闇を統べる者

吉岡我龍

天族と魔族 -集いし者達-

 『トリスト』の天空城に入ってから1か月以上が経った。

最初の一週間こそ毎回呼吸に鉄の味を感じて体も頭も働かない状態だったが、
二週間、三週間と真面目にこなしてきた結果、その細く小さな体にはそれなりの力が宿り始めていた。
2月に入ると訓練場の脇から眺める召使いや書士の女性達の顔を覚えられるくらいには余裕が生まれ始める。
目が合うと手を振ってくれたのでついこちらも手を振ると黄色い声が一回り大きくなる。
それでも同僚達が殺気立たなかったのはイルフォシアやリリー以外からの反応だからか、もう慣れたからか。

訓練は三日連続で行われた後一日休み二日行われた後一日休みという流れなのだが、
地上ではヴァッツがショウとの再会を果たしていた頃。
日課のひどい筋肉痛は多少の筋肉痛へと変わり始め、
休みの日に城内や城下を探索出来る程の余裕が出来た彼はふと大きな疑問が浮かんだ。
その疑問の根源に目をやると、
「ん?何だ?また立ち回りの稽古でもしたいのか?体を休めるのも修行だぞ?」
旅をしていた頃の理不尽さはなりを潜め、
随分と丸くなったカズキがこちらの視線に気が付いたのかぶっきらぼうにそう言ってきた。

朝起きてから朝食を済ませて今は2人とも部屋に戻っている。

後でイルフォシアがリリーの家に行こうと誘ってくれていたのでそれまでの時間を使って
「ねぇカズキ。何でカズキは隊長に立ち合いを申し込まないの?」
大人しすぎる彼に疑問を感じていたクレイスは聞いてみる事にした。
ほぼ同じ時期にこの訓練に参加して1か月以上。カズキはずっと大人しく訓練に従っている。
最初は彼ですら厳しい修行だから自分と同じように一から鍛え上げようとしているのかとも思ったが、
少し余裕の生まれた今だからわかる。
カズキは日常の訓練を難なく、いや、流す様にこなしている。

だったら次の行動としてもっと厳しい訓練に入るか、周囲に立ち合いを求めるか。
とにかく足踏みをするような性格ではなかったはずだ。
「あのなぁ。軍隊ってのは上下関係が絶対なんだ。俺からそんな真似をするつもりはねぇよ。」
「・・・上下関係?」
一瞬我が耳を疑うクレイス。
傍若無人の権化だった彼がそんな言葉を言うのも知っていたのも驚きだ。
感情を隠すことなく表情に出すと流石に気分を害したのか、
「お前なぁ・・・俺が何でここにいるのかわかってんのか?」
「何でって・・・」
理由はイルフォシアとの約束でもありクレイスとの約束でもあった師事関係だろう。
だがそう考えると、
「だったら僕に合わせて訓練に参加するんじゃなくて剣を教える側に立ってくれた方が良い気がするんだけど。」
体が鈍らないようにするのは大事だが、彼は放っておいても自主的に自身を鍛えるはずだ。
それをわざわざ周囲の兵卒に混じって訓練に参加する理由が皆目理解出来ない。
「・・・お前。ヴァッツより頭が良い分性質悪いな・・・」
いつの間にか不思議な事には小首を傾げて質問する癖がついていたクレイス。
それにしても性質が悪いとは人聞きが悪い。
「あのねぇ。僕はカズキが気になったから・・・」

とんとんとん

「クレイス様。お迎えに上がりました。」
話はイルフォシアが来た事で遮られ、彼女を待たせる訳にはいかなかったクレイスは
後ろ髪を引かれる気持ちをそのままに部屋を後にした。





 びしっ!!!ばしっ!!

