闇を統べる者

吉岡我龍

芽生え -人間の限界-

 ショウ達と報告の旅から帰って来たクレイスは早速ザラールの下へ向かってあの時の出来事を相談していた。
「・・・・・ふむ。色々と尋ねたい事はあるが・・・・・ふーむ。」
そういわれるだろうと思って一緒にウンディーネにもついて来てもらったのだが彼女の方も何か別の事を考えているのか心ここにあらずといった様子だ。
クレイスとしても折角発動した水の魔術の数々、そして飛空の術式をみすみす手放したくはなかったので
何を聞かれても事細かく答えられるように情報を整理しながら彼が話し出すのを待ちわびていたのだが、
「・・・お前とカズキに教えたのは初歩の手前までだったな。よし、まずは場所を移そう。」
謎の解明に向けて方針を打ち出したザラールは早速彼らを引き連れていつも教わっていた小部屋の更に奥へと進む。
そして日の指す扉を開けると真っ白な大理石で出来た回廊が目に飛び込んで来た。
かなりの広さがある上に高い位置にあるので城下が一望出来る絶景も併せ持つ素敵な場所だ。
「ここは昔アルヴィーヌ様の修行で使っていた場所だ。クレイスよ、ここでその水球とやらを試してみるといい。」
しかし案内された後には先程の相談内容からかけ離れた無茶振りが返ってくる。
使えないと訴えているのに使えというのは話を聞いてもらえていないのか、彼に何かしらの思惑があるのか。
まっすぐにこちらを見据えてくるザラールにもしかして、と思いながら半信半疑で魔術を展開する事を選ぶ。すると、

ぽわん

驚いたことに何の問題もなくそれが成功したではないか。
「・・・で、出来た・・・」
安堵の気持ちが言葉と吐息になって現れるもその原因に心当たりがあったザラールは何度か頷いてすぐに答えを教えてくれた。
「お前が魔術を使えなくなった理由は簡単な事だ。魔力が枯渇していたのだろう。」
魔力が枯渇・・・・・
確かにさっき彼が言っていたようにクレイスとカズキはまだ魔術の初歩、その更に手前までしか教わっていなかった。
そもそもウンディーネが自分の体に入ってくる前までは小粒の小石を動かす事すら全神経を集中してやっとこなしていたのだ。
その状態からいきなり『魔人族』の攻撃を凌げる程度の魔術を手に入れたのだから色々とすっ飛ばしすぎていた感は否めない。

「うむ。魔力にしろ体力にしろ人間の体には限界があるのだ。体力だとわかりやすくその症状が現れる。
汗をかく、体に力が入りにくくなる、痛みが走る、痙攣を起こす等だな。しかし魔力と言うのは厄介な事にそういった前兆は何も現れない。」

「え?!」
これも魔術を使う者にとっては初歩の知識なのだがそれすらまだ備わっていなかった。
ザラールもこのままではいささかよろしくないと感じたのかその場で簡単な講義が始まる。
「己の持つ魔力、これは体力と同じで研鑽を積めば大きな力を保持出来るようになる。だがその量は自身の感覚でしか計れないのだ。」
初めて聞く内容に感動を覚えつつも、そんな大切な事を知らずに魔術を展開していたのだとわかると少し恥ずかしくなる。
だから空を飛んでいる最中に枯渇した挙句その後は何も出せなくなったのだ。
ただ必死で水の盾を3つも展開したりしていたがあれは自分の中の魔力をどれくらい消費していたのか。
水を扱う魔術を手に入れたといってもいいのかもしれないが、この先しっかりと使いこなすにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「それともう1つ重要な事を伝えておく。魔力というのはほぼ体力と同じだ。
極端に使いすぎると一日体を休めた程度では回復しきらない場合もある。疲れが残るというやつだな。それも必ず覚えておくのだぞ。」
何から何まで初めての知識だった為に全てを理解出来たか怪しかったが、それでも不安要素が解決した事で一安心したクレイス。
ウンディーネも退屈そうにこちらを眺めていたのでそろそろ退室しようとした時、

「待て。ここからが大切な話だ。クレイス、お前がその魔術を使える事について知っているのは一緒にいたカズキとショウ、そしてウンディーネだけか?」

聞かれた真意がよくわからなかったので素直に頷いて答えるとザラールは少しだけ声に力を入れ直す。
「ではこの件、しばらくは口外しないように。もちろん王女様にもだぞ?」
「えっ?!」
この後それを口実に彼女に会いに行こうとしていたので思わず素っ頓狂な声を上げるが宰相の目は真剣だ。
ただザラールはこの国の重臣であり『孤高』の1人でもある。そんな彼が他言無用と釘を刺すには何か理由があるのだろう。
「わ、わかりました。」
「うむ。魔術の修行はここを自由に使えば良い。訳は今度話してやる。」
最後はこちらの心を読み取ったかのように受け答えしてくれたのでクレイスは納得して頭を下げるとその場を去った。





 「私もついて行くの。」
本当は2人きりで会いたいと思っていたのだが何故か傍を離れようとしないウンディーネ。
この時は自身の魔術に関する不安とイルフォシアの傷跡が本当に治っているのかという不安がクレイスの頭を支配していた為
彼女の微々たる変化に気がつけなかったのだがこれは仕方がない。
「ケンカだけはしないでね?」
最低限の希望だけ伝えると早速第二王女の部屋の前までやってきた2人。しかしここである重大な事に気が付く。
まず彼女の部屋に入るのが初めてだという事。そして今は身分的に天と地ほど差のある王女様に約束もなく会いに来ているという事だ。
王子として『アデルハイド』にいた時はほとんど気にしていなかったが他国の兵卒という立場から様々な事を学んできた。そういった部分にも詳しくなったクレイスは諦めて引き返そうとしたのだが、
「駄目なの。私も会いたいの。」
未だ『トリスト』国内で身分が確定していない魔族が彼の腕を引っ張ったのでそれを言い訳に何とか扉を叩く。すると中からは久しぶりに、
「はい。どちら様でしょう?おお、これはクレイス様。」
王女姉妹の御世話役としてぞんざいに扱われていたハイジヴラムが顔を覗かせて喜びの声を上げていた。
思えば彼と初めて会ったのはリリーの家でだ。しかも王女達の命令により半ば無理矢理彼女達の護衛に回されていたような形だったはずだ。
やっと本来の仕事に戻れたからか、あの時よりも声色が明るく感じたクレイスは、
「あの、イルフォシア様の御怪我の具合が心配で・・・あれからいかがでしょうか?」
通してもらえるかはわからないがとりあえず用件を手短に伝えてみる。そもそも今ここにいるかどうかすらわかっていない。
「おお!それでしたら是非中へ。国外への移動を禁止されてから退屈で仕方のないご様子ですから。」
お互い面識があるお陰かハイジヴラムも兵卒であるクレイスを咎める事無く部屋に通してくれる。しかし、
「お邪魔するの。」
すぃ~っと空を飛んでいるウンディーネの姿を仮面の男は黙って眺めた後、
「あの、話では彼女とイルフォシア様は大変御仲が悪いと・・・大丈夫でしょうか?」
クレイスに小さな声で確認を取ってきた。こればかりは彼に同意せざるを得ないのだが一応釘は刺しておいた。
「多分、恐らく大丈夫だと思います・・・何かあったら引っ張って帰りますので。」
それでも不安は残るものだ。
折角本業に戻れたハイジヴラムを心配させまいとしっかり断言すると目に見えて安心する御世話役。
とにかくまずはイルフォシアの顔を見たい。言葉と声を聞きたいクレイスも逸る心を抑えながら静かに中へと入っていった。



