闇を統べる者

吉岡我龍

芽生え -導無き戦い-

 ショウの付き添いとしてアビュージャとジェローラへの報告、『七神』との戦いを終えたカズキ達は3週間ほどで『トリスト』へ戻って来た。 
帰りの道中クレイスとウンディーネの様子がおかしかったが今は自分の中でも大きな課題があった為彼らに触れることは無く、

『トリスト』内での最精鋭部隊を作る。

これに対して真剣に考えていた。もちろん断る理由はなかったので受けるには受けたのだがその中ではいくつか条件があった。
まず大きな制限として王族を巻き込まない事。
ヴァッツや王女姉妹は当然として、忘れがちだがクレイスもこれに当てはまる。
そしてもう1つ、バラビアを参加させる事。
こちらには後ほど提示された大きな理由からなのだがこの条件に関しては反対どころかむしろ願ったり叶ったりだ。
彼女の強さは見るまでも無く相当な猛者だと感じていた。最初からそれだけの強さを保有する者を部隊に組み込めるのはカズキとしても非常に好条件だと素直に受け取る。
そして最終条件として、出来上がった部隊を率いて東の大森林を平定してこいというものがあった。
つまりここが終着点なので大森林出身のバラビアに白羽の矢が立ったわけだ。

カズキは『トリスト』の天空城に戻ると早速日課の視察へ向かう。
最精鋭部隊の話を受けたのが2カ月ほど前、それからクレイスが目覚めるまでの1カ月間ほど彼はずっと国内の部隊を見て回っていた。
ただこの計画は極秘裏に行うようにという制約もかけられていたので傍から見れば訓練をサボっている一兵卒にしか見えなかっただろう。
かといってカズキの性格上他人がどう思おうと全く気にする事はなかったのだが・・・
「おいセイフン。お前はもっと周りを助けろ。頭一つ抜けた強さを主張するんじゃなくて部隊の底上げを意識しないと徒党を組む意味がないだろ。」
訓練とはいえ動きに納得がいかなければ口を挟んでしまい、一部の人間からは親しまれ、一部の人間からは煙たがれていた。
割と近くで視察する為他の面々と交流する機会も増えていたカズキはそういった親しみを持つ連中が彼の姿を捉えると、
「最近姿を見なかったけど何してたんだ?」
「俺の部隊にいるフアスを覚えてるか?あいつがどうしても空回りするんだよ。やっぱり斧から持ち替えさせたほうがいいかな?」
「そろそろ俺の部隊に来ないか?槍兵の中で戦ってみたいって言ってただろ?」
上官同僚が挙って話をしに集まってくる。
元々彼の強さは皆が認めていた上に割と話せる奴だと認識されるといつの間にかそんな関係が築きあがっていたのだ。
ずっと1人で武者修行を続けていた過去の自分からは考えられない環境の変化だったが、
わりとすんなり形になっていったのはヴァッツやクレイス、ショウといった同世代の友人達との交流、そして旅を経てある程度人との接し方も学べていたからだろう。
(そう考えると飼い犬に成り下がってしまったか?)
時折誰彼構わず斬り捨てていた過去と比べるが今の自分は環境こそ大きく変わったものの決して弱くはなっていない。むしろかなり腕が上がったと断言出来る。
ならばそれでもいいかと簡単に割り切れるカズキは、
「悪いな。俺は今の部隊から抜ける気はないんだ。あと斧を使いたいってんならそれこそ別の部隊に異動した方がよくないか?」
丁寧に受け答えをしながら今日も眼鏡にかなう人物を探していた。



ただ、周りの環境は自分が思っている以上に変化を遂げていたらしい。
猶予はまだまだあると思っていたが東の大森林でまた部族間の抗争が激しくなってきたという情報が入り、国王から早急に向かうようにとの命令が下ってしまった為、
「あたいはもうあそこに戻るつもりはないんだけど?」
一番の有力株であり確定枠でもあったバラビアが拒絶した事から話しはやっと進み出す事になる。





 人数の制限はなかったがとりあえず強さと視野の広い人物を中心に20人を選抜、それらの所属していた同部隊からも4人ずつ引き抜いて100人に。
そこにカズキとバラビアで行こうと思っていた矢先の出来事だった。
「別に『バイラント族』に危害を加えるつもりはないぞ?他は知らんが。」
彼女はヴァッツの子が欲しくてこの国にやってきた。そしてそれは部族繁栄の為だったはずだ。
現在『バイラント族』が壊滅状態になっている事も聞いていたのでバラビアがこの話を断るとは夢にも思っていなかったカズキは内心とても驚いた。
「もういいんだ。故郷は捨てた。あそこには立ち入りたくない。」
しかしその発言から最近の彼女が妙に落ち着いていた理由にも合点がいく。
先日までいつもヴァッツの姿を探して走り回っていたのにどういった風の吹き回しだろうと不思議には思っていた。
かといってせっかく国王や重鎮の許可が下りていた猛者の編成を台無しにしたくなかったカズキは、
「んじゃ部族の事は忘れていいから。折角の大仕事なんだ、お前の力は是非借りたい。」
あまり深入りするつもりも慰める言葉もなかった彼なりの譲歩案を述べる。
周囲からは強引すぎないか?といった雰囲気が流れるがバラビアはふと妙案を思い付いたのかにやりと笑みを浮かべると、
「だったら力づくでってのはどうだい?最近満足に暴れられてなくてね?」
こういった考えはカズキと非情に相性が良い。断る理由がない戦闘狂も犬歯をむき出しにして口元を歪めつつ、
「奇遇だな。俺もそうなんだよ。その代わり死んでも文句言うなよ?」

集められた100人はその流れに付いて行ける訳もなく、数分後に彼らは訓練場の中央で武器を構えてにらみ合っていた。

見世物のような立ち合いが始まるという事で『トリスト』城内では仕事そっちのけで数多の野次馬が見物しようと集まって来る。
今日はほぼ全員が城にいるという事でヴァッツや王女姉妹、国王までもが顔を覗かせていたので唯の力比べ的だった立ち合いが妙に格式の高い物と勘違いしそうだ。
部外者を入れたくなかったカズキは部隊の中の1人に審判だけ任せると・・・

「・・・はじめっ!!」

普段の訓練場からは想像もつかない程静寂が漂う中、早々に立ち合いの火ぶたが切って落とされる。
バラビアはいつも背負っている大斧を両手で構える型だ。対してカズキも刀を脇に構えて対峙する。
2人の距離はやや少なめに4間(約7m)ほどとなっていたがこれにはカズキなりの理由があった。
いつもの彼なら相手を絶命させる為に自分から体勢を低くして大きく踏み込み相手の懐に入る戦法で立ち回り剣を振るう。
だが今回はあくまで説得の剣だ。殺してしまうのはまずい。なのでバラビアの動きに合わせる受けの形を取ったのだ。
更に最初の距離を潰しておく事で初手の威力を殺す。そうすればお互いが大きな怪我を負う可能性も低くなるだろう。

どどどすどすんっ!!!

むき出しの太ももを隆起させながら先に動いたバラビアが重量を感じる踏み込みから仕掛けてきた。
相手を斬り伏せるのなら彼もここにあわせて全力で前に出るのだがどっしりと構えて相手の動きを観察するカズキ。
恐らくその強さは『緑紅の力』を解放した時のリリーくらいか?そう踏んでいたのだが、

ぶおおんっ!!

質量のある大斧を力任せに叩きつけてきたので余裕をもって左に身を躱すが彼女も右肩を前面に押し出しながら彼の方に体を倒して迫ってくる。
ここで強さの種類が全く違うと判断したカズキは刀を走らせようとしてすぐに止めると柄を打ちつけて追い払おうとした。
しかし想像以上の筋肉を身に纏っていたバラビア。そして本気でこちらを叩き潰す覚悟が手心を加えた攻撃を難なく跳ねのける。

むききっ!!

力負けして脇が隙だらけになった所を腰断する大斧が風を切りながら迫ってきた。
しかしやはりカズキから見ればそれはとても遅く、体勢を崩しながらも右太腿を持ち上げてその刃に足をかけると、

ぶおんっ!!・・・ずささっ!!

全力で踏みつけて相手の軌道を逸らしながら自分の体も後方に翻しつつ素早く着地して体勢を整え直した。
巨大な肉食獣が暴れる姿と小柄な草食動物が軽やかに躱しているような芸術的な立ち合いに皆が息を飲んで目を奪われている。
だがこの交わりで気が付いたバラビアは、
「おい?!私を殺すつもりで来るんじゃないのかっ?!」
手心が気に入らなかったらしく大声で非難してきた。出来ればカズキもそうしたかったのだが、
「すまん。女を斬るのはどうも抵抗があるらしい。あと仲間にしたい奴を斬るってのもやっぱり難しいわ。」
両掌を向けて正にお手上げといった仕草とすっとぼけた顔を見せた事でより彼女の感情を逆撫でしてしまったらしい。
「だったら後悔しながら死んでいけ!!!バイラント族一の戦士を侮った報いを胸にな?!」
彼女の激昂は最もだが何より自分自身の口からそんな甘い言葉が出てきた事に驚くカズキ。
武者修行時代は誰彼構わず噛みついて剣を振るっていたはずなのに・・・これは本当に飼いならされてきたのかもしれない。
目の前で暴れるバラビアを他所に彼の頭は自分の変化に今後どう対応していくかだけを考えながら、

ずむっずむっ・・・!!

