闇を統べる者

吉岡我龍

『トリスト』の正体 -アデルハイド城-

 ヴァッツがアルヴィーヌと共に『シャリーゼ』へ出向いていた頃、
イルフォシアがクレイスとカズキの2人を担いで『アデルハイド』へと到着していた。
(え・・・あれ・・・?)
まさかとは思ったがそこは間違いなく母国の城であり、
降り立った中庭には見たことのある面々が出迎えてきてくれる。
「どこだここ?」
「ここはアデルハイド城です。父が待っていると思うので・・・」
彼女の説明で間違いなくここが生まれ育った場所だと確信するクレイス。

「やっと来たか!む?そこの少年はカズキじゃな?」
言葉を交わした数は少なかったが、その声を忘れたことはなかった。
自身の命を助けてくれて、更に亡命の手筈も整えてくれた恩人の中の恩人。
『羅刹』と呼ばれる『孤高』の1人、スラヴォフィルその人だ。
「おお・・・流石に姿だけでも異様だな。うむ。俺がカズキ=ジークフリードだ。」
彼にしては珍しく頭を下げて大人しめの挨拶を交わすと、

「まずはこっちへ来い!説明がいるじゃろう!」

待ち続けてしびれを切らしているのか、よほど時間がないのか。
急かす老人に連れられて3人は城内を歩き出した。
自分の家に戻ってきたクレイスが懐かしそうに周囲を見渡しながら歩いていると
以前と少し変わっていたような気がしたので余計に何度も確認するように目をやる。
(・・・お祖父さんが取り戻してくれたのか・・・)
思えばあの時、父と国を取り戻すと固く約束をしてくれていた。
当時はただ怖くて悲しくて、そんなクレイスを励ます為に気を使ってくれてただけだと思っていたが、
彼は『ジョーロン』の建国すら成し遂げた男なのだ。
その約束を果たしてくれた事にはこの上ない喜びを感じるも、
同時に自身が目指していた自力での奪還が失われて少し寂しさも抱いてしまう。
思いに耽っているといつの間にか父の執務室に通されていた3人。

「さて、まずはお帰りと言おうか。クレイス、しばらく見ぬ内に随分立派になったな。」
まるで父に言われたかのような発言に
先程までの些細な悩みが吹き飛んで思わず涙をこぼしそうになる。
「お互い色々と話はあるだろうが、カズキもいるから自己紹介からじゃな。
ワシは『トリスト』王国国王、スラヴォフィル=ダム=ヴラウセッツァーじゃ。」
その言葉に思わず涙が引っ込むほど驚くと、
「じゃあヴァッツって王孫なのか?」
カズキが冷静に尋ねる。
「うむ。そしてアルヴィーヌとイルフォシアがワシの娘、王女になるわけじゃ。」
名前が出ると改めて静かに頭を下げながら微笑むイルフォシア。
という事はヴァッツと彼女は家族だったのか・・・
「うん?てことは『羅刹』さんもヴァッツも背中から羽が生えたりする種族なのか?」
頭と心が1つの結論で安心しきってしまい、様々な質問をを言葉に表すのが難しかったクレイス。
代わりという訳ではないのだろうが、
カズキが思い浮かんだ疑問をどんどん口に出してくれるのでそのやり取りを横で見守る事になる。
「いいや。アルヴィーヌとイルフォシアは双子じゃから血は繋がっておるが、
ワシとヴァッツ、2姉妹の間では血の繋がりはない。」
「ほ~。なんか色々複雑だな。」
確かに複雑、というか怪奇の域だ。
そもそも孫扱いであるヴァッツの方が2姉妹より年上らしい部分がよりおかしさを際立たせている。
「うむ。まぁそれらも含めて説明していこう。まず最初にヴァッツ。
あいつはワシが『迷わせの森』で拾った所から孫にしたんじゃ。これはクレイスには話したの。」
視線を向けられたので頷いて確認する。
「それが11年前の話じゃ。
そこから3年後に神を名乗る者から3つほど授かり物を頂いてな?その1つが2姉妹であった赤子じゃ。」
「え?!」
これには思わず声を出して驚くクレイス。
神を名乗る者というと彼の中では嫌な印象しか残っていない。
それを察したスラヴォフィルは優しく微笑みながら静かに少年2人の顔を見ると、
「男はセイラムと名乗っておった。その3つの宝と交換に1つワシに頼み事をされた。」
セイラム・・・
数ある宗教の1つにそんな名前がある。温和な教えの為万人に親しまれている印象だが。
「・・・・・それは?」
少し間を作ったのは勿体ぶっただけではないだろう。
カズキが我慢できずに催促すると、

