体育会系男子は絶望的な状況で生き残ることができるのか

うさみかずと

第2話 TSUTAYAのエロDVDをレンタルすることはできないのか

御手洗(みたらい) 純情真面目バカ
皇(すめらぎ)  ネジの外れた秀才
菱田(ひしだ)  ただのバカ

三人の物語。



「だからさっきからそう言ってんじゃないですか!」

御手洗の部屋に集まった三人。菱田は皇のスマートフォンの液晶を割れんばかりの怒号を浴びせていた。

「皇」

「なんだ」

「菱田は何を怒っているんだ?」

さきほど目覚めたばかりの御手洗は菱田の怒りの原因がよくわからなかった。たしかに昨日から政府に電話をかけ続けてようやくつながった。非常事態と言うのに政府の対応が遅いことに腹を立てているのかといえばそうではないらしい。実際に物資の要求は承諾してくれたし、時間はかかるが二日後には食料が届くことになっている。

「もういい! うんざりだってかこの頭でっかちが」

通話を終了した菱田は頭を掻きむしったそれでも怒りが収まらないのか目の前のちゃぶ台をひっくり返す。

「お、おい菱田なにをそんなに怒ってるんだ」

「御手洗起きたのか」

菱田はひっくり返したちゃぶ台をまた元の位置に戻し息を整えている。そして落ち着いたのか口を開いた。

「政府の役人がよ、TSUTAYAのDVDはレンタルできないって言ってきやがったんだ」

「はっ?」

御手洗は皇を見つめた。自分一人では対処できないと踏んだのかこの男の発言に期待するしかなかった。皇は一度深呼吸をするとその瞳を見開いている。

「大問題だ」

「バカなのか!!」

御手洗は発狂した。その姿をみた菱田は不思議そうな顔をして立ち上がる。

「なにを怒ってんだよ」

「怒るだろ!普通何考えてんの! 状況を見ろ。DVDなんか見てる場合じゃないだろ」

「座れ御手洗」

皇の言葉に冷静さを取り戻した御手洗は渋々腰を下ろした。

「菱田の考えも一理ある。この封鎖された空間に一ヶ月、自由も制限された状況ではいつ精神がおかしくなってもおかしくない」

「皇」

皇はさらに続ける。

「こんな言葉を知っているか。自由を得るというのは引き換えに不安を背負うこと。安定を得るということは引き換えに不自由を強いられること。今の俺たちは自由だが不自由でもある。DVDでも見ないと気もまぎれん」

その言葉に納得したのか御手洗は感情的になり涙を流した。

「ごめん菱田。お前がそんなに追い込まれてるなんて知らなかった。俺はなんて最低な奴なんだ」

「御手洗」

菱田は御手洗の手をとり窓の外を指さした。その先にはTSUTAYAの看板が目に入る。

「いこう。俺たちの希望の園へ」

「おう」

二人の青年は肩を組んで友情を確かめ合っていた。

「よしそうと分かればAVコーナー」

その瞬間菱田は畳に叩きつけられていた。御手洗は思いっきり菱田を背負い投げた。

「やっぱりそうか! この動く公然わいせつが」

「当たり前だろうが、どうしてこんな状況でライフイズビューティフルを見たいと思う? それともウィーキングデットがお望みか?」

「お前の頭はエロいことばっかだな、この性欲モンスター、将来ろくな大人になれないぞ」

天井を見上げる菱田はため息をもらす。

「そんなこといったてさぁ~やっぱりむらむらすんだもん」

「そんなもん妄想すればいいだろ一発ぬくのに命かけられるか!!」

「どちらにしても逝くな。ゾンビで逝くか、右手で逝くかの違いだ大差ないだろ」

「大ありじゃバカ」

「そんなだからいつまでも右手が恋人なんだよ。童貞が」

「貴様、童貞を愚弄する気か、お前だってそうだろうが」

取っ組み合う二人を憐れむ皇。

「ふんっ、お前らの妄想力じゃたかが知れているな」

二人の会話を遮るように皇が割って入る。その口ぶりはバカ二人を挑発するのに十分だった。

「聞き捨てならないな」

御手洗が皇を睨むと菱田も応戦する。

「そもそもお前が一番卑怯なんだよ、だが勘違いするなよ。お前がすごいんじゃないお前のスマートフォンがすごいんだ検索すればいつでも新鮮な気持ちで逝けるサポートをしてくれる文明の利器がな」

