闇を統べる者

吉岡我龍

夢のあとさき

 ヴァッツ達と別れたクンシェオルトはハルカと共に再度海を渡る。
帰りは出来るだけ急いでもらうように頼んだので20日足らずで『シアヌーク』へ到着すると、
久しぶりにハルカが御する馬車で『ネ=ウィン』に向かって走り出した。
船上ではかなり苦しそうな様子を見せていたクンシェオルトも
港に着く頃にはすっかり体調を取り戻していたので、
「ハルカもヴァッツ様の下で働かないか?メイもお前がいると喜ぶだろうし。」
非常にご機嫌な彼が妹を出汁にして時々狂言を放ってくる。
最初は強く否定していたが、何度目かにはもうあきらめ気味に、
「メイには定期的に会いに行くから結構です。」
きっぱりと短い言葉を返すだけで会話を終わらすように努めていた。
個人的には戦いの後酷く体調を崩していた事が気掛かりだったので、
それについて詳しく聞きたかったのだが彼は露骨に避け続ける。
(まぁ異能の力には間違いないだろうし。いいんだけどね。)
『闇の血族』という言葉はメイから聞いたのだが詳しい内容はよくわからなかった。
戦っていた所を見た感じだと全能力が数十倍にも跳ね上がり、
他者を寄せ付けない力を纏っている様子だったが、その反動があの体調不良なのだろう。
ユリアンを始末してから十日は寝込んでいた。
どれだけ強力な力だとしても、発動後に襲われたらひとたまりもない。
(本当厄介な力よね・・・)
今後も彼が『闇の血族』としての力を使うたびに誰かの看護が必要になるのか。

・・・・・護られたい?

ぼんやりだがヴァッツの配下になると決断した彼の心理が垣間見えた気がする。
メイも一緒に、ということは彼女が異能の力を使う事も考えているのだろう。
普段は多少強い程度の彼女だが兄と同じく、
その力を解放すればハルカを凌ぐ強さを発揮するのかもしれない。

御者席で1人馬車を駆るハルカに考える時間は十分あった。
しかし納得のいく答えを得る事無く2人は十日ほどで『ネ=ウィン』の国境線を超えていた。



 「ハルカ。一度家へ向かってくれ。そこで頼みもある。」
クンシェオルトが御者席にいるハルカに指示を出す。
2人は長旅から体も誇りと汚れに塗れているので身支度を整えるのには賛成だが、
『ネ=ウィン』という後ろ盾を自ら捨てようとしている男の頼み。
何やらきな臭さを感じたので返事をすることなく無言で考え込んでしまうハルカに、
「そう硬くなるな。メイの事だ。詳しくは後で話そう。」
彼女の心を読んだのか捕捉を入れてくるクンシェオルト。
彼の妹の名前を出されてついつい気が緩みがちなのは自分でも理解していたので、
「・・・ま、まぁ話くらいは聞いてあげるわよ?」
辛うじて距離を置いた返事をすると、後ろから軽い笑い声が聞こえてきた。

見慣れた街並みを遠景で眺めつつ、
2人の馬車はやがて大きな門構えと塀が続く大きな屋敷が見えてきた。





 「お帰りなさいませ。」

執事と思われる男と召使い達が一斉に彼を出迎える。
事前連絡もない主人の帰りをきちんと迎えることが出来るのは、
その仕事への妥協なき姿勢だけではなく、その人徳による部分も大きいのだろう。
「ああ。しばらくぶりだなレドラ。メイはどこにいる?」
「はい。メイ様はただいま剣の修練中でございます。」
「すぐに私の部屋に来るよう伝えてくれ。」
短いやり取りが終わるとハルカを連れて自室に向かうクンシェオルト。
部屋に入ると腰を下ろした2人は、用意されたお茶を頂きながらゆっくり寛ぎ始めると、

