獄卒鬼の暇つぶし

うさみかずと

第30話

私が千鳥足の二代目を支えながら、やっとのことでコーポ斎藤に送り届けると、時刻は午前零時をまわっていた。

この時間では、セラの部屋まで帰るのは気がひける。

「二代目、今夜はお世話になりますよ」

荒い寝息をたてながら頷く二代目を畳に寝かせて、毛布をかける。私は四畳半の僅かな隙間に体を滑り込ませふわふわとした気分のまま目を閉じた、

私が次に目を覚ましたのは、明くる日の朝だった。カーテン越しに降り注ぐ陽光や小鳥のさえずり、チンと気持ちのいい音でなるトースターの音。私を夢の世界から覚醒させたのは、それらの爽やかな事柄とは遠く離れたドアを乱暴に叩く拳の鈍い響きであった。

「国枝さん家賃回収に来ましたよ!」

「やちん?」

ーードンドン。

眠気まなこで玄関に立つ、すぐに私は二代目に口を抑えられ、「貫徹、奥に隠れていろ」

「二代目、大家さんではないのですか」

ーードンドン。

「いや、大家は手前のことをさんづけで呼ばん。それより早く姿を隠せ」

不気味なほど長く続いていたノックの音が鳴り止んだ。二代目はすり足を使い音を立てずにドアの丸窓をそっと覗く。私は寝室とリビングを隔てる壁越しにドアの外をじっと窺っていた。

「逃げろ!」

鬼気迫る声が狭い部屋に響き渡ると同時に、私は咄嗟に押し入れに体を忍ばせた。バーンと言う凄まじい音ともに一瞬目を閉じた。すぐに目を開けふすまから覗くと二代目の体が先ほどまで寝息をたてていた四畳半の部屋にぶっ飛んでいる。

「国枝さん、家賃は毎月払わないといけませんよ」

そう言ってドアを破壊し部屋に押し入った人物は、シワだらけの顔に特徴的なまるメガネをかけた年老いた女性で、コーポ斎藤の大家さんのように思えた。しかしすぐに私は大家さんを装った別の何かだと勘付き、

「二代目」

声を上げようとしたとき、二代目は押し入れの隙間に視線を送り、何もしゃべるなと無言の圧をかけた。

「冷徹斎貫徹はどこだ?」

間髪入れずに尋ねてきた何かは姿を変え額に角を生やした。

「天邪鬼久しぶりだな、主から出向いてくるとは探す暇が省けたぞ」

天邪鬼は大家さんの姿から皮肉にも私に変身して、

「もう一度言う冷徹斎貫徹はどこだ」

1回目よりも低く殺意を持った声で迫る。私は天邪鬼の放つ強力な霊力に不覚にも圧倒されていた。

「まぁ待て、そう急かすでない。せっかくの再会だどうだ茶でも飲んでいかんか」

いつもの調子で立ち上がった二代目は笑顔で天邪鬼に近づいていく。二代目の手が天邪鬼に触れたその瞬間だった。

「――っ!?」

触れていた右手が目にも止まらぬ速さで切り裂かれ畳に落ちた。片腕を失ってよろめいた二代目をあざ笑う天邪鬼を見た刹那、私は忠告を無視し天邪鬼に飛びかかって、

「地獄に堕ちろ」

地獄拳法第一の心得、渾身の地獄突きを喰らわせていた。

完璧に顎をとらえ脳天を揺らしたが、天邪鬼はすぐに体勢を整え反撃に転じた。私もすぐさま地獄拳法第二の心得、地獄八景膝栗蹴りの体勢に入ったが、鋭利に尖った爪の先が私の額をとらえた。

「くたばれ」

天邪鬼がそう言い放ったと同時に覚悟したが、本来風穴を開けるはずの爪が、額の皮をかすめてぐるぐると宙を舞っている。

「っぎぎぁああああああ!」

一瞬のうちに片腕を失った天邪鬼は叫び、後ずさりした。二代目のもう一方の腕に叩き切られた断面からは赤い血ではなく緑色をした火花がバチバチと音を立て散っていく。

体中の毛という毛が逆立つような叫び声の中、私は畳に腰をついた。

「派手にやってくれたな、諸々の修理代は主に請求するぞ」

飄々とした口調で天邪鬼を捕まえた二代目は、片手一本で襟元を掴みグッと持ち上げた。すると天邪鬼の体は空中に浮きはじめる。

「よくも私の腕を……」

変身が解けた天邪鬼はジタバタと足をバタつかせる。必死の形相で抵抗を試みるがただれたような皮膚と岩のようにボコボコした凹凸のある顔はその醜さを際立たせるだけであった。

「お互い様ではないか、そのまま霊力を奪い取ってやる」

二代目はお構いなしにさらに強い力で締め上げる。

「しゅ、しゅ、修羅落ちの……」

驚愕に震える声が、天邪鬼からもれた。自分が相手にしているのは地獄最強の鬼神だということにようやく気が付いたのだった。

二代目は先ほどまでの穏やかな表情から一転して惨殺を楽しむ異常犯罪者のようなおぞましい笑みをこぼし、なぶるように天邪鬼から霊力を奪っていく。苦しみながら朽ちていく体は緑色の火花を舞い散らし、殺伐に満ちたこの光景を私は身動きするのを忘れて見入っていた。

「これで終わりではないぞ!」

鼬の最後っ屁のごとく口から溶解液を勢いよく発射させたものの、二代目は表情を一ミリも変えずに首筋をひょいっと傾けただけで攻撃を回避した。その終わりは呆気ない。

二代目は復活したばかりの腕で天邪鬼の頭部を、無造作に突きとどめを刺した。

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