スマートフォンを片手にこれ見よがしに見せつける皇はごみを見るような目で二人を蔑んだ。

「しかし皇そんなお前にも弱点がるんだぜ」

菱田は悪人面をしてスマートフォンを指さした。

「そろそろ月末だ。奴が来るんだよそしたらお前もおしまいだ」

「菱田、奴ってなんだ何が来るんだ?」

御手洗は恐れ多く菱田に問う。菱田はアウトレイジの小日向文世ばりの腹黒さとしたたかさを裏に隠した笑顔を皇に向けた。

「速度制限だよ。奴の前には誰もかなうことはできない」

御手洗は口をあけ驚きを隠せないでいる。皇は平静を保つが小刻みに震える右手を抑えていた。

「なにをバカな俺は三十ギガ以上の契約をドコモと交わし……」

フォン。

メールだ。

「まさか」

「そうそのまさかだ」

菱田は笑いをこらえるのに必死だった。

「さっきお前の携帯を拝借しているときにユーチューブにつなげておいた。しかもサイレントにしてあるからさすがのお前もフォームボタンを押さなければ気が付かなかったな」

皇はフォームボタンをおして確認する。そこには三時間納豆をかき混ぜているユーチューバーの動画が映りだし、動画の納豆はもう納豆と呼べることができないほど豆がねばねばにまきこれていた。

「ば、化け物め!」

「さぁどうする、お前は性欲の前に己を自制することができるのか?」

「くっ、やむを得ない」

不服そうに立ち上がった皇は菱田の左肩を軽く殴るとそのまま外に向かい足を進める。

「お前ら正気か」

御手洗は寮の脇に乗り捨てになっていたママチャリにまたがる菱田に激怒した。

「俺はいつだって正気だよ」

菱田は乗れと言わんばかりに荷台を後ろ指すと意味もないヘルメットを装着し始める。

「この場に及んで二人乗りかよ!! 自殺行為だ」

御手洗が玄関先で騒いでいると隣の民家から返り血を浴びた皇が何事もなかったかのように折りたたみ自転車を拝借して現れた。あのわずかな時間でどうやって手に入れたのかわからないが右手にはスコップを持っていて一線やり合った様子が見られる。

「御手洗任務が終わったら二人ほど弔うの手伝ってくれ」

首をふる。御手洗は頭を抱えた。

「間違ってる。こんなこと絶対間違ってるよ」

「御手洗!!」

菱田は周辺にゾンビがいないことを確認すると大きな声で呼びかけた。

「男には抜かなくてはいけないピストルもある。たとえそれが命を失うリスクがあってもな」

「菱田、抜群にかっこよくないぞ」

皇の言葉を無視して酔いしれる菱田に御手洗は背を向ける。

「俺はいかないからな。俺はまだ死にたくない」

そう言い残し御手洗は部屋に戻っていった。階段を登る御手洗の足音を二人は聴いていた。もしかしたらもう二度と聞くことが許されないどたどたを。

「菱田」

菱田は泣いていた。音もなく静かに、覚悟を決めた男の生きざまに皇が武者震いするわけもなくずっと半笑いして眺めていた。

「皇?」

「なんだ?」

「お前、俺のこと嫌いだろ」

「嫌いではないぞ。ただ」

「ただ?」

「頬を濡らすのは構わんがパンツはまだ濡らすなよ」

菱田は人生で初めて抱いた殺意だった。




ゾンビたちにも周期や気分と言うものがあるらしく。活動が決まって穏やかになる時間帯がある。太陽が昇る朝方の二時間と夕方から夜が深くなるまでの一時間の間はクールダウン状態になりあまりにも大きな音を出さなければ滅多に興味を示すことはない。この見解は皇が暇つぶしに寮の部屋から記録をとっていたので間違いはないだろう。つまりこれより一時間。安全を約束されるとまでは言えないが感染するリスクが低いのだ。