こんこん

すぐに扉が叩かれ、許可なくそれが勢い良く開くと、
「お兄様!!やっと帰ってこられたのですね!!!」
短髪だがクンシェオルトと同じ髪色の、
彼よりも肌の色が健康的な女の子が駆け寄ってきて抱き着いた。
「・・・匂いますね。先に湯につかって来られては?」
が、久しぶりの再会を喜んだのもつかの間、すぐに兄への辛辣な意見が飛んでいく。
「うむ。後で入るよ。それより報告がある。」
座るように伝えると大人しく従うメイ。ハルカとも目が合い笑顔が零れている。
彼女は5歳ほど年上だが、あまり世間慣れしておらず同い年の友達だと思って接している。
メイもそれを不快に感じる様子はなくお互いの関係は良好だった。
「さて、帰ってきて早速で驚くかもしれないが私はこの国を出る。お前も旅支度をするんだ。」
「・・・・・えっ?・・・・・」
それはそうだろう。
いきなり国を出る、つまり故郷を捨ててどこかへ行くというのだ。
言葉よりも驚きが前面に出てきて、表情だけがメイの心境を顕著に物語っている。

「クンシェオルト様。もう少し順序立ててわかりやすく説明してあげたら?」
見かねたハルカが仕方なく横から助け舟を出すが、
「残念だがその時間がない。ハルカ。頼みというのはこれだ。
メイにその経緯を説明し、旅支度を済ませたら『シアヌーク』へ向かってくれないか?
あとはヴァッツ様がこちらに戻られたかをいち早く確認する為に西海岸の街に探りも放ってほしい。」
そういう頼みだったか。
予想よりはかなり楽な依頼内容と、友人と旅が出来る嬉しさに2つ返事で了承しそうになるが、
「報酬は?」
暗闇夜天族の頭領として、ここはしっかり定めておく必要がある。
一族郎党の生活が懸かっているのだ。
「私の私財の半分でどうだ?」

・・・・・

うん???

具体的な数字が出てくると思っていたので一瞬理解が追い付かなくなる。
戦闘国家『ネ=ウィン』の4将筆頭。彼の給金と蓄えはいったいどれほどのものなのだろう?
希望として金貨100万までは釣り上げる予定だったのだが・・・
考えても答えは出そうにないので、
「それってどれくらい?」
「そうだな・・・恐らく金貨にして2億はあるはずだ。1億でどうだろう?」
・・・・・
(よし!!!!!!!受けよう!!!!!!!!!)
心の中では即決していたがここは頭領として、
少し考えるふりをしつつ、渋々引き受ける体で、更に平静を装いながら、
「・・・私は今ネ=ウィンに雇われているのよ?
貴方の個人的な依頼を受けると後々ややこしくなるでしょ?そこはどう考えてるの?」
「うむ。それを踏まえて無理をお願いしているんだが・・・
そうだな。ハルカの身を案じると我儘が過ぎたか。今の話はわすれ」
「受けます!!!!!」
大魚を逃がしそうになったので全てをさらけ出した少女は慌てて快諾した。





 妹に言われたのを気にした訳ではないが3か月近く旅をしていたのだ。
登城するにしても疲れと汚れは落としておくべきだろう。

(ハルカならメイをしっかり説得してくれると思うが・・・)
彼の父親はメイが生まれてすぐに戦死しており、更に母親も妹が3歳の時に病死している。
天涯孤独という訳ではないがそれでも両親との思い出や記憶がほとんどない彼女にとって
クンシェオルトは両親の代わりであり、頼れる兄でもあった。
彼も妹を養うために一軍人として活躍してはいたが、
そんなクンシェオルトの姿を見て育った為、メイも将来は兵卒になる!と言い出したのだ。

これは彼にとって望ましくない成長だった。

本来女性というのは子供を産むことが出来る存在の為、基本的に戦場に立つことはほとんどない。
彼女らの死は国の、ひいては世界の衰弱に直結するのだ。
更に『ネ=ウィン』は戦闘国家であり、死者の数も他国より多い。
国の繁栄を願うのなら安全な場所にいてもらいたい。
妹なら猶更だというのが本音である。

そんな彼の長年の悩みを解決出来る存在と出会えたのだ。

ヴァッツ。

彼は間違いなく世界をひっくり返す力を持っている。
それはクンシェオルトの持つような限定的な力の比ではない。
世界の国や人々を導ける力なのだと確信出来る。

今後彼がどういった道を歩むのかはわからないが、まず間違いなく国家の中枢を担う存在になるだろう。
その国は絶対的な力で護られる事となり国民は内外からの脅威に怯える事もなくなるはずだ。
何も知らない者からすれば随分酔狂な事を仰っておられると鼻で笑われるかもしれない。