「うむ。この世界の覇者となり来るべき災難から人々を護れ、と言われたんじゃ。」





 ただでさえ思考が追い付かなかったクレイスの頭の中は
規模が大きすぎて情報と感情がうまく表に出せなくなってしまった。
考える事を諦め、まるでヴァッツのようにきょとんとしてしまうと、
「覇者って何だ?」
カズキは変わらずどんどん質問を重ねていく。
「覇を唱える者じゃな。全ての国の頂点に立ち、何かあれば他国へ手や口を出せる存在じゃ。」
「ほほ~。じゃあ今『羅刹』さんはその覇者になってるわけか。」
感心しながら頷く彼に、スラヴォフィルは大きく首を横に振りながら、
「いいや。全然進んでおらん。そもそも『トリスト』という国がほぼ認識されておらんからの。」
いつも優しく、自信満々なヴァッツの祖父から意外な答えが返ってきたので
漠然とした不安が脳裏を過ると黙り込んでいたクレイスがやっと口を開く。
「そ、それじゃ災難っていうのが来たら僕達は・・・」
「どうなるんじゃろうな?最悪滅ぶとかじゃないかの?」
「お父様。あまりお2人に心配をかけるような発言は控えて下さい。」
同じようにずっと黙って同席していたイルフォシアが諫めるように口を挟むと
スラヴォフィルは軽く咳払いをして、
「まぁそういう訳でワシ自らが王となり、国を建てた訳じゃ。
現在その国力がそれなりについてきたのでいよいよ他国への干渉を開始したのじゃが・・・」
そこでクレイスの方に力強い視線を送って来た。
雰囲気も変わり、何か厳しい雰囲気を感じ取ると背筋を伸ばして正面から向き合う。
「この『アデルハイド』。取り戻したはいいが現在王がおらん。
このままクレイスに返してもいいのじゃが、覇者が従える者としてお主はまだまだ力量不足じゃ。」
「は、はい。」
正面から従える者と言われ、力量不足と言われても申し訳なさしか感じないクレイス。
そもそも国務に携わっていなかった為、不足どころか力量そのものがないのだと自覚している。
そんな彼の表情から何を読み取ったのか、スラヴォフィルはにやりと口元を歪めると、
「そこでじゃ!クレイス、お主はこのまま我が国に来て修練を積まんか?」
思っても見なかった提案に嬉しさを感じながらも口はすぐに開かなかった。

「お父様。またそんな勝手に…このお城はどうなさるおつもりですか?」
話が飛躍したり突拍子もない方向に進みそうになると訂正を入れてくれる王女。
見た感じだと娘には甘そうなスラヴォフィルだが、
「いいや。ワシらにはそれほど時間の余裕がない。
災難というのはそれほど遠い未来の出来事ではないのじゃ。」
厳しい顔つきになりイルフォシアを見つめると彼女もそれ以上言及する事はなくなる。

(あのお祖父さんがそこまで心配しているのか・・・)

