闇を統べる者

吉岡我龍

別れと出会い -ダラウェイの行方-

 『シャリーゼ』の最北端に位置する港町『シアヌーク』。
更にその北の国境線ぎりぎりの場所にフェイカー達は野営地を構えて1か月が過ぎていた。
『リングストン』内部のいざこざを調査する為と、
その波及が南下しないようにとの命令を受けていたのだが、
「フェイカーさん!長老に掛け合って北上の許可を貰って下さいよぉ!!」
若輩者が今日もしつこくせがんで来た。
ここにきて最初の1週間は我慢していたのか大人しかったが、
それを過ぎてからは毎日こうやって泣きついてくるのだ。
「駄目だっつってんだろ!俺達の目的は斥候だ!何度言えばわかる?!」
流石に普段は温和なフェイカーもここ最近はきつく何度も言い聞かせている。
「でもすぐ北では敵が内紛でばちばちやってるんですよね?!
だったら俺らが参加してもわからないんじゃないっすか?!」
何とも短慮を塗り固めたような発言だが、
「どんな目的があって敵国の内紛に紛れ込むんだよ?!
やみくもに蛮勇を振るうだけじゃ誇り高きネ=ウィン兵の名に傷がつく。そうは思わないか?」
「戦ってこその戦闘国家じゃないっすか~!!」
駄目だ・・・若者特有の視野狭窄に感情が全て乗っかってしまっている為
聞く耳どころか聴覚そのものを失っているのではと錯覚しそうな有様だ。
一応退屈しのぎに毎日立ち合い稽古をしてはいたのだが、
その程度では滾る血を抑える事は難しいらしい。
(こいつは今後二度と斥候任務には連れてこない。)
心の中で固く誓うもその夜事態は急変し、誓いはすっぽり忘れ去られることになる。



 「フェイカーさん。長老がお呼びっすよ。」
晩飯時に若輩者が声を掛けてきた。
あの後立ち合い稽古を足腰が立てなくなるまで続けたので多少大人しくなっているが、
それでももう飯を食ってすたすた歩ける程には元気になっている。
「わかった。」
短く答えると椀を預けてそのまま陣幕に向かい、
「長老。入るぞ。」
いつも通り、中の確認など気にせずそのまま入ると、
そこには今日まで『リングストン』に忍び込んでいた斥候兵が息を切らせて座っていた。
「おお。来たか来たか。では話を聞こう。」
何やら重要な情報を掴んだか?
わざわざ自分が来るのを待っていたというのはそういう理由だろう。
今ではフェイカーの正体を知るものは数少なくなったが
前4将筆頭の力が必要になるかもしれない、と長老は踏んでいるのだ。
「は、はい。現在『ナーグウェイ』領では粛清の嵐が吹き荒れているようです。」
と、言う事はいよいよ内紛が終わりに近づいているということか。
「それじゃ俺達の任務は終わりだな。シーヴァルがうるさくて敵わなかったから助かるぜ。」
「こらこら。そんな単純な話でお前を呼ぶ訳がなかろう。」
長老が早とちりしているフェイカーに和やかな突っ込みを入れてくる。
「・・・それもそうか。何か問題があるんだな?」
「は、はい!『リングストン』の意志としてはレッターポを新副王に擁立する為、
各地で他勢力の粛清が進められています!
結果ヤータムとタフ=レイの残党が保身の為に大軍を率いて南下して来ているのです!!」
彼の国はとにかく物量が多い。
『ネ=ウィン』の人間からでは想像もつかない大軍が押し寄せているのか。
「はっはっはー。ここにきて一番面白い情報じゃないか。」
「相変わらずお前のツボはわからんのう。わしには微塵も面白さが感じられん。」
皮肉を言っただけなのだが長老が真面目に捉えてしまう。ここまではいつもの流れだ。
しかし、
「わかってもらえなくて結構。
長老、我々の任務の1つに『シャリーゼ』の安全を守る事も含まれていたよな?」
フェイカーがそう言うと周囲からは沈黙と生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「・・・まさか100人足らずで戦いに挑む気か?」
「うむ。」
短く答えると場の空気がどんどん張りつめてくる。
「・・・勝算はあるのか?」
「あるな。敗残兵相手に手こずる我々ではない。そうだろ?」
身分こそ一兵卒だが、その面倒のほとんどをフェイカーが見ている。
言わば彼らは4将率いる隠れた精鋭部隊と言っても過言ではないのだ。
そしてそんな前4将筆頭が断言すると長老も諦めたのか、
「・・・ま、お前がそう言うなら仕方ないな。犠牲は少なくな?」
「任せてくれ。育成してきた新兵に実戦を経験させて、そこからは俺が様子をみて判断しよう。」
短いやり取りの後、
明朝に北上する計画を立て終えるとフェイカーは何食わぬ顔で陣幕を後にした。