確かに部屋の広さはヴァッツのものと同じに見える。しかし置かれている家具や飾られている小物はやはり少女の色が強く出ていた。
更に部屋の中を漂う香り。
彼女への好意を寄せるクレイスからすれば極上と表現するよりは危険のほうが当てはまる。
恐らくここに長時間滞在すれば自分は理性を飛ばしかねないだろうと判断しての評価だ。
「ようこそクレイス様!と・・・青いお魚さん。」
「うわ・・・まだ根に持ってるの?鈍感で執念深いとか・・・」
「ウンディーネ!!お、お久しぶりですイルフォシア様!!とてもお元気そうで何よりです!!」
更に今は爆弾を抱えていたので再会を喜ぶ暇も無く危険な発言を慌てて止めながら口早に挨拶を交わす。
早速連れてきた事を後悔するもお茶用の丸い卓を囲んで座る3人。
2人きりになることは諦めていたが、それでも何かしらの会話は必ずしておきたいクレイス。
ただ、自分が魔術を使えるようになった事を口止めされている為必然的に今回行って来た旅の話をするのは難しいだろう。
(・・・あれ?じゃあ何を話せば??)
緊張感こそなかったものの、いきなり手札が何もない状態だと気が付いたクレイスは他になかったかと考え出すも、

「ねぇイルフォシア。貴女は魔族や天族が人間に食べられた話とか聞いた事ある?」

最初に口を開いたのは真剣な面持ちで静かに尋ねだしたウンディーネだった。
あの時『七神』とよばれる1人アジューズがそんな話をしていたのはクレイスも聞いていた。
陵辱や手篭めや捕虜といった言葉こそ知ってはいたが食すというとまた全然意味合いが違ってくる。
1000年も前の話というのも眉唾だし彼の中ではあの時揺さぶりをかけただけだと判断していたのだが。
「私は知りませんね。父やザラール様なら何か知っておられるかもしれませんが、そもそも人間がそんな事をする意味はあるのでしょうか?」
「・・・・・」
イルフォシアがやや不快感を表情に表して答えるとウンディーネは席を立って開いていた大窓から外に飛んでいく。
追いかけたかったが現在クレイスが魔術を使える事について口止めされている為動くわけには行かず、席を立って手を伸ばすまでに留まった。
「・・・あの、クレイス様。アビュージャ様の所で一体何が?」
イルフォシアには憎まれ口ばっかり叩くウンディーネの様子がいつもと違う事で流石に彼女も気になったようだ。
しかしそうなると自身の魔術について触れないように注意しなくてはならない。
(思ってた以上に大変なんだな・・・・・)
思い返せば『アデルハイド』城内でも自分の好きに行動していた為、隠し事というものに慣れてなかったクレイスは少し考えてから、
「えっと。ショウの中にいるイフリータさんという魔族が昔、人間に食べられたと『七神』の人が言ってたんです。
ウンディーネはそれを気にしているようで・・・僕も人間がそんな事するのかなぁとは思うんですけど。」
一部分だけを切り取って何とか伝える事に成功する。だが、

「・・・残念ながらそういう人間は存在します。」

無事に『七神』とのやりとりを説明出来て安心したのも束の間、今度は意外な方向から声を掛けられて彼の体はびくりと跳ね上がった。
「ハイジ、それは本当ですか?」
イルフォシアも目をまん丸にしながら少し離れて待機していた彼に声を掛けると表情が読み取れない兜姿の御世話役はその声色から十分すぎるほど辛い心情が読み取れる。
「はい。『リングストン』の大王様、大将軍様の周りではそういった黒い噂が絶えませんでした。そして火のない所に煙は立たぬと申します。
彼らの非道なる行動は隠蔽こそされていますが時々明るみに出てはいるのです。つまり・・・・・」
「つまり噂の信憑性からハイジは確信を持っているのですね?」
「・・・・・」
最後の問いには答えることが出来なかったハイジヴラム。捨てたとはいえ生まれ育った国の事をこれ以上口にするのは辛かった為か。
「あの、それは一体何の為に?」
2人の話を黙って聞いていたクレイスは口を挟むつもりなど一切なかったはずなのにいつの間にか言葉を発していた。
これは彼自身だけでなくサーマの記憶もウンディーネを気にかけての行動だったのだろう。
人が人を食べる?
いや、天族と魔族というのは人ではないという認識とかか?少なくともクレイスは目の前にいる異性をそのように捉えた事はないので全く理解出来ないが。

「・・・天族や魔族という存在を彼らが知っているかどうかは正直わかりかねます。しかし異能の力を持つ者を食すことでその異能を手に入れようとした事実と思考は間違いなく存在するのです。」

その答えを聞いてやっとイフリータが何故食い殺されねばならなかったのか、そしてアジューズが言っていた発言の意味を理解したクレイス。
と、同時に自分でも信じられないくらいの怒りが内側から湧き出てくる。
気が付けば爪が食い込む程に強く拳を握りしめていて、その痛みでやっと我に返って来るほどだ。
「クレイス様、ハイジ。今の話は他言無用で、特にウンディーネには絶対内緒でお願いします。」
イルフォシアは一瞬だけ王女の面持ちを浮かべてそう答えた後、また元の雰囲気に戻すとこちらに笑いかけながら再会のお茶を楽しみ始めた。

この日2人の人物から口外しないようにと釘を刺された事でクレイスは生まれて初めて秘密を厳守せねばならないという経験をする事になる。





 カズキが『剣撃士隊』の隊長となって『東の大森林』へ向かってから一週間も過ぎた頃、『アデルハイド』から急使がやってきた事で『トリスト』国内が慌ただしくなる。
何でもカズキが部隊と『アンラーニ族』の戦士達を逃がす為に単騎で殿を務めたというのだ。
「僕も行きます!!」
友人の危機を聞いて志願せずにはいられなかったクレイス。誰よりも早く大きな声で願い出た所それはすぐに受理される。
ただ、魔術に関しては口止めをされていた為いつも通りの武装で出向かわなければならなかった。
「私は足手纏いにしかならないのでカズキの事はお願いしますね。あと・・・いざという時は迷わず力を解放して下さい。
後始末くらいは私が何とかしますので。」
ショウにも箝口令が届いているものの、少し不安そうな表情を浮かべながらその魔術を出し惜しみしないようにと示唆してくる。
いつからだろう。彼がこんなにも自分を信頼してくれるようになったのは。その気持ちだけでもクレイスに十分な勇気を与えてくれた。
「うん。必ず一緒に帰ってくるよ!」
カズキは強い。大丈夫だろうと願いながらも心は焦るクレイスにショウは軽く肩を叩いて励ました後、
すぐに編成された5部隊は急いで『アデルハイド』へ降下し、『アデルハイド』の防衛部隊が先に『東の大森林』へと向かう事で防備が手薄にならないよう号令が下る。
出来れば飛んで向かいたい。一刻も早く・・・だが今はまだ口外するなという言葉が彼を縛り付けている。
移動の最中何度も考えた。この箝口令はいつまで守ればいいのだ?緊急時にも守り通さねばならないのか?と。
ヴァッツがいれば頼りたい所だが彼もカズキが出発した後に国王から『ネ=ウィン』へ出向くように命令を受けている。
(・・・いや、カズキは強いんだ。僕が心配する事はないさ。)
今の自分に出来る事は友人を信じて、そして自身は最大限の働きが出来るよう心身を整える事だ。

