闇を統べる者

吉岡我龍

砂漠の国 -ようこそ!フォンディーナ!-

 牛サソリとの戦いの後、その夜もクレイスが食事の準備をしていた。
ガゼルの献身的な看病もあってかなり楽にはなっていたようだが、
念の為ということで次の日もヴァッツの持ち上げる馬車内で過ごすことになった。

砂と岩石の景観に何も感じなくなり、体がやっと暑さに慣れてきた頃、
一行は『フォンディーナ』の街門前にたどり着いた。
ジェリアのラクダ屋を出立して6日目の事である。
「ではここで検問を受けてもらう。」
脇にある小さな詰所に案内されるとこの国での目的や理由を尋ねられるが、

「『ユリアン公国』の狂信者達に追われる恐れがあった為、逃げてきました。」

などとは口が裂けても言ってはいけない。
今までは主から通行証を用意してもらえていた為そういった理由で困る事はなかったが、
「観光と行商と武者修行です。」
『シャリーゼ』を離れてからは完全にヴァッツの気ままな旅という形なので、
そこにショウとカズキの目的も付け加えて答えてみた。
嘘偽りない内容なのだが、逆に衛兵達は眉をひそめて時雨に疑いの目を向けてくる。
それでも、
「ま、いいだろう。貨幣の両替は街を入ってすぐ右手に大店がある。そこでやってもらうように。」
ここ砂漠の国は他国と事実上隔離されている為あまり騒動は起きないのだろう。
簡単に説明を受けた後はすんなりと城下に入ることが出来た。

「じゃあ私はここのラクダ屋本店で休んでるから。また何かあったら呼びに来て。」
無事に全員入国できた後、
その場所を伝えると十数頭のラクダを引き連れてジェリアは去っていった。

改めてその街を見渡す一行。
城下町を守る城壁はかなり大きな岩を積み重ねて作られているようだ。
敵国の侵攻だけでなく牛サソリからも守れるだけの強度が必要な為だろう。
更に町の中央部には北西から大きな川が流れてきている。
この砂漠の中で建国、および維持出来ているのはこの川があるからだ。
そこから水を引いているようで、町の周囲には何か農作物を作っている様子も伺える。
「おおおおお!なんだここ!?何か今までの街と違うぞ!?」
馬車を持ち上げたまま大通りを歩いているヴァッツが、
奇異の目で見られている事も気にせず感動で周囲を見回している。
「砂漠の真ん中にあるだけあって建物も砂っぽい色なんだな。」
今まで見てきた街と全く違う様相にカズキも興奮しているようだ。
「暑さはかわらないんだね・・・」
「うむ・・・後であの川に飛び込むか・・・」
看病の時に何かあったのだろうか。
今までにはないやり取りを交わす2人からは感動よりも疲れが見て取れる。
「まずは宿に向かって、十分に休みましょう。」
景色もいいが時雨もどちらかというとその2人と同じような心境だった為足を急がせた。

隔離に近い状態の『フォンディーナ』だが、
それでも宿は外国の人間向けに親切な設計がなされていた。
日陰と吹き抜けを多く確保してあり、中に入るだけで涼しさを体感出来るのだ。
強いて言うなら扉等が最低限しか設けてないので色々筒抜けになるところが欠点か。
「水浴の間もあるそうなので、川に飛び込むのはやめて下さいね。」
時雨が2人に一応釘をさしておく。
6日間、物資を節約しつつの砂漠縦断の旅で一同は砂まみれだ。
恐らく誰もが体を流したいであろう事は容易に想像出来るので、
「じゃあみんなで行こうよ。」
早速ヴァッツが時雨の腕を引っ張って急かし始めた。
「い、いえ。私は最後で結構ですので。まずはヴァッツ様とご友人方でお先にどうぞ。」
強引に掴まれた訳ではないが、彼の腕力は規格外のものだ。
抗おうにもそれを力で止める事が出来ないとわかった時雨がすぐに口を開いて制しようとすると、
「えー?時雨いつも遠慮してるし。だったら最初に入ってきてよ。」
主の孫にそう言われて返答に困り果ててしまう。
その様子に気が付いた中年が従業員に、
「ここの水浴の間って広いのか?」
「はい。今日は他にお客様もおられないので、
ヴァッツ様のご一行でしたら『全員』でご利用いただいても大丈夫です。」
「ほう??」
大人の男にしかわからない言葉にガゼルは反応する。
「男も女も一緒に、てことか?」
「はい。いかがわしい行為に及ばなければ・・・ですが?」
従業員の目が鋭いものへと変化する。元山賊の下心を察知したのか?
だがその従業員は若い。
老獪なガゼルの演技を見抜くことは出来なかったようで、
「俺たちゃ家族だ。そんな心配はいらんよ。」
「!?」
「おお!家族!!」
その言葉にヴァッツが強く反応し、更に引く手に力が入りそのまま浴室に走っていく。
これは世界共通のあるある事象だが、
人は自身の部族とその他と2つに分けて考えてしまう事がある。
『フォンディーナ』の人間にとって彼らが家族だ、と言われて違を唱えられる人間はいないだろう。
それぞれの人種に細かい差がある事を判別出来ないからだ。
「・・・ふむ。時雨と同じ風呂に入れるのか。悪くない。」
カズキがいつも以上に真剣な表情で不埒な事を口走り出し、
「やれやれ。まぁせっかくですし後学の為、私もご一緒しましょう。」
ショウは本当にいつも通りの口調だ。恐らく本心なのだろう。
かといってそれを見抜こうと思ったりする人間はいない。
3人の後に戦闘狂と愛国狂も堂々と水浴の間に入っていく中、
「・・・・ええぇ・・・・」
よく女の子に間違われるクレイスだけは罪悪感からか、最後まで入ることを戸惑っていた。