「ひぐぅっ・・・!!」
リングストン城地下に設置されている国王専用の囚人房。
そこでネヴラディンは突如崩され出した安寧への怒りを1人の女にぶつけていた。
手首を縛られたまま裸で天井から吊るされていた彼女は痛みが走る度に短い悲鳴を上げる事しか許されない。
柔らかい木材で出来ている鞭のような杖を
滝のような汗と乱れる呼吸をそのままにただ怒りに任せて何度も何度も叩きつける。

やがてその腕が上がらなくなるほど疲れ果てると少し下がって用意されていた椅子に座るネヴラディン。

衛兵が用意した飲み物と手ぬぐいで滴る汗を拭いながら泣きじゃくる女の声を房内に流したまま
ここ半年ほどで起きた国内の出来事を整理する。

まずはワイルデル領で突如10万の兵が惨敗した事から始まった。
それによりファイケルヴィとハイジヴラムが責任を取る格好で決死隊を組み、
『アデルハイド』へ逃げるように突貫していった。
彼らは元々同じ孤児院で育った仲だ。
どちらかを人質として本国へ置いておく事も考えてはいたがどちらも優秀だった為に蛮族との国境線に配置した。
それがまさかこんな結果になろうとは・・・いや。
『ネ=ウィン』が動き出した情報はこちらも認知していた。
その真偽を確かめる為に兵を動かす最終許可を出したのも自分だ。
だが粛清を恐れる為か愛国心の為か、優秀な手駒を同時に2つも失ったのはあまりにも痛い。

更にそれからアルガハバム領のガビアムが独立国家を名乗り出して『ビ=ダータ』という国を建てた事だ。

副王としての政務を何もしていなかったので自身の息がかかった文官将官で固めていたはずの領土が、
どこぞの国に唆されていきなり武力で制圧、統治しはじめる。
暗愚の噂は嫌という程聞かされてきたが現在はとても優秀な手腕を振るっているらしく、
今では本当に同一人物かと以前とは別の種の噂が嫌という程耳に入ってくる。

年末には小地区だが元『ボラムス』国が何者かに制圧されて
現在再度『ボラムス』を名乗って興隆しているとの事だ。
こちらにはとんでもなく頑強な国境線が瞬く間に建てられたという事で国内に衝撃が走った。

まさかここまで『リングストン』に盾突く勢力が次々に現れるとは思っていなかった。
年末近くにあったナーグウェイ領の内紛を看過し過ぎた判断も尾を引いている。

そして現在、ガビアムの『ビ=ダータ』がワイルデル領を飲み込んだという情報が入ってきていた。

領土にして約1/3をあの暗愚に奪われたのだ。
父が優秀だった事もあり半分は情けで、半分は暗愚故に心配していなかった男が
副王の座に座らせてやった恩を最大級の仇で返しつつある。

考えれば考える程に腸が煮えくり返る。

強く握った拳と歯ぎしりの音が聞こえた瞬間、その気配に女はすすり泣きを止めて震えだす。
同時にこの牢を任されている衛兵が赤く熱された鉄の平棒を用意して国王の横に跪いた。
「・・・そうだな。腸を煮え繰り返してみるか。」
ネヴラディンの感情を機敏に捉えるその男から厚手の革が巻かれたそれを受け取ると、
吊るされたままの女は暗い室内で誰にも届かない懇願の悲鳴を垂れ流し始める。
しかし怒りで我を見失っている国王にはただただ快楽を覚える音としか聞き取れない。



この日、それなりに身分の高い彼女は痛みと苦しみの中悶えながら絶命した。





 怒りが多少収まったとはいえ国が劣勢なのに変わりはない。
ネヴラディンは執務室に戻ると早速大将軍ラカンを呼び出して、
「『ビ=ダータ』とかいう勝手に国家を名乗る逆賊を討ち取って来い。」
「はっ。」
国王自身も多少の知識はあるものの、
やはり大軍を動かす時は余計な口を挟まずただ結論だけを伝えるのが良策だ。
船頭多くして船山に上るというのは優秀な人間なら当たり前のように理解している。ただ、
「交渉材料としてガビアムの姉とバディールの家族を頭に入れておけ。」
彼が独裁国家の頂点として君臨している理由がこれだ。
親族や近しい人間を王の身近に人質として囲っておく事で反逆の目を事前に摘んでおく。
単純だが非常に効果のある方法でその権力はどんどんと膨れ上がっていったのだが
ラカンはこの方法にだけはあまり賛同していない。
「・・・わかりました。」
ただ、彼もネヴラディンの最側近としてこれらが絶大な効果を持つ事は理解している。
普段は交渉にならないよう軍事力を最大限に振るって蹂躙するよう行動するラカンだが
ナーグウェイ領での出来事のようにいつどんな不覚を取るかわからないし、
国王自身も絶大な信頼を置く大将軍には軍事力だけで解決してもらえることに越したことはない。