「あそこの角を曲がればTSUTAYAだ」

菱田は入学祝で買ったG-ショックの腕時計を確認する。

タイムリミットまであと四十五分。

「確認だが最低でもここを十分前には出なければゲームオーバーだ」

ママチャリのスタンドを下ろした菱田はヘルメットを外し武器として持ってきたバットとボールを装備した。

「ここからは戦場だ。皇俺の合図で一気に飛び込むぞ。そして一目散に奥のピンクの部屋に入れ」

菱田の合図とともに二人は店内に入った。中は当時のパニックをそのままに棚からいろいろなものが落ちていて下敷きになり息絶えた者もいたのかもしれない。

「おかしい、ゾンビたちがいない」

皇は首を傾げた。菱田は周囲を確認すると一目散に走り、皇も後を追う。

「最短距離でいくぜ」

菱田はピンクの棚があるスペースの場所をあらかじめ把握していた。そして一分も掛からないうちに目的地にたどり着いた。

「皇見てみろよ。おっぱいで溢れてやがる」

菱田は何の躊躇もなく飛び込んでいった。皇は中にゾンビがいる可能性を示唆したが中はあっけらかんとしている。皇は違和感を覚えながら好きなジャンルのDVDを手に抱えている菱田とともに好きな女優のDVDを探し始める。

二人は久しぶりにいろいろな意味での開放感を味わっていた。しらみつぶしに吟味する菱田に対して、皇はひたすらにパッケージとにらめっこ。いつしか巨乳好きの菱田と形重視の皇のエロDVD論争が勃発。二人は時間を忘れて学校の校庭を走り回ったあの頃の自分と影を重ねていた。

「し、静かにしろ。菱田なにか音がする」

最初の異変に気が付いたのは皇であった。店員専用のカウンターについていた防犯カメラの映像を見て言葉を失う。さきほどまでもぬけの殻だった入り口のCDコーナーにゾンビが集まってきていたのだ。