しかし彼は『ネ=ウィン』の4将筆頭であり、国の最高武力として最前線で戦ってきたのだ。

軍としての力の規模や、流れなども直にその体で体験してきた彼にとって
ヴァッツと『闇を統べる者』という力を目の当たりにした時は正に目からうろこ状態だった。
そんな彼が見初めた少年に、大事な妹の安全を委ねるという選択に対して誰も非難できるはずもない。

(これでいい。これでいいのだ。)
湯を顔にかけながらこれからの考えをまとめていくクンシェオルト。
自身がこの国でメイを守り続けるという選択肢もあったのだが、
それを選べなかった理由は彼ら一族の力に原因がある。

『闇の血族』
非常に忌み嫌われ、書物では500年ほど前に絶滅したと記されているらしい。
この地に来てからその話を聞いた時、幼かった彼は何とも居た堪れない気持ちになったものだ。
その一族は知勇ともにとても優れており、
また整った容姿の者が多かったことから一時期は世界を牛耳るだろうとまで言われていたらしい。

しかしその異能の力。

これを発動させると多大な犠牲を支払う必要があった。

クンシェオルトはこれまでの生涯で2度、それを使っている。
一度目は7年前、『トリスト』の精鋭3000を殲滅する為に。
そして二度目は1か月ほど前、ユリアンを討つ為に。
結果どちらも多大な功績として周囲からは認められるだろう。
だが『闇の血族』が持つ力はそれを遥かに超える代償、血と肉を求められるのだ。

彼は悟っていた。

既に余命幾何もない事を。





 その日は3人で楽しく晩餐を頂き、といってもメイはどうにも不貞腐れ気味だったのだが。
翌朝クンシェオルトは執事レドラに家財道具は全て売り払って
財産の半分をハルカに渡す事、残った半分は使用人達と均等に分ける事を伝える。
少し驚き、一瞬寂しそうな顔をするも、
「畏まりました。」
静かに頭を下げ、命を承る老紳士レドラ。
自身の両親に近い年の男はクンシェオルトが4将になってから7年、よく勤めてくれた。
もし生活が落ち着いたらメイの為に呼びたい気持ちもあるが、
彼にまで故郷を捨てろというのはまた酷な話だ。

あとはハルカとメイ、そしてクンシェオルトの旅支度を頼むと
4将筆頭は最後の仕事を果たすべく、1人静かに王城へ向かっていった。



 久しぶりに登城すると3か月前とは違い、随分活気づいている。
何か大きな戦に備えているのか、やたらと訓練兵の姿が目に付く中。
「あ?!やっと帰って来たのか!!」
後ろから年中上半身裸の暑苦しい男が声を掛けてきた。見なくてもわかるし見たくはないのだが、
「フランドルか。久しぶりだな。」
ここで挨拶を交わすのも今日で最後かもしれない。
4将がそれぞれ強い個性を持っているので協力をするという事は少なかったが、
それでもお互いの強さと誇りには敬意を払っていた。

そう思うとそりが合わなかった彼に対しても多少は向き合おうという気になるものだ。
「で、どうだったんだ?例の蒼髪のガキとクレイス王子は?」
しかしヴァッツをガキ呼ばわりした事に一瞬で激しい怒りに火が灯ってしまうが、
「それらは皆の前で話す。それより妙に活気付いてるな。どこか侵攻するのか?」
彼のこういった性格も今更始まった事ではない。
すぐに話題を変えて自身の感情を抑える方向に話を進めてみると、
「いや。攻める予定は無いんだがな。『トリスト』が空を飛ぶ兵士を隊列に組んだんだよ。
だから俺達もそういう部隊を作ろうって事になったんだ。」
「ほう?」
遂にそこまで魔術が進歩したのか、と素直に感心するクンシェオルト。
思えば最初に魔術師部隊に空を飛ばせて火球を落としてきて以来、
『トリスト』という国は様々な技術と戦闘力で我が国を圧倒してきた。
それこそ彼の軍とぶつかり合ってまともな戦果をあげたのはクンシェオルトしかいない。
「お前はどうする?魔術を叩き込む部隊と武具に術式を施して飛べる部隊があるんだが。」
まだ何も知らないクンシェオルトに当然のように訓練方法を提示してくるフランドル。
「そうだな。それも考えて後で報告しよう。」
久しぶりに姿を見せたクンシェオルトとフランドルの4将2人が並んで歩く姿に
行き交う兵士達が羨望の眼差しを向けてくる。

