闇を統べる者

吉岡我龍

戦闘狂と愛国狂 -出会い-

 三国会談から10日後、ナルサスは帝都に戻り、父にその報告をしていた。
そこには4将ビアードの姿もある。
「なるほど。しかしハイジヴラムは猛将だ。本当にアデルハイドを落としてしまうかもしれんぞ?」
父である皇帝ネクトニウスは息子の話を感心しながらも心配を口にする。
「彼らは未だに『トリスト』と矛を交えたことがありません。
空からの攻撃に成す術も無く壊滅するでしょう。」
「あれらは対抗手段を確立していないと本当に厄介ですからね。」
ビアードが補足し、満足そうに頷くナルサス。
「アデルハイドが健在である以上、リングストンに大打撃を与えるのが精一杯か。」
皇帝がそう言うと、皇子もビアードも苦い顔で黙り込む。
ベ=ウィンの想定通りハイジヴラムが敗戦した場合、
北伐を狙う彼らはすぐにでも前線を上げ、拠点を落とし制圧していくというのが理想だ。
東西を迂回する手もあるが、西はリングストン国王内でも堅牢を誇る将軍が守りを固めており、
東は数多の蛮族が蔓延る森を通過しなければならない。
どちらを通るにしても相当な犠牲と新たな火種が生まれる為、決定打の選択は出来ないのだ。
「ハイジヴラムの軍がアデルハイドを落とすのはほぼ不可能でしょう。しかし、
彼の軍がアデルハイド率いるトリストを消耗させてくれるだけでもまた
情勢が変わってくる可能性が出てきます。」
「バルバロッサとフランドルを送っても落とせなかったのだ。
多少消耗させた所でそれほど勝算が上がるとも思えんが・・・」
皇子の言う可能性とやらがあまり高くないと感じ、こちらも渋い顔になる皇帝。
その父を納得させるべく、
「その時は全軍を使ってでも落としにかかります。いい加減兄達の仇も討たねばなりませんし。」
覚悟の言だったが、ネクトニウスは亡くなった4人の長兄らを先に思い浮かべたようで、

「・・・まさかお前まで赴く訳ではあるまいな?」
「・・・・・」
無言でいる事がその答えとなってしまっているが、
「・・・ナルサス。お前は確かに強い。だが兄らも十分強かった。なのに死んだ。
油断もあっただろうが、やはり相手が一枚以上上手なのだ。」
「それを認めるとして、私が戦場に赴かない理由になりますか?」
言い切る息子にまずため息を返し、
「お前は次期皇帝で、もうお前しか後継者がおらんのだ。
皇子としての自覚を持ってもらわんと、この国が違う意味で滅ぶぞ?」
血気盛んなナルサスを諌めるように促す。皇子もそれはわかっているのだが、
「心得ております。しかしせめて兄達の弔い合戦には参加したい。」
そういって少し寂しい表情で父の顔を見ると、ネクトニウスも何も言い返せなくなる。
「ご安心下さい。このビアード、必ずや皇子の御身を守り通してみせます。」
4将でもあり、皇子の側近としての身分を持つビアードが静かに宣言する。
彼は皇帝の長男とも交流があり、同い年でもあった。
ナルサスが小さな時から慕っている男でもあり、ネクトニウスも信頼を寄せているのだ。
「ふむ・・・その時が来れば頼むぞ。」
皇帝はそう言うと席を立ち、部屋を後にした。



 報告を終えた2人も席を立つと、ナルサスの部屋に向かう。
そこで着替えを済ませると彼は食卓に座り、召使いに食事の用意をさせる。
同席を促し、彼の斜向かいに着席をするビアード。
食前酒から始まり、静かに食事を始めると、
「しかし父の過保護っぷりにも困ったものだ。」
「それだけ皇子が大切なのですよ。」
いつも行われるやりとりだ。彼も流れるようにいつもの言葉を返す。

もともと皇帝には5人の皇子と一人の皇女がいた。

だがナルサスの上にいた4人の兄は全て戦死。
更にすべてが『トリスト』が多かれ少なかれ関わっているのだ。
皇帝が彼の国に最大級の警戒をするのは当然であり、
結果、末弟のナルサスには全ての愛情が注がれ、皇子からすれば少し煙たい存在となってしまっている。
その為、4将で一番忠誠心が高く、
古くから付き合いのある自分が常に傍にいるよう命じられている形だ。

