闇を統べる者

吉岡我龍

ユリアン教の影 -三国三葉-

 ハイジヴラム率いる10万の軍が、帰国した時には半数以下にまで減っていた。
その多くが負傷し、帰国出来なかった兵は死体か重傷者となって戦場に残されたままだ。
それでも凱旋扱いとされ、城下の沿道には国民が祝意を表現している所は
独裁国家が顕著に現れている。
もちろん兵士達もそれに答える。そもそも誰も負けたとは思っていない。
勇敢に戦ってきた、そして無事に帰って来たのだ。それだけで勝利だと言っていい。

そう、一部の権力者だけがその結果に責任を負わされるのだ。

玉座に座りながらファイケルヴィは己の一番信用の置ける部下を残し、
此度の責任者であるハイジヴラムから戦況報告を受けていた。
敗戦の将は簡潔に惨敗した事と、相手が『ネ=ウィン』や『アデルハイド』の兵ではなかった事、
更に空からの魔術と空を飛ぶ兵士達との戦いを息も絶え絶えに伝える。

ファイケルヴィは副王の中でも話がわかる王だ。
ここで彼を責めても何にもならない事は重々承知している。それよりも、
「よくわかった。ハイジヴラム、体を休めて次に備えろ。」
彼の側近の話では盾ごしと言えど巨大な火球が直撃したとの事だ。
生きていた事が奇跡に近いらしい。そんな彼に必要なのはまず休息だろう。
言って彼を早々に下がらせた後、お気に入りの杯をくるくると掌で回しながら考え始める。

(あの皇子。どこまで知っていたのだ?)

三国会談時の情報は恐らく真実だ。
『ネ=ウィン』は『アデルハイド』に攻め込んだのだ。だが落とせなかった。
だからナルサスはわざとらしく挑発して『リングストン』を動くよう仕向け、
代わりに『アデルハイド』を落とさせる事で南北との衝突を作りたかった・・・?

いや、奴らは彼の国の強さを知っていたはずだ。
元々我らではあの国を落とせるとも思っていなかったのだろう。
しかし『リングストン』が『アデルハイド』を攻め込んだという情報だけは確実に残る。
ファイケルヴィに南伐の動き有りという大義名分を手に入れて
奴らは堂々と北伐を進行するという筋書きも考えられるが、
前提として『アデルハイド』を確保しない事には話にならない。

・・・いつからだ?
2大強国の侵攻を寄せ付けない程の強さを手に入れたのは。
堅牢な国というのは知っていたが、物量に優れる『リングストン』が赤子の手を捻るようにあしらわれた。
飛行の術式や巨大な火球の魔術という技術面でも『ネ=ウィン』を凌駕するかもしれない報告から、
今は彼らこそ南北へ攻めて版図を広げるだけの力を保持していると彼は判断する。

(時代が大きく変わるのかもしれないな・・・)

『アデルハイド』の正体を詳しく調べたいが今回の大敗は地位と命にかかわってくるだろう。
それなら今後の身の振り方に頭を使った方がいくらか建設的だ。
自身の中で方針を固めたファイケルヴィは謎多き『アデルハイド』の件を頭から消し去ると
席を立って自室へ帰っていった。





 「まさか兵士までも空を飛ぶ姿を見ることになるとは・・・」
皇帝が疲れた声でつぶやいた。

『リングストン』の侵攻から5日。
それぞれが持ちあった意見を出し合う為、観戦していた全員が会議室に集められていた。
始まってすぐ皇帝のため息に似た発言に室内が静まり返る中、
「そもそも兵士が飛行する事は可能なのか?バルバロッサ」
そんな父に代わり息子が会議の口火を切る。
「・・・はい。理論上は可能です。が、ある程度の魔術の知識と経験が必要になってきます。」
「ふむ。となると精鋭の兵士に叩き込むか、もしくは魔術師に近接技術を持たせるか・・・」
「・・・どちらにしてもかなりの月日が必要かと。」
父の落胆を払拭する為にナルサスが飛行する兵士について見解を求めてみたが、
こちらも明るい話にはなりそうもない。

「あ、あの、皇子。発言よろしいでしょうか。」
眼鏡をかけた、髪の毛がふわふわしている女性が手を挙げて許可を取る。
「いいぞ。言ってみろ。」
「は、はい。あの、もし習得が難しいのなら装具に術式を施すというのはいかがでしょう?」
「ふむ・・・それは可能なのか?」
尋ねられた女性は山ほど用意した書類から1束を取り出すと、
「は、はい!恐らく四肢と腰あたりの装具に仕組むことが出来れば、中空での制御は可能かと!」
ふわふわの髪と大きな胸をゆさゆさと揺らしながら喜んで提案するノーヴァラットに、
「・・・その案は敵に奪われる可能性があるから却下したはずだが?」
バルバロッサが間に割って入ってくる。
「そうなのか?」
「・・・はい。その他、魔力供給の問題、中空での飛行による微調整の問題等、
問題が山積している為、以前研究所で中止させた案です。」
それを聞くとナルサスもさすがに眉をひそめる。しかし
「で、でしたら!内包している魔力が多くて、敵に奪われにくい精鋭の方を選び!
更に十分に訓練実験を行うという方向で進めてみてはどうでしょう!?」
眼鏡を通してもわかる。非常に目を輝かせて再提案してくる女性。
バルバロッサの弟子でもある彼女の強い希望に
「そこまで言うのであれば4将配下の精鋭部隊で希望を募ってみるか。
あれらに対抗する為、中空での近接戦特化部隊。これは構築していく必要がある。」
「は、はい~!」
喜んで返事をするノーヴァラットとは対象に非常に不安な面持ちになるバルバロッサ。
「それとは別に、先程の2つ。
精鋭部隊へ1から魔術指南を行う件と魔術師を近接部隊へ仕上げる件。これらも平行して行おう。
同時に進行させ成果を比べる。不正はするなよ?」
ナルサスが計画案を決定し、それらに同意する一同。加えて、