お互いがお互いの力量を認め合っているからこそ最後の切り札は判断を委ね合うのだ。

命が下った次の日には5万の兵と緋色の真眼隊を率いて南東へ向かうラカン。
残ったネヴラディンはこの機に必ず乗じようとしてくる反逆の臣を見極める為、
執務室で内偵の報告に耳を傾け続けるのであった。



「やれやれ。血染めの王は本当に人使いが荒い・・・」
ガビアムは突如ワイルデル領の面倒まで押し付けられた事で多忙な日々を送っていた。
といっても武力介入に関しては『トリスト』に任せている為彼自身は急遽増えた領土の内政革命に全力で当たるだけだ。
しかし聞くところによると彼らは『トリスト』の大将軍にかなり傾倒しているらしい。
「ヴァッツか・・・」
ガビアム自身もまだ会った事はないが
スラヴォフィルの孫にしてその強さは若干12歳で祖父を超えているとも言われている。
あまりにも眉唾すぎて聞いた時には笑って聞き流していたものの
現にワイルデル領への降伏要求がすんなり通っている所をみるとあながち嘘とも言い切れないようだ。
今度『アデルハイド』に戻ってきたら挨拶に行ってみようか?
そんな事を考えながら領土が2倍になった自国への行政内容を協議する中、
あの大将軍ラカンがこちらに向かって出兵したという情報が入って来た。





 あれから時雨とハルカ、力仕事はヴァッツが手伝ってくれた事により
この日の診療所はいつも以上に沢山の患者を診ることが出来た。
その晩にはアビュージャとサーマがお礼の意味も含めて皆に沢山の料理を用意してくれたので
それを頂きながらヴァッツ達がクレイスと同じように自国へ誘ってくれる話になったが、
「すみません。今はまだ・・・・・」
クレイスの時と同じ返事をするショウ。
ただあの時と違って色んな情報が手に入った事でその心情には変化があった。
まずサーマと自分の中には魔族という存在がいる事がわかり、
『闇を統べる者』への恐怖は多少緩和されたもののウンディーネは天族であるアルヴィーヌをひどく毛嫌いしている。
イフリータも未だ眠っている為今のショウが彼らの下へ行っても足手纏いにしかならないだろう。
「うん。いつでもいいよ。準備が出来たら言ってね。」
ヴァッツはいつもの屈託ない笑顔でそう言ってくれるので思わずこちらも笑みを返すと、
「ウンディーネは何で私の事を嫌うんだろ?」
アルヴィーヌは露骨に嫌がられるもあまり堪えていない様子で悩みを呟く。
サーマ自身は王女に対してむしろ好意を抱いている風に見えたが、
あまりにも距離を近づけるとウンディーネが不意にその体を使って露骨に距離を取っていた。
理由を聞こうとするとすぐに引っ込んでしまうのでわからず仕舞いの中。

【好戦的な『天族』は平和を望む『魔族』に嫌われているのだ。何もお前に限った事ではない。】

『ヤミヲ』がその種族に対しての知識を持ち出して説明してくれる。
好戦的とか平和という言葉に少し引っかかる部分はあったものの
彼らの知識は持ち合わせていない為そういうものかと聞き流しながら納得する一行。
「しかし以前イルフォシア様が来られた時にはそんな態度は見せられませんでしたが・・・」
確かに前回来たイルフォシア相手にはサーマの様子は何も変わらなかったがあの時はまだウンディーネの存在を知らなかった。
時雨がサーマをじっと眺めると、
「・・・あの時は私が表に出る機会もなかったし、その天族みたいな強引な性格も見せなかった。」
数時間ぶりに聞いたウンディーネの声にただ1人を除いて深く頷く一行。
「アルはもう少し落ち着いた方がいいよ?」
決して声を荒げたりする訳ではないが、
その好奇心に歯止めが効かない為我儘を押し通すような行動ばかりが目立つ王女にヴァッツが優しく諭す。
親族として彼がそれを注意する事は周囲にとっても非常に有難い事らしく、時雨やハルカが頷いて同意を現すも、
「ヴァッツ。生意気な口はこれか?」
隣に座っていた甥っ子の頬っぺたを両手でみょ~んと伸ばして静かな怒りを見せる王女。
その頬が想像以上に伸びていたので思わず笑い出す者がいる中、皆が夕食を取り終えると同時に、