刀を振るう事を諦めたカズキは大振りの隙を突いて一気に踏み込むと今度は柄を彼女の両手の甲に二撃放ってその攻撃を無力化した。





 カズキという人物はこの場にいる誰もが知っていた。何せあの『剣鬼』の孫なのだ。
ただ彼の話は様々な憶測と情報が錯綜していた為本当はどれだけの強さを持ち、どのような少年なのかを正確に掴んでいる人間はかなり少数だった。
それが今回、なし崩し的な流れで開かれた公開型の立ち合い稽古によって多くの目に晒された事で、

ぱぱぱぱぱぱぱぱぱちぱちぱちぱぱぱぱちぱち!!!!!!!!!

見世物が終えた時のような轟く拍手と歓声が彼らを包み込んでいく。
予想外の出来事に流石のカズキも周囲を見渡し、勝敗を任せていた隊員も慌てて、
「そ、そこまでっ!!!」
手を高らかに上げて立ち合い終了の合図を送るも歓声にかき消されて彼の声が周囲に届く事はない。
まだ闘気を放っていたバラビアも周囲の反応と力の差を素直に受け入れるしかなく、カズキに近づいてきて苦笑いを浮かべて、
「仕方がないな。わかった。あたいの負けだ。」
その言葉を聞くと何となくヴァッツのように右手を差し出したカズキ。彼女もそれに応えて握手を交わすと、

「さて、皆の者よ!明日からこのカズキが率いる『剣撃士隊』が東の大森林を平定する為に旅立つ!今宵は酒宴を設けるので大いに景気付けてやってくれ!!!」

いつの間にか2人の隣に降り立っていたスラヴォフィルが2人の肩に手を乗せて宣言すると更に大歓声へと昇華していった。
「スラヴォフィル様、極秘で進めていたのはこの為ですか?」
あまりにも出来過ぎた展開にふと疑問を抱いたカズキは国王に尋ねてみる。
「うむ。まぁ酒宴はともかくこの立ち合いは想定外だった。お前達のお陰で当面戦士達の士気は心配いらんじゃろう。」
それを隠すことなく彼らを利用したと言いのけるスラヴォフィルは笑顔で答えてくれた。
しかしカズキに嫌な感情は一切なく、むしろ突発的な問題までも利用して軍を、国全体を鼓舞する方向に持っていった『羅刹』の老獪な立ち回りにただただ心から感服するのだった。



城内が開放され市民達までもが行き来してまるでお祭りのような酒宴にカズキも心が躍る。
ここは『剣撃士隊』長として団員達を集めて今一度明日からの任務についての決意などを語り合うべきかとも考えたのだが、
「他の団員どもは皆女の所に行ったぞ?」
バラビアが作法などお構いなしに骨付き肉をむしゃぶりながら答えてくれると否が応にも祖父の事を思い出した。
この先酒色を知ったらどう転ぶかわからないし周囲が女に溺れる事を非難するつもりもない。事実友人の1人は骨抜き状態になってしまっているがそれを咎めようとは思わない。
今は自分がそうならないように心掛けていれば良いだけの話だ。しかし、
「女の体っていうのはそんなにいいもんなのかね・・・」
傍から見れば相当硬派な少年に見えているのかもしれないがカズキも異性に惹かれる事は十分あった。
しかし祖父を反面教師として意識している為色欲への興味をとんでもない理性で無意識に抑え込んでいるのだ。
そんな彼から出た言葉に驚いたバラビアは豪快に酒を飲み干しながら、

「ま、戦場に出るって事は死ぬかもしれないって事だしな。男と女なら子を残したり別れを告げたりするのは当たり前なんじゃないか?」

男勝りの彼女から男女のある意味指南的な発言を受けて初めて祖父の行動とは別の考え方を授かったカズキは感動のあまり声が口が開きっぱなしになる。
自分も何度か死にかけた事はあるがその時に男としての本能、異性への別れなどは思い浮かぶ事すらなかった。
これは女であり蛮族である彼女だからこその意見なのか世の男と女は皆そう考えているのか・・・
「・・・お前はヴァッツの下に行かないのか?」
答えが出そうになかったカズキはバラビアに話を振ってみると、
「ぶふっ!!よ、よしてくれ!あたいにはまだその資格がない!それに身篭ってもいない女が死んでも誰も悲しまないさ。」
盛大に酒を噴出した後最もな理由を述べてくれた。そう、子を産めるのは女だけなのだ。だから男は女を護る為に戦う。
だとすればいくら強いからと言ってバラビアやリリー、王女姉妹が直接戦場に立つのは何かあった時の不利益がとても大きくなるだろう。
男の代えはきくが女の代えはきかないのだ。
(・・・だから兵士は男が大部分を占めるんだな。)
この夜、戦場へ赴く理由と覚悟について学んだカズキは『剣撃士団』の在り方について細かな修正を入れつつ、
死ぬ気はないが自身も万が一という事を考えてヴァッツ達とご馳走を囲んでその夜を楽しむ事にした。







『東の大森林』では『七神』の一人だった精霊王ガハバが亡くなり、
彼の呪術によって操られていた『アンラーニ族』もウンディーネの魔術によってその大半が死滅している。
1年にも満たないこの期間に『ムンワープン族』が全滅し、『バイラント族』も壊滅。
どういった力が働いているのか誰一人正確な事情を知らなかったが彼らが戦々恐々としていたのは間違いない。
だが目の上のたんこぶ的存在だった2つの巨大部族が地に落ち、蛮勇で名を轟かせていた『バイラント族』も姿を消した。
つまりこれは目立たないように生きてきた五大部族の残り二部族が覇権を握る絶好の機会が訪れた事も意味していたのだ。
どちらも万を超える民を保有してたが戦いがあまりにも弱くて強大な部族に従わざるを得なかった『オロッコン族』と
潜在能力は相当高いと噂されていたものの戦いを極力避け、他部族に譲歩するような形で生きてきた『ルバ族』。

全ての事件が終わってすぐに両者は動き出し、『オロッコン族』は『アンラーニ族』を絶滅と『ムンワープン族』が遺した開拓地を奪取すべく彼らの集落に全軍を仕向けていた。





 翌日『剣撃士隊』を率いて『アデルハイド』へ降下したカズキは部隊を率いてそのまま『東の大森林』に入って行った。
情報によると現在『ムンワープン族』が切り開いた土地を巡って3部族が小競り合いを始めているらしい。
なのでそこに割って入り『トリスト』が占有してしまえば平定とやらも速やかに完了するものだと考えていたのだが、
「『オロッコン族』はともかく『ルバ族』は実力が読めない。気をつけろよ。」
地理にも事情にも詳しいバラビアから有力な助言をもらって深く頷くカズキ。
未知な部分があまりにも多いのでまずは彼女の案内で戦場となっている場所に向かう。
道なき道を進む為馬車ではなく直接馬の背に荷を積んで獣道を歩く事三日。鍛え上げられた部隊は予想よりも早く現地近くにたどり着くと所々で黒煙が細く上っているのが見えてきた。
一応地図も渡されていたが念の為木に登って自分の目で周囲の地形を確かめるカズキ。
多少の隆起はあるものの開けた平地の周りは木々がうっそうと茂っている。後は小川が南西から北東にかけて走っているのが大きな特徴か。
『剣撃士隊』は『アデルハイド』からやってきた為現在は南西の位置に待機している。
バラビアの情報だと北西に『オロッコン族』、北東に『ルバ族』の集落があるので恐らく陣営もその方向ではないかという。
「で、今開墾地の中央にいるのが『アンラーニ族』って訳か。」
「恐らくな。」
ただ、ここまではあくまで憶測であって確定ではない。初めて部隊を預かったカズキとしてはこんな不確定要素がいっぱいの中を動く気にはなれなかったので、
「斥候を送るか。一応それらしいのも部隊に入れたはずなんだけど自信のある奴いるか?」
戦闘面を重視して選んだ20人は辛うじて名前と顔を覚えてはいたものの残り80人はその20人との話し合いから集めた者達だ。
未だ名前を憶えられていない中から手を挙げた者を9人選び3組に分けるとそれぞれの方向に送り出す。
後は情報が手元に集まるまで少し時間があったので、
「バラビア。『バイラント族』で戦える人間はもういないのか?」
傍から見れば彼女を気遣っているかに思える発言だったがもちろんそんな事はない。
カズキとしては戦える戦力が残っているのなら是非部隊に加えたいし彼女以外の蛮族がどういう戦い方をするのかを見てみたかっただけだ。
「・・・親父くらいかな。でもあたいは呼びにいったりしないぞ?」
しかしバラビアが渋い顔で釘を刺してきたので彼もそれ以上言及する事をせず、残っている団員に1人ずつ話を聞いては顔と名前を覚える事に励んでいた。



