闇を統べる者

吉岡我龍

ジョーロン -怨恨の炎-

 遠くの方からいくらかの集団が目に入ってきた。
馬車とそれを取り巻く騎馬が4騎ほどだろうか。
馬を止める時間すら惜しかったショウ達は速度を落とさず路肩に入ろうとした時、
「おや?ショウ君じゃないか。」
「?!」
その馬車から覗く顔、掛けられた声に思わず馬ごと横に飛び避ける。
「ん?ショウどうしたの??あ・・・」
ヴァッツはほとんど話していないがその顔は覚えていたらしい。
『フォンディーナ』の総務長であり『ユリアン教』と繋がっている男、
ザクラミスとこの国で遭遇するとは。

「ヴァッツは先に向かってください!」

短くそう伝えると馬から飛び降りるショウ。
「ショウは?来ないの?」
馬上から不思議そうにこちらを伺ってくるが説明に割く時間はないと判断する。
この男が南から街道を通って北上してきたのだ。
クスィーヴの館が襲われたという急報から考えても何かしら絡んでいるのは間違いない。
「私は後で追います。この男と話をつけてからね。」
いつもの笑顔を向けてそれだけ答えるとヴァッツは納得したのか、
「んじゃ先に行ってるね~!」
と、元気よく街道を突っ走っていった。

「私に話ですか?私からは特に無いのですが。
急いでいるのでまた後日ということにはいきませんか?」
すっとぼけた表情でこちらにそう伺いを立ててくるザクラミス。
様々な感情が芽生えるショウだが、
「では手短に話しましょう。『ユリアン教』信者の貴方がこの地で何を?」
もはやお互いが取り繕う事も無いだろう。正面から疑問をぶつけると、
「私は『私の国』の道を進んでいるだけです。
貴方こそ『我等の国』で好き勝手は許されませんよ?」
その答えには明確に『ジョーロン』を侵略中、もしくは侵略済みという意味が含まれていた。
しかしビャクトル王と5人でこの街道を南下してきたショウ達。
そこに争いの後は見られず、王都にもそのような気配はなかった。
(既に相当数の信者が入り込んでいるのか?)
様々な憶測が瞬時に頭を過るが、1つだけ明確に答えが出ているものはある。
「まぁいいでしょう。その辺りは後で確認します。
ところで馬車から出てこられますか?その意思が無ければそこでそのまま殺しますが。」
今度出会ったら殺すと決めていた。
その許可はビャクトルからも得ている。
ショウは言い終わると護衛の騎馬達へ飛び掛かった。
一瞬で防衛体制に入る護衛達だが、それよりも早く小剣を首に突き立てると、

だんっ!・・・ざしゅっ!!

首筋に小剣を突き立て別の騎馬に移動、突き立ててを繰り返す。
あっという間に4騎の騎兵を全て始末し、後はザクラミスだけだ。と思った時、

ざんっ!!

確実に絶命させたはずの衛兵の剣がショウを襲った。
皮膚を少し掠った程度で身をかわした彼は、
落馬してふらふらと立ち上がってくる衛兵の姿を見て思い出す。
(・・・あの時の聖騎士と同じか。)
『シャリーゼ』での村の出来事。死んでも尚襲ってきた聖騎士団の人間達。
あの時は確か四肢の切断を狙って動き自体を封じる事で無力化していた。
つまり今回も・・・
「ふむ。君はただの諜報員にしては随分強いんだね。」
ザクラミスが馬車の中から戦いを楽しそうに眺めている。
よほどこの衛兵達の力に自信があるのだろう。
苛立ちを覚えたショウは長引かせるのを良しとせず、
衛兵の腰から長剣を奪い取ると4人の足を片方ずつ叩き斬っていく。
相手がかなり重装備な為狙い所は限られるが、
そもそも衛兵の動きがそれほど早くないのに対しショウは素早い。
作業のように4人の処理を終わらせると邪魔になりそうなので死体を街道の外へ放り投げた。

