獄卒鬼の暇つぶし

うさみかずと

第21話

私が二代目の居場所が分かったというとセラはどうしてもご挨拶がしたいというので、二人で訪ねることにした。

日比谷線北千住駅で下車して、旧日光街道を目指し足を進めた。夏の陽射しが道行く人の肌を焦がし、街を照らしていた。灼熱地獄の比ではないにしろじわじわと体中から滲みだす汗がシャツを濡らす。近年の著しい気温の上昇はどうやら地球温暖化が原因らしい。旧千住宿を抜け、奥の細道で有名なかの松尾芭蕉が、旅の始まりを記念して作られた「奥の細道矢立の碑を過ぎても、死神が記した二代目の住処にはまだつかない。スマホの地図アプリに従うには、千住大橋の手前に、ひっそり佇む民家とアパートを抜け、橋戸稲荷神社に導かれるように伸びた道の先にあるらしいのだ。

セラは例によって、翼を気持ちよさそうにばたつかせ、五分丈のワンピース姿で一見涼しげであったが、「足がくたびれてしまいました」ととうとう音を上げた。「だから空を飛んでいこうと言ったのです」

「空を飛ぶのは結構だが、私を抱えて飛ぶのはやめてほしいものだ」

「なぜですか? 一番効率がいい方法ですよ」

「物事には効率より見てくれを重視しなくてはならないことがある。女子に抱えられるなんてもう二度と御免だ。どうしてもというなら一人で飛んでくれ」

「それは、いやですセラは二人でいきたいです。足がイタイ、イタイ」

駄々をこねる天使は翼を器用に使いホバリングしながら体を浮かすと両足をばたつかせる。私は仕方なくセラの前でしゃがみ込み
「おんぶしてやる、この前のお返しだ」

「はい、ではお言葉に甘えます」

セラは勢いよく私の背に覆い被さり、上機嫌に鼻歌を歌う。彼女の甘い髪の香りが初夏の風に乗って鼻を掠めた。人懐こい改め、鬼懐こい天使は、背から見える景色をずいぶん楽しそうに眺めている。

「なんだか嬉しそう」

「私の顔も見ずにそう思うか?」

「はい、セラにはわかるのです」

二代目に会うのは本当に久しぶりであった。

百年という時間は人間の文化や価値観を幾度となく発展させてきた。その中で起きたいざこざや争いは数知れないが歴史はいつの時代もそうやって繰り返されるものだと地獄の亡者を相手にすればよく分かる。新しかったもの生み出され、新しかったものが古くなり、古かったものはそのまま忘れ去られたと思ったら挙句の果てに一周回って新しく見出されたりする。二代目はその激動の中に身を投じてきたのだ。だから私は今から会いにいくのは、私が知っている二代目でないことを覚悟していた。

「セラ、二代目なら悪魔のことも心当りあるかもよ」

「そうだといいのですが」

「私は浮世に来てから日は浅いが、二代目はもうずっともこの世界にいるんだ。悪魔のことだってどうにかしてくれるさ、なんたって死神に知り合いがいるくらいだから」

「あ、でも今日はご挨拶だけなので、そんな厚かましいこと」

「いいよ、日頃の感謝と思って」

正直な話し二代目は天界の住人のことがあまり好きではない。

阿鼻地獄に堕とされた冷徹斎宗徹と同じく、二代目もまた現場を知らない神々が地獄に介入することを良しとしない鬼神であった。次期閻魔大王の職を約束され、宗徹の教えを受けた鬼の中で一番の優等生である。しかし私や我孫子、後輩たちの前ではどうしようもないちゃらんぽらんであったのも事実であった。

やがて、私とセラはスマホがナビゲーションした場所にたどり着いた。

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