闇を統べる者

吉岡我龍

ジョーロン -傾国の報せ-

 ヴァッツ達が王都へ旅立ってから8日目。
クスィーヴの館では時雨が常にジェリアの傍にいた。最初はその身を守る為だったのだが、
「ねぇねぇ時雨ちゃん。私を南の国境付近まで逃がしてくれない?
そこまで行けたら後は何とかして帰るから。ね?」
2人きりになるとすぐにこのような話を持ち掛けてくるので、
「・・・駄目です。ヴァッツ様が貴方を守ると約束されたのですよ?
貴方自身がそれを信じなくてどうするんですか。」
「えー。だってこの状況、少年1人の力で何とかなるものじゃないでしょ?
あっ?!イタイイタイ!!頬っぺたつねらないで?!」
主の孫であり、彼に対して危ない領域まで心酔してしまっている時雨はその言動が許せず、
今では逃げ出さないように彼女が見張りの役割をする始末だ。

もちろん時雨自身もクスィーヴの胡散臭さには気づいていたが、
あの後ジェリアの身柄をほぼ開放して扱っていたので何も言わずにヴァッツの帰りを待つ事を選んだのだ。

それなのに肝心の当事者が信じる事を放棄し、
逃げ出す事しか頭にないのが腹立たしくて仕方なかった。
「いいですか?ヴァッツ様がその気になれば
国ごとそのお力で屈服させる事が出来るかもしれない凄い御方なのです。
そんな御方が守ると約束されたのですから貴方はもっと彼を心から信じるべきなのです!」
「なんか時雨ちゃん・・・熱心な信者みたい・・・あっ!イタイイタイ!!」
ジェリアは彼の規格外の腕力は知っているものの
まだ『ヤミヲ』の存在を知らないし目の当たりにもしていない。
そんな人間からは天真爛漫な元気ある少年くらいにしか映らないのだろう。
頭では理解出来ても、その一つ一つの発言を看過できない時雨は
事ある毎に諫めて、頬っぺたをつねる毎日を送っていた。



 「おいクスィーヴ。王ってのはどんな奴なんだ?」
最近の時雨とジェリアはとても仲がよく、
1人になりがちなガゼルは仕方なく領主を話し相手にして時間を潰していた。
「ビャクトルですか?どんな奴・・・うーん。真面目、ですかね。」
そんな領主も横柄な彼を嫌な顔一つせずに構ってくれる。
一部の旅仲間は彼にうさん臭さを感じていたが、ガゼル自身は逆に領主という存在を見直していた。
こんな山賊みたいな恰好の奴相手でも向き合ってくれるのか、と。
「あーそういう系か。だとしたら説得も難しそうだなぁ。
ショウが上手く悪知恵を働かせてくれれば何とかなるかもしれんが。」
「その手のやり方だと余計に話がこじれるかもしれません。あの男は融通も利きませんし。」
「お前・・・よくそんな男の説得をガキ4人に託したな?」
呆れ顔で用意された紅茶を飲み干すガゼル。
しかしクスィーヴの方は少し寂しそうな表情を浮かべると、
「下手に凝り固まった大人の思考で攻めるより、
純粋な心のみで接してくれた方が彼の心に届くのでは、と思ったまでです。」
含みのある言い方に、40歳手前の男は何かを感じたのか、
「ふむ。まぁヴァッツとクレイスはそういう意味だと適任だわな。
ああ、でも残り2人は純粋に狂ってる部分がある。何かあっても俺は知らねぇからな?」
「ははは。まぁ王とは兄弟なので。よほどの事が無い限りは大丈夫でしょう。」
かなりの期待をしているのか心から笑うクスィーヴ。

王都までは片道五日かかるという。
ならば最速で帰ってくるにしてもまだ1日以上はある。
暇を持て余したガゼルは間食のし過ぎで若干体形が崩れてきているのにも気が付かず、
暇があればこの執務室に足を運んでは軽食と会話を楽しむのであった。