一番遠方の『ルバ族』がいるであろう場所に送った斥候が戻ってくるのに2日近く掛かった為思ったより時間が取られたカズキ達。
情報をまとめると『アンラーニ族』が女子供と老人を含めて5000人程、『オロッコン族』が戦える者を1万2千人以上、『ルバ族』も戦える者が5000人程だという。
「数では『オロッコン族』が圧倒的か。」
地面に地図を広げて小石を蛮族の規模に合わせて並べながら考えるカズキ。
「じゃあまずは『アンラーニ族』が陣取っている平地を制圧、そこから『ルバ族』『オロッコン族』と順に落とす。何か質問はあるか?」
指で示しながら彼が最初に目を付けた20人を集めて簡単に説明する。隣にいるバラビアも特に意見はなさそうではあったが、
「待った。なぁカズキ、これは『平定』だろう?ただ撃破するのではなく何か相手を従属させる為の策はちゃんとあるのか?」
バラビアよりもさらに6つほど年上のバルナクィヴが口を挟んで来た。
彼は部隊長の経験もある男でいざという時には指揮権を預ける候補でもある。
「策?ただ強さを誇示すればいいだけじゃないのか?」
「うむ。蛮族は強き者には従属するぞ。」
カズキもバラビアも彼の言っている意味がよくわからなかったので似たような意見を返したのだが、
「しかし我々は1部隊、100人しかいない。戦いはそれでいいとしてもしっかりと管理下に置いて『平定』するには闇雲に剣を振るうだけでは駄目だと思う。」
そこまで言われると隣で困惑するバラビアを他所に別の方向で頭を使い出す。彼は戦闘の事ばかり考えてはいるが馬鹿ではない。
従属させた部族の戦士達を指揮下において次の戦いに駆り出していけばと思っていたのだがそこで裏切られたら目も当てられないだろう。
連戦が前提で『平定』と恐らく『従属』も考慮せねばならない盤面、各部族が事を構えている為しっかり掌握してから次の戦いへというのは無理がある。なので、

「・・・だったら3部族全員を相手にするって言って集めさせるか?1回の戦いで済むぞ。」

全てを片付けられる案としてカズキが本気で提案したら周囲からきょとんとした顔や疑いの眼差しが向けられてきた。
確かにそれなら戦いの最中に横槍を憂う局面はないだろう。まさに戦いの事だけを考えて出てきた答えだ。
しかし2万人弱を相手に100人で戦うのは流石に無理が過ぎる。それらの意味を込めて周囲が反応していたのだ。
「皆がカズキのように強い訳ではないんだ。それは非現実的すぎる。」
ここでも皆の心情を代弁してバルナクィヴが反対意見を出す。年の功もあるだろうが元部隊長としてこの場を穏便に済ませたかったのだろう。
隣でバラビアが周囲の顔色を伺いながら悔しそうな表情を浮かべているのはカズキの意見に賛成したかったからか。
普通ならここで『ならば別の案を考えるか』といった流れになりそうだが、

「1つだけ言わせてくれ。俺はスラヴォフィル様に『トリスト』の最精鋭部隊を作ってくれと命じられた。」

カズキは静かに落ち着いた様子で周囲に向かって語りだした。
「正直『トリスト』っていう国はまだよく知らないが国王様には挫折していた俺を拾ってもらった恩がある。
ここにいるお前らも含め精鋭ばかりの中で俺を選んでくれたんだ。その期待には絶対応えたい。」
「カ、カズキ!その気持ちはわかるがそもそもお前が選んだここの20人が軍でもそれほど強いって訳じゃない!
飛空の術式もまだ習得出来ていない俺らがいきなり『トリスト』の最精鋭を目指せと言われても無理がある!!」
黙ってきいていた1人が彼の気持ちに動かされたのか声を上げて反対してくる。
確かに『トリスト』では既に飛空の術式を習得した、それこそ最精鋭と呼ばれる部隊が存在していた。
なのに何故カズキに今更また最精鋭の部隊を作れなどと命じられたのか。そういった疑問も含まれていたのだが、
「空が飛べてもやる事は一緒なんだ。強さにそれほど違いが出るとは俺は思わん。」
さらりと反論するが周囲はもはや聞く耳を放棄しつつある。皆が彼に非難の視線を向けてくる中、

「・・・カズキ。お前の覚悟は十分理解した。だが部隊を率いる以上部下の心が離れた状態で戦うのは難しいぞ?」

またしてもバルナクィヴが諭すように意見を述べる。これではどちらが部隊の長かわからない。
相変わらず隣に座るバラビアだけはカズキ側に心を寄せているらしく露骨に嫌な顔をしているものの、
「・・・わかった。じゃあ他に何か、お前の言う『策』ってのはないか?」
彼がこれ以降自分の意見を押し通すような言動をすることはなく元部隊長であるバルナクィヴに作戦会議の進行を任せた。





 会議の結果、まずは一番肥えた地を得ていながら一番劣勢にある『アンラーニ族』への勧告とその後の待遇を約束する話し合いを持ちかける事でまとまった。 
といっても相手は蛮族、使者だけを送っても捕えられるか殺されるかで終わるだろう。
なので全軍で赴き、こちらの武力を示す必要があるだろうという事で結局最初にカズキが提案した策に似た形となったのだが、
「武力はあくまで相手を平服させる為の手段であって、恨みを買わないぎりぎりの所までに抑えねばならない。」
つまり死者を出さずに済ませろとバルナクィヴは言う。しかし蛮族の出自で彼らをよく知るバラビアからすれば、
「『アンラーニ族』は他部族を力でねじ伏せてきた。素直に応じるとは思えないぞ?」
常に相手より上位、もしくはほぼ同格としての地位を築いて生き抜いてきた部族だ。
ガハバのせいで戦士達の数が激減し、ほぼ壊滅状態であったとしても誰かの下につくという選択肢を選ぶとは思えないというのが彼女の意見だった。
カズキとしてはどちらの言い分もある程度理解は出来たが最初から戦う為にこの森に入ったのだ。

「ま、何とかなるだろ。」

深く考えずに彼らの護る地に足を踏み入れる『剣撃士隊』は早速降り注いできた矢を難なく受け切ると、
「俺達は『トリスト』王国の最精鋭『剣撃士隊』だ。話が合って来たんだが族長はどこだ?」
放たれた矢の数やその威力から主戦力をほぼ失っているのだろうと直感したカズキはずんずんと集落へ入って行く。
あまりにも堂々としているので『アンラーニ族』も剣を抜くのを忘れて驚いていたが、
「私がラゼベッツ、この民族の長だ。『トリスト』というのはあの血染めの王の国だな?」
周囲へ攻撃を止めさせるように命令しながら悠々と歩いて来た男。肌は黒く白い模様を体に描いているのは部族の掟からだろうか。
しかしそんな見せかけの容姿よりも彼自身が相当な筋肉を身に着けているのがカズキの目には留まる。
かなり太い両腕、これから放たれる攻撃とは一体どんなものなのだろう?内心わくわくしながら想像を膨らませていると、
「うむ。この度国王様の命によりこの森を平定しに来た。今我らの下につけば優遇を約束しよう。」
カズキの代わりにバルナクィヴが用命を言い渡す。バラビアの情報から下手に出る様な相手ではないというのはこの族長を見てもすぐに感じ取れた。
後は彼らがこちらの強さをどう捉えているか。
「優遇か・・・そこにいるのは『バイラント族』1の戦士バラビアだろう?お前達も『トリスト』とやらの軍門に下ったのか?」
すると族長は彼女の姿を見て質問をしてきた。蛮族間では彼女の名は知れ渡っているようだ。
ただ、こんな反応をするとは思ってみなかったので口裏合わせなどももちろんしていない。
「いいや。あたいは『バイラント』を捨てた。今は1人の戦士としてここにいる。」
「よかろう。ならばお前が私の子を産め。それが幕下に降る条件だ。」
5大部族であった『バイラント族』から離れたのを素直に喋ってしまった為、ラゼベッツはすぐに条件を付けてくる。
蛮族間でしか理解しにくい話になるが強い子を手に入れたい彼は他部族としての柵が無くなった若く強い女を求めているという事なのだろう。
自身の部族が壊滅状態に陥っている今この話は至極自然な流れではある。
「断る。あたいはヴァッツ様以外の御子を授かるつもりはない。」
「お前、まだヴァッツの事を諦めていなかったのか?」
だが勝手に話が進んでしまうのでそれを止める意味でもカズキが口を挟んだ。
そもそも彼女が『トリスト』に入り込んだのは部族繁栄の為強い御子を産みたくてヴァッツに近づいたのだ。
なので『バイラント族』から離れた事で彼女の目的は消え去ったとばかり思っていたが、
「当然だ。女として生まれた以上は強い子孫を残したいと思うもの。そして未だ私はヴァッツ様以上に強い男を知らない。
ラゼベッツ、あたいが見た所貴様はせいぜい父と同程度。そんな男はいらん。」
一部の男が聞けば発狂しそうな強い意志を感じる発言にカズキもバルナクィヴも目が点になる。これこそが蛮族でありバラビアという女戦士なのだ。
「よかろう。では決裂だな。」
話の腰を折ったはずなのにラゼベッツが簡単に終わりを告げてしまうので流石に焦ったカズキは、
「待て。蛮族ってのは強い者に従うんだろ?だったら俺と勝負しろ。負けたら素直に傘下に入れ。ただしお前が勝ったらバラビアはくれてやる。」
「おい?!」
その焦りを隣にいたバラビアに押し付ける形で話を切り出した。
このまま2人の蛮族に口を開かせていては話し合いにもならないからと無理矢理ねじ込んでみたのだが、
「よかろう。」
力でその名を轟かせていた『アンラーニ族』の族長はこれまた間髪入れずにすぐ了承の返事を返してくるのだった。