 「ひゃっほーい!ついに初陣だぁ!!」
あの夜に伝えると皆が興奮して寝れないと踏んでいたが、予想は当たっていたようだ。
いつもフェイカーの傍にいる若輩者が日も昇らぬ朝から大興奮している。
今朝方長老から北上の命令を出してもらい、
それぞれが準備をする中、フェイカーは移動の準備をしながら周りの新兵を観察していた。
シーヴァルは元々明るく気さくな性格なので喜びを前面に押し出す行動をとる。
だが、中には静かに闘志を燃やすもの、少し怯えている者、いつもと変わらぬ者と、
様々な人間が性格に反映された雰囲気を纏っていた。正に十人十色だ。
(さぁ、この中から俺を驚かせてくれるのは誰だろうか。)
通常、戦場に出ればその空気にあてられてまた各々が別人のような様変わりを見せる。
こればかりは実際試してみないとわからない。
それが楽しみで仕方がないフェイカー。

彼は個人の武で戦う事も好きだが、目の前で成長していく若者を見るのもまた好きになっていた。
7年前、異能の力を初めて使って見せたクンシェオルトが、
精鋭中の精鋭『トリスト』の部隊3000人を一瞬で沈めた件では嬉しい驚愕が心を満たしたものだ。
「フェイカーさん!俺一番槍もらっていいっすか?!」
自身の何十倍も心を躍らせているシーヴァルが尋ねてくるが、
「あのなぁ。俺達は攻め手じゃないんだ。あくまで防衛しに行くんだからな?」
放っておくと単騎で突っ込んでいきそうな若輩者に苦笑いで釘をさしておく。

その後朝食を終え、準備が出来た斥候部隊は朝日と共に北に向かい始めた。





 サファヴ達が駐在していた『ダラウェイ』はナーグウェイ領の南方に位置する。
そこから北東にある王城とかなりの距離ある為どうしても情報がやや遅れて届くのだが、
「急報!!急報だ!!」
弟レッターポの部隊から侵攻を受ける事無く、順調に復興作業を進め続けて1か月。
顔色が蒼白な男が目を血走らせて馬を暴走気味に走らせながらこの街にやって来た。
「何だ何だ?」
街門付近で作業していたアスワットがその声に反応して剣を取ろうとするが、
「あれはヤータム軍の斥候だ。」
サファヴがそれを止めて血相を変えている男に声を掛けた。
「どうした?」
「この街の責任者はどこだ?!案内してくれ!!」
見た感じだと敵対勢力からの刺客というわけではなさそうだ。
念の為アスワットにもついてくるよう伝えると、自身も帯剣してから、
「こっちだ。」
指で合図を送りながらその男を将軍の元に案内した。

現在『ダラウェイ』を任されているのは将軍ウェディットだ。
彼の本陣と居住を兼用している建物に連れて行って急報の使者だと伝えると、
「サファヴとアスワットか?ならばお前達も一緒に入れ。」
上官に覚えの良い2人もその場に呼ばれる。
頭髪は少なくそれなりに年を感じる部分もあるが、
歴戦の猛者でもあるウェディットは鎧を身に纏い厳しい視線を斥候に送ると、
「では話を聞こう。」
2人が執務室の壁際に待機するとその報告が始まった。
「はっ!!現在ラカン様率いる掃討部隊がナーグウェイ領を蹂躙中!!
ネヴラディン様は次期副王にヤッターポ様をご指名され、
タフ=レイ様、ヤータム様は反逆者として粛清対象に挙げられております!!!」

