闇を統べる者

吉岡我龍

天族と魔族 -東の大森林-

 『トリスト』は建国当初から強い軍事力を保持していた訳ではない。
スラヴォフィルはセイラム神を名乗る男から2人の王女と天空城、
そして自身のみが扱える異能の力『千里眼』を授かりはしたものの、その体制を作る事に苦心する。
まずは自身の交友関係で一番悪知恵の働く『孤高』の1人『魔王』を宰相に招くと、
「この城は外敵からの侵攻にはめっぽう強いが内部からの攻撃にはすこぶる弱い。
兵卒から召使いまで必ずお前が信の置ける者で固めないと崩壊しかねないぞ。」
開口一番そのような諌言をしてきたのでまずは王女と身の回りを世話する最低限の召使い、政務官を置くと
兵卒達を選別し鍛え上げられる場所を探した。
そこで白羽の矢が立ったのが以前から個人的な付き合いのあったムンワープン族の領土だ。
彼らは勇猛ながら対話の出来る民族で『羅刹』として初めて訪れた時から非常に親しく接していた。
なのでまず彼の地の一部を借り受けてそこで兵卒の訓練を開始した。

精鋭が育ち、ここを去ってから3年近く経っている。

族長には蛮族平定の為に力を貸してくれればいいとしか条件を提示されていなかった為、
心に負い目のあったスラヴォフィルはその恩義を返すべく肥沃で広大な土地を提供しようと画策していた。

そして現在。

彼らの集落、いや、森の中に莫大な労力と時間をかけて築き上げていた都市は
全ての家屋に火がついていたらしくそこかしこに炭となった柱や梁が散乱している。
そんな中蛮族達がムンワープン族の死体からは高価な細工品などを剥ぎ取りつつ死体の処理を進めていた。
「ラゼベッツ様。食料はほとんど残っておりました。」
「そうか。」
都市の入り口に大きな椅子を作って座っている男に配下らしい者達が次々と情報を集めてくる。
ラゼベッツと呼ばれた老齢だが力のある体をしていた男の傍には小さな腰掛に座る老人が4人。
それぞれ2人ずつが彼の左右に並んで一緒に報告を耳にしていた。
「族長。これは紛れもなく大森林の精霊達が我らに支配をせよと申されております。」
「この好機。決して逃してはなりませんぞ。」
「然り然り。」
蛮族の1、2位を争う宿敵ムンワープン族が消えた事により
アンラーニ族が頭一つ抜けた状態で最大勢力に躍り出た中、識者の翁達も口をそろえて侵攻を勧めてくる。
ラゼベッツもこれに反対するつもりはなく、現在ムンワープン族の朽ち果てた都市を掃除しているのも
ここに新たな拠点を構えるのと食料や財宝を囲い込む為だ。
アンラーニ族が人口約3万だったのに比べてムンワープン族は5万。
僅かな生き残りはいたものの全滅と言っても差支えが無い今、この略奪に口を挟む者は存在しない。
自身の部族が無傷のままこれらを手に入れられた事は何よりも喜ばしい。
「生き残りは丁寧に扱え。何があったのかを詳しく調べろ。」
3万の蛮族を率いる王は決して蛮勇だけではない。
この不可解な事件に対して納得のいく答えを見つけない事には、次はアンラーニ族が後ろから襲われかねないのだ。
それを探す為に連日全ての人員を使って都市整理が行われていた。

だが決定的な答えが何も出ないまま三日ほど過ぎた後、
見た事もない真っ赤な衣装に身を包んだ自身よりも老齢ながら異様に膨らんだ筋肉をもつ男が
部下らしい人間を数人引き連れてこの場所にやってきた。





