闇を統べる者

吉岡我龍

天族と魔族 -決意-

 「お父さん!!何故クレイス様をあんな危険な場所に寄越したのですか?!」
ワイルデル領の防衛に急遽参戦したイルフォシアは父王を座らせると厳しく問い詰め始めた。
防衛の後2人は早々に『トリスト』城へ戻ると娘に呼び出された父は素直に応じて彼女の部屋へ足を踏み入れたのだが
どうやらここは龍の巣だったらしい。
「キシリングにも頼まれておったからの。
あやつは良い少年じゃが如何せん経験が、特に逆境を超える経験が少なすぎる。」

人は窮地に立たされてこそ本性が現れるという。
それに関しては十二分に合格だ。
冷静な思考と熱い魂、尚も他者を思いやれる強き心は紛れもなく国王の器に値する。
国を襲われ亡命に走った時とは違い大きく成長したのか、もともとの資質か。
しかしそれだけでは駄目なのだ。これからは逆境を跳ね返すだけの力をつけねばならない。
今回もかの部隊がどこまで戦えるかを計るために少し遠くから観察していたのだが、
まさか自身の娘が横槍を入れるとは思ってもみなかった。
更に『アデルハイド』へ赴いて来たというナルサスの飛行部隊までが参戦してきた。
こうなると自身も傍観してはいられない。慌てて参上した事で予定とは違う勝利の形に収まってしまう。

「順序というものをご存じないのですか?赤子にいきなり敵兵を殺せと仰っているようなものですよ?」
確かに少し相手が強大すぎたかとも思ったが決して彼一人で送った訳ではない。
相手の布陣を考慮しつつネイヴンが立てた訓練計画を十分にこなしてきた部隊を選んで送ったのだ。
「いやイル。お前は少しクレイスとその部隊を過小評価しすぎておる。
一刀斎の孫も一緒にいるのだぞ?ナルサスは想定外だったがそれがいなければ十分に勝利出来たはずじゃ。」
「部隊として勝利出来てもクレイス様が手傷を負われればまたキシリング様の寿命が縮まりますよ?」
(うーむ・・・・・)
確かに前回ユリアンに体を乗っ取られたビャクトルとの戦いでは大きな傷を負った。
一応心配を掛けぬようやんわりと伝えては見たものの平静を装いつつも顔色は死人のようになっていた。
更に『アデルハイド』へ戻ってきた時、配下から右肩に大きな傷跡があるのを聞きつけたのだろう。
平静を装いつつも今度は脂汗が加わって大理石の様な輝きを持つ顔色に変化した時は正直笑いそうになった。

だったらお前の目の届く場所で育ててやればよいだろう?

何度も口にしたがあの男は首を縦に振る事は無かった。
男子三日会わざれば刮目して見よ、獅子は我が子を千尋の谷に落とすという言葉がある。
我が子を愛しすぎる故に獅子のようになれない男が選んだのは、
過酷な環境を与えてくれる友人を頼る事だったのだ。

対してスラヴォフィルの場合は少し違った。
アルヴィーヌは妹の過保護が過ぎたせいか多少我儘に育ってしまい、
ヴァッツはなるべく自身の目が届くように育てたら多少純粋に育ってしまった。
この2人に国務を任せるにはどうすればいいのか皆目見当がつかなくなったので
国王としても先輩にあたるキシリングに押し付け、いや頼んでみたのだ。

そして今、自身の気に入った人間にはやたらと過保護になりがちな娘からひどく叱責を受けている父。

「なぁイル。お前はクレイスに何か特別な感情を抱いておるのか?」

これは前から気になっていた事だ。
いくらなんでも彼は他人であり異性であり知り合ってそれほど間もない。
なのに何故彼女はそれほど彼を目にかけるのだろうか?と。
「??? 仰る意味がよくわかりませんが?」
9歳になる娘は国政に携わっているのでその感性はかなり大人に染まっている。
だが今目の前では本当にその真意が掴みとれていないらしい少女の仕草を見せるので、
「いや、わからないのならいいんじゃ。わかった。クレイスに関してはもう少し順序を考え直そう。」
こちらが折れた事を伝えると満足したのか、
うんうんと頷いて機嫌を直したイルフォシアは笑顔でお茶を入れてくれた。