「なんで、タイムリミットまであと十分はあるのに」

皇の動揺に菱田もただならぬ事態を察する。

「皇、もしかして今日は金曜日か?」

「そうだが。何か関係あるのか」

「大ありだ。今日TSUTAYAでレンタルするとT-ポイント三倍なんだよ!!」

皇はぬかった。ゾンビにも周期があるということを頭に入れていなかった。人間の頃の記憶の断片がゾンビになってから無意識に現れ習慣や生活の動作が繰り返される現象。

「菱田ここはすぐにおちる!!早くだっしゅつ……」

出口に近い棚からDVDが落ちる音がする。

奴らが来た。

菱田は立ち尽くす皇の手をとりスタッフルームに逃げ込みカギをかけてバリケードを作った。

「あと五分で奴らはゾンビの本能を呼び覚ます。明日の朝までここが持たなかったら俺たちはおしまいだ」

皇の言葉に菱田は不器用に笑顔を作る。

「大丈夫だ俺たちは体育会。ポジティブにいこう」







時間はタイムリミットを超えた。即席のバリケードもいつ破られるか分からない。言いようのない不安が二人を包む。

「皇ほらなんか喋ろうぜ。お前、AVの好きなジャンルなんだよ」

「こんなときに何を言うかと思えば」

隅でうずくまる皇はTPOのかけらも感じない菱田の無神経さに呆れていたが、口が開く。

「寝取られ」

菱田は予想もしなかった答えに腹を抱えて笑っていた。

「お前、その顔で寝取られって変態じゃねーか。クールぶりやがって頭の中どうなってんだよ」

皇は恥ずかしさとカミングアウトの後悔で立ち上がり、菱田に詰め寄ると菱田はごめんと手を前にだした。

「まぁまぁ。俺も言うから、俺は家庭教師かな。ほら俺って長男だからお姉ちゃんに憧れがあって年上好きなんだよ。下には三人弟がいてよ~まいっちゃうよな実家帰ればみんなち〇こだし。ほんとはじからち〇こ、ち〇こ、えぐぅ」

突然泣き出した菱田に皇は若干ひいた。なんだこいつ情緒不安定か。

「こんなとこでこんな理由で死にたくねぇよ。性欲のバカ野郎!!」

錯乱する菱田を見ているうちに皇はすっかり落ち着きを取り戻していた。大学の講義で教わった緊張したとき自分より緊張した人を見ると緊張が和らぐあれだ。

「落ち着け菱田。たった今ここから脱出する方法を考えついたところだ」

「本当か」

「嘘だ」

「嘘かよ!!」

菱田は笑った。皇も笑顔になった。お互いに覚悟を決めたのだ。もう怖くない。それから二人は無言のままがんがんと音をたてる今にも破壊されそうな扉を眺めていた。

「なぁ皇。俺の夢を聴いてくれないか?」

柄にもないことを言っているのは分かっている。ただ今言わなければそれっきりな気がして菱田はならなかった。

「俺の夢は……」

「やめとく」

皇は菱田の会話を中断させる。怪訝そうな顔をした菱田は皇を窺った。

「夢っていうのはきっと諦めた奴が考えたものだ。だからお前と夢を語りあうのはまだいい」

皇は菱田の腹を思いっきり殴った。うずくまった菱田からバットを奪い取り扉の前に立つ。

「お、おいすめらぎぃ」

「奴らは音に敏感だ。俺が正面出口のスタッフルームで店内に音楽を爆音で流す。絶対に死ぬなよ」

皇はドアノブに手をかけて深呼吸をしたのち思いっきり捻り押した。ぱっと見渡す限り五体のゾンビがこちらを睨む。と同時にクラクションを響かせこちらに突っこんでくるジープが目に入ってきた。

「み、御手洗!」

菱田は叫んだ。運転席に座るのは御手洗だ。

「お前ら助けに来たぞ」

店内のゾンビをなぎ倒し進んできたジープは傷ひとつついていなかった。御手洗は車から降りるとスタッフルームの奥で動けないでいる菱田にかけよる。

「誰にやられたんだ!」

「こいつです。刑事さん」

指をさす先には皇。

「歯ぁ食いしばれ」

ちょっ、えぇぇぇ。

御手洗の謎のびんたを喰らった皇は腑に落ちずしかし胸を撫でおろした。







「御手洗助かったぜ」

「あぁとなりの家のガレージから拝借した。あ、そうだ皇。お前その赤いしみ血じゃなくてケチャップじゃねーか。弔うってその周りに集ってたゴキブリのことかよ驚かせやがって」

三人の笑い声が響く。三人の狭い部屋に続く廊下は愉快な踊り場になっていた。そしてTSUTAYAを脱出し寮についた三人は混乱で五枚しかレンタルできなかったDVDをさっそく使用しようと顔を合わせた。菱田は御手洗を見つめる。

「じゃあさっそく御手洗の部屋で見よう」

「何言ってんだ菱田お前の部屋でいいだろ」

「いや俺そもそもDVDレコーダー持ってないよ」

「俺だってずいぶん前にプレステ売っちゃったけど」

「……」

二人は皇を凝視する。皇は殴られた頬を触りながらはにかむ。

「お前ら助けて壊れちゃった」

















          

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