「だが、今回はリングストンに『トリスト』を押し付けてきた。
どういう結果が出るのか楽しみで仕方ないな。」
今まで何か火種がある度、ネ=ウィンが動いてきた。
情報や戦果は得られたが、それ以上に犠牲が大きすぎたので、
今回の北伐に関しては1つ策を弄したわけだ。
嬉々として語るナルサスに、ビアードも笑みを返す。
「リングストンは物量こそ豊富ですが練兵は我らの半分にも満たないでしょう。
想像を絶する損害と、驚愕する表情が目に浮かびますな。」
「ああ。全くだ。それでも多少は損害を与えられるだろうし、そうでなくては困る。
次こそはアデルハイドを落とし、北伐へ向けてしっかりとした足掛かりを作らねば。」
普段あまり自身の腹の内を話さない皇子が、自分にだけはかなり打ち明けてくれる。
専属に近い形で付き従っているというのもあるだろうが、
やはりビアードが、亡き長兄と同い年で、同じ戦場を駆け回っていた事、
幼少の頃から訓練に付き合っていた事などが大きいだろう。

所々、自身を兄のように慕ってくるきらいがある。

そして彼自身も、皇子を実の弟のように思い接してきた。
決して悪い事ではないのだろうが、実務に支障をきたさないか。
そこだけは心配しながらもいつもの会話に華を咲かせ、ひと時の安らぎを楽しんだ。





 ナルサスが帝都に着いてから7日後、
副王ファイケルヴィも自城に帰ると例の件を調べる為、早速斥候を出した。
その数20。
小国アデルハイドを調べるには少し過剰な数字だが、確たる証拠を掴みたい。

(皇子のあの様子だとネ=ウィンが落としたとは考えにくい。)
旅の疲れを汚れと共に風呂に入って流れ落とすと、
自身の執務室でお気に入りの杯にお気に入りの蜂蜜酒を注ぎ、軽く口に含む。
(かといって他にアデルハイドを落とせる勢力などいたか?)
西のジャカルド大陸にはそれなりの大国が3つ存在する。
しかし海を挟んで、わざわざ大陸中央にある小国アデルハイドに侵攻する理由などない。
それまでの大移動でどこかしらの国を通行しなくてはならない部分もあり、
この線は完全に彼の中で潰れる。
東の蛮族達も一瞬思い浮かぶだけで絶対不可能だと決め付けてしまう。
塩味の濃い薄く切った干し肉を口に含み、更に深く考え込んでいくファイケルヴィ。

(・・・やはりアデルハイドは落ちていない。そう考えるのが一番妥当か。)
襲われたという虚報に流され、混乱が生じているリングストンに直接接触するよう誘導する。
周囲からはリングストンが南伐の動きを見せたと言われ、
世論はネ=ウィンに味方し、反撃から北伐への大義名分が生まれる、という筋書きだろう。
「うーーむ・・・」
「随分悩んでいるな。」
大柄だが、とても物静かな男が椅子に腰掛けた彼に声をかける。
「ああ。手元に情報がないとここまで足元が覚束無くなるとは思わなかったよ。
頭の中は憶測だらけで幻覚すら見えてきそうだ。」
心の許せる友人の前で、思わず弱音を吐き出すが、
物静かな大男は軽く笑って流す。
ファイケルヴィはこの程度でへこたれる人物ではない事を十分に知っているからだ。
「・・・罠だな。」
どの方向から考えても最終的にはそこに行き着く。
そもそもかん口令を敷いても、斥候を全て捕えたとしても、
ここまで情報が手元に届かないのがおかしい。明らかに誰かの意図がある。
「では、また東方の蛮族平定に戻るか?」
ハイジヴラムもいつのまにか杯を片手に、彼の皿にある干し肉をつまんで放り込む。