 「負けたらあたいがお前に止めを刺すからな?」
腕を組んで明らかに不機嫌なバラビアが殺気に近い怒りをこちらに放ってくるが、
「お前が余計な事を口走らなければもうちょい他の話も出来たかもしれねぇってのによく言うぜ。」
戦いの中以外で駆け引きをする事はほとんどなかったカズキでも相手の条件を即突っぱねた彼女に言いたい事は山ほどある。
しかし自らが剣を振るう機会を得られたのだ。ここはその怒りも喜んで受け入れようと彼は内心ほくそ笑む。
「多少の手傷は仕方ないが殺してしまうと余計に拗れる。気を付けてくれ。」
バルナクィヴはカズキの勝利を確信しているのか、その後についてを口にするので、
「ああ、わかってる。あまりちんたらやってる時間もないしな。」
広場らしき場所に案内されるとそこには『アンラーニ族』達がこちらに敵意むき出しの視線を送りつけてきた。
ただ、戦士らしき者の中にちらほらと女性や子供が混じっているという事はこちらが思っている以上に戦える者の数は少ないのか?
「相手が負けを認めるまででいいな?」
鈍い色で光る無骨な鉄の棒を握っていた族長が中央で仁王立ちしながら確認してきたので、
「いいや。お前は死んでも負けを認めそうにないから最終判断はバラビアに任せる。どうだ?」
「・・・ふむ。そういう事なら構わん。」
「あいつ、またあたいを勝手に使いやがって・・・・・」
しかしカズキが負ければ『アンラーニ族』へ嫁がされる事になるのだ。それ以上不満を口に出すことなくバラビアは2人の間に立つと、
「そんじゃはじめ。」
とてもやる気のない掛け声で部隊と部族の長が戦いを始めた。

どどどどんっ!!!

するとラゼベッツは初老に近い年齢とは思えない程逞しい脚力で踏み込んでいくとかなりの重量が予想される二本の鉄棒を水平に構えて、

ぶおんっ!!

まずは右手から左に大きく殴りつけてくる。それを難なくかわすと今度は左手で握った鉄棒が上段から振り下ろされる。
間髪入れずの十字攻撃に刀の柄を打ちつけながら何とか無事に凌ぐもすぐに右手から放たれた鉄棒が襲い掛かってくるので、
カズキはラゼベッツの懐に入り込んで身を深く沈めると両足の膝裏を刀の峰で強打した。

ずむっ!!

体勢を崩した族長の手の甲に前にバラビアへやったのと同じく刀の柄を打ち付けた事で武器を落とさせようとしたのだが加減をしすぎたらしく反応は薄いものだった。
ただ握力にはしっかり届いていたようで彼の左手からは鉄棒がするりと抜け落ちたのを見て一瞬気が緩んだのか、

ばきゃっ!!!

巨大な筋肉を纏った左の裏拳がカズキの体を殴りつけた。『アンラーニ族』からは歓声が沸き起こり『剣撃士隊』からは悲痛な声が漏れるも、
「ぬう・・・」
族長の拳には刀傷が走ってすぐに流血が見られ始める。殴られたと思っていたカズキの方は吹っ飛びはしつつもしっかりと防ぎきっていたのだ。
手の甲への傷というのは握力に直結する。深く入った傷から彼の左手は殴る、握るといった手段が無くなったと判断してもいいだろう。
唸り声を漏らした族長に対してカズキは軽い足取りで間合いを詰めていくと残る右手の無力化を狙っていく。
だがラゼベッツの方にもかなり余裕がある。これは何かまだ戦う術が残っている為か。
戦闘狂の鋭い嗅覚が危険を捉えつつも慎重に体を運んで攻撃を繰り出すカズキに無力化したはずの左手が飛んできた。

がきっ!!!

またも刃でそれを受けるが見ると彼の手首に嵌められていた金属の腕輪、それで手刀のように殴りつけてきたのだ。
カズキがラゼベッツの攻撃を受け止めた瞬間の動きが止まったところに今度は右手から強烈な鉄棒が振り下ろされる。
彼の太く逞しい両腕はこの二段攻撃をする為に備わっているのだろう。
素早く刀をずらして上段から襲ってくる鉄棒を受け流すがあまりの威力に体が宙に浮いてしまう。
一瞬だけだが制御が効かない体勢になったのを族長は見逃さない。強靭な両腕はすぐに追撃を放つべくみりみりと音を立てて左手を放つ。
手の甲に傷が走っているとはいえ握りが甘くなっていただけで拳を作るのには十分だったのだ。今度こそ危ないのではと『剣撃士隊』の仲間達が息を呑むが、

ぶふほっ・・・!!!

首を捻ってその拳もかわすと、

ばきんっ!!!!!

体の上下が逆さになったカズキから思いっきり放たれた右足の蹴りがラゼベッツの頭上から打ち下ろされた。
攻撃ばかりしていた族長がそれを真正面から食らうと流石によろめき、今度はカズキの方がその隙を見逃さず、

びしゅっ!!!

左足で彼の頬下に蹴りを入れると意識を失ったラゼベッツが白目を剥きながら両膝を付き、うつ伏せに倒れていく。
カズキはそのまま中空で体勢を立て直すと静かに両足で着地して動かなくなった族長を見下ろしていた。





 『トリスト』でバラビアと立ち会った時は決着時に盛大な歓声が鳴り響いたが、ここ敵地では耳に痛い程の静寂に包まれる。
「お前らの族長に勝ったんだ。約束通り傘下に入ってもらうぞ?」
カズキは周囲から放たれる殺気など物ともせず未だ意識を失っているラゼベッツに刀を向けたまま言い放つ。
この男の傍にいれば矢を射かけられる事はないだろうが現状流れている不穏な空気は気持ちの良いものではない。
「カズキ殿と申したな。我らは約束を護る故その剣を退いてはもらえんだろうか?」
すると小さな住居の影から小さな老人達が3人、ゆっくりとこちらに向かって姿を現すと膝をついて頭を下げてきた。
戦う意思も力も持っていない事を確認したカズキは静かに刀を納めると、

がばっ・・・・・

目を覚ましたラゼベッツが上半身を起こして我に返った。そしてこちらを見下ろしていたカズキに、
「・・・まるで山猿みたいだな。」
「山ざ・・・・・約束は護ってもらうからな?!」
蛮族から見ても彼の戦い方はとても自由で何事にも縛られない動きだったからだろう。
率直な感想から出てきた言葉だとはわかっていても思わず拳を放ちそうになったが、
「では早速次の策について話し合おうじゃないか。」
『剣撃士隊』側もカズキの傍に集まってくるとバルナクィヴが両陣営の様々な感情を一旦遮ることでその場は収まりを見せた。



バラビアの言っていた通りラゼベッツはカズキの事を認めたらしいのはわかる。
しかし『アンラーニ族』としてはやはり族長が倒されたという事実を素直に受け入れる事が難しいらしく時折あちこちから敵意の眼差しが向けられてきた。
「すまない。後で私からもしっかり話をつけておく。」
双方が自陣の主要人物を紹介し終えると次の標的である『ルバ族』への交渉についてバルナクィヴが説明を始めた。
「奴らは戦いを避ける部族。カズキ殿のお力を示せば我らと同じように従えさせる事は可能でしょう。」
「我らとしてもこの包囲の1つを崩せるのじゃ。全力で助力いたしますぞ。」
「然り然り。」
話を進めていくと族長よりも3人の老人が口を挟んでくる。『アンラーニ族』の参謀は彼らだということか。
「それじゃ今日は休んで明日出向くか。」
『ルバ族』と『オロッコン族』、そしてこの『アンラーニ族』が陣を構えている位置は驚くほど近い。これは他の2部族が牽制しあっているからだ。
どちらかが先に『アンラーニ族』へ仕掛けた時、残ったほうが不意を付いて『アンラーニ族』共々滅ぼそうとしている。なので明日の交渉は『剣撃士隊』のみで行かねばならないだろう。

話し合いが終わって族長達がいる場所とは少し離れた所に簡易の陣幕を張ると、
「念の為見張りを立てる。『アンラーニ族』にも気を許すな。」
カズキは小声で指示を出してバラビアを呼び寄せた。
「お前は俺の横で寝ろ。」
「・・・・・」
彼らしい言葉足らずの発言は周囲の隊員達も驚いていたが、彼女のじと目がそれに気づかせてくれたので少し考えてから、
「あの族長、恐らくお前を諦めてはいない。だから俺の傍にいておけ。夜襲われんとも限らんからな。」
我ながらとても分かりやすい内容で伝えられたと感心するカズキ。しかしそう思ったのは彼自身だけだったようで、
「紛らわしい言い方をするな!!!・・・でもまぁ隊長がそういうのなら甘えさせてもらうか。しっかりあたいを護れよ?」
バラビアは拗ねたような怒ったような表情で一瞬だけ激高すると食事後はさっさと寝てしまった。