 交易都市ロークスで暴動を扇動した女が護送されてきた。

その手の話には耳聡い『ネ=ウィン』の国民達は皆がこぞって大通りの馬車を覗きに集まっている。
今までのセンフィスなら彼らと同じ行動を取っていただろうが今は皇子傍付きの将軍職だ。
城門をくぐると牢屋の入り口で止まった馬車から重罪人が降ろされ始める。
主犯の女の顔をかなり近くで捉えることが出来るようになった自身に
多少の優越感と好奇心で思わず顔が歪みそうになるのを抑えつつ姿を見せるのを心待ちにしていると、

とんとんとん・・・

健康状態は全く問題ないのだろう。
軽い足取りと共にその細い体には何十もの太い縄が掛けられた女性が姿を現した。

(あ・・・・・)

だがセンフィスはその顔を見て思わず声を上げそうになる。
一カ月ほど前自身の店に現れた女性に間違いない。線が細く、儚げな印象だがとにかく美しかった。
鍛冶屋の跡取り息子では手に入らないであろう高嶺の花に
今の将軍職に就く自分なら!と勇気を出して声を掛けてみたものの軽くあしらわれた記憶。

悔しさと恥ずかしさが脳内で蘇り、
獄長が何やら罪状と質問を投げかけているが今の彼にそのやり取りは入ってこない。

相手は罪人として、こちらは取り締まる側として遠慮ない視線を向けつつ邪な心が騒ぎ出すセンフィス。
(・・・やっぱりきれいだ。何故こんな人が暴動を起こしたんだ?)
どの程度の罰が下されるかはわからないが、
ここで自身が減刑などを嘆願すればこの女性を手に入れられるのでは?

欲望をわずかに優先した考えを興したセンフィスはこの日を境に少しずつ人生を踏み外し始める。






どんどんどん!!

既に夜はふけ、その家の者達も寝る準備をしていた所だった。いや、一番幼い少女は布団に入っていた。
「何だ何だ?!ちょっとハイジ出てくれ!!」
激しく扉を叩く音からただ事ではないと悟った長女が同居人に声をかけると
速やかに扉が開かれて相変わらず大きな体に大きな鎧を身に纏った大男が遠慮気味に顔を覗かせた。
「はい・・・あ?!アルヴィーヌ様?!」
その姿を見るや驚きに喜色を乗せて声を出すハイジヴラム。
「何?!こんな時間に?!」
奥からは後片付けを放り出して町娘の恰好をしたリリーがぱたぱたと玄関に向かってくると、
「話は後。ルーにお願いがある。」
元々口数の少ないアルヴィーヌは抱きかかえているバラビアの姿を見せると
ハイジヴラムは重苦しい空気を漂わせ、リリーは頷いて中に入る様に促した。

「ううん・・・あれ?もう朝?」

寝入ったばかりだった可愛い寝間着姿のルルーが寝ぼけて体を起こすと
「うんもう朝。ルー。この子を治してあげて?」
詳しい説明もないまま、傷だらけのバラビアを見せると驚いて布団から飛び出す少女。
すぐに近づいて両手をかざすと理由を聞く事もなく、

・・・ぱぁぁぁ・・・・っ・・・・

『緑紅の力』を放ち始めた。
治癒を受けているバラビアは意識が朦朧としているらしく、
自分の身に何が起こっているのかは分かっていない様子でぐったりとしたまま動かない。
激しい緑の光が傷口を覆うように埋めていくのを眺める3人。
「・・・よし!これで大丈夫!!この人誰?」
「ヴァッツの奥さん。」
「えっ?!?!」
「いや?!えっ?!正式に決定したのですか?!」
腹部の傷だけでなく、全ての手傷が回復したバラビアは柔らかな表情を浮かべて深い眠りについているようだ。
女性陣が衣装を脱がして血を丁寧にふき取った後リリーの寝具に寝かせると、

「で?詳しい事情を聞かせてもらおうか?」

完全に目を覚ましてしまった妹の分のお茶も入れると食卓に座って話を切り出した。
アルヴィーヌは話をするのがあまり上手ではない。
なので聞き手もしっかりと先導しながら順序立てて尋ねる必要があるのだ。
「えっとね。バラビアが死にそうだったからヴァッツが泣き出しそうになった。
だからルーに治しにもらいにきた。」