「私は魔術指南の班に入る。ビアード、お前も付き合ってくれ。」

その発言を聞いて皇帝が我に返る。
「ならん!!ならんぞ!!何を考えておるナルサス?!」
「何を、と申されても。私も前線に立つ身。覚えておいて損はないでしょう?」
恐らく皇帝は亡き皇子達の事を思い出しての発言だろう。
こうなると周囲は見守るのみとなる。
「しかしお前は皇子だ。自ら矢面に立つ必要はないだろう?」
「それは戦闘国家の皇帝らしからぬ発言。父上も数え切れぬほどの戦場を回られて来たでしょう。」
ぐうの音もでない正論なのだが、それは『トリスト』という新国家が台頭する前までの話だ。
しかしそこに話を持って行っても議論の本質から離れていくだろう。
「・・・・・何故そんなに生き急ぐのだ?」
ナルサスの意思は固い。
皇帝として反対出来ない以上父としてそれを尋ねる。
その弱弱しい姿を見て皇子は表情を一変させ、
「勘違いしないでいただきたい。私は、『死なない為』に、強さを求めるのですよ。」
怒気というよりは闘気を纏ったナルサスの強い決意に
父ネクトニウスは何も言い返す事が出来なかった。



 発言こそしなかったが、ビアードも皇子の術式会得には少し抵抗があった。
というのも、自身が傍にいる事が前提で側近を務めている。
もし戦場が中空に移った場合、果たして皇子についていけるだろうか?という不安があったのだ。
4将らしからぬ弱気な思考だが実際魔術の力というのはその才能によって大きく左右される。
(飛行での戦闘時にはバルバロッサに任せてしまおうか?)
そんな考えも頭を過ったが、皇帝と皇子の信を裏切る形になるのはどうにもいただけない。
会議後、もやもやと考えを巡らせながら皇子の後をついて歩いていると、
「何を考えている?」
ナルサスから声を掛けられた。
「いえ。飛行した時の戦闘方法を少し・・・」
「そうだな。我々には未知の領域だ。一度空を飛んでみたかったんだが、
まさかこんな形で機会が巡ってくるとはな。」
軽く笑いながら会話をしつつ皇子の部屋に戻ってきた2人。
丁度昼も最中だったので速やかに昼食の準備を用意させる。
それから珍しく人払いをするナルサス。こういった場合内密な会話に展開するのだが、
「なぁビアード。もし私が嫁を貰うと言ったらどう思う?」
先程までの自分の中では気落ちする暗い会話と違い、
一気に心の中で花が咲き乱れるかのような高揚感に包まれる話題に、

「ほ、本当ですか?!それは非常にめでたい!!めでたいですぞ!!」

慌てて席を立ち喜びで声を上げてしまう。
彼の側近としてもう8年、常に傍に仕えてきた。
年の離れた弟のように可愛がっていた皇子だが1つだけ懸念する所が存在した。
それが婚約の問題だ。
もちろん政略的な部分のみに焦点を当てれば契りと子さえ授かればそれで問題はないのだが、
彼の性格の中で、思いやりという部分が少し足りていないと薄々感じていたビアード。
ナルサスの周囲に対する言動は時に軽薄に映る部分も多々あった。
そんな彼が相手を見つける事はよほどの事がない限り当分先だろうと諦めていた上でこの話。
側近の4将は喜ばずにはいられなかった。

慌てて席に座り直すと興奮を抑え気味に、
「もう見初められているお相手はおられるのですか??」
まるで自身が少年時代に戻ったかのように心を躍らせて質問をする。
どんな相手だろう。どこの国の女性だろう。
正直身分は関係ない。皇子がこんな事を口にするお相手なら間違いはない。
期待で胸が張り裂けそうなほど膨らむ中、

「『トリスト』の前線で戦っていた羽根を持つ少女。あれを我が妃として迎える。」

全く想像もしていなかった相手に彼の理解は全く追い付かなくなり、
しばらく口がきけなかった。





 くしゅんっ!!
小さなくしゃみをした金髪の少女は肩をすぼめて両手でさすりながら周囲を伺う。
もともと背中が大きく割れ、腕もむき出しの服に身を包んでいる為、
常に体が冷える状態にいるのだが彼女は生まれてから一度も風邪を引いたことがない。