 「全く・・・ジェリアじゃないですが、少しは倫理観を学んで下さい。」
体に大きめの布を巻いて、仕方なく一緒に水浴びをする時雨。
1人を除いてその意味は伝わっているのだが、
「時雨って、なんだろ・・・細いよね?」
あまりそういう知識のないヴァッツは、
自身も裸を隠すことなく、時雨の全身をまじまじと見ていた。
「うむ。もう少し食ったほうがいいぞ?年頃だろ?」
ガゼルも少し心配そうに助言してくるが、
この水浴が混浴になった元凶に何故そのような事を言われねばならぬのか・・・
腹立たしいが何か言い返すのも狼狽えているようで嫌だ。
殺意の乗った視線だけ飛ばし、無言で威圧しておこうと心に決める。
ヴァッツの食い入るような視線は下心が感じられないので良しとして、
後は一緒に入って一番違和感のないクレイスが非常にもじもじしているのが少し気になるか。
戦闘狂と愛国狂からの視線も時々感じるが、こちらもわりと大人しい。

(やれやれ・・・これを主に報告するのは流石にやめておくか。)

その辺りの裁量権も与えられている為、
前回のリリーの監督不行き届きもかなり穏便に報告したのだ。
自身の恥部に関しては更に手心を加えても大丈夫だろう。

「時雨様は今おいくつですか?」
ふと、遠くで並んで浴槽に入っていた赤毛の少年の方から質問が飛んできた。
いくつ・・・『何が?』という部分が抜けている為返答に悩む。
いや、まさかあまり興味のなさそうな彼が自身の体形に関しての質問をしてくるとは思えない。
細い指先を胸に当てつつ、
「今12歳です。」
年齢の方を答えた。すると、
「何!?」
ガゼルが驚きを上げる。もう少し年上だと思われていたのだろう。
仕事と環境のせいか、そういう事は今までもあった。だが、
「だったらそれくらい細くても仕方ないか。」
うなずいて納得する元山賊にまたも殺意がわく。
国賊と軽蔑するショウの気持ちが今ならとても理解出来るが、
「そうだったんだ!!年の近い友達が増えて嬉しいよ!!」
従者である自分に友達と言ってくれるヴァッツ。
命を助けられただけでなく、この寛大な発言に思わず顔が緩みそうになった。
なので慌てて跪き、頭を下げて、
「もったいなきお言葉。うれしく思います。」
全力で照れを隠しにいく。
もちろんバレた所で本人は全く気にしないだろうが、
「それクンシェオルトもやってたけど、なんか堅苦しいからいいよ。それより背中流してあげる!!」

何やら意外な展開になってきた。
布を胴に巻き付けるように着ているので、背中を流すにはそれを外さなければならない・・・
より親近感を覚えてくれた主のお孫様の申し出だ。
断るのもよろしくないしそのお気持ちに応えたい。
ならば端っこのほうでお願いして、その後で自分もヴァッツ様の背中を・・・
と、割と短い時間でそこまで考えたはずなのだが、
嬉しさが溢れている蒼髪の少年は待ちきれなかったらしく、