・・・・・

何となくは理解出来るが
そもそもバラビアという人物にあまり良い印象を持っていなかったリリーは、
「話では聞いてたけどヴァッツ様の操を狙う女なんて放っておけばよかったんじゃないか?」
「お姉ちゃ~ん?」
押しかけ女房の事件から彼女が思った事をそのまま口に出すと
愛妹から厳しい視線と怒りの声が掛けられて思わず萎縮する。
「ヴァッツ様はお優しいですからな。して、現在はどこで戦いが行われているのですか?」
「バラビアの民族、ば、ばらびあんと?って所に蛮族が押し寄せて来てたから助けに言ってた。」
「ふむ。」
救援に向かったものの、間に合わなくてバラビアが酷い傷を負ったまではわかった。
「今は傍に時雨とハルカがついているんだろ?そこにヴァッツ様がいるのなら後は鎮圧するだけだな。」
自身の友人と義理の妹の強さを十分理解しているリリーはルーの視線をはぐらかすように軽口を叩くも、
「・・・そうかな?」
普段は見せない深刻な表情で疑問形として突き返してくるアルヴィーヌにこちらも違和感を覚えた。
「相手はそれほどまでに強力なのですか?」
姉妹王女の御世話役である彼は現在イルフォシアに言われてこの家の護衛についている。

ここは『トリスト』王国であり、この地は雲の上、空の遥か上空に位置する。
今までのように誰かがルーを狙う事はほぼ不可能な上に現在かなり時間を持て余しているリリーは
自身が傍にいるからという理由から最初この話を断った。
しかしいつの間にか姉妹と遊んでいたルーがハイジの事も気に入ってしまっていたので現在に至る訳だ。

(この男は『リングストン』でかなりの猛将と聞いていたが・・・)

一緒に暮らし始めると実はかなり子供の扱いが上手く、更にその外見とは裏腹にとても優しい。
正直実兄よりこちらのほうが頼りになるなと本気で思えるほどだ。
何故スラヴォフィルが王女のお世話役に指名したのかさっぱりわからなかったが
恐らくこういう彼の性格を主は見抜いておられたのだろう。
完全に気を許した姉妹によって同居を許されたハイジヴラムは
現在職務に追われるロランより兄らしい立ち位置で2人を護っていた。

「うーん。なんかね、嫌な感じがしたの。2人が心配だしもう戻るね。」

言葉足らずの説明だったがヴァッツ達の相手は相当曲者らしい。
お茶を飲み終えたアルヴィーヌは時雨が頭を悩ませている女をそのままに再び姿を覚醒させると夜の空を飛び去っていった。





 激しい戦いの跡地は東の大森林と呼ぶには寂しい土地へと化していた。
直径が十町(約1km強)ほどもある出来立ての大きな湖の周りには
木々が根こそぎ飛んでいった為にむき出しの土がそこかしこに盛り上がり独特の臭いをかもし出している。
戦ってもいないのに周囲の人間の方が満身創痍の中、
大将軍は時雨とハルカを抱きかかえてバイラント族達の近くに降ろすと次に四散していた彼らの回収を始めた。
あれだけの攻防、いや、
一方的に殴られていたのに今はけろりとして走り回るのだから相変わらず底知れぬ力を持つ者だと痛感する。
「これで全員かな?」
一同がぐったりする中ヴァッツが一仕事終えた事を伝えると、
族長ヒーシャは怪我だらけの体を必死に動かして最大限の礼をとる。
「誠にありがとうございます。誠にありがとうございます。」
ただ、彼自身は何故感謝されているのかよくわからない様子で
後頭部を片手でがしがしかきながら困った顔をしていた。
「オレ何も出来なかったんだけどなぁ・・・」
いつもの彼を見て微笑む余裕のあるハルカとは違って
隣でもたれかかってくる時雨はかなり疲れた様子を見せている。
「大丈夫?」
「・・・ああ・・・」
先程彼女の体を調べた所骨折もないし死ぬことは無いだろう。
返事を聞いて安心していると、

ひゅぅぅ・・・・・どんっ!!!

飛来物の音と同時に何かが地面に落ちてきた。
「あ!アルヴィーヌ!!どうだった?」
「ばっちり。もう大丈夫。」
どうやらバラビアの命も助かるらしい。
それを聞いて満面の笑みを浮かべたヴァッツを眺めながらも、
彼をあれ程の力で殴りつけていた外套の男とは一体何者なのだろう?と深く考え始めるハルカ。
名乗る事もしなかったので恐らく男性だという事以外は何もわからない。
だが地面を殴りつけて湖を生み出すなど、
凡そヴァッツくらいにしか出来そうもない事をやってのけた人間が無名なわけがあるだろうか?

