闇を統べる者

吉岡我龍

砂漠の国 -牛サソリ-

 ずさささささ・・・・・

大量の砂と岩を盛り上げて地中から牛サソリが姿を現した。
迷彩色になっているのか全体的に砂の色か、それよりもやや濃い色をしている。
両手は蟹のような鋏をしていて、背中を反って頭上に伸びている尻尾は小刻みに震え、
先端は鋭く獲物を突き刺す為にあるのだろう事は想像に難くない。

しかし何よりも驚いたのがその大きさだ。

「何が牛だよ!小さな小屋くらいあるじゃねぇか!!」
カズキがあまり見せない引きつった笑みを浮かべて見上げる形で対峙する。
「そりゃ大人とか子供とか、大きさにだって色々あるわよ!ラクダと一緒!!」
逃げたくて仕方のないジェリアは顔だけ向けてそう叫んでだ。
「なになに?あれなに??」
荷馬車を持ち上げながら大はしゃぎしているヴァッツ。
「あれが・・・牛サソリ・・・という昆虫みたいです。」
唖然としながらも、何とかヴァッツへの会話を返す時雨。
「これは面白・・・、いや、強そうですね。カズキ、がんばってください。
生け捕りにして興行として使えれば・・・」
戦闘狂の事など微塵も心配していないショウはその生き物に心打たれたらしく、
思考は商売の方向に使われていた。
「もっと怖がって!!驚いて!!あの大きさじゃラクダ3頭は渡さないと満足しなさそう!!」
案内人は犠牲になるラクダの数を増やして、
逃亡への退路を確固たる物にしようと必死になっている。

そんな三者三様で見守る中、
カズキが足元にある小石を拾うと牛サソリに素早く投げつける。
顔に当たりはしたがそもそも地中に潜っていたのだ。
投石での傷は期待できず多少何かを感じたか、程度の反応しかしない。

「おう!!こっちだ!!お前の相手は俺だよ!!」

声も掛ける事で注意を引き付ける目的は達成されて、お互いが正面に向かい合う形となる。
牛サソリもカズキの強さがわかるのか、すぐには襲ってこない。
ただ、口元だけはしゃあしゃあと顎が動き、尻尾はカズキに狙いを定めているよう動いている。

どちらから仕掛けるのか。

周囲が固唾を呑んで見守る中、不意にカズキが刀を素早く砂地に差すと
懐から棒手裏剣を左右の手で3本ずつ、計6本を取り出しそのまま投げつけた。
その一連の行動があまりにも早く、同じ武器を扱う時雨は目を丸くする。

牛サソリの目と口に6本もの棒手裏剣が正確に放たれたが両手の大きな鋏で全て弾かれる。
大きな体の割りにかなり俊敏だ。
と同時に、巨体からは想像も付かない速度でカズキに迫ってきた。

更にそれよりも早くカズキが刀を両手に持ち替えて、低く、地を這うように牛サソリとの距離を詰めた。
牛サソリが右のハサミで鋏み込む動作と、その鋏から逃れようとするカズキに尻尾を突き出す。

しかしその2つの攻撃を躱し、牛サソリの下腹にもぐりこんだカズキは左足に刀を走らせる。
牛サソリのほうも鋏で捕らえられなかったとわかった瞬間、
体を移動させながら尻尾で息つく間もない連撃を打ち込み始めた。
巨体なのに速い。これだけでも十分脅威だ。

その速さはカズキを大いに苦戦させる。
何せ牛サソリの一歩がカズキにしては数歩、距離によっては4歩も必要なのだ。
腹の下にもぐりこんだ獲物の姿を捉えようと前後左右に激しく動き、尻尾での刺突を繰り返す牛サソリ。
腹の下という死角を生かす為に必死に走り、そして剣戟を加えるカズキ。

ぎゃりっ!!どさっ!

数十秒ほどで1本目、そして1分かからずに2本目の足が落ちる。

どどどどどどど・・・・!!

刹那、これ以上は不利と悟った牛サソリがその場で横に回転し始めた。
「!?」
察したカズキは慌てて腹の下から転がり出てくると、
そこには顔と目玉、そして尻尾が砂から出る状態まで体を沈めた牛サソリがいた。

「あっぶねぇ!?そういや地中から出てきてたもんな。」

2本の足を失っても尚、戦意は衰えない牛サソリ。
それどころかこいつは必ず殺して食う、という獰猛な意志を感じさせる動きだ。
半身を地中に潜らせ提灯アンコウのようになったが、
尻尾の先についている提灯がこちらは武器となっている為敵をおびき寄せるわけではない。

どしゅ!!どしゅ!!どしゅ!!どしゅ!!