翌朝素早く荷物を纏めた『剣撃士隊』はラゼベッツと参謀老人3人に出立を伝えると『アンラーニ族』からも10人だけ戦士を引き連れて北東の森に向かって歩を進める。
それから半日も経たない内に『ルバ族』が陣を敷いているであろう場所に到着したのだが、
(・・・5000人か。)
確かに周囲の戦士達を見る限りではそれくらいだろう。しかし戦闘狂の勘が正体不明のきな臭さを感じ取っていた。
彼らもこちらを警戒はしつつも随分余裕を持って品定めをするかのような視線を向けてくる。
「俺らは『トリスト』王国『剣撃士隊』ってもんだ。この地を平定しにきたんだが族長はいるか?」
だが迷っていても始まらない。まずは速やかに話し合いの場を作らねば。
(話し合いに・・・なるか?)
数は相手が圧倒しているしこのまま総力戦になる可能性もある。そうなれば間違いなく『オロッコン族』が横槍を入れてくるだろう。
ここは相手の器を見定める良い機会なのかもしれない。彼が声をかけてからしばらくすると、
「わしが族長ガジィだ。平定・・・とか言っていたらしいが、それは我が部族を力でねじ伏せる、という意味か?」
ラゼベッツよりも年上らしく昔はさぞ高名な戦士だったのは間違いない。
蛮族らしい浅黒い肌色と白髪交じりで銀色に光る頭髪、鋭い眼光ながら衰えつつある体にもしっかりとした筋肉が浮かび上がっている。
だが戦場で皆を率いるには少し老い過ぎているようだ。
「ま、そうだな。総力戦でもいいが俺がお前らのとこの一番強い戦士と戦ってそれを示すってのはどうだ?俺が負けたら引き下がるぜ?」
『アンラーニ族』でやった時と似たような話で提案するカズキ。実際この方法は犠牲を最小限に抑えられる為少数精鋭の『剣撃士隊』として考えても非常に優秀だ。
「若いくせに随分傲慢だな。いや、若いからこその傲慢か・・・しかし強さは感じる。よかろう。」
ガジィは頷いた後右手を上げて、
「ルミーズ!ここはお前に任せよう!見事その小僧の頭をかち割って見せよ!!」
名が呼ばれると同時に周囲からは大歓声が沸き起こる。それと同時に陣幕の奥からかなり長身で肉付きの良い青年が出てきた。
手には少し小ぶりな斧を両手に携えており、更に体に巻きつけてある革帯にも同じものがいくつか差してある。これは近接武器としてだけではなく投擲もする為だろう。
「ようし、最終確認だ。俺が勝ったら『剣撃士隊』の参加に降る。俺が負けたら・・・」
「貴様が負けたらお前達がわしらの配下になる。これでどうだ?」
「上等だ。」
元来の性格もあるが負けることなどを全く考えていないカズキはいとも簡単に安請け合いをしてしまい、彼の力を知っているとはいえ隊員はその都度肝を冷やす。
「ま、あいつは強い。大丈夫だ。」
そんな周囲の心配を感じ取ったのかバラビアが軽く言いのけた瞬間、2人の戦いの幕が切って落とされた。





 手斧の間合いは狭い。それこそ殴りかかる感覚で振るっても当たらない事があるくらいだ。
しかしルミーズと呼ばれた青年は背丈の高さに加えて手足も長い。

ぶおんぶおんぶおんぶおん!!!

無防備でいきなり間合いを詰めてきたと思ったら予想外の距離から鞭のように腕をしならせてそれを振り回す。
今回は審判を決める前に始まってしまった為刀を抜く前だったカズキは無手のままそれらをかわしながら後ろに下がると、

びゅっ・・・ずんっ!!!

突然矢のような投擲が彼を襲い、それは当たる事無く彼の足元に突き刺さる。
その後も青年の攻撃は止まる事を知らず、すぐに胴に巻いていた革帯の手斧を引き抜くとまたも二本でカズキに襲い掛かってきた。

びゅっ!!ずぼっ

更に投げつけると今度は最初に地面に刺さった手斧を空いた右手で拾いつつそのまま攻撃を重ねていく。
蛮族とは思えない高い技術と隙の無い立ち回りに『剣撃士隊』員達も唖然とする中、

びゅんっ!!・・・ぱしんっ!!

無手で防戦一方だったカズキが3度目の投擲を見切って飛んできた手斧を掴み取る。その瞬間ざわめく『ルバ族』と『剣撃士隊』。

がきっ!!!

お互いが右手の手斧で激しく殴りつけあうと火花が散り、2人の腕も反発しあって大きく仰け反る。が、
腰を落として重心を低く保っていたカズキは労せず体勢を立て直すと素早く踏み込んでルミーズの懐に入っていく。
対して蛮族の青年は背丈を生かした高所からの振り下ろしが主な攻撃だった為大きく体勢を崩すと立て直すのに時間がかかる。
慌てて足の指先で地面を掴み、吹き飛びそうな上半身を必死で押さえ込もうとするも、

めきゃっ!!

カズキの前蹴りが鳩尾に入って大きく後方に吹っ飛んでいった。更にその蹴りを放つ前にルミーズの革帯から瞬時に抜き取っていた手斧を追撃で投げつけて、

ばいぃぃん・・・・っ!!

彼の頭頂部を掠めるように飛んでいったそれは頭髪の一部を斬り落として後方の木に刺さる。
両手を地面に付けて足を投げ出すような姿勢のまま唖然とするルミーズにカズキはそれ以上攻撃をすることはなく、
「よし。これで決着って事でいいだろ?」
「ううむ・・・見事だ。」
言葉を失っていた青年の代わりに族長のガジィが降参の意を示した事で力比べは幕を閉じた。



あっという間に2部族の従属化を成功させたカズキ達はガジィと数名の『ルバ族』を連れて『アンラーニ族』の住む開拓地に戻ってくると
早速『オロッコン族』への対応について族長達を交えた話し合いを行う。
ここまで非常に順調で彼が思っていた以上に戦いの場面が訪れない事に不満すら感じ始めていたのだが、

「わしら『ルバ族』は奴らのような数だけが取り柄の弱者を好まない。『オロッコン族』だけは全勢力で滅ぼしてしまうべきだ。」

大人しい印象だったガジィが強く提言してきた。だがこれは彼の意見だけではなく、
「同感だ。『ルバ族』と『アンラーニ族』、そしてカズキが率いる『剣撃士隊』がいれば容易く屠れるだろう。それにあ奴らが従属を選ぶとも思えないしな。」
ラゼベッツも強く賛同する。思わぬ方向に話が進みそうになってバラビアも少し心を躍らせていたようだが、
「しかし無駄な血を流したくはない。もし従属で話がまとまるのなら『オロッコン族』という部族を最下位の位置づけということで何とか収めては貰えないか?」
バルナクィヴはここまで全く犠牲を出さずに話を進められた事にやや思考が引っ張られ気味らしく何とか戦いを避ける方向で押し通そうすとる。
すると2人の族長は明らかに不機嫌な表情になり、そのままこちらに視線を向けてくると、
「カズキはどう思う?」
「お前も戦には反対か?」
『ルバ族』と『アンラーニ族』に力を示したのは『剣撃士隊』長のカズキだ。彼らは敬服した人物に意見を求めてきたのだ。
バラビアも目を輝かせて戦える舞台が整ったのだと確信している。
「・・・残る部族は『オロッコン族』だけなんだ。戦うかどうかは置いといて全軍で敵陣に向かえばいいんじゃねぇか?
それで相手が戦いを選べばそのまま矛を交えればいいし、恐怖で竦むのならきっちり条件を付けて従属の話を持ち出せばいい。」
だが彼の口から出てきたのはどの提案にも対応出切る無難な策だっただけに皆からは失望と呆れるような空気、そしてカズキという人物がやや期待外れだと認識されてしまった。





 その夜は静かに晩餐が開かれ、翌朝『ルバ族』と族長ガジィは『オロッコン族』へ部族を動かす為に自陣に戻っていった。
ここまでは徹底して部族単位の大きな動きを抑えてきた。『オロッコン族』にこの動きが漏れる事はないだろう。
3日後に彼らが陣取る場所で合流するという話でまとまり、『剣撃士隊』と『アンラーニ族』もひりついた空気の中で着々と準備を進める中。
腕は立つがどうにも纏め上げるにはまだ若く力不足だとあちこちから噂されるようになったカズキは周囲の声など一切気にせず別の事を考えていた。
「おい。言われっぱなしだぞ?」
「・・・・・」
まるで自分が悪く言われているかのように捉えているバラビアは彼の代わりにイライラした姿を隠そうともせず周囲に怒気を放っているが今の彼にとってはどうでも良い事だ。
「『オロッコン族』には話し合いなんてぬるい態度は取らずに全面戦争だ!そうだろ?!そこで周りの悪い噂も全部吹き飛ばしてしまえ!!」
「・・・・・」
『平定』というのは手段を選ばずその地とそこに住む人間を『トリスト』王国の所有地にしてこいという意味だ。
戦闘狂の脳だけで考えれば歯向かう敵を全て沈めてしまえばいいと捉えるが、そうするとその地に住む人間からは大きな恨みが生まれ、生産力は大きく死ぬことになる。
理想としては無血開城だが『トリスト』の一方的な占有宣言を昔から住んでいた者が、しかも蛮族が簡単に受け入れるはずがない。

(・・・どこだ?どこに落としどころがある?)