そんな視線が嬉しくもあり、申し訳なくもある。

既に戦う力を失っていた4将筆頭は謁見の間にたどり着いた。





 中には既に皇帝ネクトニウスと皇子ナルサス、ビアードとバルバロッサも待機していた。
2人が同時に中へ入ると皆が少し驚いた表情を浮かべるも、
「クンシェオルト、よくぞ戻った。早速だが話を聞いていこう。」
皇帝が少しだけ笑みを浮かべて話を促す。
「はっ!」
跪いた後、彼は目的だった2人の少年について説明を始めた。
「クレイス王子は現在誰にも手出しすることが出来ない程の強力な力で護られています。
彼を拉致し、『アデルハイド』への交渉に使うというのは不可能です。」
その発言に一同が目を丸くしてクンシェオルトに視線を送る。
「強力な力、というのは例の蒼髪の少年か?」
皇子が少し猜疑の目で口を挟んでくる。
既にナルサスの興味はハルカを軽くいなしてしまうというヴァッツに注がれてるようだ。

「はい。彼の力は非常に強大です。何者が前に立ちはだかったとしてもその足元にすら及ばないでしょう。」

彼の性格上クレイスの拉致という任務は何かしら理由を付けて拒否するだろうとは
ここにいる誰もが思っていた。
しかし、4将筆頭であり現在国内で最強の武将である彼の口から
ここまで畏敬と賞賛に近い言葉が出てくるとは誰も想像していなかった。
「・・・随分嬉しそうだな?」
表情か口調か、それとも雰囲気かにそれが出てしまったのか。
普段あまり口を出してこないバルバロッサに指摘を受けると、
「それはもう。ヴァッツ様の力を目の当たりにして、私は自分を知ることが出来たのですから。」
隠し事が苦手な彼は敬称も忘れずにつけて率直な感想を述べてしまう。
これにはフランドル以外が驚愕の表情を浮かべるも、
「ふむ。ではそのヴァッツとやらを我が国に連れて来る事は可能か?」
クンシェオルトの態度に少し不快感を表しながらネクトニウスが問いかけた。
「いいえ。彼は非常に争いを嫌っております。戦闘国家への招致は不可能でしょう。」
彼ほどの人間がそこまで評価する少年に手も足も出ないという事実を伝えると一同が静まり返る。
「その少年、出身はどこだ?なぜクレイス王子と行動している?」
「話では『迷わせの森』で生まれ育ったそうです。クレイス様の逃亡時に出会われたようで、
そこから意気投合されて今は他にも仲間を加えて旅をしておられます。」
「なるほど・・・夜襲が仇となったのか。・・・フフフ。」
薄く笑いだしたナルサスに、
「何がおかしい?」
皇帝が先程の不快感をそのままに皇子へ強く尋ねると、
「いや失敬。あのクレイスという少年、
城から逃亡し、蒼髪の少年に護られて仲間を増やしながら旅をする。豪胆というか幸運というか。
私は少し侮り過ぎていたな、と。」
「ふむ・・・確かに。夜襲は失敗し国は無事なのだ。旅などしていないで親元に帰れば良いものを。
これもキシリングの意志なのか?」
「・・・・・」
これに関しては口を開くと余計な事を言ってしまいそうなので押し黙るクンシェオルト。
嘘をつくのは苦手だが黙秘を続ける事なら何とか可能なのだ。