「やれやれ。『ジョーロン』の人間をこうもあっさりと殺してしまって。
あとで国同士の問題になっても知らんぞ?」
何やら忠告らしきものを呟きながら馬車から降りてくるザクラミス。
様々な情報を手にしたショウはすぐに一番可能性のある答えを導き出し、
「なるほど。この国の人間に邪術を施して操っていたのですね。
クスィーヴ様の館にも同じ手段を講じた・・・そうですね?」
それを聞いたザクラミスは不気味な笑みを浮かべると、
「ほう?それほど頭の良くない君にもその辺りまではわかったか。」
この男の前では無能を演じていた為雑言は誉め言葉と同義だ。
本当なら有無も言わさず刻み込んで殺したいがいくつか気掛かりな点がある。
なので、
「貴方の戯言もここまでです。」
先程の騎兵達を倒した時よりも遅く、わかりやすく襲い掛かっていく。
まずはその身に恐怖を植え付ける為に逃れられない痛み。
これを与える事から始めて、その後尋問へと移る。完璧な流れだ。所詮相手は老人手前の文官。

焦る必要はない。ゆっくりと痛めつければいい。

そう思っていたショウの考えは非常に甘いものだったとすぐに気付かされる。

ザクラミスは腰の後ろに両手を伸ばすと、そこから二振りの曲刀を抜き、
老人のものとは思えない速度でそれを振り回してきた。
想像すらしていなかった出来事に慌てて対処するも、

ぶぉんっ!!ざっ!!

ショウの左太腿に大きな刀傷が走った。
間合いを外してから襲い掛かってきた男に視線を送り、
「・・・やはり『ユリアン教』信者は侮れませんね。」
自身の油断に後悔の表情を浮かべるとザクラミスは満足そうに頷いて、
「私は直接ユリアン様からお力を賜っているからね。
こうやって直接戦うのは数度目なんだが、やはり神の御加護は素晴らしいな。」
言い終わると、まるで歴戦の戦士のような強い踏み込みから一気に間合いを詰めてくる。
手傷を負った事により多少の不利が伺えるも、
ショウは左手を懐に入れて同じく二振りの小剣を構えると、

ぎんっ!!ぎりりっ!!ざしゅっ!!!がんっ!!がんんっ!!!ざんっ!!!

自身でも言っていたがザクラミスは強靭な肉体を手に入れはしたものの戦い慣れはしていない。
雑な剣戟を最小限の動きで捌きつつ、その隙をついて小剣の刺し斬りを与えていく。
しかし驚く事に彼は怯む様子を全く見せない。更に、

しゃっ!!がきんっ!!!がんっ!!ばきっ!!!ざしゅしゅっ・・・・・!!!

全ての剣戟をほぼ全力で放っているような動きを延々と続けてくる。
ショウも淡々と躱し、捌いて反撃を入れているがどれも致命傷には至っていない。
あまりにも不可解な動きなので、

ぼぼぅっ!!

赤髪が炎のように燃え上がると一気に速度を上げて彼の懐深くに飛び込み、

ざしゅっっっっ・・・!!!ぐりゅりゅ・・・

その右わき腹に小剣を深く突き刺して、力強く捻りを加える。

ばきんっ!!!

しかし全く動じないザクラミスが近距離にいたショウに容赦ない一撃を放った。
右手にあった小剣は折れつつも斬撃は凌ぐが、衝撃が伝わり大きく後方に飛ばされるショウ。
素早く受け身を取ると懐から予備の小剣を取り出して構え直す。
「本当に強いな。まさかこの体がこれだけ傷つけられるなんて。」
言っている内容とは裏腹にその痛痒を全く感じていないザクラミスはさらっと言ってのける。
流石のショウも異様な相手を前に計画の修正を余儀なく求められ、
「どうなっているのです?致命傷を与えたはずですが?」
尋問という路線から聞き出す、いや、話してもらう方向に変更した。
「致命傷か・・・ふふふ。まぁ神から与えられた体にそのような物は存在しない。
信仰心の薄そうな君には到底理解出来ないだろうがね?」
勝ち誇った表情と物言いが癪に障るも、
ある程度彼の体に関する情報を引き出さなければ勝利を手にするのは難しいだろう。
「ええ。理解に苦しみますね!」
ここでショウは頭に血が上ったような行動を取り始める。
小剣での攻防に雑な部分を作り出し、更にその刀身への負荷を強めていく。

ばきんっ!!!がんっ!!ぎんっ!!!ざんっ!!!

膂力は負けていても速度は勝っていた。
その利も投げ捨ててなるべく積極的に剣を交え、自身の体にも負担をかけて戦いを進める。
すると目に見えてザクラミスの表情が緩んで来た。

ざんっっ!!!