リングストン王国は中央に広大で肥沃な土地を持つリングストン領があり、
東西に5つの領土が5人の副王によって治められている。
そんな中ファイケルヴィが治めるワイルデル領は最東に位置し、
更に縦長な形をしている為、蛮族との小競り合いが毎日至る場所で起こっている。
本来ならネ=ウィン対策はその西にあるアルガハバム領の副王に任せたい所だが、
ここを治める男は暗愚の度が過ぎていた。
ゆえに国王ネヴラディンはファイケルヴィにその対応も命じてくる。
ならば暗愚の副王を挿げ替えればいいと周囲は思うだろうが、
それがいかないのが独裁国家の欠点だ。
集権国家の集大成として、身分の高い者は絶対的な権力を持つ為、
よほどの事がない限り、その地位を失う事はない。
国王に取り入っている人物なら尚更だ。

「・・・ハイジヴラム。罠を食い破る事は可能か?」

杯を傾かせながら静かに尋ねる副王。
「どの程度の罠かにもよるが。罠だとわかっていたら対応もし易いだろうし。
それほど危険があるのか?」
自身の杯に蜂蜜酒を注いで尋ね返す親友。
「皇子は狡猾だ。あいつが絡んでいるとなると相当過酷な罠を用意していると思っていい。
南伐だと噂されるのは困るが、不意を突かれて北への侵入を許す訳にもいかんしな。」
リングストンに南と事を構える気はない。そこは細心の注意を払わなければならないのだ。
「戦果は約束しよう。今までのように。」
心強い返事を貰ったファイケルヴィは、
今後の展開を予測し各方面に手を回す計画を脳内で展開していく。

国王への報告から始まり、暗愚の副王にいくらか援軍を要請し蛮族の鎮圧に充てる。
親友ハイジヴラムにはワイルデル領から出せるだけの兵力を全て預け、
迅速にアデルハイドを制圧、もし存在するのならその正体とやらも探らせる。だが、

「アデルハイドはアデルハイドのまま存在しているはずだ。
そしてこちらが送った斥候は恐らくネ=ウィンの手の者に消されている。」
「それがお前の答えか。」
「うむ。これが一番わかりやすい答えだ。
次点でアデルハイドは既にネ=ウィンが落としている可能性。」
第三の可能性としてネ=ウィンがアデルハイドと同盟を組んだ線もあるが、
戦闘の価値を第一と考える国家が侵攻の為に他国と手を組むというのは考えにくい。
「どちらにしても骨が折れる相手だな。」
杯を飲み干すと笑みをこぼす大男。
「いずれは落とさねばならぬ城だった。兵は全て持って行っていい。
短期戦で頼む。」
かなり無理な注文をつけているが、それでも
「久しぶりの大戦、腕が鳴る。」
ハイジヴラムは杯を小卓に置くと、
不敵な笑みを浮かべながら静かに立ち上がり部屋を出て行った。





 リングストン国副王ファイケルヴィが治めるワイルデル領。
その軍勢が今アデルハイドからはっきり目視出来る距離にまで迫っていた。
堅牢とはいえ、丘の上にあるが故、防衛がしやすいという利点を除けば決して大きな城ではない。
そこを攻め落とす為に10万もの軍勢が、蹂躙する陣形で構えている。

「こんなにゆとりのある観戦は初めてかもしれないな。」
ナルサスが、迷彩の施してある簡易の櫓に用意された椅子にゆったりと腰を掛け、
遠望鏡を片手に戦場となるであろう方向に目を向けていた。
「気を緩めすぎだナルサス。お前はまだ直に奴らの戦いを見ていない。
全てを逃さず、その目と、脳に焼き付けるのだ。」
皇帝に諌められ、居住まいを正す皇子。

リングストン挙兵の報を受け、
ネ=ウィンの主要な人間が強行軍を率いてわずか3日でアデルハイドの北側に到着。
そこに観戦用の高見櫓を組んだのだ。
「しかし今アデルハイドはどのような状況なのでしょう?」
ビアードが誰もが思っている疑問を口に出す。
「わからん。斥候も遠距離からの物見も全て殺されるからな。」
「・・・ということは、やはり『トリスト』が?」
皇子の答えにバルバロッサが質問を重ねる。
「間違いないだろうな。警戒力が高すぎて逆にそれが答えになっている。
しかしアデルハイドと『トリスト』が交友関係だとは思わなかった。」

