獄卒鬼の暇つぶし

うさみかずと

第6話

二代目が地獄を離れると宣言したのは、いつだったか。

私が最後にそれ聞いたのは等活地獄の極苦処だった。二代目は鉄火に焼かれた亡者たちの悲鳴を聞きながら無表情で生き返った亡者を断崖絶壁から突き落としていた。その後も不喜所、多苦処に赴き一人ひとりの亡者たちを惨殺し、無にかえしていく。私は数多の悲鳴の中をかきわけつつ、「どうして、こんなこと……誰も望んじゃいないですよ」と訊ねてみる。二代目は自前の棍棒を振り下ろして亡者にとどめをさした。さっきまで形成された肉体はただの肉片になりあたりに四散する。その光景を眺めながら「父を……地獄をこれ以上嫌いになるのが怖いのだ」と言うばかりだった。

「お主は手前の代わりに地獄を守ってほしい」

二代目は等活地獄の亡者たちを一通りただの肉片にしてから地獄の門の番人をだまくらかして門を開け浮世へ放浪の旅にでた。閻魔大王が二代目の出立を知らされたのはずいぶん先のことであり追いすがろうにも時はすでに遅かった。

目的を持たない途方もなく長い旅路にでたきり、二代目は未だに浮世から帰ってこない。

私は二代目から名誉ある等活地獄の統括長を任命されたが、鬼神でもない一介の獄卒鬼である私が八大地獄の一つを任されることに不満を抱く鬼は少なくなかった。

おそらく二代目は引継ぎなどめんどくさい雑務を取っ払って早くここから離れたかったのだろう。考えなしに公の場に手紙を残し私を後任に推薦した後、風のように地獄を去った。

私は日々の業務のストレスと中堅獄卒の嫌がらせにとうとう堪忍袋の緒が切れて、二代目を追いかけるため天界に忍び込みむりやり浮世に繋がる門を開け払ったのだ。

「いまごろどこで何をしておられるのか」

門に近づくにつれて積年の思いが強くなる。自分は終わることのない旅にでて、上手いこと私を丸め込んだ挙句、めんどくさい業務を押し付けた。怒りを堪えながら、憎むべき相手に会えることを心待ちにしているのだ。我ながらなんと滑稽なことであろうか。

門の番人、馬頭と牛頭は名前の通りそれぞれ頭は馬、牛で下半身は人身の姿をしている獄卒である。彼らの仕事は浮世と地獄をつなぐ門を取り締まることだ。昔は規制が曖昧だったために私は大人の目を盗んでは二代目とともに浮世によく遊びに行っていたものだ。全速力で地獄の山や谷を越えていくと門が目の前に見えてきた。私は勢いそのままに門の扉をぶち破ろうとした時だった。

「止まらぬか! 許可なく門を開ければ等活地獄の多苦処にて拷問を受けることとなるぞ」

懐かしい声が鉄でできた門にぶつかりこだまして耳に入り私の脳を揺らした。門の手前で止まり振り返るとひとまわり大きい獄卒が仁王立で笑っていた。

「馬頭、牛頭!」

駆け寄ると馬頭が表情をやわらげ私の頭を荒々しくなでた。

「大きくなられましたな。坊っちゃん」

牛頭はそう言って私の頬をつねった。

「元気にやっとりましたか?」

私は馬頭の巨大な手を払いのけ言った。

「元気でやっていたさ」

千年という時間は悪餓鬼を変えた。私はこれでも成長したつもりだったがふたりの前に立つとあの時のどうしようもない無鉄砲な子鬼に戻ってしまう。

「これは閻魔大王様から頂いた通行許可書だ。もちろん偽物ではないぞ」

馬頭と牛頭は注意深く筆跡を確認する。二人は二代目事件以降必要以上に門の警備を強化してきたのだ。なかなか承認をえられないことに苛立ちを隠せなかった。

「馬頭、牛頭名残惜しいが私は行かねばならない」

馬頭と牛頭は黙って頷いた。

「坊っちゃん。これを」

牛頭は巾着袋を取り出して私の手のひらの上にのせ握らせた。

「これはなんだ」

「さきほど閻魔大王様から申し付けられましたものです。現在の浮世は坊っちゃんが思っているより複雑なんですよ。長期滞在になった時のためにお持ちになってください」

「あいわかった」

「坊っちゃん私からこれを」

馬頭は一枚の紙きれを手渡した。

「この紙に巾着袋の中にある道具の使用方法が書いてあります」

「なにから何まですまない」

私は門の扉に手をかざすと満身の力を込めて押した。

「まずは若様を尋ねるのがよいでしょう。若様を強く念じれば門は必ず導いてくれます」

すると音を立てながらゆっくり開き始めてまばゆい光に包まれた。

「坊っちゃんお身体にお気をつけて〜」

ふたりの声が遠のいて私はだんだんと意識が薄れた。




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