ショウの右腕に曲刀の剣閃が走ると、慌てて大きく間合いを取り直す。
肩で息をするのをしっかりと見せつけて既に体力の限界が近い事を悟らせていく。
ここまでは全て演技なのだが、その中で分析していてもやはり突出して気になる点。

傷への抵抗がない事と疲れが見えない事、この2つが彼の強さを際立たせているのだ。

「そろそろ終わりかね?一応最後に慈悲を与えてやろう。
君は強くて優秀だ。ユリアン様の下で働かないかね?悪いようにはしないよ?」
完全に勝利を確信した言動だ。
ショウは両手の小剣に目をやると曲刀の激しい剣戟で今にも折れそうなほど傷が入っていた。
(・・・・・頃合いか)
「・・・私を勧誘するのなら殺して傀儡のように動かせばいいでしょう。」
額から汗を流し、疲労と傷の痛みで表情を歪ませて見せる。
「うーん。あれは君の言う通り傀儡にしかならないんだよ。
ユリアン様のお体の一部を使えば死体の力を十全に引き出せるらしいけど、
それだと自らが乗り移る形だから手駒にはならないと聞いているし。」
(そんな事も可能なのか・・・)
ふと家畜を捌くかのように殺されたユリアンの姿を思い出す。

「・・・そもそもユリアンは死にましたよね?」

とても嫌な予感が走ったので演技ではなく本物の冷や汗を額に浮かべて尋ねるショウに、
「ふはははは!神が死ぬ事などないよ。ユリアン様は永遠だ。」
自信を持った笑い声と断言する姿に恐らく自分の予感は当たっていると確信する。
あの男は生きているのだ。
体の一部を使えば乗り移れるとこの男は言った。
その肉片が残っている限りユリアンがこの世から消える事はないのだろう。
直接手を下したのはクンシェオルトだが一緒にいたショウ達もこの先十分に警戒する必要がある。
その事を脳裏に深く刻み込むと生きた冷や汗を活かしつつ、
「貴方自身も死なない体になったのですか?」
目の前にある困難を解消する為にその本質を問いただそうとする。
「どうだろうな?血はほとんど出なくなったし痛みもない。しかし傷が治るわけでもないんだ。
ユリアン様には程遠い不完全さだが、人間にしてみれば十分すぎる力だと思うよ。」
ザクラミス自身よくわかっていない部分があるらしい。
気分よく話をしている所をみるとその内容はある程度信用できるのかもしれない。
このまま『ユリアン教』関連の情報を引き出し続けたいが、

ばばばっ・・・!!ばきんっ!!ばきっ!!きんっ!!!

諦めの悪い少年を演じる為不意を突いて斬り込んでいき、そして小剣を破壊させた。
「ふふふ!!甘いぞショウ!!」
確実に勝利が近づいているのを感じているのだろう。
その台詞を聞くとまたもや慌てて間合いを取り直し、再度懐に手を入れてから、
「・・・・・」
無言で何も持たない手を抜く姿を見せつける。
「おや?いよいよ手持ちの武器もなくなったか。どうする?衛兵の長剣でも拾うか?」
絶対的な優勢を前に愉悦からかその醜い本性をどんどんさらけ出していくザクラミス。
「そうですね・・・長剣で貴方の四肢を切断すればこの戦いも終わりますからね。」
失言だとは思っていないのだろう。
しかしショウからすればこれは非常に良い言葉を投げかけて貰えたと内心大喜びしていた。
「ふふふ。そこに勝機を見出すか。
まぁ傀儡兵ならそれでいいのだが恐らく私にその方法は通じないよ。」
自身の体の事は謎が多くて本人すら把握出来ていない部分が所々垣間見えるが、
「・・・何故ですか?」
まずは謎であった邪術による傀儡兵の詳しい情報について尋ねてみる。
「あれらは鎧に施された呪術で操られているのだ。だからその部分を落とせば術が解ける。」
ここで大きな謎が1つ明かされた。
(まさか鎧に仕込んであったとは・・・つまり・・・)

「つまりこの国は鎧を『フォンディーナ』から仕入れていた・・・」
あえて頭の中で思考しているかの如く、つぶやく様に、聞こえるように口に出すが、
「はっはっは。そんな訳がないだろう。鉄だよ。
『フォンディーナ』からは呪術の施された鉄を捨て値で売りさばいていたのだ。この『ジョーロン』にな。」
勝利を確信した老人は聞いてもいない事をどんどんと話してくれる。
途中で計画の変更があったものの、結果としては申し分ない成果にショウもつられて笑いそうになるが、
「そ、そんな事が・・・鎧など、誰がどのように身に着けるかわからないものを?」
かなりの説明口調になっている分、より焦りと絶望と疲れを前面に押し出して熱演する。
正直この男は違和感を感じないのだろうか?と聞いてみたくなるが、
数少ない戦いの経験からくる圧倒的な勝利の快感に疑問を浮かべる余地は残っていないのだろう。