8年ほど前に突如建国された『トリスト』

その情報は何故かネ=ウィンしか掴んでおらず、他国は眉唾だと批判していた。
しかし何かしら衝突が起こり、そこに介入しようとすると
必ず彼らは横槍を入れてきた。
魔術師団が空から魔術を撃ち下ろしてきた時は愕然としたものだ。
7年前に前4将筆頭の指揮する部隊が『トリスト』に完勝して以来、
大きな衝突は起こらなくなったが、それでも年に1、2度矛を交える機会があった。

皇帝ネクトニウスは息子を4人失っている。
どれもが屈強な戦士であったにもかかわらずだ。
規模こそ縮小しているが、双方共に大きな力を擁している為、
どうしても犠牲は大きくなる。

「バ、バルバロッサ様。例の魔術師は現れるでしょうか?」
眼鏡をかけた、髪の毛がふわふわしている女性がおどおどとした様子で尋ねてくる。
4将とは別でいくらか精鋭部隊もこの観戦に参加している。
彼女はバルバロッサ直属の部下でもあり弟子でもあるノーヴァラットだ。
「・・・わからん。だが10万の兵を叩きのめすには必要なはずだ。」
お互いが魔術師の最高峰として地位と力を確立している。
だがそれを上回るであろう人物の登場に内心期待と不安で胸を膨らませていた。
「もう魔術師って奴らは全員毒殺でもしちまえ!」
夜襲での苦々しい記憶のせいか、フランドルが悪態をついている。
「珍しいな。お前なら力ずくで何とかしてやる~とか言いそうなものを。」
ナルサスも思わず笑顔を浮かべ、その発言に茶々を入れるが、
「皇子!俺は自身の肉体がぶつかり合う距離で戦うのが好きなんです!!
空をひょうひょうと飛んで安全な所から一方的に攻撃を加えるなんて戦士のする事ではありません!!」
大きな手で力拳を作って力説しているが、
「・・・それを奪われたら魔術師の利点が全く無くなるではないか。」
呆れ顔でバルバロッサが呟き、隣で弟子も激しくうなずきを繰り返している。
「まぁフランドルの発言も理解は出来ます。私も戦うには苦手な相手ですので。」
「さすがビアード!そうだよなぁ!」
同じ4将が同意してくれた事で機嫌を良くしたフランドル。
そこに、

「リングストン軍!!まもなく到着です!!」

物見が観戦客に伝わる大きさの声で報告する。
見れば下は丈の短い草原だというのに相当な土ぼこりが立ち、
地鳴りのような音が近づいてくるに連れて、その規模を物語っている。
かなりの距離を移動してきているので、一夜明けてからの衝突になるかもしれない。
そう思ってもいたが、
「どうやらそのまま始まるらしいな。」
遠望鏡を片手に覗き込んでいたナルサスがつぶやく。
大軍はいたずらに兵糧を費やす。
ならばこの決断も間違いではないだろう。
圧倒的な物量で短期決戦に持ち込むつもりだ。
「リングストンはやはりハイジヴラムですね。」
ビアードも遠望鏡で大軍の中央にある旗印を見て口を開く。
「・・・まぁ彼以上の人物はワイルデル領内にいないだろう。」
「さぁて!あとはアデルハイド側だな!!」

離れた所から見物しているものの、
リングストンから送った使者が帰ってくるのが異常に早い。
恐らく返答を待つことはせず、宣戦布告のみを伝えにいっただけだろう。
焦っているのか、短期決戦への覚悟が既に出来ているということか。
ネ=ウィンの主要な面々が見守る中、

じゃぁぁん!!じゃぁぁん!!じゃあああああん!!