2時間ほどで『アデルハイド』に降り立つが父への再会などは頭になく、クレイスはすぐに用意されていた馬に跨ると案内役を追い越しかねない勢いで現地に走った。



すっかり日も落ちてきた頃に到着したクレイス達。辺りは沢山の焚火と黒煙が細く上っている。
「お?まさかお前が来るとは。本国はそんなに人材不足だったのか?」
そんな中目的の人物は沐浴を済ませたのか、少し濡れた髪と薄着の状態で彼らを快く迎えてくれた。
「何だ・・・無事でよかったぁ。心配したんだからね?!」
憎まれ口を叩くカズキに本気で言い返すクレイス。自分が想像していた一番最良の結果に納まっていた事で一気に緊張が緩んだ為だ。
彼も無事に再会出来た事を喜んでいたらしく終始笑顔を浮かべたままだったが、
「そうだ。ウンディーネに重傷を負わせたガハバって奴、俺がきっちり止めを刺しておいたからな。」
「えっ?!何?どういう事?!」
カズキは大事な報告をさらりと伝えてくる。意外過ぎる内容に問い詰めようとするも疲れているからと彼はそのまま寝具に身を包んで寝てしまった。



翌朝、明るくなってきて周囲の燦々たる光景が目に飛び込んでくると本当によく切り抜けられたなぁとクレイスは感心していた。
見ればいつの間にかカズキの周りには人が集まっている。そして今日、クレイス達も交えて様々な報告が行われようとしていたのだが、
「あれ?そういやウンディーネは来てないのか?あいつ暇そうなのに。」
カズキがふと気が付いてその名前を出す。現在の彼女は人間という存在に猜疑の目を向けている為『トリスト』内でも大人しく、人を避けるように過ごしていた。
ただそれを説明し始めると色々な制限を持つ今のクレイスはボロを出し兼ねない。
「ふーん。まぁいいか。それじゃこれまでの経緯と今後の平定について話したいと思う。」
言葉を濁すと彼は興味なさそうにそれを流していよいよ本筋の話が始まった。
まずは『アンラーニ族』が完全な傘下に入った件、それから『ルバ族』が何か別の勢力と手を組んでいるらしい件、
『オロッコン族』はガハバによって完全に操り人形だった件などが説明されると、
「カズキ殿、発言よろしいですか?」
クレイスには判断がつかないが挙手をした彼はその『オロッコン族』の生き残りでありそれなりの身分の人物だという。
「おう。確かハバウディだったか。お前の知っているガハバの全てをここで教えてもらおう。」

カズキには事前に話を通していたのだろう。彼は許可を貰うと代表者達の前で精霊王について語り出した。

発端はウンディーネ達と『アンラーニ族』の戦で犠牲になった死体を漁る為に差し向けた『オロッコン族』の部隊がガハバを発見した所から始まる。
四肢を失い顔も原形をとどめていなかったにも関わらず彼は妙な力を使って『オロッコン族』を操り出したのだ。
動けない自身を運ばせて集落に戻ってくると部族を率いる長として名乗りを上げる。最初は精霊王の名を語った悪魔だと思っていたがその不可思議な力は元々臆病な彼らをより震え上がらせた。
「彼は私達の意志とは無関係にまるで人形のように戦わせました。そしてその時、操られた者は相対する敵と同じ力を得る事が出来たのです。」
その説明を聞いた時クレイスの脳裏には2つの光景が浮かぶ。

まずはヴァッツが彼と対峙した時だ。あの時は『バイラント族』が操られていた。そしてそれらは一瞬にして爆ぜて散っていったのだ。
恐らく相対する敵というのがヴァッツだった為に起こった現象だったのだろう。
誰も比肩する事が出来ない少年の力を得ようとした結果がああいう形になったのだと今なら何となく理解出来る。

そして『バイラント族』を護る為に戦っていた時、一番苦戦していたのがハルカだった。
これは彼女だけがハルカと同じ力量の戦士を相手に戦い続けなければならなかったからあれだけ苦労していたのだ。
クレイスなどは元々そんなに強い戦士ではない。
彼を標的にした相手は逆に弱くなっていたかもしれないし、それなら周囲もそんな弱い彼に群がる敵ならさほど苦労する事無く駆逐出来ていたと考えれば納得だ。

「そしてガハバは手足を失ってたにも関わらず何故か日々回復していった。我々はその能力と見た目の悍ましさに只々従うしかなかった。
本物の精霊王だと感じたが同時に悪魔ではないかと何度も疑った。」
ハバウディという男は顔を青ざめながら皆にその事実を包み隠さず教えてくれる。
他人を無条件に操ってくる力というのは『ユリアン』が使っていたそれに近いのかもしれない。更に傷が治るという能力はまるで・・・
「この森で精霊王と崇められていた存在であり『七神』の1人であるガハバ。それと種族は『天人族』、天族と人間の間から生まれたらしいぜ。
だから妙な回復の力や人間を操る力を持っていたんだろう。『ユリアン』みたいにな・・・あれ?あいつも回復とか出来るのかな?」
カズキが話を締める発言と共に過去に対面した悪名高き御神体を思い出しながらふと疑問を口に出す。
それこそ微塵切りにされたのをクレイスも目の当たりにしていた。あれが回復するとなれば天族というのはとんでもなく厄介な存在だ。
(・・・一度調べ直した方がいいのかもしれない。)
あの男こそクンシェオルトが命を賭けて倒した敵なのだ。彼の名誉の為にもこの件を深く胸に刻むと、
「カズキ殿、あの精霊王をも屠ったその力量に我らは感謝と共に敬服致しました。貴方のいう平定、全てに従いたく思います。」
『オロッコン族』の男は深く頭を下げてカズキに部族としての服従を表す。
「うん。そう言ってくれると俺も命を張った甲斐があるってもんだ。」
「え?!やっぱり結構危なかったの?!」
回りの死体だけでも相当な長期戦だったのはわかるが傷らしい傷を負っていなかったので割と余裕なのだと勘違いしていたクレイスは思わず隣の友人に尋ねると、

「危ないなんてもんなじゃいぞ。本当に紙一重だった。あいつがそこらの死体を食って手足が回復した時はまじで死を覚悟したからな。」

「食って・・・って・・・」
その話を聞いて大いに驚いてしまったがこれは彼に限った事ではなく、周囲の人間も全員が驚愕やら忌諱の表情を浮かべていたので何とかばれる事はなかった。
(な、何でここに来てまでそんな話が出てくるんだ・・・)
隠し事がばれたんじゃないかと肝を冷やしていたが、考えればこれはあの時聞いた話と何か関連性があるのかもしれない。
ガハバという天人族は人を食べた事で回復速度が格段に上がり手足が一瞬で再生したという。
ということは・・・・・
「ま、その話は後でまた聞かせてやるよ。今は平定についてだ。まずこの後『バイラント族』にも話をつけに行く。バラビアは強制参加。
『ルバ族』に関してだけは死体からどれくらいの損害が出てるかを調べて同時に密偵を放つ。ハルカ辺りに頼めたらいいんだけどあいつ今何してんだろ?」
クレイスの思考をよそにカズキがてきぱきと今後の指示を出し終えた事で『東の大森林』平定計画はひと段落を終えたのだった。