・・・・・いや

そもそもヴァッツという存在もまだ知ってから1年も経っていないのだ。

世界には人々が伝えきれていない猛者がまだまだ眠っている。
そう結論づけたハルカは今度はアルヴィーヌに抱きかかえられると異国に連れて行かれた。






目が覚めると何故か友人が隣で眠っている。
はて?
自身はどうやってここにたどり着いたのか。
昨日はヴァッツが激しく殴られ続けていた。その余波で自身もみっともない傷を負ってしまった。
(確かアルに抱きかかえられて空を飛んで・・・)
その途中に眠ってしまったのか、そこからの記憶が全くない。

体を起こそうとすると可愛い友人が目を覚ましそうなのでしばらくその顔を眺めていると、

「そろそろ起きてもいいんじゃない?」

突然横から声を掛けられてびくりと体を跳ね起こすハルカ。
いくら油断していたからといって高名な暗殺者の背後を取れる人間などそうはいない。
「アル・・・びっくりするからいきなり声を掛けるのはやめてね?」
「だって全然こっちに気付いてくれなかったし。ずっと隣にいたのに。」
激しい振動が彼女にも伝わってしまい、むにゃむにゃと言いながらゆっくり体を起こしたルーは、
「おはよー・・・」
未だに寝ぼけているのが良く伝わってくる表情で2人に挨拶をした。





 久しぶりにやってきたリリーの家。
現在自身の配下的な位置にあるハイジヴラムが一緒に住んでいるのは聞いていた。だが、
「せめて鎧を脱いではいかがですか?」
ただでさえ大男なのにその上大きな鎧を身に纏っているのであまり大きくない家の中が余計に狭く感じる。
「いえ。気を引き締める為にこれは必要なのです。」
なるほど、彼は本気でリリー姉妹を護っている。
覚悟が伝わった以上時雨がそれに口出しする事は無かった。
「お?起きてきたな。」
長い髪を後ろでくくって炊事場で朝食の準備をしていたリリーが妹達の部屋に目をやると
アルヴィーヌ、ハルカ、ルルーが似たような寝間着姿で居間に姿を現した。
時雨は先に目が覚めてリリーから説明を受けていたが、
どうやら昨夜の戦いがあった後王女の意向で全員がここに連れて来られたらしい。
わかってはいたが自身の身体は様々な場所を打ちつけられてほとんど動かない状態だった。
そこも察しての行動だったのだろう。
「アル姫様。おはようございます。」
感謝は後に回してまずは目覚めの良い朝を迎えられた喜びを挨拶に変える。
「おはよ。もう体は大丈夫?」
「はい。お陰様で。ルー、ありがとう。」
「えへへ。全然大丈夫だよ~。」
ハルカの軽い足取りからも昨日は3人の治癒を行ったはずだ。
(姉の友人だからといつも気を使ってくれるが、いずれはこの大恩を返さないといけないな。)
そんな事を思いながら昨日の戦いを全く覚えていないのか、
傷が治ったからだけではないであろう目に見えて浮かれているハルカを優しく見守りつつ、
「それじゃ飯にすっか!」
久しぶりの再会を祝いながら賑やかな朝食が始まろうとしていた。







とんとんとん

朝食前に誰かが訪ねて来る事は珍しい。
クレイスとカズキは顔を見合わせてから叩かれた扉に近づいて行ってそれを開けると、
「おはよ!!」
「あっ?!ヴァッツ!!」
「何っ?!」
相変わらず元気そうな大将軍が満面の笑みを浮かべてそこに立っていた。
喜びのあまり抱きしめてきたのでクレイスも負けずと腕を回して抱擁を返すと、
珍しくカズキまでそこに腕を回してきて飛び乗った。