現在は非常に上手く話が進んでいるものの、いよいよ部隊を動かさねばならない状況に直面していたカズキは考える。
スラヴォフィルが自分にどのような戦果を望んでいるのか?最精鋭部隊とは?平定とは?自分がどこまで動いて、どこまで退くべきなのか?
最近になってやっと徒党で戦う楽しみを覚えたばかりの彼にいきなり『平定』という任務はあまりにも重すぎる。
だがそこは国王も十分理解しているはずだ。知識も経験もまだまだ足りない未成年、そんな少年に何を求めているというのか・・・・・
「・・・・・わからんな。」
隣でわーわーと騒ぎ立てていたバラビアの言葉など一つも入っていなかったカズキはすっと立ち上がると静かにラゼベッツのいる陣幕に歩いて行った。

ついでに元隊長のバルナクィヴと呼んでもいないのにバラビアもついてくる。
何度目かはわからないが再び4人が顔を合わせて座るとカズキは族長をしっかりと見据えてから、
「なぁラゼベッツ、あんたが俺に『平定』を命じるとすれば何を求める?」
「カズキ?!」
「おい?!」
従属の約束を交わしたとはいえ未だ正式な取り決めすら行っていない蛮族の長に今回預けられた任務について、その真意を問いかけたのだ。
バルナクィヴとバラビアからすれば支配下に置いた人物へ質問する内容ではないと判断したからこそ慌てて声を上げたのだろう。
「・・・・・私の下にお前のような戦士がいれば全ての部族を葬ってこいと命じるな。」
「・・・・・」
しかし2人の心配を他所にラゼベッツは静かに答えながら更に、
「もちろん捕虜は多いに越したことはない。お前程の腕があれば犠牲を抑えて相手を屈服させる事は可能なはずだからな。
・・・血染めの王はお前に詳しい命を与えなかったのか?」
「うむ。ただ一言『平定』してこい、と。」
「・・・ふっふっふ。随分信頼されているんだな。」
信頼?
思いもしなかった言葉に今までの考えが全て吹っ飛んで白紙の状態に戻ったカズキの思考。
「それはどういう意味だ?」
2人が、特にカズキの方が真剣に尋ねているのでバルナクィヴとバラビアも言葉を挟む事が出来ずにただ見守っている。
「これはあくまで私の考えだ。もしお前のような若く勇猛な戦士が私の配下であれば余計な指図はしない。お前の思った通りに動け、そして学べと命じる。
あとは・・・『剣撃士隊』の隊員とやらにも必ずカズキの命令に従うよう厳しく言いつけておくだろうな。」
言い終えた後にちらりとバルナクィヴに冷ややかな視線を送るラゼベッツ。思わず目を伏せてしまう元隊長の表情に満足したのか口元を歪ませている。
「俺の思った通りに動いて任務に失敗したら・・・どうする?」
カズキの悩みはそこだった。
恩師でもあるスラヴォフィルから与えられた命、これは是非にでも完遂したい。
だがその導が何もないのだ。何も教わらず、何も準備出来ていなかった。『東の大森林』が慌ただしくなってきた事で急に出撃が決まった『剣撃士隊』。
これらを使って、準備不足のままで、出来る限り最高の戦果を上げたいカズキ。
なし崩し的に一騎打ちの形から2部族の従属を取り付ける事は出来たもののこれも果たして正解だったのかどうか・・・。
何をやっても、何を任せても不安が常に頭から離れなかった。その答え、この不安を払拭する何か、それを求めて今彼は『アンラーニ族』の族長に話を聞いているのだ。

「ははは。血染めの王もそうだと思うが私もお前の腕は高く評価する。ならば失敗を恐れずお前らしい『平定』を目指せば良い。」

普段の彼からは想像も出来ない程自信を喪失した表情をしていたらしく、ラゼベッツはそれを大いに笑い飛ばして断言してくれた。
「・・・・・」
「何事も初めてというのは失敗が付き物だ。だがそれを恐れるな。恐れは信頼を損なうからな。お前は己の強い部分も弱い部分も試して、挫けて、そして伸ばしていけば良い。
おっと、少し口を開きすぎたかな。」
いつの間にか熱く言葉をかけてくれていた族長は最後に一口酒を飲むと笑顔で席を立って陣幕から出て行った。





 蛮族の中でも1,2を争う『アンラーニ族』を率いているだけの事はある。
言葉の重みとその深い考えに感銘を受けたカズキは自身の中にあった悩みと恐れがみるみる晴れていくのを心で強く感じていた。
「お前なぁ。いくらなんでもあいつに相談するなんて・・・」
「決めた。『オロッコン族』とは戦わん。」
バラビアがいじけるように何かを言いかけていたがそれもまた耳に入る事はなく、カズキはその場で強く宣言する。
「カズキ?!それでは『ルバ族』との約束が!!」
「まだ確定はしていないだろ?戦うのはあくまで最終手段だ。それに我が『剣撃士隊』は『トリスト』王国最精鋭を目指している。
そんな部隊が弱い弱いと言われている部族をいたぶった所で名声が地に落ちるだけだ。」
悩みの枷が外れた事で最も重要な『剣撃士隊』に自分の道理を落とし込んだ結果、自信満々に言いのける。
すぐに反論しようとバルナクィヴが口を開くも先程ラゼベッツに言われた事が楔となったのか、声は出てこない。
「ま、いいんじゃないか?お前らしいし、あたいも猛者以外を相手にするのは気が引けてたんだ。」
相変わらずバラビアだけは迷う事無くカズキの考えに賛同してくれるのでにやりと笑みを返すと立ち上がって彼らも陣幕を後にした。



あれから『剣撃士隊』員にはもちろん、『アンラーニ族』へも『オロッコン族』への対応をしっかりと伝えた所、
「ふむ。お前は実に蛮族らしいな。『トリスト』などという訳の分からん国は抜けて私の跡を継がないか?」
ラゼベッツはバラビアだけに留まらずカズキまでも欲し始める。
「悪いな。国王様にまだ恩義を返せていない上に俺の弟子もあの国にいるんだ。丁重にお断りするぜ。」

『剣撃士隊』と『アンラーニ族』の中で戦える者全てが準備を終えて『オロッコン族』が陣取る場所に向かう事2日。
周りに姿は見えないが恐らく『ルバ族』も近くまできているはずだ。彼らと腹を割って話す時間はなかったが後でしっかりと伝えれば何とかなるだろう。
「俺達は『トリスト』王国最精鋭部隊『剣撃士隊』だ。『オロッコン族』の長と話がしたいんだが呼んでもらえるか?」
逆茂木が並ぶ彼らの陣営に近づいても矢の1本すら飛んでこない。
それどころか声を掛けても誰も反応せず、皆が姿を隠しながら怯えた目でこちらの様子を伺っているだけだ。
「聞いてはいたがここまでとは。よく1万以上も集められたな。」
確かに焚火の煙や物資の量、陣幕の規模を見ると数だけは揃っているらしい。しかしこれでは戦になっても無駄に屍を晒すだけになる。
仕方がないので一応の警戒はしつつ『ルバ族』が合流するまで再度呼びかけて長を連れて来るよう伝えてみるが、
「本当にひどいね。カズキが戦わないって言ったのは正解かも。」
いつまでたっても動きが見えず埒が明かない。更に『ルバ族』も未だに到着していない。

「やぁ?お待たせ?」

どうするか悩んでいた所でやっと『オロッコン族』の奥から神輿に乗った男が担いで近くまでやってくると声を掛けてきた。
「お、動いてくれたか。」
何とか話が前に進みそうだと喜んだのも束の間、その男は体に不釣り合いな未成熟の手足を生やしており顔にも大きな傷跡がいくつか残ったままだ。
頭蓋と下顎の形も変形しており本当に生きているのだろうか?というのが戦士達から見た感想だったが、
「うん?で?何の用かな?」
どうやらその男が長の地位についているらしい。まだ若いようだがとにかく傷やら未成熟な手足やらが悍ましさを主張してきて普通なら平常心を保つのは難しいだろう。
「うむ。この『東の大森林』を平定したい。だからお前ら『オロッコン族』に従属を促しに来た。」
しかしカズキはそんな事などお構いなしに彼の目的である『平定』に向けての話を堂々と切り出した。
これには『剣撃士隊』だけでなく『アンラーニ族』の戦士達も彼に高い敬意を芽生えさせるのだが、
「うん?従属?僕達が?」
「ああ。見た所『オロッコン族』の戦士が皆怯えきっていて戦いにならないだろうしあんたもその体じゃ戦えまい?
無駄な犠牲を出す前に『トリスト』の傘下に入ってくれねぇか?」
詳しく説明をしてみても神輿に乗った男はぴんと来ていない様子だ。
「なるほど?君の国はこの地を欲している訳だね?そして私や周りの戦士にはもう戦える術がないと思っている?」
「違うのか?」
今度はカズキの方が何とも理解しがたい疑問が浮かび上がって来た。
ここにきてごねるのか?逃げるのか?平服するのか?何を選ぶにしても戦うという選択肢がない以上もう少し落胆したり憤怒したりと感情を表してもいいはずだ。
しかし目の前にいる傷だらけの長は心を乱す事無く非常に落ち着いた様子でこちらを見つめてくる。


何とも表現し難い危険


周囲はともかくこの男は恐らく相当強いはずだ。
だから神輿に乗らねば動けないような状態でも平然としていられるのだろう。
(となれば交渉に持ち込んだとしても話を進めていくのはかなりの時間を費やすかもしれないな。)
もし戦うとすれば目の前にいるこの男とだけだ。そう心に決めて言葉を発そうとした時、

・・・・・っどどどどどどどどどどどどどどどどどどど!!!!!!!!

激しい地鳴りが近づいてくると、

ばばばさっばばばさっざざざざっ!!!