 「むぅ・・・・・これは想像以上じゃな。」
スラヴォフィルはかつて過ごしたムンワープン族の燃え尽きた都市を見て眉を顰める。
5万の民が住んでいたかつての場所が見るも無残な状態になっており、
そこかしこに倒れている遺体を他民族が身ぐるみを剝ぎながら片付けていた。
「止まれ!!貴様ら何者・・・いや、血染めの王か?!」
スラヴォフィルの容姿はその真っ赤な衣装も相まって非常に目立つ。
しかし蛮族達が大きな盾と槍を構えてこちらを囲い込んでくるも全く動揺せずに、
「おぬしらはアンラーニ族じゃな?族長と話がしたい。案内せい。」
短くそう伝える『血染めの王』に多数で囲んでいた彼らの方が顔を見合わせて様子を伺っている。
過去5年もこの地で過ごしていたのだ。
周辺の蛮族には彼の存在が十分に周知されていたので話が早い。
槍を向けられたままだがスラヴォフィル達は族長の下まで案内されると、
「これはこれは。『血染めの王』ではないか。
やっと貴様がこの地を去ったので皆安心しておったのにまた帰ってくるとは。」
大きな背もたれのある椅子に腰かけたまま族長が凡そ挨拶とも呼べない言葉を投げかけてくるので、
「この地では大変な世話になったからの。彼らに異変があったとなれば戻ってこない訳にはいくまい。」
自慢の白い顎鬚を右手で撫でながら不敵に笑って見せるスラヴォフィル。

この呼び名は東の大森林に来てから蛮族達によって付けられたものだ。

当時から小競り合いの続く中、演習の場を間借りしていたスラヴォフィルは
ムンワープン族に剣を向けてきた蛮族を悉く粉砕してきた。
その羅刹のような強さに周辺民族は大いに慄き、
返り血がその身を真っ赤に染めたと恐怖を交えながら喧伝した結果、東の大森林ではその名が広まったのだ。

彼が守るムンワープン族は計り知れない恩恵を受けて5年ほどでこの地に大都市を築き上げる。

「なんだ?てっきりお前がやったのかと。
一夜で全てを滅ぼすなど相当な力を持っていないと不可能だろう?」
ラゼベッツは挑発とも本心とも取れる言葉を放ってくるので
スラヴォフィルの側近達が周囲に殺気を放ち始めると彼はそれを手で制し、
「恩義を仇で返す様な真似はせんよ。
ところでワシらも弔いと調査をしたい。この地を自由に見回っても構わんか?」
元々この地はムンワープン族のものであり、
火事場泥棒的に入ってきたアンラーニ族に伺いを立てるのは遜り過ぎていると受け取られかねない。
かといってここで不遜な態度を取っていらぬ騒ぎを起こすつもりはなかった。

「・・・よかろう。ただし調査の結果は私にも教えろ。」

ただ蛮勇だけの王ではない。
自身らよりも隆盛を手にしていた民族が一夜にして滅んだ事を手放しに喜ぶのではなく、
その原因を探ろうとしているのは中々の器を持っているからだろう。
ラゼベッツと約束を交わした後スラヴォフィル達はまず真っ直ぐにムンワープンの族長宅に向かった。



一際大きな建物の中は既に略奪された後で死体はもちろん、金品財宝などはとっくに持ち去られた後だった。
だが、床と天井にまではっきりと残る血痕がこの場で起こった惨劇をまざまざと掻き立てる。
スラヴォフィルの側近達もそれぞれが周囲をくまなく調べる中、
「うーむ・・・・・」
血染めの王は部屋の入口から室内を見渡して唸っていた。

やがて側近達と意見を交わし合うと死体の集められている場所に赴き、
族長の亡骸を少し調べた後に手を合わせてからその場を去った。





 思っていた以上に早く戻ってきた事に驚くラゼベッツだったが、
彼らの表情からかなり確信に近い情報を得られるだろうと期待していた。
こちら側にも有力な説はあったがにわかに信じられない内容だったのでここは是非別の視点からの意見が聞きたかった。
「早いな。で、どうだった?」
「ふむ。信じがたいが外から攻め込まれた形跡はない。
恐らく内乱によって生き残りがいなくなるまで殺し合ったのだろう。」
あっさりと報告する血染めの王に思わず前かがみになるラゼベッツと識者の翁達。
アンラーニ族の見解も内乱という意見までは出ていたが生き残りがいなくなるまでとは・・・
「理由は?全滅するまで殺し合う理由は何だ?」
「さぁな・・・ただ、西の大陸には自分の意志とは関係なく人を殺す人形にされてしまう呪術がある。
悪い事は言わんから彼らから剥ぎ取った武具は間違っても身に着けるな。」
「ううむ・・・・・」
血染めの王はその強さもさることながら見識の広さと深さも蛮族の物とは比べ物にならない。
そんな彼がそう言うのだから識者の翁などの言よりよほど信用出来る。
「ワシらからは以上じゃ。後ムンワープン族の族長は丁重に葬ってやってくれ。」
言い終えると彼らは踵を返して帰ろうとしたのでラゼベッツは一瞬迷った。
彼らの懇意にしていた民族は滅び、この大森林では今アンラーニ族が頭一つ抜けて大勢力の位置にある。
ここで更に血染めの王としっかり関係を築いていけば盤石も盤石、
子々孫々が安心して暮らせる土壌を作り上げていけるだろう。