「久しぶりだねぇ!!随分見なかったけど・・・・・あれ?」
顔を見合わせてからすぐに気が付いた違和感。
クレイスの視線はヴァッツの頬に付いた薄い十字の傷で止まっていた。
「うん?あ・・・・・これ?昨日ちょっと殴られちゃって・・・・・へへ」
「何ぃ?!?!?」
誰よりも驚いたカズキがその傷跡をつねるようにつかんでまじまじと見始めるので
廊下にいた兵士達もその騒ぎに視線を送ってくる。
そもそもここは兵卒の宿舎であり今の彼は大将軍だ。
そういった意味でも変に注目を浴び始めたので、
「ヴァッツはしばらくここにいるの?とりあえずご飯食べに行こうよ!!」
発言してからまたしても身分の違いを失念していた事に気が付き
大将軍と一緒に兵卒の食堂に行くのはどうなんだろう?と悩み始めるも、
「いいね!オレもうお腹ぺこぺこだ!!」
久しぶりの再会にそんな些細な事など微塵も気にしていない友人は喜んで同意してくれる。
3人が心躍らせながら向かうとそこには朝日よりも強い輝きを放つ第二王女が
兵卒達から羨望の眼差しを向けられているのを微塵も気にしない様子で彼らを静かに待っていた。
「おはようございます。皆様も揃われたようなので行きましょうか。」
挨拶もそこそこにとても機嫌がよいイルフォシアに誘われて向かったのは城下町より少し外れた一軒家だった。
空をも飛べる馬車に揺られてすぐにたどり着くも、何故こんな場所に?
という疑問は中に入った事で全て解消される。

「リリー、お待たせ。」

軽く扉を叩いてから無遠慮に扉を開けて入って行く第二王女に続いて少年3人が中を伺うと、
「おっ!来たな。あ・・・っとヴァッツ様、お久しぶりです。」
クレイスやカズキにはもう随分前から気軽に話してくれていたリリーは1人の少年にだけは態度を改める。
「早く座って。もうお腹ぺこぺこ。」
「うーん・・・ちょっと狭いわね。」
「今度国王様にもうちょっと大きな家を貰えるように頼んでみるね?」
第一王女の傍には同い年の少女3人が年相応のやりとりで笑顔を零している。
どうやらこちらも久しぶりの再会を喜んでいるといった感じだ。
「ささ。遠慮なさらずにどうぞ。」
城内で何度か話した事のある王女御世話役のハイジヴラムは
相変わらず大きな体と大きな鎧を身に着けてはいるものの物腰は柔らかくその声も心地良い。
促されるままにクレイス達も開いている椅子に座ると、
「さて!それじゃお互いの再会を祝って!頂きます!」
リリーが乾杯のような音頭を取ることで非常に騒がしい朝食会が始まった。





 まずは知らない人間がいたので軽い自己紹介を交えながらそれぞれが話題を取り上げていく。
クレイスやカズキ、そしてリリー姉妹とハイジヴラムは現在この国から出る事がほとんどなく、
彼らは下界で活躍していた皆の話を興味深そうに聞いていた。
年上の蛮族から婚姻を迫られている事など知りもしなかったので驚きの連続だったが何よりも、
「昨日の話。あれが一番重要なんじゃないの?」
ハルカがそう切り出した事で時雨の雰囲気も厳しいものに変化した。
「あ。そういえばあたいの傷が・・・あ、ありがとうございます!!」
バラビアというヴァッツの妻を名乗り出ている女性が思い出したかのように感謝を述べるも
ルーは満面の笑みを返すだけだった。
・・・・・うん?
つまりバラビアさんにもルルーの治癒がばれたから口外しないように話をするって事かな?
彼女の力は国王が全力で護ろうとしているのは知ってる。
なのでてっきりその類かと思ったのだが
「バラビア。ルーの力は内緒なの。誰にも話したら駄目。いい?」
「は、はい~!!」
アルヴィーヌが簡潔にまとめてしまうと話は終わった。
「うん、まぁそれも大事だけど、ヴァッツ。昨日の傷は本当に大丈夫?」
しかし本題はそこではなく、どうも先程見たヴァッツの頬の傷に関係しているらしい。
「お前を殴れるってどういった奴だったんだ?」
誰よりも戦いに貪欲なカズキもリリーお手製の目玉焼きを頬張りながら興味深そうに話しを振ると、
「うん・・・何だろ。上手く言えないんだけど・・・」
珍しく言葉を詰まらせるので周囲も黙って彼を見守る。
やがてこちらをじっと見つめた後、
「クレイスはさ。何で戦うの?」
「えっ?!」
思いがけない質問に思わず素っ頓狂な声を発してしまった。
てっきり彼自身の体験が彼の口から説明されるものだとばかり思っていたので、
いきなり投げかけられた規模の大きな問いかけに今度はこちらが少し考え込んでしまう。
「・・・何で戦うか。うん・・・僕は僕の大事なものを護る為かな?」
「大事なものって?」
やっと答えたと思ったらすかさず質問を重ねてくるヴァッツ。
どうもこの受け答えは彼に取って相当重要なものらしい。
「僕はここにいる友人や自分の国、そして国民。
まぁそれらは僕が国王になれたらって話だけど、でも・・・」
自然と視線がイルフォシアに向きそうになるのを慌てて抑えるクレイスは
軽く深呼吸をしてからヴァッツに向かって
「国や父を奪われた時に凄く悲しかった。
そしてその時初めてそれはかけがえのないものだったって気がついたんだ。
あれから僕なりに出した答えが自分自身がもっと強くなってそれらを護るために戦うってことなんだけど。」
正直この先本当に国王になれるのかはわからない。
そもそも国の重臣達が今のクレイスを認めてくれるとも思っていない。
父の行方もいまだ不明のままだ。
そういった意味でも様々な力をつける為にこの国へやってきた訳なのだが、
「そうか。うん・・・うん?クレイスの父ちゃんって『アデルハイド』にいるよね?
国もそのままみたいだし、いつ奪われたの?」