ばさぁっ

時雨の意識を辛うじて保つことが出来ていた布を優しくとっぱらう。
おとなしくしていた獣と赤毛も思わず視線に力が入り、
クレイスに関しては顔を両手で覆って耳まで真っ赤にしている。
(・・・いや、顔を真っ赤にしたいのはこちらなのですが・・・)
「おお~、お前、絶対将来いい女になるぜ?」
後で絶対殺す。誰をとは言わないが。
「さ。ここに座って!いやーじいちゃんともよくこうやったんだー!」
胸とおへその下を左右の手で隠しつつ、ただただ純粋なヴァッツの喜ぶ姿に抗えず、
水の冷たさを感じなくなるほど羞恥で体温の上がった時雨はもはやなすがまま、
何も考えることなく背中を流されるのであった。





 その晩は時雨が大変だった。
混浴もさることながら、その中でヴァッツに背中を流された。
どうもそれが非常に気持ちよかったのか興奮したのか恥ずかしさが限界を超えたのか。
真水での水浴だったのにも関わらず、のぼせるという事態が起きたのだ。
その原因であるヴァッツはガゼルに言われるがまま更衣室まで運ぶと、
体を綺麗に拭き上げ、衣類も着せて寝具に寝かしつける。
夕飯前に目が覚めた時雨がその話を聞くと、顔を真っ青にしてヴァッツに怒涛の平謝りだ。

「従者という立場でありながらこの体たらく。誠に申し訳ありません!」
当の本人は全く気にしていない様子だったが時雨からすれば謝っても全然足りない。
『シャリーゼ』でアン女王にこれと同じような謝罪をやっていたが、あの時は山賊の蛮行に対してだ。
自身の過失となれば、その謝意の大きさも全然違ってくる。
「もし私に出来る事があれば何でも仰って下さい。何でも従います。」
これには罪滅ぼしという意味合いが強い。
それこそ腹を斬れと言われれば介錯無用で実行する覚悟さえある。
「じゃあもう謝るのは無し!!時雨の体調が悪かったのに気が付かなかったオレのせいだから。」

主のお孫様の寛大なる決断に、
この旅が終われば、自分も主に嘆願してヴァッツ様直属の従者に替えてもらえるか
本気で相談しようと考えたという。





 そんな軽い騒動があった次の日。

朝から一行が止まっていた宿に衛兵がやってきた。
今ここに止まっている客は自分達だけだと昨日従業員に教えられている。
・・・それほど緊急な雰囲気ではないが、間違いなくヴァッツ達に用事があるのだろう。

ショウや時雨がそれを悟り、どんな要件なのかを見守っていると、
扉や窓がほとんどない建物の中をこちらに向かってくる姿がはっきりと確認出来る。
衛兵の1人がヴァッツのいる部屋に入り、
「君かい?武者修行でこの国にやってきたという少年は?」
その一言で全てが繋がった。入国時の自分の証言を辿ってここに来たのだ。
女性ということで別室だった時雨もそちらに向かうと、
「正確には俺と俺の弟子がそうだ。」
戦いの匂いを敏感に捉えたカズキが横から口を挟んだ。
「ふむ。実は国王様が君達に是非会いたいと仰っていてね?どうだろう?
予定がなければ今日このまま登城してもらえないかな?」
「・・・だってさ?どうする?」
周囲に確認を取るカズキ。
国に関わる事を嫌う人間がいる為か、彼にしては非常に珍しく配慮の行き届いた行動だ。
しかしガゼルは自分から発言しようとはしていない。むしろ
「どうする?この旅はお前が主役だ。お前が決めろ。」
ヴァッツに決定を促している。
言い方が少し気に入らないが時雨も同意見だ。その本人の答えは、
「んー。おなか減ったし、朝ごはん食べてからでいい?」
「いいとも。我々は控え室で待たせてもらうよ。」
宿の従業員に案内され、数名の衛兵が玄関の吹き抜けにある椅子に座ってお茶を飲み始める。
「物々しい雰囲気じゃないが、武者修行に食いついてた。
また何かあるかもしんねーぞ?」
カズキが念の為ヴァッツに注意を呼びかけている。
その表情は非常に楽しそうだが。
「えー?乱暴されそうなら逃げようね?」
「何で?!大暴れしようの間違いだろ?!」
「何のためにここまで来たんです?
『ユリアン教』の動きがないからといって新たな火種を作るのは反対ですよ。」
自分が言うまでも無くショウが釘を刺してくれたので、
時雨は頷きながらそのまま見守る形に入った。
「で、でも。この国からそんな危ない雰囲気は感じないし、
きっと話を聞きたいとか、そんなんじゃないかな?旅人とかもあまり来ないだろうし。」
クレイスが王族視線の意見を述べると少年3人が顔を見合わせ頷いた。
彼らが納得したところで、
「ではまずは朝食をいただきましょう。」
最後は時雨が従者として纏め上げた。

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