・・・・・

農民出身で兵卒な2人からすると担いでいた神輿が壊されようとしている。
その程度の認識しかなかったが、
「そうか・・・ヤータム様は今どちらに?」
将軍のように高い身分を持つ者は一族郎党を殺される。
それがこの独裁国家での摂理なのだ。
「はっ!!ヤータム様は身の安全を確保する為こちらに向かわれております。」
(・・・身の安全?)
サファヴはその報告に疑問を感じた。
戦に負けた以上この国で生きていく事は絶対不可能、しかも今回は後継者争いという国内での内乱だ。
ネヴラディンの意思もそうだが、
副王に命じられたレッターポも間違いなく地の果てまで追ってくるだろう。
命を取られる事に恐怖を感じるのは当然だとしても、ここは逃げるより潔く自刃したほうが・・・
「・・・わかった。こちらも出来るだけの準備はするとヤータム様に伝えてくれ。
新しい馬を用意するのでその間少し休んでいくと良い。」
(!?)
「はっ!!」
そう言われると斥候は退室していく。少し沈黙が続いた後、
「サファヴ、アスワット。お前達は故郷へ帰れ。」
ウェディットが席を立ちながらそう言ってきた。
兵卒である2人を厚遇してくれた将軍の言葉に2人は黙り込んでしまうが、
「待って下さい!俺達ここまでウェディット様によくしてもらって、
ここに来て帰れなんて・・・そんな事したら郷で笑い者にされますよ!!」
アスワットが恩義から激しい口調で異を唱える。
幼馴染のサファヴは彼の事をよく知っているのでその行動も予想出来た。
「我が軍は負けた。私が生き残れる可能性も無いだろう。
しかしお前達はまだ若い。ここで死ぬより未来の『リングストン』を支える為に生き延びてほしい。」
「そんな・・・」
死を覚悟した将軍の言葉にアスワットはがくりと項垂れる。
本当にウェディットはよくしてくれた。素質があると直接稽古をつけてくれたのも彼だ。
軍に所属している以上、上官の命令は絶対なのだが、
「わかりました。では死にそうだと感じたら帰ります。」
「サファヴ?!」
隣のアスワットが耳元で歓喜の声を出すので一瞬頭がくらっとしてしまう。
「サファヴ・・・お前はアスワット以上に頭が固いな・・・」
将軍が苦笑しながらこちらに向かってくると黙って2人を強く抱きしめた。
恐らくこれがウェディットの別れの挨拶だったのだろう。

俺も将軍のように、そうしておけばよかった。

彼は後ほど強く思うのである。





 斥候がこの街に来てから3日後、
その日の昼過ぎにヤータム軍が『ダラウェイ』に到着した。
といってもすでに軍の様相を呈していない。
百騎いるかいないかの集団が慌ただしく街中に入っていくとそのままウェディットの元へ向かったようだ。
前回の急報を知っていたとはいえ復興作業に従事している人間にはそれほど関係がないので、
アスワット、サファヴを含め、将軍直属の兵士や住人は構わず仕事を続ける。
ただ気になったのが、
「あの数見たか?ここに来るまでにやられたのかな?」
「いや、亡命の為の最小限必要な人間だけを連れてきてるのかもな。」
自分達の担いでいた人間が器の小さい行動を起こそうとしている事に不満があった。

この国は完全な独裁国家。
身分の高い者はその権力と同等の責任が付いてまわる。
今回の簒奪もそれなりの覚悟があって蜂起していたはずなのに、
ネヴラディンの粛清対象に定まると逃げ出すというのはいかがなものだろう?
もちろん命が惜しいという気持ちはとても理解出来るが・・・