 カズキは断っていたのだが今回の祝勝会は部族間の交流を深める意味もある。『アンラーニ族』が住んでいる開拓地に皆が集まるとその夜は盛大に宴が催された。
やっと『東の大森林』から脅威が去ったのだ。皆が大いに喜んで盛り上がる中、クレイスも隣に座って料理を堪能しつつ彼の武勇伝を聞いていたのだがいくつか気になる点があった。
「ところでカズキは無傷で戦いきったの?」
数を数えた所操られていた『オロッコン族』と『ルバ族』合わせて6923もの死体を確認出来たという。
それだけの敵に襲われながらも全てを粉砕し、更にガハバを討ち取ったというのだから自分が思っていた以上にカズキは強いと認識を改めながら尋ねる。
「いや、一撃だけ貰ったな。ほれ、ここだ。」
食事をしながら衣類を脱いで左肩を見せてくれるカズキ。内出血をして赤紫の腫れが出来上がってはいたがほとんど気にしていない様子から本当に大した傷ではないのか。
しかし、
「ウンディーネが受けた傷ってさ、何か強力な毒みたいなものだったらしいんだけどカズキは何ともない?」
あの日彼女が体内に入ってきた途端患部に燃える様な熱さと痛みが走りだし、体は全く動かなかったのだけはぼんやりと覚えている。
あれは一体何だったのだろう?そこだけが唯一残っていた謎だったのだが、
「うーん。何も感じないな・・・あいつの手足が回復したばかりってのもあるのかもな。」
クレイスの心配をよそに左肩をくるくる回して全く問題がない事を見せてくるので彼にはそういった効果は現れなかったらしい。
それならそれで一安心だと納得すると、
「そんな事より明日、あたいも行かなきゃ駄目か?」
逆隣に座っていたバラビアが酒を飲み干しながら心底面倒くさそうに会話に入ってくる。彼女は『バイラント族』を捨てたと公言していたので二度と戻りたくはないのだろう。
「お前がいなきゃ話にならんだろ。俺は『バイラント族』もしっかり平定の枠に考えてるんだから。」
「あたいが行ってもまた頑固親父がぎゃーぎゃーわめいて終わりそうなんだけどなぁ・・・」
少し寂しそうな表情を浮かべて酒を注いでは一気に飲み干すバラビア。故郷の、しかも父がまともに取り合ってくれないというのは娘としてもやりきれないのかもしれない。
「大丈夫だ。俺が何とかする。」
『剣撃士隊』の長になってまだ10日も経っていないのに随分カズキの印象が変わった気がしたクレイスはその頼もしい姿に感心していた。
(・・・久しぶりに思いっきり暴れられたから気分がいいのかな?)
その時はそれくらいにしか思っていなかったが、この平定という命令を境に彼はみるみる成長していく事になる。



翌朝クレイスはカズキに頼まれて一緒に『バイラント族』の集落に向かう事になった。
バラビアだけは相変わらず仏頂面のままだが今は自分の出来る事に集中しようと気合を入れる。
ガハバがヴァッツを殴り続けた事によって出来た湖が眼前に現れると小さな煙が立ち上るのも見えてきた。
現在女子供と老人合わせて500人にも満たない小さな集落だが『アデルハイド』からの支援もあってか何とか生活が成り立っているといった所か。
「そういやここの族長とは会うの初めてだな。バラビア呼んできてくれよ。」
「嫌だね。ついてこいって命令は聞いたけど手伝えなんて一言も言われてない。」
自分達より10歳ほど年上にも関わらずまるで子供みたいな言い訳をするバラビアだったが、クレイスも『バイラント族』の長については色々思う所があった為心情的には彼女寄りだ。
「じゃあ僕が呼んでくるよ。何度か会ってるし。」
もしかしてカズキが自分を連れてきたのはこのためなのかな?と納得しながらヒーシャの名を呼んでみる。
いくらかがこちらに顔を向けたが『バイラント族』達がそれに呼応する事はなく、最終的には彼らの護衛としてついていた『アデルハイド』の兵士達がクレイスを囲んで跪いて来た。
(そういえば僕の国が関わってるんだった。)
手短に要件を伝えてすぐに3人を案内してもらえるように頼むと兵士達もてきぱきと行動してくれる。
父の下にいた時はそれほど顔を出していた訳でも仕事をしていた訳でもないのに無条件で傅かれるのは妙な気分だったが今はカズキの要件が最優先だ。

一際大きな家屋に通されると元気そうな族長と少しやつれたらしいマハジーが彼らを出迎えてくれた、が、
「何じゃ?裏切者がおるではないか?!今すぐ叩っ斬ってやる!!」
娘の姿を捉えるといきなりヒーシャが立ち上がって剣を抜こうとしたので皆が驚いて距離を取る。そんな中でも平然としていたバラビアとカズキ。
「おいおっさん。俺はこの地を平定しに来たんだ。今までは好き勝手やってたみたいだが俺が来た以上今すぐ従ってもらう。いいな?」
挨拶もなくいきなり横暴とも呼べる発言をした事で周囲は更に驚いて固まっていた。しかしバラビアだけは楽しそうに声を抑えてくすくすと笑っている。
・・・・・流石にこれは不味い。俗にいう火に油を注ぐというやつだろう。
「小童が?!我が部族を従えるだと?!」
「ああ。蛮族ってのは強い者に媚びへつらうんだろ?俺はお前より強い。ならば大人しくさっさと跪け。」
非常にカズキらしい言動に呆れかえるのはクレイスだけで周囲は肝を冷やして凍り付いたように固まっている。
そして相変わらずバラビアだけは笑い声を・・・抑えるのを諦めて大笑いし始めた。
「上等だ!!表に出・・・」
勘当した娘に笑われた事で怒りが天に上ったか、顔を真っ赤にしたヒーシャが剣を抜いて表に出ろと叫んだ瞬間、

ばきっ!!!

カズキが勢いよく前蹴りを放つと彼はそのまま家屋の壁を破壊しながら後方に吹っ飛んでいった。
周囲はもはやどこから手を付ければいいのかわからないといった状態で青ざめていたが破天荒な彼を知っているクレイスは相変わらず静観状態だ。
慣れと言うのは恐ろしいなと自身を省みつつカズキがヒーシャの方に歩いて行ったのでバラビアと共に後を追う。
「ぐぬぬ・・・不意打ちとは・・・何とも卑怯な・・・」
相当強く蹴られたのか苦しそうに立ち上がろうとする族長の前に仁王立ちするカズキ。その背中から感じるのは確かな怒気だ。
「そうか?自己満足の為に数多の仲間を死に追いやり、蛮族の掟だか何だか知らねぇもんを盾に言い訳を並べる方がよっぽど卑怯だと思うぜ?」

ばきゃんっ!!!

容赦ない蹴りを今度は側頭部に入れると横に転がっていくヒーシャ。
ひょんな縁から一緒に旅をすることになり彼の弟子になってから気が付いた事だがカズキという少年はとても面倒見がよい面を持ち合わせている。
今回任された『剣撃士隊』の長という立場からもそういった部分が認められたからなのかもとクレイスは思っていた。
「てめぇが長を名乗る資格は当の昔に無くなってるんだよ。たった今から俺が『バイラント族』を治める。理解したか?」
相変わらず仁王立ちで見下ろしたまま凄んでいるカズキ。ただ相手を殺す気はないらしく剣を抜く気配はない。
気が付けばあれほど大笑いしていたバラビアは隣で寂しそうに2人の姿を眺めていた。





 言葉で理解しえない時は相手以上の力を以ってこれを制するというのは個人同士や国家間とよくあることだ。
今回もたまたま圧倒的に強い武力を持った少年が相手以上の欲望を押し通す為に聞き分けの無い大人を力でねじ伏せているだけに過ぎない。
「い、言わせておけばぁっ!!」
勢いよく立ち上がって手にしていた剣で襲い掛かるもカズキはいとも簡単に躱して足を引っかける。すると大きく転ぶヒーシャ。
しかしすぐに立ち上がって再度攻撃を仕掛けていく。その表情は怒りと必死さがありありと浮かんでいて見ている方が顔を背けたくなるほどに酷いものだ。

ぶおん!!ぼふん!!ぶあっ!!