2人のやりとりを見て決心を固めたクレイスは、
「やります!!やらせてください!!」
全ての情報を整理するにはまだ時間がかかる。なのでそれは後回しにして、
まずは『羅刹』が取り戻してくれた故郷を守る為に彼の提案を快諾した。
「うむ!良い返事じゃ!では段取りが出来たら早速王城へ案内しよう!」
スラヴォフィルは初めて出会った時のように優しい笑顔でそう言ってくれる。
そんな2人のやりとりを見ていたカズキは、
「そうか。お前はそういう道にいくのか。じゃあ俺はどうすっかねぇ。」
「え?一緒にいてくれるんでしょ?剣の修行もまだまだ足りてないし?」
以前『シャリーゼ』で交わしたようなやりとりを展開するクレイスに、
「クレイス様のご希望通り、傍で修行のお手伝いをなさってください。
確か、金銭以外でしたらこちらの要求を飲んでいただけるんでしたよね?」
船を嫌った結果、イルフォシアからも国に来るように半ば強要とも取れる発言がなされる。
「・・・・・またこれか。
運の悪さには自信があったが、まさかここまで動きが縛られるとはなぁ。」
困り顔になりながら頭をぽりぽりとかくカズキ。
言葉には表していないが彼自身も武者修行の途中だ。
更にショウから『シャリーゼ』への誘いも来ている。
流石に悪乗りが過ぎたかなと反省するクレイスだったが、
「ワシの国にも強者は沢山おるからお主も稽古を付けてもらえばよい。
あとは一刀斎の息子の仇じゃな。あれを見つけたらお前にも教えてやろう。」
さらりと出てきたが一刀斎の息子という言葉。
それがカズキの両親であり、仇である事も知っているというのに少し驚いたが、
「・・・いや。うん。まぁ俺なりに頑張ってみるよ。」
スラヴォフィルからかなりの好条件を並べられるも、
いつもの威勢の良さが感じられないカズキに少し違和感を覚える。

そもそもあれ程『羅刹』との立ち合いを熱望していたのに未だにその気配すら見せていない。

(忙しそうな国王という立場を考えて遠慮を・・・そんな性格じゃないよね。)

心と頭の中でとても失礼な事を考えるも、
この時既にクレイスを除く3人には大きな壁が立ちはだかっていた事実に後から気が付くことになる。

「そういえばヴァッツはどこに?」
『ジョーロン』からの出航時に突如現れたイルフォシアの姉と2人で先にこちらへ戻っていたはずだが、
その姿が見えない事が気になって軽く質問してみるクレイス。
すると和やかな雰囲気が一変し、スラヴォフィルが少し表情を暗くすると、
「・・・初めての配下である男の処分に向かわせてある。あいつが戻ったらまたその話はしよう。」
それ以上尋ねられる空気ではなかったので3人は退室すると、
クレイスはカズキと何故かついてくるイルフォシアを連れて久しぶりの自室に向かっていく。

それから間もなくヴァッツとアルヴィーヌが『アデルハイド』に戻ってきた。





 その夜、『アデルハイド』の城内では沈んだ空気が漂っていた。
夕飯前にまた執務室に呼び出されたクレイスとカズキは、
ヴァッツとアルヴィーヌから『シャリーゼ』が完全に破壊されていた事、
それをやったのがユリアンに操られていたクンシェオルトだった事、
そして偉大な4将筆頭は既に亡くなっていた事を聞かされた。

あまりにも大きな出来事が重なり過ぎていてヴァッツが大将軍に任命された事については
全く驚けなかった。むしろ彼の力を知っていれば当然だという強い思いすらある。
「あの将軍が・・・」
その情報に一番驚いていたのがカズキだ。
一度はクンシェオルトの手によって滅ぼされたと思っていたユリアン。
それが体を乗っ取られて『シャリーゼ』を滅ぼし、自身も亡くなったのだから彼の無念は計り知れない。
だがクレイスには別の心配もあった。
「あの、ショウは?彼は僕達より1か月以上も前に『シャリーゼ』へ向かっていたんです。
彼は無事なんでしょうか?」
傷の痛みで意識が朦朧とする中、何も持たないクレイスに彼は自分を国へ招聘しようと声を掛けてくれていた。
そこだけははっきりと覚えている。
あのやりとりはクレイスの中の小さな自信へと繋がるかけがえのないものに育っていたのだ。

もちろんショウが自分の事をあまり好ましく思っていないのは知っている。

だからこそもっと成長して、彼に認められたい。
ヴァッツに向けられるほどの敬意は無理でも、せめて並んで笑い合うくらいにはなりたい。
折角出会えた同い年の友人なのだから。

「・・・現在行方不明じゃ。死体も見つかっておらん。」
「お父様。まだ死んだと決まった訳ではありませんよ?」
死体という言葉に誰よりも早く反応して口を開くイルフォシア。
すぐさま反論してくれたお陰で心の中に光明が差すも彼の性格上、
あの悲惨な母国の姿を見て戦いを挑まない訳がない。

・・・本当に生き延びているのか?今はどこにいるのだろうか?