大きな銅鑼の音と共に大軍が城に向かって侵攻を開始した。





 「突貫!!!!!!!!!!」
普段はあまりしゃべらないハイジヴラムが将軍として戦場に赴いた時にだけ見せる一面がある。
その1つがこの大きな声で全員を鼓舞する武将の雄叫びだ。
恐らく敵の一斉射撃がまもなく行われる。
その出鼻を挫く為にあえて大号令を掛け、行軍速度を上げる事によって
被害を最小限に抑えるとともに城壁への距離を詰める。
兵士達の士気は高く、倒れる事を恐れる者はいない。
後方にある投石器を擁する部隊も一気に前に出る。

だが、軽めの一斉射撃が一度降り注いで以降、第二斉射の気配が全くない。
アデルハイドほど堅牢な城を守る兵士達がそんな緩慢な動きをするだろうか?
一瞬脳裏に疑問がよぎったが、犠牲が少ないに越したことはない。

ハイジヴラムも最前線で馬を走らせ、大波のような大軍が城門と城壁に向かう中。

ごごごごごごごごごごご・・・・・

耳馴染みのない低音が、どんどん近づいてくる。
(何だ??)
周囲もその異音に気が付いたのか、前進する足が遅くなると辺りをきょろきょろと見回しだした。

ごごごごごごごごごごご・・・・・

空気がびりびりと震え、妙な圧迫感が差し迫ってくる。
(・・・上か?!)
日陰に覆われた事により、
異変が上で起きているといち早く察知したハイジヴラムは空を見上げる。

そこには絶望の塊とも言うべき大きな火球が
自身と、自軍の最前列に向かって落ちてくる途中だった。
一瞬頭が真っ白になり、次に死を覚悟する。
だが、勇猛なだけではない、知性も兼ね備えているハイジヴラムは、
「全軍!!!上空からの攻撃に備えろ!!!!」
後方にある銅鑼隊にも合図を送り、あっけにとられる兵士達の理性を無理矢理叩き起こす。
突如軍を襲った巨大な火球が何かはさっぱりわからない。
しかし今は、それによる被害を最小限に抑えねばならないのだ。

ハイジヴラムは馬を降り、その陰に身を隠しつつ、更に盾を身構える。
周囲もそれに倣って防ぎきる事に専念するが・・・

どどどどどどどどど!!!

大きな爆発音と衝撃で、最前線は一瞬で跡形もなく吹き飛ぶ。
人と馬と武具が爆心地を中心に四方八方に飛び散り、
見た目以上に甚大な被害が出るが、それに気がつけるものは誰一人いない。

陣列の端や後方にいた者はその惨劇を目の当たりにし、
リングストン軍は機能が完全に停止してしまうが、

「ハイジヴラム様を探せ!!残ったものは防御体勢を展開、そのまま後退せよ!!」
副将であり、後方の指揮を任されていたアリアヤムがすぐに陣頭指揮を執る。
それでも自軍は未だ混乱収まらず、更に上空に何かがいるのを目で捉えて動かない。
アリアヤムも警戒しつつ見上げると、かなりの上空に
鳥のような大きな翼を広げた人間らしき人物が確認出来る。
(・・・あれか??あれが先程の火球を??)
多少魔術の知識はあるものの、リングストンはそれほど魔術学に力を注いでいない。
翼が生えている人間の存在も、
その人物が放つ魔術の規模がどれほどの物なのかも判断出来ない今、
これ以上の混乱と犠牲を無駄に出す訳にはいかないのだ。
「なるべく散開せよ!!!防御姿勢を忘れるな!!!」
咄嗟に出来る対策を指示し、普段はあまり出向かない最前線に側近を連れて走り出す。
普通に考えて、あれの中心にいた将軍は恐らく生きてはいまい。
だが、何かしらの証拠を持ち帰る必要はある。

最前線に入ると地面は緩やかに窪んでいた。
その大きさが火球の威力をそのまま表しているのだろう。
(火がついていたのでもっと燃え移っているものかと思ったが。)
所々に倒れている人間を尻目にハイジヴラムを探す一団。
多少火が燻ってはいるものの、焼死体はそれほど目につかない。
「アリアヤム様!!」
側近の1人が右先方を指差し、そこに将軍が騎乗していた馬が目に入ってくる。
「援護しろ!!」
追撃を全て側近4人に任せ、自身はぴくりとも動かない馬に近づいていく。
妙に体が浮いているので、その下に何かしら埋まっているのは容易に想像がついた。
あの火球以来、大した攻撃もこないので、
「手伝え!!この下におられるかもしれん!!」
護衛に回っていた側近を集め、一瞬で馬を横に投げ飛ばすと、
「ハイジヴラム様?!?!」
そこには盾を構えたまま仰向けに倒れている彼の姿があった。
「ぐぐ・・・感謝するぞお前達・・・」
しかも生きている。流石リングストンでも指折りに入る猛将だ。
アリアヤムは側近と共に彼の体を抱え、自分の馬に乗せると慌てて退却していった。