何度振っても当たる事はない剣。蹴られた痛みは回復しているのか非常に鋭い剣閃を放っていたにも関わらずカズキには触れる事すらない。

ばきっ!!!

そして隙を突いては更に蹴りを入れて族長を地面に転がした。その一撃の重みは相当らしく蹲ったまま動かなくなってしまう。
「俺はヴァッツほど強くはないし優しくもないからな。しっかり降参しないとお前、死ぬぞ?」
大将軍の名を出して彼なりのやり方で要求を挟むカズキ。だが顔を挙げたヒーシャから闘気が衰えていないのを感じて更に蹴り脚を出そうとした時。

ざざぁっ・・・!!

隣にいたバラビアが父の下に急いで駆けつけると体を覆ってその攻撃から護ろうとした。
「カズキ!もういいだろ?あたいが・・・あたい達が悪かった。この通りだ。」
無理矢理父の後頭部を掴むとそれを地面に押し付けて、同時に自身の額も強くこすりつける事で何とか許してもらおうとする娘。
いたぶられている相手は実の父なのだ。
何だかんだ言いながらその姿を目の当たりにすると心が傍観し続ける事を許さなくなったのだろう。
(・・・カズキはこうなるのを予想してバラビアを連れてきた・・・のかな?)
深慮遠謀に感心するクレイスだったが、
「き、貴様は・・・どこまで落ちぶれれば・・・」
そんなバラビアの気づかいも父には通じなかったらしい。その手を払いのけようと必死だ。カズキは怒気を孕んだまま2人を見下ろす。
周囲には『バイラント族』やら『アデルハイド』の兵士達が固唾を飲んで見守っている。何とも惨めな光景の中、遂に娘の堪忍袋は緒が切れた。
「この分からずやぁぁああっ!!!!」

ばちこぉぉぉん!!!!!

今までのカズキの蹴りは何だったのか。娘の怒りと悲しみから放たれた特大の平手打ちが父の頬に大音量で叩き込まれると
彼の体は大きく吹っ飛んで3回ほど転がりながら地面に落ちて今度は全く動かなくなった。
「あたい達もあんたも負けたんだよ!!!いい加減認めろよ!!そうしないと本当に全部無くなっちまうだろっ!!!」
その後は悔しそうに涙を浮かべてそう叫ぶバラビア。ただ父はぴくりとも動かないので彼の耳には届いていなかったのかもしれない。
それでも周囲の『バイラント族』達の心を打つには十分だったようで、
「姉上。立派になられましたね。」
弟のマハジーが静かに近づいてくると彼女の前に跪いた。すると、
「これからは父ではなく姉上の、新族長の補佐として全力を尽くしたいと考えています。」
「・・・・・は?」
見れば周囲も全員が同じように跪いて新族長誕生を祝うかのように安堵と期待の笑みを浮かべている。唯一人、新族長と言われた本人を除いては。
「なんだ族長って交代出来るんじゃねぇか。いや~お前を連れてきて正解だったぜ。」
いきなりの出来事にカズキも怒りを忘れて感心していたが正確な経緯を知りたかったクレイスだけはすかさず口を挟む。
「えっと。何で今バラビアさんが新族長に?」
特に儀式や式典らしきものを行った訳ではなかった。彼らの掟などを詳しく知らない部外者達だけは目を丸くする状況だ。
「はい。我々『バイラント族』は族長を倒したものが次の族長となります。たった今姉上がそれを成し遂げたものと私は判断しました。」
「・・・な、なるほど。」
理屈はわかるがバラビアが平手打ちを放つ前にヒーシャの体力は相当削られていた。
そういった辺りは考慮されないのだろうかと言いかけた所に周囲の『バイラント族』が目に入ってきた事で思いとどまる。
誰一人不満を浮かべる者はなく皆が待ち望んでいたかのような、希望に満ち溢れた表情だ。
(・・・これが蛮族か、いや、蛮族たる所以なのか。)
本当ならもっと早く『アデルハイド』や『トリスト』の庇護下に置かれる事も出来たのだ。
だが部族の長がそれに賛同しなければ叶う事はない。長の判断が全てなのだろう。そしてそれが掟であり当たり前な彼らは長の意見を受け入れざるを得ない。
例え自身や家族が滅びていこうとも・・・

「ま、何でもいいや。それじゃバラビア。『バイラント族』は『トリスト』に完全従属な。」

その軽い発言からどうもここまで予想して彼女を連れてきたという訳ではなかったらしい。やはりこういった所はカズキのままだ。
そんな彼は早々に新族長へ割と重めの勧告をするが、
「ああ。構わん。ただ他の部族もやっていたようにあたい達からもある程度の条件は付けさせてもらうぞ?」
バラビアも新族長という地位を素直に了承したことでやっと彼らは滅びの道から外れる事に成功したのだった。





 流石に連日の宴は憚られたのでこの場では早速『バイラント族』の扱いから話し合いが始まる。
「どうせ合流しなきゃならねぇんだ。もう『アンラーニ族』の開拓地で皆まとめて生活すればいいだろ?」
「カズキ。お前は部族同士の衝突を甘く考えている。『オロッコン族』もそうだが弱い部族といえど受け入れられない線というのがあるんだ。」
「族長の仰る通りです。何の策もないまま部族を集めてしまえば間違いなく争いが起きるでしょう。」
「・・・平定ってのは難しいな。」
バラビアとマハジーの意見に腕を組んで考え込むカズキ。確かに皆が柔軟な思考を出来ればそもそも国などというものは最初から存在しない。
それぞれの集団にそれぞれの掟や法や教えがあるから相容れない現状があるのだ。
これに関してはクレイスも感心しながら色々頭を悩ませる。自分も王族であり、今後こういった状況に遭遇する可能性は高い。
皆で頭を悩ませて全蛮族をどうまとめていけばいいのかを考えるも答えが出ないまま日も暮れかかって来た頃。

ずずずずずずずず・・・・・ごごごごごごごごごごごごごご!!!!

妙な音が鳴り響いたと思ったら今度は大きな揺れを感じ出す。慌てて皆が立ち上がると、
「あ、あれは何だ?!」
「こっちに来るぞ?!?!」
表にいた見張りの兵士達が湖の対岸に向かって指をさしながら大声でやり取りをしている。クレイス達も何事かと家屋から飛び出してその方向に目をやると・・・

小さな山ほどの塊が形を変えながらこちらに向かってきているのが視界に入って来た。

「な、何だあれ?」
その塊は大地の土が集まって形を成しているようだ。見れば所々から木々も飛び出ている。更によく観察してみるとそれはまるで生き物のような。
足のようなもので胴体を支えながら二足歩行でこちらに向かっているようにも見えた。
「バラビアは『バイラント族』を逃がせ!『アデルハイド』の兵は護衛に回るんだ!」
突如現れた怪異に皆が浮足立つ中カズキは最低限の命令だけはしっかりと出す。しかしそれに不服らしい者達がいくらか存在した。
「おいおい戦うんだろ?!だったらあたいも・・・!」
「馬鹿言ってるんじゃねぇ!お前はもう族長なんだ!!これ以上同族の人間を蔑ろにするな!!」
「・・・わ、わかった!!」
蛮勇らしさを持つバラビアは自分も戦うよう名乗りを上げるも、カズキの喝に諭されてすぐに切り替えたらしい。
確かにここで自分の欲望を押し通してしまえば前族長と何も変わらない事になってしまうのもすぐに理解出来たようだ。
更に彼は『アデルハイド』の兵士達にも『バイラント族』の護衛を命じているがカズキは彼らの上官でも何でもない。
一応『トリスト』としての繋がりはあるもののその命令に従ってよいのかどうか迷いが生じていたのをクレイスは見て取れた。
「カズキの命令に従って!!」
恐らくあの大きな物体はこちらに真っ直ぐ向かってきている。ならば時間は刻一刻と迫っているはずだ。
自身の身分を意識していた訳ではないが咄嗟に王子から命令を受けた事で『アデルハイド』兵は意気揚々と任務に当たる。
「ど、どうしよう?!」
とりあえず避難命令は出せたものの、あれを放置していたら森や人に多大な犠牲が出るのは間違いない。現に今も、