「そうでもないぞ?四肢に胴、頭の6部位はどの国でもほぼ共通だ。
その6部位にさえ干渉出来ればあとはそこに捨てられた衛兵のように、な?」
指を指された方向には自分で投げ捨てた衛兵達。
『フォンディーナ』の書類をほとんど漁っていたショウの脳内で、
確かに安価な値段で鉄の取引があった項目を思い出し、
証言と証拠が一致した事でこの現象への問答は終了と位置付けた。

ゆっくりと息を吐き、そしてまたゆっくりと息を吸い込む。
思っていた以上に様々な情報を聞き出せたショウは
絶対的な勝利を確信して止まないザクラミスを前に呼吸を整え始める。
流石にその太々しい態度に違和感を覚えたのか、
「さて、君に投降する意志もないようだし。そろそろ止めを刺させてもらうよ?」
曲刀を構えて踏み込もうとする狂信者を手の平を向けてショウは制した。





 「最後に1つだけ。私の話を聞いていただけませんか?」

その表情は先程までと違い真剣そのもの。
見方によってはこれから始まる死闘への覚悟が浮かんでいるとも受け取れる。
「・・・よかろう。」
ユリアンによって強者もどきの力を身につけてしまったザクラミスはそれを簡単に了承した。
「ありがとうございます。では『フォンディーナ』に滞在していた時、
朝食を頂く前に貴方の執務室でのやり取りを覚えていらっしゃいますか?」
随分過去の話を持ち出してきたことに一瞬眉を顰めるが、
「うむ。もちろんだとも。
君ほどの人間が的外れな発言をしたので心の中では大笑いしておったわ。」
ちりちりの白髪が混じった顎鬚を指で摘まみながらにんまりと笑う狂信者。
「ええ。本当にお恥ずかしい。
私としても鎌をかけただけなのですが、あのような戯言を聞かされる羽目になるとは。」
そういってくすりと聞こえる音で鼻から笑みを漏らしつつザクラミスを蔑む目で見つめる。
お互いの会話が若干ずれている感じがしなくもないが構う事無くショウの会話は続く。
「貴方はこう仰っていました。
『国というのは、国民が戦い、守り、初めて愛国心と誇りが生まれるのだよ。』と。」
「ふむ。言ったな。」
「そして『シャリーゼは、戦をするのに金で軍を雇えばいいのかね?』とも。」
「ふむ。」

「では今の貴方に尋ねましょう。戦をするのに自国の民でも金で雇った軍でもない、
狂った宗教の力を使って得た傀儡の兵士達による勝利の先に、愛国心と誇りは生まれるのでしょうか?」

勝利を約束されたと錯覚していた男の余裕は無くなり、
その発言をきいてみるみる鬼の形相にかわるザクラミス。
「・・・・・ふむ。
貴様は今、ユリアン様とその信者達を全て敵に回す不敬な発言をした。覚悟は良いか?」
一方ショウは相変わらず少し表情を緩ませながら、
「おや?私はただ事実を述べさせていただいただけなのですが。
それはもしや・・・自覚があるからこそ不敬と受け取られたんですよね?」
薄笑いに変化させて痛烈な批判を口にする。
怒気と殺気が抑えられなくなったザクラミスは曲刀を構え直すと、
生きてるかどうかわからない体の額に青筋を立てながら静かに最終確認を取る。
「話は終わりか?」
「一応は。」
一切を隠す事無く満面の笑みで答え終えた赤毛の少年。
それはいつも周囲に振りまく表面的なものではなく心の底から面白いと感じているからだろう。

刹那、一足飛びで距離を詰めたザクラミスは鋭く、渾身の力がこもった剣戟を放った。
疲労と手傷を負い、更に武器を失ったショウに対して過剰すぎる攻撃だが、
はらわたが煮えくり返っているのだろう。
それこそ以前ユリアンがやられたように肉片になるまで細斬れにする勢いだ。

ごごごごおおぉぉっ・・・・!!!

