獄卒鬼の暇つぶし

うさみかずと

第14話

私が市内に戻ってきたのは深夜のことである。セラの話しから推測すれば恵美子に付きまとうストーカーは、天使の輪をセラから奪い取った悪魔だと私は考える。あの禍々しい闇のオーラの持ち主ならば隙をみて就活中の大学生の心の弱みを握るなど容易いことだろう。

私はセラの部屋に続くアーケード街を歩いて行った。結局、恵美子と別れたあと私は彼女に悟られないように後をつけた。下宿先まで押し入っていまか今かと待ちわびていたが私の期待とは裏腹に例の男は頑として現れず、しっぽりとまん丸のお月様を眺めて歩く羽目になったのだ。

ズボンのポケットに入っているセラの部屋のカギを握りしめてみる。彼女は都内の区立図書館で司書をしているため帰りが遅い。閉館時間は午後の六時半だがそのあとで雑務処理と開館の準備を行うので部屋で一息つけるのは午後の九時過ぎになる。それから二人分の夕食をつくるので彼女は一日中働き尽くしである。ふらふらと出かけては浮世を彷徨う私はただ飯くらいのごくつぶしというわけだ。

「ずっと一人だったから嬉しいのです。誰かとおしゃべりしながら食べる夕食は一人で食べる時の倍のおいしさです」

煮物を箸でつつきながらそのようなことを屈託のない純粋な笑顔で言われると鬼として、男として情けない気持ちでいっぱいになる。

「下界は便利になりました、無人で飲み物が買える箱や遠くの友達とお話ができる板、インターネットというものは世界中の人々と繋がることだってできるんですよ」

何も知らない私にセラはいろんなことを教えてくれた。だんだん居心地がよくなって本来の目的を忘れてしまいそうになる。そんな自分を戒めるためにへとへとになるまで体を動かしたら通常のごはんの量の倍を食べた。

これではキリがないので私は二代目を見つけるまでと自分に言い聞かせ、それまでは不本意ではあるがセラの優しさに堂々と甘えることを決めたのだ。

「あぁ早く帰ってセラの煮物がたべたいなぁ」

先ほどから煌々と照る月が周りの星の輝きを奪っている。そのまま生意気な月光がビルの谷間を満たすと、私の頭の中に父の顔が思い浮かんできた。太古の昔に月の欠片が欲しいと駄々をこねた幼少期の私を思って父、冷徹斎宗徹は月に向かって満身の力で棍棒を空高く放り投げ、大きなクレーターを作った。欠片は宇宙空間を漂い私たちの手元に落ちてくる前に全て焼き溶けてしまったが、その衝撃はすさまじく今も浮世の月が一年間でこの星から3.8センチほど離れていっているのは当時の名残である。この事実を知っているのは私と父だけだったが、もはや秘密を共有する相手もいない。

私は静まり返った夜の闇にぼんやり光る自動販売機に寄りかかる酔っ払いを見つけて声をかけた。

「おじさん、大丈夫酔っぱらってんの?」

「酔っぱらってはいないよ、どうだいきみも
一杯今夜は月がきれいだぞ」

どうやら月見酒を楽しんでいるらしい。

「こんな夜更けに珍しい、おじさんは帰る場所がないのかい?」

私は呆れたように言った。すると男はこちらに背を向けたまま陽気に笑い、手に持っていたカップを月に重ねていった。

「美しい月だと思わないか、今夜の月は格別にきれいだ」

「はいはい、わかったわかった」

男はそう言ったが私はてきとうに相槌を入れた。

「時に青年、月には不思議な力があるのは知っているか?」

「いや、全然まったく」

「そうか、なら覚えておくといい特に今夜みたいな満月の夜は用心したほうがいいと」

男は大きく息を吸い込んで姿を変えた。

男がこちらを振り向いた瞬間にさっきまで怪訝な顔をしていた私の表情は一気に血の気が引け、思わず腰が抜けそうになった。このとき私が見たものは黒いローブを羽織り大鎌を肩に乗せた骸であった。地獄の亡者の成れの果てとは違う、強い霊力を感じる。かたかたと骨と骨がぶつかり合う音は不気味さを増し、笑っているように見える表情はますます奇怪である。唐突な化け物の出現は、私の隙を作るのには十分すぎたのだ。

「地獄の鬼よ、貴様の魂は預かるぞ」

男は薄気味の悪い笑い声をあげながら大鎌を振り下ろす。

「ちょっと待ってくれ‼」

私は叫んだ。こんな幕切れは望んでいないのだ、あぁなんと理不尽極まりない。

観念した私は最後の瞬間を見届けようと目を見開いた。

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