 すっかりビャクトルと打ち解けた4人はのんびりと南に向かって馬車を走らせていた。
一度通った道でも真逆の方向を走るとまた違って見えるなぁと感心していた時、
不意に馬車が止まった。少し時間が経つと、
「ビャクトル様、何やら急な知らせを持って来たという者が。」
外にいた衛兵の1人が扉越しにそう伝えると、
「ふむ。聞いてみよう。」
そう言って馬車から降りる王。
4人もそれに続いて外に出る。凝り固まっていた体をほぐしていると、
「急襲です!!理由は不明ですがクスィーヴ様の御屋敷が味方の兵士達に襲われています!!」
聞こえてきた内容に4人が様々な反応を見せているが、
「ビャクトル様。1頭馬をお借りします。」
報告を聞いた瞬間ショウは許可が下りる前に手近な馬に飛び乗ると、
「ヴァッツ。貴方も一緒に来てください。」
「わかった!!」
館には時雨やガゼル、ジェリアなど親しい人間が残っている為
『ヤミヲ』を含む彼の力が必要だと読んだのだろう。
悩む様子を見せる事無くショウの後ろに飛び乗るとそのまま南へ走っていった。
「・・・即断にしても凄まじいな。」
少しあっけにとられながらも軽く笑みを浮かべるビャクトル。
「あ、あの・・・ショウがすみません。」
「ははは。いやいいさ。恐らく彼には何か察知する理由があったのだろう。
あれだけ優秀な側近を持つ『シャリーゼ』か。一度視察に訪れてもいいかもしれないな。」
ほぼ無許可の状態だったにも関わらずそれを全く気にしていない様子。
『ユリアン教』関連の怨嗟が邪魔をしない限りはかなり優れた人物なのだろう。
「で、どうする?あの2人が先行してくれれば俺らのやる事ってそんなにないと思うけど。
もうちょっと部隊の層を厚くして出直すか?」
クスィーヴの館に向かって今日で3日目、現在中間地点を超えたあたりに彼らはいた。
カズキが王に提案した正にその時、
「・・・・・まさか・・・」
「「???」」
不意にビャクトルから驚きの声が上がる。周囲の衛兵達と一緒にふとその様子に目をやると、

「私から離れろ!!!」

いきなり怒号と共に剣を抜き、大きく横に振って周囲に警戒を促した。
もっとも近くにいたクレイスとカズキが慌てて飛び離れる。
「何だ?」
カズキだけは冷静に彼を観察するような視線を送るが、
周囲の衛兵達はクレイス同様、何が何だか分からない感情を顔に表している。
刹那、ビャクトルが手にしていた長剣を自分の喉元に突き刺そうとしたので、

ぱしっ!!

慌ててカズキがその手を止める為に掴みにかかった。
「何してんだ?!」
「・・・私は・・・この呪縛から・・・逃げられぬ、ようだ・・・」
言葉を発するのがつらいのか。たどたどしく語り出す王。
「ビャクトル様?!」
明らかに自刃しようとしている行動を止める為、
衛兵達もカズキに続いて彼の体を抑えようと慌てて近づいていく。
「・・・止めて・・・くれ・・・この、体を・・・」
この時は見たままの意味だと思っていた。周囲もそう思ったに違いない。
数人がかりで押さえ込もうとするのをただ見ている事しか出来なかったクレイス。

だがそれは全く違う意味だった。

一瞬でビャクトルの雰囲気が変わる、と同時に手にした長剣で大きく薙ぎ払う。
カズキこそ身を翻し躱す事に成功したが取り押さえようとしていた衛兵達は、
「ぐぎゃっ?!」
「あうっ?!」
それぞれが短い悲鳴を上げて倒れ込む。
『・・・流石だなカズキ。獣のような冴えわたる勘は祖父譲りか?』
「「?!」」
ビャクトルの姿をした男から聞き覚えのある声が発せられた。
それに反応出来るのはこの場だと2人だけだ・・・
「・・・貴様、ユリアンか?」
カズキがそう尋ねると衛兵達はきょとんとした顔で顔を向けてくる。
彼が言った内容は到底理解出来るものではない。
ただ、当事者となっているクレイスには理解出来てしまう。
その声は間違いなく、あの大聖堂で聞いたものと同じなのだ。

『本当に鋭いな。いかにも。久しぶりだねクレイス。』
こちらに視線を向けてねっとりと挨拶をするビャクトル、いや、ユリアンか。
姿こそそのままだが雰囲気、喋り方、そして瞳が青眼に変わっていた。
「お前ら!!こいつはビャクトルじゃない!!油断すると殺されるぞ?!」
戦闘狂が怒声で周囲に警戒を呼び掛けるも、
全く状況についていけていない衛兵達は何となく槍を構えるだけでどうすればいいのか困惑したままだ。
『その通りだ。油断するなよ?』
ユリアンがそう言うと周囲からもか細い悲鳴が聞こえ出した。慌てて見回すと、
「あ・・・ああ・・・」
完全に力が抜けきったような姿勢。しかし手には武器を握っていて、目は死んだように虚ろだ。
「死んでなくても操れるのかよ?!」
いち早く悟ったカズキが慌てて斬り伏せに走る。
全ての情報を掴んでいるはずのクレイスは未だに理解が追い付いてこないまま震えていた。
いや、理解は出来ている。恐怖も感じている。そこで自分が何をすべきかがわからないのだ。
「動け!!やられるぞ?!」
カズキの檄と、彼から投げつけられた長剣が足元に突き刺さり、
やっと金縛りのような状態から解き放たれたクレイスはそれを手に取ると周囲を確認する。
先程ユリアンに斬られた衛兵が3人倒れたままだ。
引きつれていた衛兵は12人。そのうち4人は既にカズキが斬り伏せていた。
残りは5人。
『それ以上はやめてもらおう。まだ使うのでな!』
カズキの下に一足飛びで距離を詰めて襲い掛かるユリアン。
その剣戟を『フォンディーナ』で手に入れた曲刀で受ける、が。

ぎゃりぃっ!!