しかし蛮族は基本的に彼らの文明と相容れない。

ムンワープン族がかなり特殊なだけで本来は交わることなどないのだ。

彼らが来た道をそのまま帰っていくのを見届けた後、
これでよかったのだと自分に言い聞かせると早速武具の類は全て分解し、後ほど作り直す事を指示する族長。

それから数時間後、また別の文明を持つ来客がやってきた。



彼らは空を飛んでいた。
その中の1人が落ちるように地面に降りてくるとラゼベッツの前までやってきて
「私は『ネ=ウィン』帝国の将軍センフィス。
今から貴殿らを殲滅する為に攻撃を仕掛ける。逃げるも守るもそちらに任せる。以上。」
いきなり殲滅などと言い放つ男に先程の血染めの王と比べてしまい思わず顔がにやける。
文明とやらを持つ民族達でもこうも違いが出るのか、と。
その場で叩き斬ってやろうとも思ったが男はその場で空に飛んでいったので、
「皆に伝えよ!!戦の準備だ!!!」
勢いよく立ち上がった族長は大声で檄を飛ばした。

アンラーニ族の長い歴史の中でも空にいる敵と戦うのは初めてだった。
目はいいので中空に飛ぶ彼らの数を確認する所から始まり、
「300人程度でしょうか?今日この場に連れてきた仲間達は1万。戦う前から勝敗は決していますな!」
「然り然り!」
識者の翁達は相も変わらず識者らしい発言をしてこない。
今はかなり高い位置で止まってこちらを見下ろしているが、
あれらがどう動くかで戦いの行方はかなり不透明なものになってくるだろう。
ただ、先程宣戦布告してきた男は相当早く降りてきて、更に相当早く空に上って行った。
あの速度で飛び回られでもしたら矢が当たる事はまずないはずだ。
かといって300程度が有利な位置からとはいえ上から矢を射かけるだけではこちらもびくともしない。

・・・どうするつもりだ?

同じ人間相手なはずなのに未知との戦いに入ったラゼベッツは頭を悩ませていた。



にらみ合いが続く事30分。戦況はいきなり動き出す。





 先程布告宣言をしてきた男を先頭にいきなり急降下してくる。
てっきり矢の放ちあいになると思っていたアンラーニ族は虚を突かれるも
慌てずその手にした弓を引いて的を狙う。
だが飛ぶ鳥を狙うに等しいそれを実行出来る物は誰一人おらず、
ただただ空を飛んでいく矢をよそに『ネ=ウィン』の戦士達は次々に急降下してくる。
そして先程とは大きく違う点。
彼らは地に足を付けるのではなくそのまま飛んだ状態でアンラーニ族の戦士達に突っ込んでいく。
距離感や動きが全く読めない中、
蛮族特有の本能で皆が剣や槍を構えるも襲ってきた戦士たちは相当の手練れだったようだ。

ざしゅっ!!ずんっ!!ざんっ!!

そこかしこから小さな悲鳴と刃が身を裂き、貫く音が響き始めた。
その瞬間瞬間相手の動きに隙は出来るのだが、そこに矢を射かけるには味方が多すぎて仲間を射抜きかねない。
かといって距離が近い仲間がその戦士に斬り込むもあっけなく返り討ちにあうか空に逃げられるか。
彼らの剣が『ネ=ウィン』の戦士に当たることはなかった。

たかが300の寡兵。

決して侮っていた訳ではないが、それにしても戦力差にとてつもない開きを感じた族長。
「退けっ!!森へ退けーーーっ!!!」
この場所はムンワープン族が森を切り開いて作った都市だ。
ゆえに遮蔽物も少なく、空からの攻撃が極端に凌ぎにくいと悟ると迷う事無く号令を発す。
森の中こそ蛮族達にとっては庭であり我が家のような場所なのだ。