ばばばばききききばききっ!!!・・・・・ずずずずず

高さだけなら『アデルハイド』城くらいはあるかもしれない人らしい形をしたそれは森の木々を雑草のように踏み分けながらこちらに近づいてくる。
正体は不明だが何とか対処せねばならないだろう。こんな時ヴァッツがいてくれたら、と思わずにはいられなかったが。
「・・・やぁぁぁ・・・?かぁずぅきぃ・・・?」
その大きな塊から不気味な声が聞こえてきた。それは間違いなくカズキの名を呼んでいる。
「てめぇ?!その声はガハバかっ?!?!」
幾度と無くその名前は聞いていたし、彼の力によって『東の大森林』は壊滅状態に追い込まれた。
『七神』の1人であり精霊王と呼ばれた男はたしか数日前にカズキが倒し、その遺体は全て焼かれて消え去ったはずなのに・・・
「・・・なぁんかぁぁ・・・?死ぃなぁせぇてぇ・・・もらぁぁえぇぇなぁいらしぃぃい?」
生き物の枠からは大きく外れてはいるものの確かにそれには顔らしいものも付いているようだ。
そして精霊の力とでも言うべきか。彼は大地に遺志を宿して未だに動き、そしてカズキの命を狙って来ている。
「お前本当に面倒くさいな!!」
すべてを理解した少年は受け答えしながらも腰に添え木を当てて包帯をぐるぐると巻き始めた。
最初はどこか怪我をしたのかとも受け取ったがクレイスはすぐに『フォンディーナ』での出来事を思い出す。
昨日の祝勝会の場でも聞いていた、例の家宝を使うつもりなのだ。
確かにあれは自身も何度か目の当たりにしたがとにかくでかい。あの二振りを十全に扱えれば目の前の塊も斬り崩す事は可能なのかもしれない。
「クレイス!!お前の魔術は期待していいのか?!」
準備を整え終えたカズキがこちらに向かって叫んできたので一瞬悩んだが既に退避がほとんど終わっており、
『バイラント族』は『アデルハイド』の兵に護られながら湖から離れるように西へと走って逃げている。
(これなら・・・誰かに見られることはない・・・かな?)
「うん!!いけるよ!!!」
ザラールに報告してから色々な知識を身につけ、10日ほど例の回廊で修行を重ねていたクレイス。
未だに自身の限界までは探れなかったがそれでもどこまで使用しても問題がないかくらいは何度も試して理解はしていた。
「恐らくあいつはそんなに早くは動けないはずだが油断はするなよ?陽動程度でいいから撹乱してみてくれ。」
そう言ってすぐに眩い光を放つと彼の両手には2人の身長を足しても尚届かない大きな二刀が握られる。
撹乱・・・そして陽動・・・相手の目的はまずカズキから、という事だろう。ならば自分がどう動けばいいのか?

どぅんっ・・・・・!!

まずは2人が同じ場所にいてはいけないはずだ。
クレイスは覚えたての空を飛ぶ術ですぐに彼から離れると周囲に水球を展開し大きく回りこんで大地の塊に水槍を放ってみた。
ここに来て魔術をしっかりと意識した本格的な実戦。相手が今までとかけ離れた存在だがそれでもやらねばお互いが無駄死にしかねない。

どしゅどしゅどしゅっしゅしゅっ!!!

動きが遅く的が大きい為それらはすべてが問題なく当たるのだが多少表層が削れた程度で動きが鈍るなどの反応は一切ない。
更にその削れた土の部分には過去に苦しめられた紫色の靄らしいものが漂っている。これは・・・・
「カズキ!!!気をつけて!!!あいつの体は毒を放っているかもしれない!!!」
空の上から彼のほうに向かって大声で叫んで注意を促したクレイス。確信はないがウンディーネを通して確かにその身に受けた痛みが本能の部分では覚えていたのだろう。
2人のやりとりなど全く気にせずガハバはそのままカズキの下に真っ直ぐ歩いていくと足らしい塊で踏み潰そうとしていく。
家の2,3件くらいの大きさがある足の裏はゆっくりと持ち上がり、思っていた以上の速度で踏み下ろされるが、

ごぉぉぉっ・・・どしぃぃぃん!!!

落石のような音が響いて大地が軽く揺れるのを空から感じたクレイス。大丈夫だとは思うがそれでもあれの下敷きになってしまえば流石のカズキも絶命しかねない。
気をそらすように言われていたがこちらは空の上から相手の上半身を狙える位置を取っている。
「このぉぉっ!!!」
顔らしい部分に虚ろな穴が開いているので目かな?と疑いをかけつつ水槍を放って何とか相手を怯ませられないかを試すが、

ぶぅぅぅおおおおおぉぉぉんっ!!!

痛みからかただ鬱陶しいからか、大地で出来た右腕が大きく振り回されて羽虫のように飛び回っている彼を叩き落そうとしてくる。
確かに動きは遅いのかも知れないがその太い塊は想像以上の威圧感を内包していた。
慌てて空で加速して何とかかわしはするものの妙な低音と巻き起こる風にこちらも当たったら即死は免れないかもしれないという畏怖を感じる。
(表面を削るだけじゃ駄目だ!!何とか・・・大きく穴を開けるか切り落とす事が出来れば・・・)
必死で考えつつもカズキに集中されないように目の前を飛び回るクレイス。

がくっ!!

突如ガハバが大きく体勢を崩して肩膝を突くような姿勢になった。見れば地上では先程踏み込まれた足をカズキが二刀で斬り落としていたのだ。
しかし肉体なのか大地なのかわからない塊、相手が負傷しているのか判断が難しい。少なくともうめき声などは聞こえてこないし、今度はそのまま拳らしき塊を叩き込もうとしている。
(駄目だ!!!悩んでいる暇はないっ!!!)
彼のことだ、これもうまく捌いて反撃を叩き込むのかもしれないがそれもいつまで続くかわからない。ならば今こそ・・・!!
クレイスは自身の長剣に水球を纏わせるとさらに魔力を注ぎこんで眩い光を放ち始めた。
これはアジューズとの戦いで偶然放った一撃を更に改良した術だ。剣閃に魔術を乗せて飛ばす水刃とも言うべき術は
彼自身の強さに左右されにくく純粋に大きな魔術の塊を素早く叩き込むことが出来るのだ。ただしこれは魔力の消耗が激しい。

「っええいぃっ!!!」

気迫と共に相手の巨体を確かに切断出来るほどの大きな水刃を放つ。弧の形をしたそれは彼の首を落とそうとその塊に深く入っていくが、
(くぅっ!やっぱり足りないか・・・!)
相手が巨大すぎて一刀では亀裂を入れるくらいが限界だった。しかし悩んでもいられない。

しゃぁんっ!!!!しゃあぁあんっ!!!!