・・・・・

「・・・・・えっ????」
その発言の意味がわからなかったので素直に驚きの声を上げるも、
場にいた数人は何とも言えない表情を浮かべている。
「すみません。その話は後ほど私からご説明いたします。本当に申し訳ございません。」
何故かイルフォシアがとても申し訳なさそうに頭を下げてくるので、
「いえ!!全然ダイジョブです!!」
自分でも何がどう大丈夫なのか全く理解出来ないが、
彼女にそんな事をさせたくなかったクレイスは考えるよりも先に口と体を動かした。
「いや。そんな些細な事はどうでもいいから!!昨日のあの男!!あれは何だったの?!」
国王が行方不明だった件が決して些細であるはずもない。
しかし業を煮やしたハルカが空気を換える意味も含めて再度話の筋を戻した事でヴァッツの表情が変わり、

「うん。そうだね。昨日のあの黒い服の人。もし今度見かけたらすぐにオレに教えてほしいんだ。」

そこには今まで見た事のない決意を秘めた少年が静かに口を開いていた。





 「つまり昨日お前はそいつに負けたのか?」
居ても立っても居られないといった感じでカズキがその詳細を聞くべく深堀してくる。
「違うわよ!あいつが逃げたの!そうよね?!」
その場にいたであろうハルカは息巻いて彼女なりの見解で確認を取るも、
「うーん・・・負け・・・たんじゃないかな?」
「いいえ。ヴァッツ様が負けるなどありえません。」
ずっと無言に近かった時雨が静かに断言する事でカズキも微妙な顔つきになる。
時雨はともかくいつの間にかハルカも相当ヴァッツに肩入れするようになったんだなぁと
やり取りを眺めながら感心するクレイスは、
「その黒い服の人?を見かけたらヴァッツはどうするの?」
気になった部分を尋ねてみた。
聞けば東の大森林と呼ばれていた場所の一画に彼らが戦った爪痕を示す大きな湖が出来たという。
やはりヴァッツはその男に攻撃を加える事はなかったようなので
もしその男と再会しても結果は同じなのでは?と思ったのだが。



「うん。今度はオレ、戦ってみるよ。」



・・・・・

あまりにも意外な発言に一同が固まってしまう。
やがて理解が追い付いたのか。
皆が視線を交わし合う中、それらが自分に集まってくるのを感じたクレイスは代表する形で尋ねてみた。
「・・・戦うの?ヴァッツが?」
「うん。クレイスもさ。大事なものを護る為に戦うんだよね?」
ここでやっと質問された意味を理解して頷く。
「だったらさ。オレも戦う。あいつを放っておいたら皆が危険だ。あいつはオレが止めないと。」
「俺でも勝てそうにないか?」
彼なりに思う所があったのだろう。
いつもと違って気を遣うかのようにカズキが口を挟むも、
「うん。あいつは駄目。オレも皆を失いたくない。だからオレが戦う。」
今まで頑なに戦いを拒んでいたヴァッツがこうも固い決意を表明した事で戦闘狂もすっきりとした顔で笑顔を浮かべる。

まさかさっきの質問が原因かな?