 ウェディットの前にヤータムが直接姿を現し、まくし立てるように、
「ウェディット!貴様の兵と、ここにある食料はどれくらいある?!」
その様子を見て将軍は心の中で少し後悔する。
(タフ=レイ様がご健在だった時は優秀な方だと思っていたが・・・)
父である副王がしっかりと統治し、弟ヤッターポと息子ヤータムが力強く支えていた時代。
個の戦力はそれほどではないが、その分知識を使って内政に貢献してきたのが彼だ。
『リングストン』は既に最大版図を築き上げている。
この先必要なのはそういった内政に秀でている者が必要だろうとウェディットは感じ、
彼の派閥に入っていたのだが・・・

(戦を、命のやり取りを直に体験していない者というのは、ここまで脆いものなのか。)

目の前でがなり立てている男は、過去に仕えていた人間とは全く別物だ。
今や自分の保身しか考えておらず、怯え、誰よりも先に逃げて生き延びるという事しか頭にない。

「この街を占拠する為に相当な犠牲が出ているので現在の配下は3000人ほどです。
他に5000ほどの人間も作業に当たっていますが、彼らは住人の生き残りや付近の村から出てきている者達です。
食料は保存のきくものでしたら1000人分が三日程度はあるでしょう。」
それでも主従関係は何よりも尊重されるもの。将軍は丁寧にこの街の現状を報告する。
「そうか。よし!今すぐ食料を準備しろ!!同時にお前の兵を全て集めるんだ!!」
もはや考える事を放棄している彼に何かを諌言する必要はない。
諦めに近い感情を抑えながら、ウェディットはその命令を速やかに遂行した。





 「アスワット、逃げる準備は出来てるのか?」
サファヴはもう戦う気がなくなっているようだった。
慌ててこの街に逃げて来たヤータムの醜態を見たアスワットもかなりの戦意を削がれてる。
あの時ウェディット将軍に死にそうになったら帰ると伝えてあるが、
良くしてくれた上官への恩義に報いたい気持ちは燻っている。
恐らくそこはサファヴも同じだろう。
ヤータムはともかくウェディットの為には戦う、そういう覚悟だけは決めていた。
「大丈夫だよ。元々そんなに物もないし。」
軍人でいる間はほぼほぼ現地の支給品で賄える為、
2人に限らず周囲の兵士達でも大荷物を担いでいるような人間はいない。
「そういやエリーシアはどうするんだろ?
ここが戦場になる前に帰ってくれた方が安心するんだけど。」
「じゃあお前がそう伝えて来い。」
「えっ?!」
(好きな女の子にそんな気を持たせるような行動をしたら・・・)
想像しただけで顔が真っ赤になるのがわかるアスワットは悔し紛れに、
「・・・お前が行って来いよ。その方がエリーシアも喜ぶ。」
隠しているつもりらしいが、
サファヴの気持ちを知っている彼は冷やかしも含めてそうけしかける。
彼は頑なに自分の気持ちを隠し、アスワットとエリーシアをくっつけようとするのだ。
友人としてそれはとても嬉しく思うのだが、同じくらい申し訳なさと腹立たしさも存在した。
3人が3人ともまだ何も進んでいない為、
誰が誰と付き合っても必ず祝福出来るとアスワットは思っている。
早い者勝ちとは言わないが2人が1人の女の子に好意を抱いている以上、
どちらか1人としか結ばれないのだ。
そしてその女の子には好きな男を選んでほしい。
間違っても身を引かれたから自分も諦めるようなお情けで結ばれるような形はとってほしくない。

・・・・・

(考えてて悲しくなってきた・・・)

エリーシアがサファヴに好意を抱いているのは知っていた。
いや、何となくそんな感じがしているだけで本人から直接聞いたわけではない。
しかしそれがあるからこそ、サファヴが一歩身を引いている感じがしてならないのだ。
「・・・そうだな。じゃあ俺から伝えてくるか。」
そんなアスワットの苦悩を知ってか知らずか、
けしかけられた本人が軽く返して彼女の元へ向かおうとしたので、
「待った!やっぱり俺がいってくる!」
悩みを吹き飛ばす意味も含めて彼はサファヴの肩を力強く掴んで止めた。





