそう思わなかったけど、しゃべり方がオタクっぽい。


まあ、別にいいけど……。


リョウタは日本で大学生をやっていたみたいで、ある日に自宅に突っ込んできた車につぶされて、気がつけば女神っぽい人の前にいたみたい。


もしかして、その女神――。


私に暗黒騎士あんこくきし腕輪うでわさずけた女神様と同一人物だったりして。


「でさ。異世界へ行って世界を救わないかっていうもんだから、引き受けちゃったらこのあり様。転生の特典が付くって言うから来たのに、未だになんのスキルもアイテムも与えてもらってない。さらに女神にハーレムイベントはいつだって急かしても適当てきとう誤魔化ごまかすし。パーティーメンバーはあの飛ぶことしか能のない女竜騎士だけ。それで、さらにしつこく女神に呼び掛けていたら、急に音信不通おんしんふつうになって返事も寄こさなくなりやがって。あの薄情はくじょう女神っ!」


スエット姿で異世界に放り出されたリョウタは、まず冒険者ギルドへ向かって登録とうろくをしようとしたみたい。


だけど登録料がはらえず、とりあえず当面の生活のために街で労働をすることに。


「最初の一年間は何のイベントもないままずっとバイト生活だよ! 肉体労働する異世界ファンタジーってなんだよ! 俺はコツコツ努力するのが一番嫌いなんだ!」


どうやら私よりも先にこの世界に来ていたみたいだな……。


それから、どうやってサビィと仲間になったのかをたずねた。


なんでもバイト帰りに、冒険者の集団に囲まれていたサビィを助けるため、彼女を抱えて逃げてから今にいたるらしい。


「そりゃサビィみたいな可愛い女騎士が困っていたら、ようやく俺のターンとか思うじゃないっスか。でも、結局そのイベントでも俺にチートスキルは発動せず、命からがらなんとか逃げ出したんだ。ホント殺されるかと思ったよ……」


泣きながら言うリョウタ。


この人が言うに、サビィはそこそこ有名な騎士の家系の生まれで、それが落ちぶれて傭兵ようへいをやっていたみたい。


美人というのもあり、よく色んな男から狙われていたみたいなんだけど、彼女の“アレ”な性格を知って、相手にするのをやめるんだとか。


リョウタが彼女を助けたときに襲ってきた相手は、サビィのことを初めて見た結構名の知れた冒険者パーティーだったみたいで、そのときに逃げたせいで、リョウタとサビィには懸賞金けんしょうきんがかけられておたずね者にされちゃったとか。


「あの女はマジで疫病神やくびょうがみなんスよ! もう食肉植物の擬態ぎたいみたいなもんで、美しいと思わせておいてガブッだよ!」


でも、こうやって文句を言っているのに、ちゃんと面倒をみてる理由はなんだろう?


ホントは好きなのにってやつかな?


そうならこの人って意外と素直になれないタイプなのかも。


そこはちょっソニックに似てる。


「サビィを助けたせいで金なし、宿無しの野宿のじゅく放浪ほうろう生活……。おまけに命まで狙われて……世界を救うよりも俺を救ってほしいよ……」


気がつくと、リョウタは持っていたビンのふたを開けて、そのまま飲み始めていた。


たぶん、あのビンの中身はお酒か……。


まあ、飲まなきゃやってられないんだろうな。


「俺だってイキリョウタとか、イキリリョウ太郎とか言われてぇよ……。ホント……もう……」


「うんうん。私もいきなりおさななじみの子と一緒に王宮おうきゅうに召喚されてさ。それから女神様にこんなダサい魔道具まどうぐを授けられて、暗黒騎士にされちゃうわで」


「……なにそれ?」


「もう嫌になっちゃうでしょ。だってこんな中二病ちゅうにびょうっぽい腕輪なんてさ。まあ、王宮暮らしは快適かいてきで、ご飯も美味おいしいし、貴族きぞくしか入れない大きくて豪華ごうかなお風呂は気持ちよかったけどさ」


「……なにそれ?」


「それに専属せんぞくのメイドさんがついてくれてね。私はラビィ姉って呼んでいるんだけど。あっ! そういえばサビィとちょっと顔がてるかも」


「……なにそれ?」


「それでさ。そんな王宮ライフを過ごしていたんだけど。突然お城で幻獣げんじゅうあばれて、あそこにいる吸血鬼族のソニックと一緒になんとかしようと頑張がんばって。そのときにやっと暗黒騎士の力が使えるようになったんだ。あっ! ちなみにその幻獣ってのはググのことなんだけど」


「……なにそれ?」


「だからね。異世界に連れて来られた者同士、大変だなって話……」


「お前は全然大変じゃないだろっ!」


リョウタは、私の言葉をさえぎるのと同時に立ち上がって、突然怒鳴どなり出した。


すると彼の体からは、大量の魔力がれ出し、その波動はどうで森の木々や大地をらし始める。


それは、素人しろうとの私でも感じられるほどの途轍とてつもない魔力だった。


もしかして、この人のスキルってお酒を飲むと発動するんじゃ……?