先程のやり取りを思い出すとそうとしか思えない。
・・・もしかして自分はとんでもない事をしでかしたのでは?
「いいんじゃない?頑張れヴァッツ。」
アルヴィーヌは軽く流して応援までする始末だ。
いや・・・ヴァッツが戦うって・・・どうなってしまうんだ?
聞けば『ビ=ダータ』へ攻め入った『リングストン』軍を分断する為に地面を持ち上げたという。
そんな力の持ち主が、地面を殴って湖を作り出してしまう程の男と戦うのか?
「旦那様が本気で戦えば相手はイチコロです!!!」
「もし本気なら今度は私達がいない所でやってよね?もうあの衝撃を受けるのはごめんだわ。」
「私は見届けます。一位の従者ですから。」
「あ、あの・・・私も傍にいていいですか?一度ヴァッツ様の雄姿を見てみたい・・・」
イルフォシアのもじもじとした言動だけは気になる所だが、おおむね全員が彼の発言を前向きにとらえている。

大事なものを護りたい。

その気持ちはクレイスもヴァッツも同じように持ち合わせている。

きっかけを与えてしまった以上ここは友が選んだ道を応援するのが義というものだろうか。

「うん。でも辛かったら別の方法も考えようね?」

しかし何故か心の底から喜べなかったクレイスは中途半端な言葉を送る事で精いっぱいだった。





 「では・・・私からも1つ謝罪を含めて皆様にご報告があります。」
ヴァッツの決意表明が終わってから間もなく
イルフォシアが真剣な面持ちになると真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
よく訓練場にも顔を出してくれているのでそろそろ見慣れても良い筈だが
相変わらず直視すると心臓が躍り出して視線を泳がせるクレイス。
「キシリング様は最初から行方不明などになっておられません。
事実をずっとひた隠しにしていた事、心から深くお詫び申し上げます。」
しかし彼女の発言に先程と同じ驚きが心に響く。辛うじて声こそ上げなかったものの、
「最初から・・・あの夜襲の時から・・・ですか?」
「はい。あの後私達の援軍がすぐに駆け付けたので多少の手傷は負われたものの、
キシリング様の命に別状はありませんでした。『アデルハイド』の防衛も成功しています。」
そこから何度も申し訳なさそうな表情で謝罪を重ねてくるので
話の内容よりその姿を見ているほうが辛くなってくる。
「あ、あの・・・大丈夫です。怒ったりはしてません。
むしろ父が生きていたという事実を聞けて大いに救われた気がします。」
何とかしてイルフォシアを安心させたい一心で優しくそう答えるも彼女の罪悪感は消えないらしい。
「イルからすれば亡命なんてしなくていいのに苦労させた事が引っかかってるんじゃないの?」
ハルカの発言に大きく納得したクレイスは頷いて再度、
「でしたらそれも問題ありません。そのお陰で僕はここにいる皆と出会えたのですから。」
安心させるという意味と本心も含まれていた為先程と違って自然な笑顔も浮かぶ。

本当にそうだ。

誰が描いた計画なのかはこの際どうでもいい。
亡命という旅に出たお陰で様々な出会いと出来事を経験出来た。
これは必ず人生の糧となるはずだ。いや、現に今そうなっている。

その発言に何かおかしなところがあったのか。
皆がこちらに様々な思いを乗せて視線を向けてくるので若干気恥ずかしくなるも、
「ありがとうございます。クレイス様ってお優しい部分も持ち合わせておられるのですね。」
イルフォシアが明るい様子に戻ったので言ってよかったと心の底から安堵した。