この話だけでも気が気ではないクレイスだが更に悩ませる出来事が、
「・・・オレ、家に帰っていい?」
いつもの底抜けた明るさが全くないヴァッツが、
身に包んだ立派な衣装とは裏腹に、とても静かで暗い雰囲気を背負って呟いた。
「・・・皆といた方が気が休まるんじゃないかの?」
心配そうにスラヴォフィルが優しく諭すも反応は薄く、
「いいじゃない。一人になりたい時はだれにだってあるよ。」
姉と違ってその沈んだ雰囲気に惑わされる事無く年相応に自分の意見を述べるアルヴィーヌ。
双子といってもイルフォシアとは全然違う性格のようだ。
「まぁそうじゃな・・・しかしヴァッツ。葬儀にだけは絶対参加するんじゃぞ?」
スラヴォフィルがそういうとこちらを見る事もなく俯き気味に部屋を出ていくヴァッツ。
あの元気な姿が見る影もなく、その弱弱しい様子はまるで別人のようだ。
彼が出て行った後、
「のぅアルヴィーヌ。心配じゃし、お前もついて行って・・・」
「嫌。」
父から彼へ気をかけての発言が取り付く島もなく一蹴されたので全員が目を点にしていると、
「アル。家族は大事に、じゃ。ヴァッツもその一員じゃぞ?」
「・・・お父さんはずるい・・・」
諭すようにスラヴォフィルが言うとむくれた娘は一言だけ返して部屋を出て行った。





 「王子!よくぞ戻られました!!」
その後、ヴァッツやショウの事を心配する間もなくアデルハイドの将軍や文官が彼の部屋に集まって来た。
一応王族の部屋ということで他よりは広く立派な造りにはなっているものの、
10名近い男達が一気に詰めかけると流石に手狭な感じでいっぱいになる。
「え、えっと。うん。皆さんもご無事で何よりです。」
何となく顔と名前は一致するがまともに向き合った記憶がない為、
あとは国務を未だに理解出来ていない為、
自分が帰ってきた事にこれだけの人間が反応を見せてくれる事に喜びよりも驚きを感じるクレイス。
「お~お前が王族だと初めて理解したわ。結構人望あるじゃん。」
客間を用意されたにも関わらず何故かこの部屋に居ついているカズキが感心していると、
「クレイス様。彼とどういった関係かは詳しく存じ上げません。
しかし時には厳しい態度で当たるのも大事だと思いますよ?」
こちらも何故か当然のように居座っているイルフォシア。
彼女に関してはこの城に一定期間滞在していたようなのでしっかりとした個室が用意されているはずなのに。
「い、いえ。カズキは僕の命の恩人で師匠ですから。」
ショウの行方がわからず、ヴァッツが気落ちしてしまっている中、
こうやっていつもと変わらぬ様子の友人が近くにいてくれるだけでもクレイスの心は穏やかになる。
時々その理不尽さに振り回された事もあったが咎めようなどとは思ったことが無かった。
それに彼の言動に関しては今更始まった事ではないので全く気にならなかったのだが、
「親しき中にも礼儀あり、ですよ?!」
何故かイルフォシアはそれが気に入らないらしく、むしろクレイスが説教をされるような形になっていた。
だが、彼にとってはそんな彼女の姿もまた可愛く見えてしまい・・・・・。

「「「・・・・・」」」

気が付けば周囲から何とも言えない視線が彼に向けられていた。
その姿に心を奪われていたクレイスは叱られる中、表情はゆるゆるの笑みを浮かべていたらしい。
慌てて表情を戻すと、
「ま、まぁイルフォシア様。クレイス様も久しぶりの御帰還で安心なさっておられるのでしょう。」
確か父の側近中の側近、
プレオスという男が何とか擁護をしようと仲介してくると呆れ顔になったイルフォシアは、
「・・・ご本人が何も思っておられないのならそれでいいですけど!」
彼女は彼女なりにクレイスの事を思って発言してくれていたのだ。
可愛さに見惚れていて大事な所を見落としていた彼はそこに気が付くとすぐに口を開こうとするが、

「いや。俺が悪かったな。少し控えるわ。」

あまりにも意外な、普段の彼からは絶対に有り得ないような謝罪を口にしたカズキ。
それに気が付いたのはクレイスだけで思わず勢いよく彼に振り向くも、
その表情にはいつもの不遜で傲慢な彼の面影が少し薄れているように感じた。

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