絶え間ない尻尾での刺突攻撃が繰り出される。
体が地中に埋まってしまった為、攻めあぐねているカズキは回避に専念しているようだ。
「これは思っていた以上に接戦ですね。」
口を開いたショウからは暑さも忘れて観戦を楽しんでいる様子が見て取れる。
「あいつ大きいし速いね。オレ捕まえてきてもいい?」
ヴァッツが虫取り気分でそう伺ってくるが、
「もう少しカズキに任せましょう。劣勢というわけではなさそうですし。」
時雨は笑顔で優しく諭している。
「・・・カズキ君、凄いわね・・・後で彼に処世術を聞いてみよう。」
ジェリアは背中を向けていた体を1人と一体の戦っている方へ向き直し、
その二度と見れないかもしれない光景を見逃すまいと目を見開いている。

しかし当の本人、カズキは焦りを覚え始めていた。



 (流石に土俵慣れの差がひどいな。)
劣勢ではあるもののそれをおくびにも出さず、心の中では笑みすらこぼしていた。
土俵どころかこの地は向こうの生息地だ。
これが魚なら水中で戦っているのと同義で地の利は圧倒的に相手が占めている。
現在、体を半分地中に埋めて尻尾の攻撃に転じてきた牛サソリ。

このままではこちらが本体に攻撃する手段がほぼない。

刀を突き刺しにいければいいのだが、その際生まれる大きな隙を牛サソリは見逃さないだろう。
更に埋まって見えなくなっている大きな鋏を忘れてはならない。
近づいた瞬間いきなり掴まれたらそこで人生が終わる。

極めつけはこの暑さだ。

ラクダの鞍上とは違って今は日よけの無い日光の真下にいる。
牛サソリにとっては何の問題もないがカズキにとってこの暑さは非常に体力を消耗する。
長期戦は避けなければならない。しかし決定打がない。
(まずい、まずいぞ・・・・・。)
逆境ながらも戦いを叩き込んでいる体は迷うことなく動く。
尻尾の連撃をかわし、捌き顔には笑みと汗が浮かんでいる。

(まずい、が。この感覚は久しぶりだ。)

戦闘狂の思考と感情がどんどん昂ぶって行き、
砂地という未踏であった場所へすさまじい速度で適応していく。
それは周囲にも見て取れたようだ。
「カズキの動きが良くなってきましたね。」
「流石ですね。しかしここからどう攻めるのか・・・」
「あれ引っこ抜きたい!引っこ抜きたいなぁ~」
「いや、あんた達もうちょっと緊張感もとう?一瞬で食べられるんだよ?普通は?」

周囲が盛り上がる中、カズキが砂地を足指でぎゅっと掴んだ。
それは周囲にまで聞こえそうなほどだ。
牛サソリの、それこそ牛くらい大きな尻尾の先端が速度と質量を乗せてカズキに襲い掛かる。
彼に避ける気配は見られない・・・

ぎゃきぃっ!!!!

激しい金属音が鳴り響き、人間1人よりも大きな尻尾の先端を斬り落とした。
同時に頭の方向へ一直線に駆ける。
戦いに精通している者なら絶対にそこには立たない死地の筈だが・・・

さばぁぁっ!!

やはり彼を狙っていた鋏が左右同時に掴みかかろうと姿を現す。
しかしそこは戦闘狂。
砂地に慣れた彼は先ほど下腹にもぐりこんだ時よりも速い加速でそれを躱しながら前進し、
地中に埋まっているであろう顔の前辺りまでたどり着くと、

しゃぃっんしゃぃっ!!!

地上に覗かせていた両目を斬り、

がりっ・・・がががががっ!!!

そこから背中の部分に走って地面へ剣閃を光らせる。
地中でぐるぐると回転しもがいてはいるがカズキが鋏の届く位置にいることはない。
背中の上を取られる事の不利さを理解したのか、

ざばああああ!!!

急浮上し数分振りに姿を見せる牛サソリ。
それを狙っていた戦闘狂は息つく間も与えずに残りの足を斬り落とす。
それでも付け根が残っている為、方向を変えるくらいは出来る牛サソリ。
まだ鋏も健在だ。
何とかこの憎たらしい小動物を、自分の口へと、胃袋へと運ぶ為に必死で抵抗する。

「その鋏はマジで危なかった。」
もちろん人間の言葉などわからないが、カズキがそう言った瞬間。

ばきん!!がきんっ!!