『ルバ族』の戦士達が後方の森から一斉に飛び出してくると周囲の戦士達に攻撃をし始めた。





 「お前らやめろっ!!!!まだ話の途中だっ!!!!!」
いきなり始まった戦、そしてその発端に向かって大声を出すカズキ。このままでは『オロッコン族』が一方的に虐殺されていく。それは彼が望む所ではない。
急いで『剣撃士隊』と『アンラーニ族』に号令を出して止めに掛かろうとするが何やら様子がおかしい。

がきんっ!!ざしゅっ・・・ばきっ!!ざんっ・・・どどんっ!!!

『アンラーニ族』はともかく『剣撃士隊』員ですら彼らの攻撃に圧されてしまうのだ。見ればどの戦士もあの時カズキが戦った猛者と同等かそれ以上に強い。
『ルバ族』には不透明な所があると聞いていたがまさかこういう結果になって現れるとは・・・
「おやおや?随分荒々しい開戦だね?ならばこちらも動くとしようか?」
すると今まで神輿の上に大人しく座っていた男がふと宙に浮き始める。一目でただ事ではないと察するもそこから何が起きるのかまではわからないカズキ。

ばばばっ!!がんがんがががんががんっ!!がきんっ!!がきっ!!

するとどうだ。先程まで一方的に嬲り殺されていたはずの『オロッコン族』が鬼の形相を浮かべながら反撃をし始めたのだ。
その武力は『ルバ族』に引けを取らない。あれほどまでに怯えていた部族に一体何が起こったというのか。
完全に取り残されている『剣撃士隊』と『アンラーニ族』、そしてカズキに、
「やっと仕事を終えられそうかな?君はこの森の住人じゃないみたいだけど一緒に始末してあげるね?」
『オロッコン族』の長らしき男が浮いたままそう言い放つと数千の狂戦士達が彼らに向かって突進してきた。

「ぐはっ?!」
「ぎゃっ!!!」
「ぐぶふぉっ・・・」

剣戟音と共に自身の周りから断末魔が耳に届いてくる。
『剣撃士隊』も慌てて防御を固めるがその圧倒的な数と武力、そして追い打ちをかけるように『ルバ族』達もこちらを攻撃しているではないか。

正にこの世の地獄。取り残された1000にも満たない『アンラーニ族』と『剣撃士隊』は防ぎきる事が出来ず次々に倒れていく。

「ああ?やっぱり彼らはダクリバンの息がかかってるのか?ならばここは全力で仕上げといこうじゃないか?」
何を言っているのか理解は出来ないがこのままでは全滅してしまう事は確かだろう。
戦う事に関しての嗅覚が誰よりも鋭いカズキは瞬時にこの危機の大きさを測り終えると、
「『剣撃士隊』と『アンラーニ族』に告ぐ!!30秒後に全軍撤退だ!!!いいか?!30秒後に南西へ逃げろ!!!!」
敵味方に関係なく大声で叫んだカズキは傍で大斧を振るっていたバラビアに、
「てなわけだ!!30秒だけ俺を護ってくれ!!」
「な、何だよそれ?!」
相手の了承を待つまでもなく、倒れている戦士を見渡して一番近くに転がっている者から革の防具を無理矢理剥ぎ取って自分の腰に巻きつける。
更に落ちている剣を背中に当てて、その上から素早く革と包帯で腰をぐるぐるに巻きつけて硬く、分厚く仕上げ終えた。
「バラビア!!この後はお前が指揮を執れ!!いいか?!1人でも多くを逃がせ!!そして『トリスト』にこの事を伝えるんだ!!」
全ての準備が整ったカズキは最後に死を覚悟して強く命令すると、

「・・・今だっ!!!!!全軍撤退っ!!!!!!」

力の限り叫んで号令を出すと首に掛けていた家宝を引きちぎってその力を一気に解放する。

ぱぁぁあああっ!!!!

激しい光が周囲に放射されると一瞬で彼の両手に『山崩し』と『滝割れ』が顕現した。と同時に、

ぶぅぅぅぉぉぉおおおおおおんっ!!!!

2間(約3.6m)はある刃渡りの二刀をまるで竹とんぼのように旋回させて一気に何十人もの戦士を吹き飛ばしながら破壊した。
以前祖父に言われたように体の成長しきっていない彼が超重量のそれを扱うには体幹を補強する必要がある。なので30秒のうちに手近なものでそれを作り上げたのだ。
自身の体重を遥かに超えるそれの重さを両腕にしっかりと感じながらカズキは皆を逃がすために命を掛けて立ち回る。

ずうぅぅぅぉぉおおおおんっ!!!!

二振りのどちらが当たっても絶命必須な為、何も考えずに突っ込んでくる狂戦士達はとんでもない勢いで吹っ飛ばされながら辺りに転がっていく。
体を鍛え続けていた事もあるが短い時間とはいえ隊長として部隊を任された責任。それも彼を大いに奮い立たせていた。
何が何でも自分の部下をやらせはしない。ここで全ての蛮族を肉片に変えてやる。
戦闘狂の感情は以前の彼のように獣に近い状態へと変化していき一心不乱に二刀の大剣を振り回し続けるとそれに比例して周囲にはどんどんと惨死体が積みあがっていった。





 どれくらいの時が経ったのか。
気が付けば彼の体は返り血と肉片、そして頭髪などでべとべとに汚れてしまっている。
しかしそれでも巨大な家宝『山崩し』と『滝割れ』を手放す事は無く、肩で激しく息をしながらも周囲には数千もの死体を積み上げる戦果を挙げていた。
「凄いね?君が人間の頂点だと言われたら信じてしまいそうだよ?」
極度の疲労からその言葉の意味する事が何なのか全く理解出来なかったが蛮族の攻撃が止んでいる今、
「あ、ありがとうよ。」
呼吸を整えて少しでも体力の回復を図る為、相手の反応に適当な言葉を返す。
ただ冷静さが戻ってくると同時に両腕から両手にかけて刺す様な痛みが走っている事を認識してしまい、全身が小刻みに震え出した。
傷こそ負っていないものの肉体はとうに限界を超えていたのだと痛感するカズキ。
「君が倒した蛮族は6000を超えているのかな?非常に危険な存在だね?」
言われて更に冷静さと『平定』の文字が脳裏をよぎる。本来ならこの森にいる蛮族を纏め上げて従わせるのが彼の任務だったはずだ。
途中まではとても上手くいっていたのに最終的には自軍への多大な犠牲、そして2部族の戦士達を自分の手で屠る結果となっている。

ここで、もうどうでもいい・・・と全てを諦めて落胆出来たらどんなに楽か。だが妙に義理堅いカズキだからこそこの場面からでも必死に考えるのだ。

(何か策はないか?何か・・・この場を切り抜けられる策は?)
そもそも彼が倒していたのはあくまで有象無象の戦士達。部族の長ではないのだ。
今目の前で浮いている男こそ仕留めねばならない相手であり、もう1部族の長ガジィも今や誅殺対象だろう。
両部族の長である2人さえ倒す事が出来ればまた『平定』への道が拓かれるかもしれない。
疲労困憊ながら光明が見えたカズキはもう一度心に獣を宿して何とか二刀を動かそうとするがもう精神力だけではどうにもならないらしい。ぴくりとも動かなくなったので、

・・・・・ぱあっ!!

二刀は激しい光を放つとまた玉の首飾りに姿を戻した。それをゆっくりと首に結び直すと今度は手に馴染んだ刀をすらりと抜くと、
「俺は空が飛べん。出来れば地上での戦いを願いたいが?」
正直相手の強さを計りかねていたが絶対に勝てない相手ではないはずだとカズキは読む。
こちらも体力が限界を超えているが相手は傷だらけの体。通常強者同士が命を賭けて戦う場合その交わりが何度も行われる事はない。
僅かな隙に確かな剣閃を放つ。それで全てが終わるのだから勝機は必ずあるはずだ。
「いいよ?出来れば君みたいな人間の相手はマーレッグに譲ってあげたいけど僕も戦うのは嫌いじゃないからね?」
そう言ってゆっくりと地上に降りてきた男は何を思ったのかカズキが斬り潰して山積している肉片にその未成熟な腕を突っ込むと、

ぶちちちっ・・・くっちゃくちゃ・・・

斬り落とされていた手ごろな大きさの上腕を引き抜いて徐にそれを食べ始めた。
・・・・・
食人というのは聞いた事がある。それこそ蛮族あたりにはよく知られている文化、掟の類だろう。
しかし、それにしても・・・
(よく人の形のもんをそのまま食えるな・・・焼くか煮るくらいはするものかと思っていたが。)
人を散々斬り伏せてきた彼でも思わず顔をしかめる行為に心の中では様々な悪態をついていたカズキ。
だがその行為を黙って見守っていると、彼の未成熟だった四肢、そして頭部がみるみる回復していくではないか。
目の前で起こっている光景全てがまるで悪夢のように感じていた彼は軽い立ち眩みを覚えて思わず上半身がふらりと揺れる。
少しの時間、己の疲労が若干ながら回復出来た頃、相手の男の体からは釣り合いの取れた四肢に変貌した姿となってこちらに向き合って来た。
「お待たせ?」
「・・・てめぇ人間じゃねぇな?何者だ?」
心を研ぎ澄ませる為と更なる時間を稼いで回復を狙うカズキはここでやっと気になった点を尋ねる。
食人もそうだが体の回復方法がどう考えてもおかしい。一応自分の知る所では『緑紅の民』や『天族』の力でそういった事も可能なのは知っているが。
「おっと失礼?僕はガハバ。『東の大森林』では精霊王って呼ばれる存在さ?」
「っ?!『七神』のか?確か死んだはずじゃ・・・」
ウンディーネが重傷を負いながらも倒したという話はもう2か月以上も前に聞いていた。それが何故また『トリスト』の前に立ちはだかっているのだ?
「僕は『天族』の血をひいているからね?本家に比べると回復力は低いけど人間を食せばそこは補えるって訳?この通りにね?」
「・・・・・ふむ。」
これも聞いていた話ではあった。『天族』と人間によって生み出された存在『天人族』。
最近だとイルフォシアが劇的な回復を見せたのは記憶に新しい。
「つまりお前は『天族』特有の異能を受け継いでいる訳か。中途半端に。」
「そういう事。本当に中途半端だよね?嫌になるよ?」
そこで問答が終わりと言わんばかりに生まれたての両腕をぷらぷらと軽く振ってから拳を作るガハバ。

・・・めぎゃんっ!!!!