「ところで皇子!クンシェオルトの飛行はどの部隊でやらせるんだ?」

ずっと黙っていたフランドルが話題を変えてくれた。今日ここに至っては彼という存在に感謝しかない。
しかしその話をつづける事は出来ない。何故なら、
「ネクトニウス様、その件も含めて本日は1つお願いしたい事がございます。」
再び跪き、頭を垂らして嘆願するクンシェオルト。
周囲は此度の調査に対する褒美でもあるのかとばかり思っていたので、
「よかろう。申してみよ。」
皇帝もすっかり肩の力を抜き、よほどの事がない限り了承する空気を出していた。

「私クンシェオルトは本日この場を持って4将筆頭を辞任させて頂きます。」

・・・・・

誰も想像していなかった発言に静かな時間が訪れる。やがて、
「うん?」
辛うじてネクトニウスが一言だけ声を上げる事が出来た。





 あの若き皇子すら唖然としているのは流石のクンシェオルトも少し気が引けた。
しかし彼にはもう時間がない。
例えここで全員から剣を向けられようとも、今ここで話をしておかねば必ず後悔する。
「お前何言ってんだ?!」
次に声を上げてくれたのはフランドルだ。彼らしい怒りの籠った言葉に少し微笑んでしまうが、
「落ち着けフランドル。なぁクンシェオルト、それは本気で言ってるのか?」
皇子の前では滅多に自分の意見を出さないビアードですら不安そうに尋ねてくれる。
しかし先程敬称をつけた事により何かを感じていたバルバロッサだけは静かに目を閉じていた。
「ああ。私は今日限りで4将を辞めて、国からも去る。」
彼の愚直な性格は誰もが知るところだ。
そんな男が国の最高権力と武力を誇る面々の前で堂々と言い放った事で皆がその本気を受け止めた。
だがそれと納得がいくかどうかは別問題だ。
「理由を!・・・聞かせてくれんか?」
若干語気を荒げてしまったネクトニウスが少し落ち着いてから続きを促すよう尋ねてきた。
周囲も真剣な面持ちになってクンシェオルトを見つめている。

思えば流星のように頭角を現したクンシェオルト。
彼を筆頭に推薦したのが当時の4将筆頭だというのだから誰も反論出来なかったのも懐かしい。
あれから7年。
以降クンシェオルトの目立った活躍はなかったものの、
その若さと恵まれた容姿は実に軍を、国を盛り上げてくれた。
年齢もまだ28歳。これからをますます期待されている。

「はっ!これは・・・この話はカーチフ様以外にするのは初めてでございます。」
その名を聞いて全員の顔が更に真剣そのものになる。
前4将筆頭、建国以来最強の4将と言われていた男の名だ。
「私は『闇の血族』の末裔。その力は非常に不安定且つ力の伝承者も極々稀なのです。
私がこの地位に付けたのはそれらが全て合致した故にございます。」
静かに自身の民族から話が始める。
『闇の血族』の類稀なる力は強大過ぎて
周囲からは妬みと恐怖で常に疎んじられていたという長所とも受け取れる話。
「我が国は多種族国家だ。その程度の事実でお前を蔑ろにするつもりはないぞ?」
ネクトニウスが毅然と言い放つが、
「いえ。そこは全く心配しておりませんでした。今までこの国は本当によくして下さった。
感謝しかありません。理由は私自身の問題なのです。」
「というと?」
ここまでの話では何もわからない。疑問を浮かべた表情で皇帝が聞き直すと、

「我が力は使用するとその分だけ命がすり減るのです。
此度の任務内で私は残る力を使い果たしてしまいました。恐らく先は長くありません。」

「な、何だと?!?!」
黙って聞いていたフランドルが我慢できずに声を荒げる。
見れば他の2人も驚愕の表情だ。バルバロッサなどは滅多に感情を面に出さないというのに。
「・・・それは事実か?」
信じられないといった風に皇帝が更に問い返す。
「はい。『闇の血族』が忌み嫌われる理由がこれなのです。
7年前に『トリスト』の兵3000ほどを一瞬で肉片にまで細切れにやった時、
すでに私の寿命は相当削られたものだと痛感しました。」
「なんと・・・では此度の任務、そのヴァッツとやらの力を計るためにまたその力を?」
過ぎた事は仕方がない。が、問わずにいられない皇帝。
忠臣を今亡くそうとしている為、驚愕から悲痛な表情に変わっている。
しかし当の本人は軽く笑みを浮かべて、
「いいえ。これは旅の途中、非常に厄介な敵と遭遇したので。
放っておけば『ネ=ウィン』や世界の脅威となるのを危惧した為、排除する時に使いました。」
あの戦いはヴァッツに任せておけばクンシェオルトが今の状況に陥る事はなかっただろう。
だが戦う事を嫌う彼に無理矢理その役を押し付けるのは彼の性格が許さなかった上に、
悍ましい邪神に心の底から怒りを感じたクンシェオルトは自身の剣を振るう事を選んだのだ。