最後の武器であった両手の鋏は自身の体から斬り離された。
目が斬られているにも関わらずカズキを補足出来たのは流石昆虫といったところか。
小動物は全ての攻撃手段を無効にすると真正面から光る獲物を振り下ろし、

・・・っきぃん・・・!!

頭から首にかけて深く刀傷を負った牛サソリは手足は小刻みに震えさせたたまま絶命していった。



 「ほんとに・・・やっつけちゃったの??」
ジェリアが未だに痙攣している牛サソリに恐る恐る近づく。
「頭を真っ二つに割ったんだ。さすがにもう動かないだろ?」
刀も抜き身のまま水分を補給するカズキは、ラクダの影に腰を落とし汗を拭っていた。
そこにショウがやってきて左の二の腕に出来た傷の手当てを始める。
「あれ?かすってたか。」
「最後まで尻尾を落とさなかった理由をお聞きしても?」
包帯を手際よく巻き、ややきつめに締め付ける。
「落とせなかったんだよ。硬すぎてな。足も細い割にはえらい硬かったし。
相手の勢いにこちらの刃を合わせてやっとって感じだったんだぜ?」
そう言いながら手にした刀と鞘を見せて、
「ほら。刀が反っちまってる。こりゃしばらく納まらねぇぞ。」
鞘に戻そうとしても途中で詰まっている。
「ほう?刀とは不思議な武器なのですね。」
見慣れない現象にまじまじと目をやるショウ。長剣なら折れていただろう。
抜き身のままだと危ないので自身の衣類を適当に見繕ってぐるぐる巻きにした後、
鞘と一緒に鞍へしまう。

「なぁ。お前、何でクレイスの看病を断ったんだ?」
片付け終わった後、戦闘時とは違って少し冷めた目で今度はカズキがショウに質問してきた。
周りの心象を悪くしたかもしれないとは思っていたが、
彼はそういう事を気にしない人間だと踏んでいたので少し驚いてしまう。
「・・・答える義務はありませんよね?」
何かしら取り繕った答えを出してもよかったのかもしれない。
暑さのせいもあるのか、頭が考える事を拒否し短い言葉となって現れる。
更に嫌悪感も顔に出ていたようで、
「へー。お前ってそんな顔もするんだな。」
不敵な笑みを浮かべるカズキにそう言われて思わず口元を片手で隠すショウ。
本当にクレイスの事になると自身を見失ってしまうようだ。

「ま、あいつは俺の弟子なんだ。あんまり辛く当たるのはやめてくれよ?」

2人がそんなやり取りをしていると
ヴァッツが馬車を下ろしてその死骸を観察していた女性2人の所に近づいて行く。
「この牛サソリって食べれるかな?」
突拍子の無い発言に時雨とジェリアは表情筋が固まり、お互いが目を見合わせる。
いつもならヴァッツの願い事には即答する従者が返答に困っていたので、
「いや・・・どうだろ・・・殻は固くて絶対無理だと思うぞ。」
流石にその状況を放っておくのは忍びないと感じたのか、
斬り伏せた本人が戦った感想も含めて反対意見を述べ始めた。
「牛って付いてるから牛みたいに肉がいっぱいじゃないの?牛より大きいし。」
「い、いえ。あの切断面をごらんください。中身はすかすかで、肉はないかと。」
時雨もカズキの真意を汲み取ったのか自身がそれを口にしたくないからなのか、
諭すようにヴァッツに説明している。
張り付いたような笑みから察するに後者のようだ。
「昆虫の類は寄生虫も怖いですし。ヴァッツ、あれを食べようと思うのは諦めてください。」
にこやかに、一番現実味のある内容で一番強く反対意見を述べるショウ。
知らず知らずの内にクレイスの料理を食べ続けて舌が肥えていた事にはまだ気づいていない彼は、
無意識にそれを食すという蛮行を拒絶していた。
「そっか・・・」
少し残念そうだが何とか納得したヴァッツはせめてお土産くらいは、ということで
何の役に立つのかわからない斬り落とされた両手の鋏を拾って馬車に放り込んだ。

外の状況を全く知らない2人の悲鳴が上がったのは言うまでもない。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品