こんこんこん

静かに診療所の扉が叩かれた。



時雨が応対するとどうも『トリスト』の伝令係だったらしく、
「アルヴィーヌ様、ヴァッツ様。
ガビアム様の国『ビ=ダータ』が侵略の危機に瀕しており、急ぎ防衛に当たってほしいとの事です。」
「えーーー・・・明日でいい?」
夕食の後に動きたくない気持ちはわかるがそれでも王女はその嫌悪感を隠すことなく言動で示す。
「えーーー?!急いでるんでしょ?だったら今すぐにでも行こうよ!」
正反対の言動をヴァッツがするので気分を損ねた叔母が
またも頬っぺたをみょ~んと伸ばして無言の抗議を断行すると、
「では今夜はゆっくり体を休めて、明日の朝一番にお2人でガビアム様の下に向かっていただけますか?」
時雨が現実的な折衷案を提案した。これなら双方納得しそうだと思った矢先、
「ガビアムって誰?その国も知らないし。」
「・・・・・」

本来なら空を自由に飛べる王女が大将軍を運ぶ算段だったのだろう。

しかし目的地がわからない2人を向かわせるわけにはいかない従者は
結局次の日の朝5人全員で多頭引きの馬車を走らせて急ぎ東に向かう事を選んだ。





 『ビ=ダータ』は『ジグラト』の北東、『ネ=ウィン』からは北西に位置する。
元々『リングストン』の一領土で元副王ガビアムが独立宣言をしたものの周辺からは未だ国として認めては貰えていない。
あの大国に弓を引く行動を起こしているので各国が様子見に興じるのは当然として、
認められないからといってただちに不利益が起こる物でもないのでガビアム自身はほとんど気にしていなかったが、

現在その地を制圧しようと大将軍ラカンが向かっている話はカーラル大陸全域に広がっていた。

周辺国からすれば当然の流れであり、
これに巻き込まれる恐れを避けるために皆が『ビ=ダータ』という国家もどきから距離をおいていたのだ。
だがこれはガビアムにとっては大きな好機だった。
軍事に関しては後ろ盾としてついている『トリスト』に任せる形となっており彼らの強さは自身の目で何度か確認済みだ。
いきなり大将軍が出てきた事には少し驚いたが、
ここで『リングストン』の切り札を跳ね返えせば世界に『ビ=ダータ』という国を強く喧伝出来るだろう。

なので彼個人として今やるべきことは新たなワイルデル領の内政革命だ。

『リングストン』は独裁国家であり全てが支給品で補われていた為
まずは資本主義の象徴である通貨の流通を浸透させていく必要がある。
それから兵士であれ農家であれ個の働きによって報酬に差が生まれる事を理解させていく。
といってもこれらを短期間で変えると反発は容易に想像できるのでまずは段階を踏まえてだ。

国の方針をこれに固めた理由はたった1つ。

『リングストン』から版図を切り取っての建国だった為早急な国力増強が求められたからだ。
社会主義では国民の安定は計れるが税収と発展に期待出来ない。
暗愚を演じていた間に多少の蓄えは出来ていたもののワイルデル領まで組み込む方針となると話は全く変わってくる。
速やかに国民の生産力を上げて、同時に暮らしを豊かにしていかねばならない。
その結果として国の財力も上がっていく訳なのだから。

副王代理から副王への昇格と同時にワイルデル領のへ新法の施行と普及を徹底する旨を描いた親書を
『トリスト』から借り受けていた伝達兵に渡すと彼は鳥のように空を一直線に北東へ向かっていく。
それを見届けたガビアムは息つく暇もなくアルガハバム領内の生産力を高める為に識者を集めた会議室へ歩いて行った。




その頃イルフォシアに連れられて城下町に向かっていたクレイスは急遽予定が変更となる。
国王命令により彼らの部隊がワイルデル領の防衛に当たる事になったのだ。
何故『リングストン』領を『トリスト』軍が?と不思議に思ったが、
「先日彼の地は『ビ=ダータ』に吸収されたのだ。」
部隊長が短く説明してくれた事で『ビ=ダータ』って何だろう?と別の疑問が湧いてくる。
ただ、今は緊急を要する為まずはいつもの訓練着と軽装備を身に着けると用意された馬車に皆が乗り込んでいく。
細かい事は後で聞くなり考えればいい。まずは軍の規律通り速やかな行動をする。
この地に来た時とは違い無骨で頑強な馬車に乗り込んだ部隊はイルフォシアやリリーに見守られる中すぐに下界へ向けて出発した。