クレイスは今度こそ首を落としきろうと更に大きな水刃を二撃放った。痛みがあるのかすらわからない相手だがやはりここは生き物として共通の弱点のはずだと考える。

じゃっ・・・!!・・・ずずず・・・ずずず・・・

地すべりのような現象からその追撃が貫通に成功したのは間違いない。彼は体を激しく動かしている為あとは放っておいてもそれは落ちてくるだろう。
・・・いや、首を切断しても尚動けているという時点で生命を断ち切る手段にはならないのか?むしろ首の塊が落ちてくることによってカズキの邪魔になるかもしれない。
見えているのかどうかわからないがとにかくクレイスは慌ててもう一度撹乱目的に塊の周りをぐるぐると飛び回り始めるが相手が弱っているような雰囲気は無い。
(こいつ・・・どうやって倒せばいいんだ?!)





 水の盾と水刃は恐らく同じくらいの魔力が必要なはずだ。クレイスはこの10日間ほどの修行で何となくそう感じていた。
現在形を大きく変えたガハバとの戦闘で既に水刃を3発放っている。アジューズとの戦いでは水の盾3枚と水刃を1回使用していた。
更に今は飛空の術式に似た空を飛ぶ魔術も展開している為、自身の限界は間違いなく近いだろうと断言出来る。
カズキが地上で何とか戦えているのは空からクレイスが撹乱出来ているからというのも大きい。なのにその役割が今果たせなくなりつつある。
(相変わらず僕は・・・くそっ!!)
不甲斐無い自分に腹が立って仕方がないクレイスは自ら接近をして長剣で斬り付けるもその傷は浅く、致命傷には遠く及ばない。

ずしゃっ!!!ずずずずず・・・・ずずず・・・・

地上ではカズキがもう片方の足を切断する事に成功していたがそもそも体が土の塊なのだ。
どういった理屈なのかはわからないが切り取られた部分に本体を押し付ける事でまた再生しての繰り返し。
持久戦では圧倒的に不利な状況の中、2人は完全に手詰まりの状態だった。

「クレイス様?!いつのまに空を飛べるように?!?!」

戦闘に集中していた為、そしてまさか空で声を掛けられるとは思ってもいなかった為慌てて振り向くクレイス。
そこには何故かイルフォシアとウンディーネが揃って姿を現す。しかも王女は大きな槍を手に万全の態勢だ。
「イ、イルフォシア様?!それにウンディーネも?!どうしてここに??」
「私が連れてきたの。なんだかクレイスに嫌な事が起きてる気がして。」
嫌な事というのは現在大地の塊のようになっているガハバのことだろうか?
カズキがこちらに気が付いてるかはわからないがとにかく強力な援軍が来てくれた事に違いはない。クレイスは急いで現状を説明すると、
「まるで魔族みたいなの・・・だったら相手の心臓を見つけ出して潰すしかないの。」
ウンディーネが気になる発言と共に対策を打ち出してくれる。心臓といえば普通に考えると肋骨に護られた位置にあるはずだが。
「あんな土の塊に心臓なんて存在するのでしょうか?」
「わからないの。でも見た感じだと大地を何かしらの力で自分の体として使っているみたいだからその源は必ずどこかにあるはずなの。」
知識も含めて彼女の話が一番信じられると判断したクレイスはすぐ2人の少女にお願いをする。
「僕はカズキの援護に回ります。2人は何とかその心臓とやらを見つけて破壊してくれませんか?」
現在陽動も止まっている為地上では彼一人で奮闘している。少しの時間も惜しいのだ。
「わかりました。ウンディーネ、私に指示を下さい。」
「へぇ?いつもは鈍感なのに・・・いふぁいいふぁい!」
折角イルフォシアが快諾してくれたのに憎まれ口を叩いたのでクレイスはウンディーネのほっぺを思いっきりひっぱる。
「ではここはお願いします!!」
2人の強さは十分知っている。彼女達なら弱点を見つけて破壊までやってのけてくれるはずだ。
問題はガハバの狙いがカズキだという事と彼に相当な負担が掛かり続けている事だろう。既に切り札は全て使用済みな為、ここからは肉弾戦で援護しなくてはならない。
空を飛んでいられる時間があとどれくらい残されているのかわからないクレイスは一直線に地上に降りると、
「カズキーッ!!もうしばらく凌いでーっ!!」
「おうっ!!」
二刀を振り回す少年に大声で報せるとすぐに元気な声で返事が帰って来た。余裕は感じるもののあれだけ大きな武器を担いで動き続けていると考えれば体力の消耗は相当だろう。
いざという時の為に若干の魔力を残したクレイスは何とか意識をこちらに向けられないかと長剣を当ててはみるもののやはり土を斬っているだけで相手が怯む様子は全く見せない。
それどころかクレイスの存在すら気づいてないかもしれない。
(くそっ!!くそっ!!!くそーっ!!!!)
付け焼刃の魔術だけでは全く助力にならないと痛感しながら何度も斬り付けては心の中で悔しさを叫び続ける。
わかってはいたつもりだった。
『トリスト』で兵卒から訓練を始めて9ヶ月。見違えるほど強くはなったがその差は想像以上だったらしくまだ彼らの足元にも及ばない。
せめてしっかりと援護くらいは出来ると思っていたのに・・・・・

しゃんん・・・・・ずずずずずどぉぉぉぉん!!!!

上空ではイルフォシアの持つ槍が腕を斬り落とし、更に高速で飛び回りながらガハバの上半身を薄く斬り刻み始めた。
その動きに何かを察したのかカズキも受けかわす構えからどっしりと両足で大地を掴む形に変えると、

ぶううぅおぉおおおおぉん!!!!

二刀を交互に振るって足の形をしていた土をどんどんと削り斬っていく。
突然上下の重量に大きな変化が起きた事で均衡が取れなくなったガハバは大きく体勢を崩して尻餅のような形で大地に転げる。

ずずうううぅぅん・・・・・

あたりに砂埃と僅かな風が巻き起こって視界がやや悪くなるが、それでも天と地から斬撃が止む事はない。
イルフォシアはウンディーネの指示からか胴体に大きな剣閃を撃ち込み、カズキも本能からか、胴体に向かって力一杯二刀を叩きつけている。
2人の強者による掘削作業のような攻撃で彼の胴体はみるみる形を変えていくと同時に何とか元に戻ろうと周りの土が動いているのも確認出来た。
(あんな状態からも復元しようとしてる・・・あれが天族の力なのか?)
せっかく内部を掘り起こして弱点を見つけ出す糸口までは繋がったのだ。ここで抵抗を許してしまえばまた1から挑まなければならない。

・・・たんっ!!

クレイスは残り幾許もない魔力を使って体を浮かせるとガハバの太腿辺りに飛び乗って更に高く跳ぶ。
最小限の魔力で何とか胴体の状況を瞬間的に見下ろすと、そこには紫色の脈打つ臓器がちらりと見えていた。
「クレイス!!それよ!!!」
上空からウンディーネの声が聞こえたのでもはや迷いはなかった。残る全ての魔力よ。せめてこの一撃分は保ってくれ!!
落ちる力も利用して斜め下に全力で飛ぶクレイスは長剣を突き刺す構えに入る。だが何やら様子がおかしい。
心臓らしきものの周りにはどす黒い靄のようなものが掛かっているのだ。

・・・恐らくあれはガハバの保有する力の1つ、強毒だろう。

あれに体を蝕まれればまた昏睡してしまうかもしれない。いや、それ以前に強力な痛みやらに襲われるのが先か。
しかしここまできて迷えるほどクレイスはもう弱くはなかった。
身体的にはまだまだ劣っていても強者達に囲まれて幾度と無く苦難を乗り越えていた彼は恐れに萎縮する事はない。
「ってぇぇいっ!!!!」
怒りともとれる叫びとともに長剣をかざして突っ込んでいくクレイス。

ざむっ!!!