 復興が進んできたこの街でエリーシアは食事周りの仕事をよく引き受けていた。
それ以外に出来る事が無かったので消去法でそういう分担になっていたが、
彼女の作る料理はわりと評判がよく、本人もまんざらではない様子だった。
ヤータム本人が昼過ぎにやってきた事により今日の厨房周りはひときわ忙しい。そんな中、
「エリーシア。ちょっといいか?」
幼馴染がここに尋ねてきた。お調子者の方なので、
「今忙しいの!後にしてくれる?」
軽く返事してあしらおうとしたのだが、
「少しだけでいいから。時間とれねぇかな?」
おや?いつもと少し様子が違うらしい。それは周囲も悟ったのか、
「行ってきてあげなよ。1人くらい抜けてもここは大丈夫さ。」
料理長がそういってくれるので、
芋の皮向きを別の人間に引き継ぐと早足でアスワットに近づいて、
「何?どしたのよ?」
故郷から復興の手伝いを理由に彼らを追って勢いだけでここに来たが、
忙しさと充実感で割と楽しい毎日を過ごしていたエリーシア。
そんな彼女に彼から何か大事な話がある雰囲気・・・

(もしかして・・・)

幼馴染の3人がお互いを意識しだして既に3年は経つ。
何かが起きても受け入れようと思ってはいたが、まさかここでそんな話を?
見ればアスワットは普段と違い、非常にもじもじしていて落ち着きがない。
エリーシア自身も思うところが無かったわけではない。
ただ、サファヴに淡い恋心があるのは自覚していた。
だからといってアスワットを無視して2人が付き合うというのも考えられない。
しばらくは何の進展も無くこのまま3人の関係が続くのだろう。そう漠然と捉えていた。

「あ、あのさ・・・」
明らかに様子がおかしい。どうしよう?
ここで愛の告白などを受けてしまったらと、こちらも同じようにもじもじしてしまう。
そもそも何と答えよう?3人の今の関係がいいとか?
(いや、それは何か違うかな・・・)
まだ話が始まってもいないのにエリーシアの中ではどう答えるかで頭の中がいっぱいになっている。

しばらくしてアスワットがこちらの様子を伺っているのにやっと気が付くと、
「な、なに??」
平静を装いながら声を裏返らせて返事をすると、
「・・・ここはもうすぐ戦場になるかもしれねぇんだ。
だからその・・・エリーシアは故郷に帰ってくれないか?」
「・・・・・・・・・」
予想を大きく外れ、彼女の中ではどうでもいい内容の話に機嫌が急降下する。
エリーシア自身もわりと単純な女の子の為、それは表情にもわかりやすく現れたようで、
「ど、どうした?!気分でも悪いのか?!」
鈍感からかすれ違いからか、アスワットは彼女の心情を慮るよりもその表情に動転している。
「あんたにそんな事言われる筋合いはない!!
私は好きでここにいるの!!全く!!話ってそれだけ??」
「あ、ああ・・・そ、それだけ・・・」
完全に萎縮してしまったアスワットは何が悪かったのか検討もついていないだろう。
「じゃあ私は仕込みに戻るからね!!」
しかしそんな彼に気を使う余裕もないエリーシアは
ぷんぷんと怒りながら彼に背を向け厨房に戻っていった。





 アスワットを幼馴染の元に送った後、サファヴは今後の事を考えながら作業を続けていた。
村に戻って内乱が落ち着くまでは軍人から身を引く形にはなるのだろうが、
元々2人は最下級の兵士、掃討やら残党の対象にはならないはずだ。
ほとぼりが冷めると軍はまた募集を開始する。
その時こそ安定した地位をアスワットと共に手に入れればいい。