 「・・・見たか?」
「み、み、み、見ました!!何ですあれは?!」
ノーヴァラットが顔を紅潮させ、鼻息荒くバルバロッサに問い詰めている。
「あれが夜襲の時の魔術師というわけか。」
ナルサスがいつもと変わらぬ冷静な態度で呟くと、
「・・・はい。しかも夜襲時よりも強大な魔術を放っております。」
「・・・・・」
彼の発言にネ=ウィンの精鋭達も言葉を失う。

戦というのは士気の高さがそのまま軍の強さに直結する部分がある。
リングストン軍は10万、対するアデルハイドは1万もいないだろう。
そのままぶつかればいくら籠城側が有利だとしても落城は免れない。
となると、初撃で大打撃を負わせ士気を削るのが最も効果的だが、
まさか空から岩よりも大きな火球が落ちてくるとは夢にも思わなかったはずだ。

結果リングストン軍は半壊、犠牲はどれほどのものかはわからないが、
遠方から眺めるだけでも統率はほぼ取れていない。
客観的に見て大勢は決したと思われたその時。
強大な力を持った魔術師が後方の城に帰っていくのが見えた。
そしてそれと交代するかのように無数の影が前線の空に飛んでいく。
「なるほど。ここで数を投入して追い打ちをかけるのか。」
1人納得して頷きながら遠望鏡を覗くナルサス。
空を飛んでいる事を除けば至極真っ当な用兵だ。

「ま、待て!!あれは?!?!」
今までずっと無言だった皇帝が慌てて声を上げる。
配下らも何事かと目を凝らして見てみると、
空を散り散りに飛んでいる人間が魔術ではなく弓を引いている。
更に急降下していくと剣と槍で近接戦を仕掛けていた。
不利な状況になればまた空に飛んでいき、有利な位置から弓を引く。
「・・・あれは兵士だな。魔術師以外に空を飛ぶことが出来るとは。」
皇帝ほどではないが、納得したナルサスも感心しながら結論を出す。
「まさか兵士までもが飛行の術式を身につけているとは・・・
皇子、これはまた戦が変わりますぞ。」
ビアードも今後の展開を予想したのか、少し狼狽した様子で口走る。

元々魔術によって制空権を最初に取ったのが『トリスト』だ。
数はそれほど多くなかったが、初戦でそれを見た時は
今のリングストンのように惨敗した。
そこからバルバロッサ率いる魔術師団の研究により独自の魔術
『飛行の術式』を完成させ、やっと同じ土俵に上がることが出来たのは2年前の話だ。
「また先を行くのか・・・」
技術面においてまた先手を取られた事への落胆を隠そうともせず、ため息交じりに呟くと、

ばさばさばさばささ!!!!

突如ネ=ウィンが櫓を組んでいた右手側、方角にして北の森から
集団が一斉に飛び立つ。
少し距離があったせいか、
その存在に気が付かなかった一行は慌ててそちらに視線を向ける。
『トリスト』が伏していた部隊・・・
だが次の瞬間ナルサスの思考は全く別の所に持っていかれる。


その中の1人。


鎧などは一切着けていない。

透き通るような白い肌と空のような青い衣装を身にまとっている。

輝くような金色の髪と、その背中にある大きな真っ白い翼。

「あ!!!あいつ!?!?」
フランドルがその姿を見て大声を上げていたが、
この時既に心を奪われていたナルサスにその声は届いていなかった。

見目麗しい容姿に不釣合いな長柄の槍を持った少女を先頭に、
身を潜めていた『トリスト』の挟撃軍が空へ向かい、一気に距離を詰める。
そして衝突が確認されたと同時に、
上空にいた兵団も、魔術師団を残して反対側へ突撃。
魔術師団はそのまま最後方へ火球を撃ち続け、退路を塞ぐ意味も兼ねて攻撃を続ける。

彼らはリングストン軍が見えなくなるまで追撃を続け、
全てが終わるのに1時間もかからなかった。

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