リョウタは、この世の怨念おんねんをすべて身に受けたような顔で、そのまましゃべり続ける。


「女神から暗黒騎士にしてもらって!? 王宮で食っちゃ寝生活して!? 専属の美人メイドがついて!? それで吸血鬼の少年と一緒に大活躍だいかつやくして!? それのどこが大変なんだぁぁぁっ! 完璧な異世界テンプレじゃないか、それはっ!」


そして、身を震わせて叫び出すリョウタを見たサビィが、あわてて止めに来た。


その後ろをググを頭に乗せたソニックが、どうでもよさそうな顔をしてついて来ている。


「おい、リョウタ!? どうしたんだ!? 何かあったのなら私に話をしてくれ!?」


献身的けんしんてきにリョウタをなだめようと必死のサビィ。


この二人のコンビって、案外バランスがいいのかも。


てきだ! お前なんか敵っ! もう食料なんて分けてやらん! 勝手に野垂のたれ死ね、このイキリ暗黒女ぁぁぁっ!」


「なんでよ、急に……?」


「ああっ! 同じ異世界へ来た人間なのにこの格差かくさはなんなんだよ! ……女神だな! あの薄情女神の仕業しわざだな! 俺は絶対にあいつを殺してやるぅぅぅっ!」


散々くだを巻いたリョウタだったけれども。


次の日の朝には、暴れていたことを忘れており(私の話はなんとなく覚えていたみたいだったけど)、ちゃんと食料を分けてもくれた。


私とソニック、ググは、ちゃんとお礼を言い、別れの挨拶あいさつを済ますと、彼は木のかげ嘔吐おうとしてながら手を振り、苦しそうにうなづていた。


そんな彼の背中を、心配そうにでているサビィ。


リョウタは文句ばかりだけど、こんな美人と二人旅ってかなり異世界ファンタジーっぽくない?


「優しいね、サビィは」


私がサビィにそう言うと、彼女はニコッと微笑ほほえんだ。


その顔はどこかで見たことがあるような気がしたのだけれども、はっきりとは思い出せなかった。


「私はリョウタに救われているからな」


「救われてる? ああ、助けてもらったってやつね」


「それもあるが……私のことを竜騎士として理解してくれたのは、離れ離れになってしまった姉とリョウタだけだからな」


……そうか。


たぶん親とか友達とか色んな人から、お前に竜騎士は向いていないって言われ続けたんだろうな。


だけどサビィは、自分が望む道を突き進み続けてきたんだ。


それも騎士道だよね。


この人……キレイなだけじゃなくて内面もカッコいいかも。


……まあ、あのジャンプはちょっと残念な感じだけど。


「うう、悪いねビクニ。だらしないとこ見せちゃってさ」


サビィに背中をさすられながら、なんとか笑顔作るリョウタ。


「いやいや、それよりもまた二人に会えるかな?」


私がそう訊くとサビィがクスッと笑った。


「会えるさ。なにかお前たちには奇妙きみょうえんを感じる」


くされ縁になりそうで怖いけどな」


「ソニック! そんな言い方っ!」


私がソニックの皮肉めいた言葉に怒鳴ると、リョウタもサビィも微笑んだ。


そして、私たちは二人と別れて、再び森を進んでいく。


「なんか妙な二人組っだったな」


「うん。だけど、良い人たちだったね」


「同じ穴のムジナってやつだな」


「なにそれ? 私もあの二人と同類だって言うの?」


「お前も負けないくらい残念だよ」


「残念いうなぁぁぁっ!」


私が叫びながら頭突きを喰わらせると、その振動でソニックの頭に乗っていたググが起きた。


ググは、いつものように嬉しそうに大きく鳴く。


もう元気になったみたいでよかった。


「おい、見ろよビクニ。広い道に出たぞ」


「やった! これで次の街まであと少しだね」


それから私たちはようやく森を抜けることができた。


関係ないだろうけど、あのリョウタとサビィのおかげかな?


また会えるかはわからないけど。


もう一度二人に会えたらいいな。

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