思えば幼馴染の3人、恋心が芽生えた頃から変化が現れ出した。

サファヴは2人より3つ年上だ。彼から見れば2人は妹と弟に近い。
彼自身にもエリーシアを思う気持ちはあったが、
アスワットを大事に思う気持ちもあり、結果自身が身を引き続けていた。
(あの2人には幸せになってほしい。)
まだ全然関係は進んでいないがもし2人が夫婦になった場合、
旦那が戦死などすればエリーシアはとても悲しむだろう。
そんな思いから軍人を目指したアスワットを守る為に自分もその道を選んだのだ。

自分の中の恋心はまだ淡くはっきりとしていない。
それなら無理にアスワットと衝突してまでエリーシアにこだわる必要はない。

問題があるとすればエリーシアの想いだが、
恐らくサファヴと似たような淡い恋心止まりだろうと踏んでいた。
なのでアスワットさえしっかり立ち回れば上手くまとまるはずだと。

その全てが空回りしてきたのを思い出して苦笑を浮かべるサファヴ。
(まだまだ時間はかかりそうだがゆっくり見守るか。)
2人がうまくいくことを願いつつ彼は家屋用の木材を運んでいった。



 どぉぉん!!どぉぉん!!どぉぉん!!

ウェディット配下の兵士達に召集がかかる。
銅鑼の音が有事のものではない為、それほど緊急を要するものではなさそうだ。
しかし復興作業をしていた手を各々止めると急いで将軍の元に馳せ参じた。
「なんだろうな?」
まだ日も高く夕方まで時間はかなり残っている。
集まったものの周りの兵士達も少し困惑していた所、更に命令が下される。
「住人達も全てここに集めよ!!」
高台の上からヤータムが直接兵士達に呼びかけた。
平民からすればその姿も初見な為、誰が何を言っているのか全く意味の分からない内容に混乱が生じ始めると、
「皆の者!ヤータム様のご命令だ!!住人達もここへ集めよ!!」
今度は同じく高台に立っていた直接の上官から正式な命令が下った。
ざわついていた兵士達はその声を聞くと速やかに行動を開始する。
明らかに上官同士の身分を全くわかっていない配慮に欠ける動きだが、
寛大なのか気が付いていないのか、ヤータムがそこに言及することはなかった。
三十分もした頃、街の外に全兵士と全住人の集合が完了すると、
「では!!今から南に逃亡する!!皆の者、ついて参れ!!」
何も知らされていない兵士達や住人が一瞬ぽかんとし、それからまたざわつきだした。
「いや・・・逃亡っていっても・・・」
「準備が何も出来てない・・・よな?」
「夕飯を作る途中だったのに・・・」
「食料は?荷台に全員分あるのか?」
それぞれが不安を口にし出していよいよ収拾がつかなくなってきた時、
「ヤータム様。私ですら何も聞いておりません。どういう事ですか?」
ウェディットが周囲にも聞こえるくらいの大声で主君に詰め寄る勢いで尋ねた。
それが聞こえた兵士や住人は慌てて口を噤んで会話を聞き洩らさないように身構える。
「命令した通りだ。
ここの人間全てを私の護衛としてついてくる事を許そう、と言っているのだ。理解したか?」
「いいえ!食料も満足に確保出来ていない中、これだけの人数で移動するなど愚の極み!
どうかご再考下さい!!」
気骨のある男ウェディットは自らの主君に堂々と反論する。
ただ、ここは身分が絶対である独裁国家、今の上官への態度は明らかに反逆罪に値するだろう。
その態度に彼の側近が出てきて槍の穂先を一斉に向け出した。
将軍の危機に配下や住人達が冷や汗をたらして見守る中、
「いくぞ。」
「ああ!」
彼が目をかけていた二人の青年が人の間を縫って高台に向かおうと駆けだす。
見下ろす形だったウェディットはその動きを察し、慌てて手の平を向けてこちらに来るな!と制する。
一瞬二人は止まり、どうするか思案に迷うが、

・・・・どどどどどどどどど!!!!

遠くの方から『ダラウェイ』に向かってやってくる何かの音が周囲に響き始めた。

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