 「こちらから『トリスト』へ取り次いでくれると聞いていたのだが?」

『ビ=ダータ』への侵攻が大々的に伝わる中、
東の大森林で実践訓練を終えた皇子と最精鋭300人がここ『アデルハイド』を訪れていた。

「我が国に夜襲を仕掛けた人間がよくものこのこと・・・」
その報せを聞いてキシリングは握り込んだ拳からびきびきと音を鳴らして怒りを露わにするも、
「まずは相手の要件を聞いてみましょう。」
プレオスは冷静に提言する。
といっても彼も『ネ=ウィン』という国には怒りと呆れの感情を持っているのは事実だ。
聞くところによるとあの皇子はクンシェオルトの葬儀で出向いたクレイス達に見向きもせず
『トリスト』の第二王女に婚約の話を持ち出したという。
ただ、そういう性格だという事も十分聞き及んでいたし、彼は国の戦を熾す為なら手段を選ばない。
この婚約に関しても裏でそういう事を画策しているのだろう。
キシリングと供を許された側近達は皆当然のように武器を腰に佩いて待たせている謁見の間に向かう。
非常識ではあるが相手はれっきとした敵国であり未だ交戦状態だ。
国王もそれに口を挟む気配はなく、やがて玉座の前に跪いていた皇子と4将の1人ビアード、
それから見た事のない若い将官らしき人物も頭を下げてキシリングが入ってくるのを待っていた。

どかどかどか・・・どかっ!

足音や態度で怒りを表すのは少し大人気ない気がしなくもないが相手は曲者中の曲者。
これくらいしても差支えないだろう。
激しく椅子に座ってから頬杖を付いて面を上げるよう伝えると、
「で、敵国の皇子が何の用だ?牢屋にでも泊まりに来たか?」
喧嘩腰に相手を挑発するキシリング。
「いいえ。ただ『トリスト』の第二王女イルフォシア様に
今度いつお会いできるか話を通して頂きたいと思って参上した次第です。」
確かに『トリスト』への言伝がある場合は『アデルハイド』に連絡しろとは言ってある。
しかしまさか自身が強引に進めようとしている婚約者への取次ぎを要求されるとは。
「断る。彼の王女は貴様のような逆賊を相手にはしない。帰れ。」
一切考える事なくずばっと言い放ったキシリングは話は終わりだと言わんばかりに席を立って退出しようとした。
すると、

・・・っしゃいんっ!!

『ネ=ウィン』側の3人は無手の状態でこの間に入っていたはずだった。
しかし見慣れない若い将官がどこに隠し持っていたのか黒い見事な剣を国王の首元に向かって突きつけていた。
あまりの速さに一瞬誰もが理解出来なかったが、
「国王に剣を向けるとは・・・覚悟は出来ておるのだろうな?」
キシリングが怒りを腹に貯めながら低い声で尋ねると、剣を向けた若い将官が一瞬狼狽えた気がした。
「どうせこの国は我が『ネ=ウィン』が手中に収めるつもりだったのだ。
ここで貴様を殺したところで結果は変わるまい?」
鋭く冷酷な目で睨み付けてそう言い放つナルサス。
国王と皇子、お互いが合図を送るだけでこの謁見の間に血の雨が降り注ぐ。誰もがそう感じていた。

「キシリングを殺したら金輪際話し合いは断るぞ?」

緊迫した空気が流れる中、後方の扉から『孤高』の1人が声を掛けた事で全員の注意がそちらに向く。
「・・・これはこれは。お会いするのは初めてですね。『羅刹』様。」
先程の冷酷な雰囲気が和らぎ、向きを変えると恭しく跪くナルサス。続いてビアード。
剣を抜いた将官はどうするか悩むもそれを納めて慌てて跪いた事で場に正常な空気が戻っていく。
「噂通りの男じゃなナルサス。ワシの娘はワシが認めた男にしかやらん。顔を洗って出直してくるが良い。」
顎鬚を撫でながら静かにそう言ったスラヴォフィルに一瞬強い視線を向けたナルサスだったが、
これ以上話を進めるのは不可能だと感じたのだろう。
静かに立ち上がると彼の横を通って謁見の間を後にした。

「闇を統べる者」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く