激しい火花と共に後方へ軽く吹っ飛ばされたカズキ。そんな姿を見た事が無かったので、
「カズキッ?!」
思わず大声で彼の名を呼ぶ。
地面を数回蹴りながら勢いを殺して受け身を取る姿を見て安心するも、
更に追撃をかけていくユリアン。
お互いが右手持ちの片手剣で剣戟を放ちあうが、

がきっ!!がきぃぃん!!!ばきっ!!!

いつもと違う、刀ではない武器での戦い。それにしても圧倒的に圧されている。
時々手足での攻防も入っているがその長さの違いもあるのか、
カズキ側からの攻撃が極端に少ない。

(・・・カズキが・・・このままじゃ・・・)

見れば邪術によって傀儡と化した衛兵達もカズキに襲い掛かろうとゆっくり近づいていた。
(・・・・・)
恐怖で体が硬直し、頭の中が真っ白になっていく。
どうにかしなくてはならないのはわかる。それはわかるのだ。
しかし何が出来る?自分に・・・一体何が・・・

『だからあの方はそれらを守る為に自身の命と誇りと信念を賭けて戦い抜いたのだ。』

目の前でカズキを襲っている男、ビャクトルだった者の声が頭の中に舞い降りた。
今この場で一番大切な物・・・間違いなく自分の命だろう。
しかしそれはカズキの奮闘によって守られているのだ。
彼が倒れればこの命、この身があの変態に好き勝手弄ばれるのは想像に難くない。
あの戦闘狂がそこまで考えて戦っているかどうかはわからないが、
守られている自分の命、これを自分で守る為に、そして大切な友の命をクレイスが守る為に出来る事は・・・

ざしゅっ!!!

初めて人の体に剣を通す感触。しかし今はそんなものに構っていられない。
四肢を落とせば動きを止められるという話だけは覚えていた。
傀儡達の意識はカズキの方に向いているのだ。やるしかない。やらなければ大切な物が奪われるのだ。

(・・・あの日、僕が守れていたら・・・)
亡き父と祖国での出来事を思い出す。
あの夜襲があった日。何も出来ずに配下に叩き起こされ、城から逃げたあの日。
二度と悲しい、いや、悔しい思いはしたくない。
そう心に誓って鍛錬と国を取り戻す事を誓ったあの日。

今はその為に積み重ねてきた成果を十全に発揮する時なのだと確信する。

2人、3人と驚くほど簡単に衛兵達の腕を切り落とす事に成功したクレイス。
一瞬立ち眩みがしたものの、あと2人を無力化してしまえば残るはユリアン1人だけだ。
一騎打ちならカズキが負けるはずはない。
絶対的な信頼を胸に4人目の腕も斬り落とす事に成功すると、遂に5人目がこちらに方向を変えてきた。
慌てて後ろに下がって剣を構え直すクレイス。同時に鼻から血の匂いが沁み込んでくる。
初めての実戦で知らず知らずの内に呼吸が浅くなっているのにも気が付かず、
その匂いを拒絶する為に更に息は短くなっていく。
結果酸素が足りなくなっていき、またも軽い立ち眩みに襲われるが、

ぶあっ!!

分かりやすい大きな振りかぶりから傀儡兵が斬り込んでくるので、その剣閃を読みつつ、

ががっ・・・

受け流しに挑んでみるクレイス。
『シャリーゼ』ではまだまだ修行不足だった。しかしあれから二カ月近く経つ。
力もついてきたし、何より相手の剣がはっきりと目に見えたのだ。
山を越えるという事を忘れていた訳ではないが、その時は出来るという自信が彼には備わっていた。

力任せに振り下ろしてきた傀儡兵は大きく体勢を崩す。
その側面に回り込んだクレイスは隙だらけに左足目掛けてその長剣を叩きつけ、

ばしゅっ!!!

初めて脚を斬った感覚と重みをその手に感じながら、倒れていく傀儡兵を見届けて距離を取る。
(・・・やった・・・やった!!!)
自身の命を賭けてカズキへの脅威を取り去ったクレイスは
生まれて初めての達成感に身を震わせて喜んでいた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品