「誰か私のうわさでもしているのかしら?時雨か・・・ルーかな?」
そんな事を口走りながら『アデルハイド』の城内、そのあまり広くない廊下で、
執務室から出てきた真っ赤な衣服を身にまとい、
白髪の無駄に筋骨隆々な初老近いであろう男に声をかける。
「お父様。そろそろお城に戻りたいのですが。」
すでに城内にいる2人の会話としては少し違和感があるものだが、
「内偵によると『リングストン』がまだ動きそうなんじゃ。すまんがもう少しここにいてくれんか?」
「もう少しってどれくらいですか?」
何とも返すのが難しい質問だが、それをわかって聞いている。

彼女の名はイルフォシア。
『ネ=ウィン』の『アデルハイド』夜襲時には自身の槍を持って4将フランドルと互角に戦い、
先日のハイジヴラム率いる『リングストン』10万の軍団を撃退する為に挟撃部隊として参加していた1人だ。
その戦力もさることながら王女という身分、
更に類まれなる見目麗しい姿で自陣の士気を天井知らずに高めてくれる。

そんな彼女が姉とともにこの城に呼ばれたのは『ネ=ウィン』が北伐の動きを見せた為だ。
父である国王にせがまれて仕方なくこの地に入ったものの、
姉の方はもう嫌気がさして先にこっそり王城に帰ってしまっている。

イルフォシアもそれに倣ってもよかったのだが、そこは双子でも性格は違った。

国の顔として、王女として最低限形式と筋を通す為、父である国王に圧力をかけに来たのだ。
父もそれをわかっているようで、
「恐らく3か月・・・」
そこまで言って娘の表情をチラっと見る。様子を伺っているらしい。
いつもの事なのでイルフォシアも表情には出さずその先の発言を待つ。
「・・から半年・・・」
「帰ります。」
半年と聞いた瞬間、表情はそのままに背中の大きく開いた衣装から、
真っ白で大きな翼がどこからともなく一瞬で形となって現れてそのまま飛び立とうとした。
しかしそこは親子だ。慌てて手を掴み、
「待った。3か月だけでいい!あとは何とかするから、な?
お前がいるだけで部隊の戦力が5倍くらい跳ね上がるんじゃよ!?」
「・・・大げさです。」

いつものことなのだろう。呆れた顔で父を見る彼女。
最大まで妥協した提案を出され、仕方なく羽を引っ込めたイルフォシアは
「私達姉妹は、人間の争いの為にこの世界に来たのではありませんよね?」
「わかっておるわかっておる。もう少しだけ手伝ってくれればいい。」
何というか、自身の父であるこの男は人当たりが非常に良い。
他人受けがいいというべきか。
その屈託ない笑顔と態度でたちまち周囲の人間を虜にしてしまうのだ。
結果、様々な無理難題や頼み事を彼らはついつい引き受けてしまう。
それは自身の娘達も例外ではない。

「これではどちらが親かわかりませんね。」
ため息まじりで父と並んで歩くイルフォシアに
「何を言う。ワシは間違いなくお前達の父親じゃぞ。」
「でも私達より年上の孫もいるんですよね?親としての貞操概念に少し疑問を感じますが?」
話題が出た途端、顔を反対方向にそらす父。
「どういう人生を送ったらそんな家族構成になるんですか?」
「・・・・・色々あるんじゃよ。まぁヴァッツにはそのうち合わせてやろう。」
「え!?本当ですか?!」
落ち着いていた少女が一気に子供の顔を見せる。
噂では聞いていた家族の話。自身より年上なのに孫というちぐはぐな関係。
そして父は結婚もしていない。
周囲は何も知らないようなので時々直接聞いて探ってはいたのだが。
「ああ。あいつが元服する前に色々準備しておこうと思ってな。
今はその最中なんじゃ。それが終わったら城に連れて来ようと思っとる。」
「うふふ。それは楽しみです。きっと姉さんも驚かれますよ。」
「あいつか・・・あいつが驚いたりするかのぅ。」
顎鬚に手をやり、今も城の周辺で気ままに過ごしているであろうもう一人の王女を思い出す。
「アルにもう少し社交性があれば仕事を頼めるんじゃがのう・・・あ痛っ!」
愚痴のようにこぼしてしまった本音が
姉想いのイルフォシアの逆鱗に触れてしまい、脇腹に強力な肘打ちを食らう。

彼女、イルフォシアがこうやって父の願いを聞く理由の半分は
姉には人間の争いに巻き込まれてほしくない。
自由気ままで、来るべき時まで楽しく過ごしてほしい。
そんな優しい想いがある。

それをわかっていたのについ口に出してしまったスラヴォフィルにも、
下の子ばかりに国務を押し付けてしまっている負い目がある。

親の心子知らず、子の心親知らずな関係は例え血がつながってなくとも
お互いが家族として敬愛している証だろう。
ハイジヴラム率いる10万の兵を退けてから二週間が経った今、
少し寂しくも温かいやりとりが、戦禍の中心である『アデルハイド』の中で起きていた。

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