しかしその曲刀が届く前に突然ショウの体が火柱に包まれた。
それをみて躊躇したザクラミスは曲刀を止めて彼の姿を見てみると、
いつの間にかその手に短い鞭が握られている。
先程までは自身が散々斬られて突かれて、そこに痛痒を感じないショウが焦りを覚えていたが、
今はその全身が燃える中を平然とする彼に狂信者が驚愕で立ち止まっている。

だがそれも一瞬だった。
ザクラミスは痛痒を感じないのだ。それは炎で焼かれても同じだろう。
怒りを再燃させるとその二刀で力の限り斬りかかり・・・

「・・・・・む?」

両腕には何の抵抗も感じなかった。
しかし目の前には火柱に包まれた少年が笑みを浮かべてこちらを見ている。
間合いは十分。余裕でその体を切断出来るまでの距離にいるのにだ。
そこで若干両手が軽くなっている事に気が付いたザクラミス。
(もしかして武器を破壊されたか?)
そんな軽い気持ちでそれを確かめようと目の前に持って来た時、

初めて両手首の先が切断されてしまっていた事に気が付いた。

・・・・・
痛みは感じない。しかしその衝撃に恐怖は湧き上がってくる。
辺りを見回すとショウの足元に自分の両手が曲刀を持ったまま無造作に落ちていた。
そしてそれは彼の炎に燃やされ、みるみる溶けてなくなっていく。
圧倒的に有利だった立場が一気に覆されたにも拘らず、ショウは何故か動く気配がない。
戦い慣れていないザクラミスの頭は真っ白になり、やがて一歩、二歩と後退りを始めた時、

「よかった。特に再生とかをする訳ではなさそうですね。」

静かにこちらの無くなった両手首の付け根を観察していたショウが嬉しそうに応える。
そもそもザクラミスはどうやって手首を斬り落とされたかすら理解出来ていない。
相手の武器は鞭だけだ。
(鞭・・・鞭で・・・まさか・・・?)
「そういえば最後に私から伝えたい事があるのですが、その前に1つだけ確認を。」
先程も最後という言葉を聞いた気がするが、今は自身の身の危険を回避する事が最優先だ。
「な、何かね?」
見た感じだと彼の機嫌は悪くない。
満面の笑みを浮かべていることから下手な事さえ言わなければ助かる可能性は十分に考えられる。
「貴方は・・・首だけになったら死にますか?」
「・・・・・は?!」
考えた事もない質問に年甲斐もなく素っ頓狂な声を上げると、
「いや、ね?ビャクトル様とのお約束があるんですよ。
もし私が先にその手で殺してしまった場合、首だけは持ってくるようにと仰せつかっておりますので。」
「・・・・・」
ビャクトルの名前はもちろん知っている。
あの頃の彼は非常に薄汚れていたが素材としてはとてもいいものを持っていた。
彼を含め、国内の様々な美少年美少女を献上した事により身を取り立てられたのだ。
「では私から最後に。」
短くそう言うと彼が纏っていた炎が更に激しく揺らめきだして、
今まで笑っていた表情が鬼の形相に移り変わっていく。

「あの時、あの執務室で貴様は私に愛国心を語った。
この私にだ。誰よりも国を愛し、誰よりも女王を愛するこの私にだ。わかるか?」

もはや幼くも耽美な顔つきはそこになく、
例えるなら赤鬼とも呼べるような激昂に塗れた姿がそこにはあった。

「祖国を裏切り、邪教にその身を落とした貴様がこの私に愛国心を説く。
愚行にして蛮行、無知にして無恥な言動を許す事は絶対にない。」

憤怒に塗れた怨嗟の声でそう言い終えた赤毛の鬼は手にした鞭を恐らく振るったのだろう。
ザクラミスは全く見えなかったのだが、
その軌跡に残った炎が辛うじてその証拠として彼に伝えてくれる。

どさっ・・・

気が付けば両足が太ももから切断され、抗う事を一切許されない状態で地面に横たわっていた。
「いい姿になったな。国だけでなく人さえ捨てたお前にはお似合いだ。」
見下ろしてきた彼に恐怖すら感じる事が無くなったザクラミスはもはや意識はそこになく、

すぱんっ!!

短くも鋭い空気を切り裂く音と共に彼の首は胴体から切断された。
「・・・・・」
胴と太腿が燃え尽きる中その顔をじっと見つめるショウ。やがて、

「何だ。本当に死んだのか。話す事が出来ればビャクトル様も喜ばれただろうに。」

残念な表情を浮かべながらその首を衛兵の外套で包むと、
衛兵が乗っていた馬に括り付けて、急ぎ街道を南下していった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品