確かな手ごたえに喜びを感じたのも束の間。今まで斬っても斬っても無反応だったガハバがその瞬間、
「おおオオおおおおおおオおおおオおオおオおオおオおーーーー・・・・・!!!」
悲痛な声があがると激しく土が隆起を始めてクレイスの体をも飲み込んで再生しようともがき始めたのだ。
このままでは彼の体内に生き埋めとなってしまう。急いで脱出しようとするも毒で痛みが走り始めて更に魔力も底をついたらしい。
諦めるつもりはなかったがこれでガハバも最後かなと思うとやりきった感で心は満たされている。
ただ、心残りがあるとすれば友人達との別れを告げられない事と大好きな人への思いが告げられなかった事か・・・

どしゃっ!!!ざざんっっっ!!!ざざざんっっっ!!!ぽよん!!

斬撃音と共に周囲の閉塞感が一気に緩和され、自身の体が大きな水球に包まれて引き上げられる。
「念の為に全ての塊を叩き割る勢いでお願いしたいの!!!」
「おうっ!!!」
「わかりました!!!」
意識が朦朧とする中イルフォシアとカズキが心臓を斬り刻む姿が目に映り、ウンディーネが水槍を雨のように降らせて土を粉々に破壊していく。
(やっぱり彼らは凄いな・・・・・あれ?)
縦横無尽に飛び回る彼らを水球の中から眺めていたクレイスはいきなり力が蘇る感覚を覚えた。
掌にはしっかりと握る力が戻っているし例の紫色をした痣などもない。体を蝕もうとしていた毒は間違いなく抜けたのだろう。

これは・・・ガハバが完全に死んだ・・・のか?

カズキに一刀両断された後首を落とされ死体は燃やされたにも関わらず最後は妙な形となって三度彼らの前に現れた精霊王ガハバ。
今度こそ完全に息の根を止めたのだと自身の体調から確信したクレイスはいち早くその喜びを噛み締めていた。





 本当の意味でカズキが命令されていた『平定』を終えた4人。
「・・・なので今度こそ本当に死んだのだと思います。」
クレイスは自身の体が一瞬だけ毒に侵された後、心臓らしき臓器を破壊し終えた瞬間それが治った事を理由に説明する。
「あいつは『天人族』だからよくわからないの。イルフォシアは何か感じないの?」
「私ですか?うーん・・・正直よくわかりません。ただ、クレイス様がそう仰っているのなら間違いないかと。」
あれからそれぞれが土の塊を念入りに破壊して回り、何も残っていないかを確認してまわったのだ。
これでまた蘇ったりしてきたら本当に万策尽きるが今の所『天族』と『魔族』の2人も特に何かを感じ取った様子はない。
「やれやれ。『七神』ってのは皆こんなに厄介なのか?これじゃあ命がいくらあっても足りないぜ。」
非常に珍しくカズキが弱音らしきものを吐いたので驚いて固まってしまうが確かにこのガハバという男を倒すだけでも4人の力が必要だった。
クレイスはおまけみたいなものだったので3人と言ってもいいかもしれないが、重要なのは最低でも破格の強さを持った3人が必要だったという点だ。
「でも『トリスト』の基本方針として『七神』の関係者が現れたら大将軍様に対処してもらう事になっています。
次回からは無理に倒そうとせず速やかにヴァッツ様へのご報告を最優先に致しましょう。」
王女はあまり悲観的には捉えておらず簡単にそう言って流してしまうのでこの話は終幕を迎える。
確かにヴァッツさえいればどんな敵だろうと必ず何とかしてくれるはずだ。皆も彼女の話に頷いて同意すると、

「そんな事よりクレイス様。一体いつの間に魔術をそこまで使いこなせるようになったのですか?」

隠し事の経験などほとんど無かったクレイスにイルフォシアは遠慮なく詰め寄ってきた。彼女に見られたのは飛空の魔術だけなので何とかその方向で誤魔化さないと。
「クレイスは私が魔力を注入した時色々と覚えたらしいの。知らなかったの?」
またここでいらない挑発を含んだ言い回しでウンディーネが王女ににやりと笑ってみせる。しかしこの発言にはイルフォシアよりも先に自身が驚いた。
「え?!?!そうなの?!?!」
ガハバの毒をもらったウンディーネはあの時クレイスの体内に入ってきて、そこからどれくらいの時間かはわからなかったが意識下で一緒に目を覚まそうと試行錯誤をしていた。
最終的に彼女から気を失うような事をされたりもして・・・・・しかしあれは夢の中の出来事みたいに思っていたので未だに実感が湧かない。
「あの時の事覚えてないの?」
「い、いや。忘れはしてないよ。ただ、そんなに重大な事になってたなんて知らなくて。」
「ちなみに私が魔力欲しさにクレイスの体に入ったから実際はお互いの魔力を交換した形になったの。
だからかな?さっきガハバと戦っているクレイスの焦りみたいなのを感じたから鈍感王女を連れてこっちに急いで向かったの。」
ウンディーネが口を開けば開くほど新たな事実が出てきてわけが分からなくなる。
しかし魔術を使ってこの先も皆の力になりたいと思っていたクレイスは聞きたい事で頭がいっぱいになっていた。その時。

「クレイス様。何故そのような大事な話をしてくれなかったのですか?」

いつの間にか不穏な空気を纏ったイルフォシアが静かに尋ねてきた。
見れば美しさと可愛らしさを内包しつつも明らかに不機嫌な表情を浮かべてこちらをにらんで来ている。
「え、えっと!その・・・」
これは明らかに不味い。何とか誤魔化さねばとクレイスは口を開いて声を出そうとするも文章がまとまらない。
「おや?焼きもちなの?ふふ~ん?まぁ私達は意識下で重なり合った仲なの。隠したくなる気持ちもわかるの。ねぇクレイス?」
相変わらず気まずい空気など全く気にせずウンディーネが背中からしゅるりと腕を回してくっついて来たかと思えばイルフォシアににやりと笑みを浮かべている。
これ以上変な誤解を与える訳にはいかないとクレイスは慌てて振り解こうとするも

ばしゅんっ・・・!!

翼を広げたイルフォシアは無言でその場を飛び去ってしまった。



「ウンディーネッ!!!!」
ここまでの怒りは生まれて始めてかもしれない。彼女の後姿を呆然と眺めていたクレイスは我に返るといたずら魔族に掴みかかって大声を出していた。
「おっと。まぁまぁ落ち着けって。」
それを予見していたかのように今までずっと黙っていたカズキが羽交い絞めにしてくると無理矢理引っぺがされる。
ウンディーネのほうも特に悪びれた様子が見られないのでいつの間にかカズキにまで怒りの矛先が向き始めるが、
「あの姫さんは姉より考える奴だから大丈夫だって。多分。」
「多分って?!まだイルフォシア様に何も伝えてないのに!!」
「おお?!クレイスもそういう行動を起こす気はあったんだ?!意外なの!!」
話が重なりすぎてそれぞれが思っている内容とはかみ合っていない気はしたがこの日3人は一夜を過ごした後『アデルハイド』に逃げたであろう『バイラント族』達を迎えに移動を開始した。

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