ここにさえ誘い込めれば・・・

そう思ったラゼベッツの策は当たっていたらしく、すぐに攻撃の手が止んだ。
となれば次はこちらの反撃だ。
一瞬の交わりだったが犠牲はアンラーニ族しか出ていない。
仲間の流した血は何としても敵の血で濯がねばならない。
木々の生い茂る中から各々がそれに登ると葉と枝に姿を隠しながら上空を伺う。
先程と違い視界はこちらが有利であり、木に登った分彼らとの距離も潰せる。
しかし既に彼らの姿は上空にはなく・・・

がっ!!ががっ!!ががが・・・ずずずずず・・・・

ムンワープン族の都市があった方向からまるで木に斧を入れた時のような音が聞こえてきた。
それらが複数、重なって耳に届いてくると今度はそれらが倒れてくる音。
何事かと思う間もなく族長が登っていた木にも激しい衝撃が伝わると、足元が傾いていく。
見れば周囲にも同じような出来事が次々に起こり始めた。

ごごご・・・ずずずずず・・・

大森林内に響く倒木と枝がこすれ合う音。
その正体は地面を這う黒い影。
先程のセンフィスという男が地面を走り回りながら木々をその手にもつ剣で両断していたのだ。
更に枝と枝の間から別の『ネ=ウィン』戦士達が飛び回りながらこちらの仲間を狩り取っていく。
有利な地に引きずり込んだはずが、木々に登ってしまった事でいつの間にか死地に足を突っ込んでいたアンラーニ族達。
倒れ行く木々の中を縫って飛ぶ戦士達はほぼ無抵抗になっている仲間らを一瞬で無力化していくと、
30分後にはムンワープン族が作った都市程度の広さはあるかと思われる程の森林が伐採され、
無造作に倒れる倒木の間にはアンラーニ族の死体だけが累々と積み重なっていた。





 飛行部隊を空から眺めていたナルサスはセンフィスが想像以上の強さだった事と、
計画から約半年でここまでの飛行近接部隊が完成した事に大いに満足していた。
精鋭を鍛えてあるので正直ここの強さはある程度確保出来ていた自信はあった。
しかしセンフィスという男。
将軍として城に入れてからその行動を目にするたびに不思議だった。

強さを全く感じなかったのだ。

いや、普段からきっちりと鎧を着こなし勤務態度には全く問題なかったのだが、
鎧に慣れていないのか、戦いから意識を遠ざけているのか。
立ち居振る舞いに強さが微塵も感じ取れなかったのだ。
ただ、ビアードを圧巻した戦いをこの目で見ている。
なので疑いようのない真逆の事実を2つ突きつけられていた故に起こった悩みをずっと抱えていたのだ。

そして今日、この実戦形式の訓練を見てそれも解決した事にそっと胸をなでおろす。

『ネ=ウィン』にはほぼいないのだが、
戦いに身を置く者でも普段の気配を完全に消す事が出来る人間は確かに存在するらしい。
そういった意味ではセンフィスは相当な猛者という事なのかもしれない。

「不思議な動きをしますな。あの男は。」

実戦訓練を一緒に視察していたビアードが隣で呟くように疑問を口に出す。
その理由はすぐに分かったが、
「クンシェオルトのように我らの知らぬ異能の力を発動させているのかもな。」
実際センフィスの飛行能力はその速度も旋回能力もずば抜けている。
門外不出であった術式なのに一体どこで覚えてきたのか?という疑問もあるが、
『ネ=ウィン』の為に力を振るうといっているのだ。
無理に詮索する必要はないだろうし、そういう面倒な事は皇子の性格上絶対にしない。

戦ならこの後死体を数えてからそれぞれの証言を元に勲功を定めていくのだが今回はあくまで訓練だ。
訓練部隊が誰一人欠ける事無く戻ってくると一行は南西に向かって飛び去った。




相当数の犠牲は出たものの8000以上が生き残ったアンラーニ族はゆっくり空を伺いだす。
完全に脅威が去ったとみると意気消沈しながらも先程までとは違い、
今度は仲間の死体を引きずり出す作業に追われはじめた。
もちろんムンワープン族のような全滅は免れているものの、
彼らの心には驚愕と恐怖、落胆と悲哀など負の感情に支配されたままだ。

今度いつまた奴らが襲ってくるとは限らない。

ラゼベッツは見回りの人数を増やして警戒を強めながら恐怖の中淡々と死体の処理を指示していく。
作業が終わると空を飛ぶ者達との戦いを考えて
開けていた広大な都市を後にアンラーニ族は森の中へ消えていった。

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