楽しかった朝食会が終わると、
「まだ昨日の報告すら終わっていないので私達は『アデルハイド』に戻りますね。」
真面目な従者の発言にアルヴィーヌと共にハルカまでがここに残ると駄々をこね始める。
「2人共。それらの言動を全て国王様にご報告しますがよろしいですか?」
時雨が御世話役らしい交渉術を使った事で納得させると観念したのか
2人は黙って馬車に乗り込んでいった。
「オレも出来ればクレイス達と一緒にいたいんだけどな・・・」
別れ際にそんな事を言ってくるので思わず引き止めたくなるが彼は今この国の大将軍だ。
これにどう応えればいいのか?と考えていると、
「だったら一度休みを貰えないか頼んでみればいいんじゃねぇか?俺らは今1か月の休暇中だし。」
カズキが中々に鋭い提案をしたのでこれには思わず強く頷くクレイス。
ただ、2人は休みもそこそこに武術と魔術の研鑽に力を注いでいる。
もしここにヴァッツが合流すれば少し疎かになりそうな気がしなくもない。
「だね!ヴァッツも相当な数の任務をこなしてるみたいだし、父上に頼めばきっといけるよ!!」
だが久しぶりに3人で過ごせるかもしれない期待で胸を膨らませたクレイスは大いに賛同する。
何なら自分から『アデルハイド』に帰省するのもいいかもしれないな、と想像するも、
現在は次期国王として最低限の力を備える為にここで修行しているのだ。

今会えばきっと以前の甘さが顔を覗かせてしまうだろう。

なのでそれ以上は口に出す事を控えて別れの挨拶だけを交わすと
静かに空を走りゆく馬車を見届けるのであった。





 ワイルデル領の防衛戦が終わった後スラヴォフィルは側近を従えて西の大陸へ出向いていた。
上がって来た報告では『ユリアン公国』が大国『ダブラム』によって滅ぼされたという。
しかしスラヴォフィルはにわかに信じられなかった。
小国とはいえ『ユリアン公国』はその宗教的性質上様々な場所に間者を放っていたはずだ。
もし『ダブラム』が彼の国を侵攻するにしても
手前で何かしらの策を講ずる事でそれを回避する事は十分可能だったと彼は考える。
「ヴァッツ様が奴に手を下したと聞き及んでおります。その時に死んだのでは?」
最側近の1人が持論を呈するも、
「うーむ。あやつが人・・・といって良いのか。誰かを殺めるとは思えんのじゃ。」
やや言葉を濁して答えるも、
スラヴォフィルは自身の持つ『千里眼』によってユリアンが未だ生きているのは確認出来ていた。

ただこれはセイラムと名乗る男から『誰にも打ち明けないように』と厳しく忠告されている能力だ。

配下にも家族にも打ち明ける事無く要所要所でそれを使って世界を見渡してきた彼だが、
それでも見えてこない事実というのはいくつも存在した。

その中の1つが『ダブラム』の軍部中枢だ。

強大な闇に包まれて何故か人物像が見えてこない。しかしこれは今に始まった事ではない。
どうも人智の想像を超える力を持つ者を見通そうとするとこの現象が起きるらしい。
身近な人物では娘達や孫にあたる。

つまりそれくらいの脅威を内包しているのは間違いないのだ。

目立たないように街からかなりの距離を取って大陸に降りた一行はそのまま徒歩で
元『ユリアン公国』へ向かう。現在は港の名前を取って『レナク』と都市名を変えているらしい。
『ジョーロン』から用意してもらった視察部隊としての書状を使って中に足を踏み入れると
既に復興作業は終わっていたのか、市内はかなりの賑わいを見せている。
ただし、ユリアン信者は全て殺されていた為住民は本国内からの移民者だろう。
露出の高い衣装を皆が身に着けていることで『ダブラム』色を如実に物語っていた。
(まだこの都市にいるな・・・)
街の変化も観察しつつ、
僅かに目の色を変化させて『千里眼』を頼りに闇が覆っている方向へ足を向ける国王。

やがて大きな屋敷の前にたどり着くと街に入った時と同じ書状を提示する事で速やかに中へ通される。

こちらはあくまで『ジョーロン』の視察部隊という名目だった為ある程度の役職についた者が対応するものとばかり思っていたが、
「ようこそ『羅刹』様。私がこのレナクの市長エンデラでございます。」
応接の間には市長がこちらの正体を明かしながら姿を現すとその後ろから、
「だっはっは。相変わらず姑息な手を使っておるなぁ?堂々と名乗って街に入ればよかろう?」
威容に太い右腕を持つ隻腕の男が乾いた笑いと共に目をぎらつかせて話しかけてきた。

「・・・貴様じゃったか。」

遠い昔、その左腕を落としたスラヴォフィルが闇に包まれた者の正体と再会した時、
『羅刹』は『悪鬼』に対して隠す事のない殺気を放っていた。

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