大地がまるで蜜柑の皮のようにめくれる。強すぎる踏み込み故の現象と異音が遅れて耳に届くと一瞬で目の前にその姿を現した。
初めて相対する『天人族』の動きに驚きながらもカズキは相手から放たれた拳を刀で受け流しながら寸での所で躱す。
と同時にその攻撃方法に見覚えがあった彼は記憶の底からかつて4将筆頭が戦っていた姿を思い出した。
(『天族』に関係している奴らは皆拳で戦うのか?!)
次いでビャクトルとの戦いも脳裏に蘇るがあの時と違って自分はかなり成長したはずだ。

っぼっ!!っぼぼぼっ!!!!

激しく拳と蹴りが放たれ続けるがこちらも限界一杯の所でそれらを躱して捌いて受け切る。
凡夫ならここで自身の成長に喜び浸る所かもしれないが戦闘狂の観察眼はガハバの動きと攻撃を繰り広げる手足の違和感を見逃さない。
「む?まだ馴染んでないか?」
強者としての余裕からか油断からか。彼の口からそんな言葉が漏れた事でカズキは確信する。精霊王と呼ばれた『天人族』の力は未だ本調子には戻っていないのだ。
蝉が羽化をしてすぐに飛べないように、恐らく四肢がしっかりと彼の体として機能するにはまだ時間がかかるのだろう。

ここしかないっ!!!!

思考の全てを本能に繋ぎ換え、獣のような闘争心に大火を放ったカズキは残る力の全てを刀に託すと、

っしゃいっ!!がっ!!!しゃしゃっ!!!ざくっ!!!びびっ!!!っすぃんっ!!!

全身に命を走らせて人生の集大成ともいえる瞬きの剣閃を繰り放った。
死を覚悟した彼の攻撃にガハバも何かを悟ったのか力の入った応戦に出るがその攻撃がカズキの体を捕えたのはわずか1撃のみ。
刹那の応酬で右腕を失い、腹部と肩口に大きな刀傷を受けた精霊王。
それでも相手が破格の猛者だという事を重々承知していたカズキは最後の一刀までその気迫を失う事はなく、

「っきぇぇぇぇえええええええええええいぃっ!!!!!!!!!!」

魂の叫びと共に上段に振りかぶった刀を大きく振り下ろした。
その切っ先は大地に深く刺さり、ガハバの足元にも3間ほどの大きな亀裂が走る。
「・・・まい・・・った・・・な・・・?」
降参とも取れる最後の言葉を漏らした『天人族』は頭頂部から縦に体が割れつつ臓物をまき散らすと静かに倒れて絶命していった。





 残心という言葉がある。これは相手を斬り伏せた後でも油断してはならないという教えの1つだ。
命懸けの大一番を制したカズキは体を縦方向に一刀両断されたカハバを見下ろして静かに呼吸を整えつつ今一度彼に闘気を放ち直すと、

・・・ざんっ!!・・・ざんっ!!

割れた頭部の首を2つとも斬り落とした後それを掴んで胴体とは離れた場所に放り投げてる。
『天人族』というのがどれほどの者かはわからない。ただ人間として考え得る最大限の対処を施した事でやっと一息ついたカズキは、
「・・・・・・っはぁぁぁっ!!!!・・・・・すぅ~~~~~~・・・・・はぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・」
体の中に残っていた空気を一気に吐き出し、空になった肺を満たす為に大きく息を吸ってからまた吐き出す。
それを3回ほど繰り返して体に力が戻ってくるのを感じてから静かに座り込むと今度は大粒の汗が滝のように出てきた。
命を拾った戦いの後だ。人間なら誰もが起こる生理現象なのだがここまでの体験はカズキですら初めてだった。
訳が分からないままに汗を拭いはするも自身の身体が危険な状態だと気が付いてすぐに水筒を探し始める。
緊張と緩和から大量の力と蓄えを全て消費したせいで意識が朦朧とし始めたのだ。
(ま、まずい・・・な、何か食わないと・・・)
だがすでに指を動かす事すら難しい状態に陥っていたカズキはガハバの亡骸の横でそのまま意識を失っていった。







・・・・・

瞼を開く前にまず光を感じた。それからゆっくりと視界が開けていく。体と頭に力が入らないままだがとにかく自分は命を取りとめたらしい。
ガハバに打たれた箇所のみ若干の痛みを感じ始めるが動く事に問題はないようだ。
「お?気が付いたか?」
いつの間に戻って来たのか、バラビアが座ったままこちらを覗き込んで来る事で何となく全ての動きを察するカズキ。
見れば他にも『剣撃士隊』や『アンラーニ族』の生き残りが周囲の死体を片付ける為に動いている。
「・・・水と、何か食うものはないか?」
未だに体を動かす燃料が底をついている状態だ。詳しい話は後にしてまずは一番必要な物を口にすると、
「お前元気だなぁ・・・待ってろ。すぐ作ってやる。」
バラビアは苦笑しながらもすぐそばで熾していた火に鍋をかけ、そこに水と携帯食を放り込んでゆっくり溶かし始める。
戦場で使うものだからそのままでも食べられるのだが、こうして湯に戻して食せば消化も味も格段に増すのだ。
あっという間に完成すると匙と鍋を渡してくれるバラビアに軽く礼を言いながら一気に胃の中へ流し込む。
空っぽだった栄養を摂る事でみるみる身体が吸収、回復していくのを感じたカズキは全てを平らげた後にやっと、
「ふぅ・・・で。何でお前らがここにいるんだ?」
気になっていた質問を口にした。

「言われた通り『トリスト』には救援要請を出したぞ?で、その後お前を放っておくわけにはいかないから動ける奴を引き連れて戻って来た。」

周囲では死体を埋める為の穴が掘られ始めている。という事は相当な時間が経っているのか?
「そうか・・・あれからどれくらい経ったんだ?」
「丸一日ってとこだな。昨日の夕方に戻ってきたらお前と周りにはぐちゃぐちゃになった死体が沢山転がってた。一体何があったんだ?」
その話を聞くとすぐに立ち上がったカズキはガハバの死体を確認しに行く。
運良くそのままで放置されていたので最後に斬り落とした左右に割れた2つの頭も探し出して拾い上げると、
「そいつは確か『オロッコン族』の長・・・」
「ああ。お前もこいつの顔を知らなかったらしいな。これが精霊王とかいう『七神』の1人、ガハバだよ。」
「何っ?!?!この方が・・・・・」
黙ってついて来たバラビアに説明すると唸りつつもその目には敬意と憐憫が込められていた。
彼女は『東の大森林』出身で大精霊の事は他部族関係なく聞かされていたはずだ。
「ここにいる全ての『剣撃士隊』と『アンラーニ族』を集めてくれ。今から全員にこの顔を覚えてもらって、それから燃やす。」

ウンディーネに倒されたと思われていたガハバ。それが満身創痍の状態から復活を遂げていたのだ。
昨日はまだ彼が万全の体勢でなかった為カズキが勝利を収める事が出来たものの放っておいたらまた回復していた、何て事は絶対に避けなければならないだろう。
全員に事情を話してから左右に割れた頭を炎の中に放り込んだカズキは白骨の片方をラゼベッツに預ける事を約束する。
「『天人族』っていうのがどこまでのものなのかはわからん。ただ人を食って回復するのは見たからな。念の為人体を捧げるような真似だけはしないでくれ。」
「ふふふ。心配するなカズキ。」
すると彼は綺麗に肉が焼け落ちた頭蓋骨の半分を火から取り出して手にした鉄棒を思い切り振り下ろした。

ぱんっ・・・・!!

一瞬で粉々になったそれを最後は彼の足が軽く蹴散らす事で四方に散らばり、風に吹かれて飛んでいく。

「私の部族もあ奴に利用され、その大半を失った。もはや崇め奉っていた精霊王は過去の者となったのだ。」

清々しい言動で最後の終止符を打ったラゼベッツ。それを見届けた『剣撃士隊』と『アンラーニ族』。
『東の大森林』に混乱を招いていた元凶を今度こそ本当に討ち取ったカズキはその日、やっと自分の任務であった『平定』を成し得たのだと心の底から安堵していた。

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