その真意を汲み取ったのか、
爽やかな笑顔で答えるクンシェオルトに同じく笑顔で答えるネクトニウス。
「ではどうするのだ?辞めて異国の地で静かに暮らすと?」
戦う力も余命も残されていないとはいえ若き4将筆頭の引退後を全力で支えようと気にかけてくる皇帝。
心から心配してくれている事がひしひしと伝わってくるからこそ、

「私は妹と共にヴァッツ様の下へ行きます。どうかお許しを。」

そういって頭を下げ直す。
ここで皆に襲われても処刑されても仕方がないという覚悟はしていた。
だからこそ実直な彼は誠意をもって嘘偽りなく全てを告白する。
「ふむ・・・敵になるかもしれん相手の元へ行くというのか?」
「はい。彼が何を成し得るのか、残りの命が尽きるまでお傍に仕えて見届けたいのです。
それに先程もお伝えしましたが彼は争いを嫌います。案外敵対しないかもしれません。」
「だったらそのヴァッツとやらを俺らが叩っ斬ってもいいんだな?」
フランドルが鼻息荒く割って入ってくるが
ここは皇帝も彼の気持ちに敬意を払い、その無礼を咎める事はない。
「ああ、構わん。本当は私が全ての力を使って立ち合いたかったのだがそれも叶わなくなった。
その時が来れば全力でぶつかってみてくれ。」

これもクンシェオルトの本心だった。
『闇の血族』の力を全て開放して戦うのは偉大な相手だと決めていたのだが、
それとは対極の敵に使ってしまった事は彼の人生で唯一の後悔として残るのかもしれない。

若き4将筆頭が笑顔そう答えると、フランドルの目には涙が浮かんでいた。





 将軍職を辞した日に妹とハルカは旅立たせてあった。
自身も謁見が終わればすぐに後を追うつもりだったが、
「別れの晩餐くらい付き合え。これは皇帝命令だぞ。」
この国でフランドルの次に熱き心を持つネクトニウスにそう言われては断れない。
思っていた以上に快く辞任を受け入れてくれた皇帝と4将の同僚達。
クンシェオルト自身もその気持ちは持っていると自覚はしていたが
どうやら彼らもお互いの強さと誇り、更には4将としての親しみを持っていたらしい。
「まさかこんな日にその事実に気付かされるとは。」
隣で大酒をかっくらうフランドルを相手にしながらも嬉しさと寂しさが込み上げてくる。
強さというものは同じくらい我儘な部分も目立つ。
4人が4人とも戦い方から性格まで全く異なるのだ。
普段はそりが合わなくても仕方がなかったが、
今こうやって皆で食事をしているとこの国は変わらず強国でいられるだろうと安心する。
「で、そのヴァッツってのはどういう強さを持ってるんだ?!」
遠慮なく肩をバンバン叩いてくるフランドルに、
「それは私も気になった。お前が惚れ込むほどだ。さぞ強いのだろう?」
ナルサスですら同席して話に加わってくる。
正直彼の力を口で表すのは非常に難しい。どう答えるか少し悩んだ後、
「・・・誰よりも優しく、誰よりも純粋な心、でしょうか。」
「「・・・・・」」
『闇を統べる者』や本人の力は対面すればすぐにでもわかる事だ。
それより重要なのはヴァッツのその心。
似て非なる実直なクンシェオルトと通じる部分のある、
だがそれを遥かに上回る優しい心こそが、自身の主である真の強さなのだと思う。

