獄卒鬼の暇つぶし

うさみかずと

第29話

千住街の夜は更け、縮み上がるほどキンキンに冷えた日本酒の酔いがまわる。

やがて二代目が立ち上がって、「まだまだ夜は長い三度の乾杯に備えよ」と陽気な声で提案した。私はめんどくさい気持ちを抑えながらおちょこを持って立ち上がり、酔いがまわって気持ちよくなっている二代目を見据える。顔の筋肉は弛緩し、口元にはよだれを溜め、目じりは見事に落ちていた。とっくりを片手にしどろもどろの挨拶の後、私のおちょことぶつけ合い音を鳴らす。

「お主、そういえば閻魔大王の命とか言っておったな。一体なにごとだ?」

「恒例の十王様の慰安旅行の下見ですよ。そのついでに二代目の様子も見てこいと言われました」

「手前は元気でやっているとあの堅物親父に言っておいてくれ。しかしもうそんな時期か……」

感慨深そうに二代目は首を二、三度縦に振り「ヒック」っと体を震わせた。私の顔をじろじろと窺い気分を良くしたのかにんまり笑う。

「そうだ貫徹、お主は手前に聞きたいこととかないのか? 今は気分がいいからなんでも答えてしんぜよう」

「金砕棒はどうしたんだよ」

「金砕棒か……、兵隊さんに徴収されてな、今頃戦闘機の一部にでもなって太平洋に沈んでおるだろう」

「かぁぁぁぁぁ」

私は苛立ちとともにグイッと酒を飲み干し諦めともつかないため息をもらす。

「あんたやってくれたな! 金砕棒は閻魔大王から贈られた命よりも大切な鬼神のステータスじゃないですか、それをあんたはやすやすと……」

くどくどと続く私の非難を浴びても二代目にひるんだ様子はまったくない。

「仕方なかろう、手前は先の戦争で出兵したくなかったのだ」

「だからって金砕棒を差し出すなど、というかあんた浮世で死なないではないか。戦争の一つや二つくらいお国のためにいってこい」

「死なないとは言え、痛みはあるぞ。手前は痛いのが苦手でな」

「痛みなど復活するまでの辛抱だろう、第一私たちは死を恐れぬ存在だぞ」

「死を恐れぬ存在か……」

二代目はテーブルに頬杖をついて物思いに耽る。

「なにか言いたげですね」

「いや別に」

二代目はそう呟くと、私に一瞥して「酔いがまわった、ここらいらでお会計にしよう」

「あぁはい」

私が気後れして頷くと哄笑しながら、やる気のない店員に人差し指で合図をした。

「御仁、美味かったまた伺う」

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