2人はきょとんとしたまま質問を重ねて来る事はなく、
そのやり取りを見ていたビアードとネクトニウスだけは少し納得したような様子だった。



「見送りはいいと言っていたのに。」
体を休めた次の日。朝早くに出立しようとしていたクンシェオルトの馬車の周囲には
4将の3人と皇帝と皇子までもが彼の最後の姿を見に来ていた。
「硬いこと言うな。もう会えないだろ?」
ビアードが口ひげを歪ませながらからかうも、
「・・・実際の所どうなんだ?・・・余命というのはわかるものなのか?」
研究者としての側面を持つバルバロッサはそこが気になって仕方がないらしい。
昨晩はほとんど話さなかったが最後という事で口を開いてきた。
「ああ。これは正に『闇の血族』の能力だろうな。力を全開放した後に瀕死近い状態になる。
そこからどこまで回復するかでおおよそ理解出来るのだ。」
「じゃ、じゃあ後何年だ?!」
フランドルが焦りを見せつつ詰め寄ってくるが、ここで本当の事をいう必要はない。
「そうだな。1回の全開放で凡そ20年は削られている感じだ。あと数年は生き長らえるだろう。」
「そ、そうか!家を構えたら手紙をよこせよ!?」
非常に暑苦しい。
昨夜の晩餐もそうだが、こういう反応をされると別れづらくなるので見送りも断っていたのに。
「金が足りなくなればいつでも頼れ。もうそれくらいしかしてやれんが。」
皇帝も寂しい笑顔で最後の挨拶を交わす。
「ありがとうございます。お気持ちだけ頂きます。」
それぞれとの別れを済まし、
最後にナルサス。

この男だけは心から好きにはなれなかった。

決定打となったのは『アデルハイド』への夜襲が原因なのだが
どうも冷酷というか、非情になりすぎるきらいがある。
いくら戦闘国家とはいえ、次期皇帝なのだからやはり誇りを持ってもらわねば。

「また何か企んでいるのか?」
思いに耽っているとナルサスがこちらに近づいてきた。
「はい。皇子にはもう少し人心を理解するよう努めて頂ければと。」
それを聞いて周囲が目をむくがこれも最後だ。
「・・・全く。私には私の考えがある。これではヴァッツとやらもうるさくてかなわんだろうな。」
呆れかえった表情を向けるとそのまま後ろを向き、1人で城へ戻っていった。
「フフフ。すまんなクンシェオルト。最後まで心配をかけた。」
皇帝もそこはわかっているらしく。諌言を笑顔で流してくれる。
「いえ。最後まで出すぎた真似をしてしまい申し訳ありません。では、妹が待っておりますので。」
最後に深く頭を下げた後、
御者席に座ると馬の手綱をその両手でつかみ、
故郷の仲間に見送られながら希望を胸に西へと旅立っていった。










街道をゆるやかに北西へ向かう。

以前三国会談のあったロークス経由で同じように馬車を走らせるクンシェオルト。
(思っていた以上に体の調子は悪くない。)
死が迫っているにも関わらず彼の心はとても軽かった。
元々この力を使って4将筆頭の椅子に座らされていたのだ。
遅かれ早かれ次の環境へ移る事は前々から考えていた。
(ぎりぎりになってしまったがな。)
1回の全開放によるクンシェオルトの寿命は恐らく30年ほど削られている。
2回目をユリアン討伐で発動している為、今日明日と知れない命だ。
だが、メイはハルカに託してある。
説得も成功したようで、あれからすぐに『シアヌーク』へ馬車を走らせたらしい。
2人は仲も良く、ハルカの個の強さと暗闇夜天族もついているので安心だろう。

何もかもが上手くいった。

もう少し咎められるかと思ったが、
予想以上に『ネ=ウィン』の人間は自分を快く開放してくれた。

後ろめたさがないといえば嘘になるが、

今後は自分が戦わずとも、誰も戦わずとも生きていけるであろう場所で、残りの余生を妹と静かに過ごそう。

もちろん戦い以外の事では・・・

ヴァッツ様にしっかりご奉仕せねば・・・・・

・・・・・





やがて日が暮れ、手綱から馬への命令もなくなった馬車は自然と停止する。

その御者席には、

眠るように死んだ誇り高き将軍の亡骸を乗せたままで。

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