闇を統べる者

吉岡我龍

ユリアン教の影 -邪術と深淵-

 全てを終えた3人の猛者は縛られた縄を素早く斬って村人達を開放していく。
「私はシャリーゼ王国女王が側近の1人、ショウ=バイエルハートです。
村人の皆さんは全員こちらに集まって下さい。」
火の手がない入り口から外の開けた場所に呼んで点呼を取る為に並んでもらう。
「あの、村長は犠牲になりまして・・・」
「そうですか・・・。わかりました。私が確認しましょう。」
そこからショウが一人一人の名前を聞いていく。何か書くものを用意しているわけでも
名簿があるわけでもないが、それらを聞いてうなずいて確認の意を示す。
「・・・もしかして、村人全員の名前を憶えているのでしょうか。」
クンシェオルトがその様子をみてつぶやいた。
「さすが愛国狂だな。」
「うむうむ。」
カズキにその意思はなかったがガゼルは皮肉だと思ったのか、激しく首を縦に振る。

途中、時雨が音もなく現れ、
「周囲の警戒に当たっていた団員も始末しておきました。これでこの村は大丈夫でしょう。」
「誠にありがとうございます。」
点呼中にも関わらずそれを中断し、時雨に頭を下げて謝意を伝えるショウ。
4名ほど犠牲はあったものの残った村人50名は全員無事だった。
櫓以外の全焼した建物もいくつかあるが、それでも被害は最小限に抑えられたと言っていいだろう。

とりあえず『シアヌーク』に救援を出して、後は彼らに任せよう。
そう思っていた矢先に思わぬ事態が発生する。

カズキらが斬り伏せた騎士団員の死体を村人達が片付けようとした時、

ざんっ!!・・・ざざっ!!!

不意にそれらが動き出したのだ。
ただ動いたわけではない。
明らかな敵意をもって動いた彼らの周りには刺され、斬られた村人達が転がる。
「ぎああああっ!!」
「ああああっ!!」
数々の悲鳴が上がり、全焼した廃材の片付けを手伝っていた一行も慌てて集まる。

ざしゅざしゅっ!!!ざくっ!!

そして今度こそ赤毛の少年が一瞬で戦闘態勢に入ると立ち上がってきた騎士団に追撃を加えた。だが・・・
「!?」
もともと彼が持つ小剣は殺傷能力が弱い。刃渡りが短い分傷が浅くなる。
それにしても斬られ、刺されても怯むことなく反撃してくるのだ。
さすがにおかしいと気が付いたショウは距離を取って様子を見る。
するとどうだ。
自身が数十ほど刺して殺したはずの騎士団長すら立ち上がり剣を構えてきている。
「なんだこりゃ?どうなってるんだ?」
流石のカズキも刀を抜いて疑問を声に出していた。
「あんた、手を抜いたんじゃないの?!」
ハルカも慌てて小刀を構え直し皮肉を飛ばしているが、
「馬鹿言うな。俺は全力で斬る修行をしてるんだ。
見ろ。俺がやった死体はどれも綺麗に手足が落ちてるだろ?」
指をさしながら反論するカズキ。

だが今動いている死体の中で手足がない者はいない。

「村の皆さんは下がって下さい!外に出て、馬車付近まで!!」
ショウが避難を呼びかけ、そして一番頼りになる存在にも声をかける。
「ヴァッツは村の皆さんを守りに行っていただけますか?」
「うん!わかった。守るって・・・何すればいいの?」
「皆さんと一緒にいるだけで大丈夫、だと思います。」
彼自身も、ヴァッツの力に関しては全然わかっていない。
憶測だけで頼るのは危険だが目の当たりにした事実を信じ、ここは任せる事にする。
「じゃいってくる!」
「クレイスも下がっとけ。」
カズキが指示を出すが、
「ああ。お前じゃ力不足だ。」
「いやおっさんも危ういぞ。一緒に下がっとけ。」
「・・・・・」
せっかくのやる気を完全に削がれたガゼルはクレイスと一緒にヴァッツの背中を追いかける。

残った戦闘に強い人間は村人達を襲わせないように
死んでいるはずの聖騎士達の気を引きながら相手をする。

だがいくら致命傷を負わせても立ち上がってくる者がいた。
死体なのに妙に力が上がっているのもやっかいだ。

ばきゃっ!!

「っ!?」
この中では一番戦力の低い時雨の攻撃が盾で弾かれ、苦戦を強いられている。
それを見かねたハルカが飛んでいき助太刀する事でなんとか形勢を保っていられる感じだ。

戦闘狂だけは一刀で動きを止めていく。そしてある事実に気が付くと、
「手足を落とせ!こいつらそれで動かなくなる!」
さらりと恐ろしい事を口走るが、カズキが指をさした方向には
彼が斬り伏せた手足の無い死体が動くことなくその場に留まっている。

ざんっ・・・!!!

証拠として現在彼が斬り伏せている死体も手足を落としただけで糸の切れた人形のように動かなくなった。
「・・・なるほど。」
試しにショウが腕を斬り落とすと、死体は力なくその場に倒れる。
その様子を見た一同も各々が死体となっているはずの騎士団に斬りかかり、
四肢の切断による行動不能状態を狙い始めた。
「焦らずに行きましょう。何がどうなってるかは後で調べます。」
時間をかけつつ戦力を削っていく5人。

そして後方では、思いもよらない危機が迫っているのを彼らは知る由もなかった。





 「何だったんだあいつら?」
ガゼルが村の方に視線を送りながら誰に言うわけでもなく呟く。
「なんで死体が動いて・・・あ。でもあいつら『ユリアン教』だってショウが言ってた。」
「何か聞いたな。『ユリアン教』ってのがそんなにやばいのか?」
仇とみなされているが今は有事だ。情報ほしさに質問を重ねていくと、
「えーっと。確か他宗教の神様は全部偽物だから排除しろとか、『ユリアン』が唯一だとか。
なんかそんな感じで、やたら好戦的で色欲?がなんとかって・・・」
「お前、色欲なんて言葉よく知ってるな。意味わかってんのか?」
ガゼルが意外な所に食いついた。
「いや、知らない。城にいたときに話に聞いただけだから。」
「そうか。・・・まだ知らなくていいと思うぞ。」
「???」
いざという時の為に女子供は馬車に乗せていつでも逃げられるようにはしてあり、
周囲を3人で見張っている形だ。
前線に残っているのは相当な強者ばかりなので多分大丈夫だろう。
そんな気のゆるみを知ってか知らずか、6体ほどの生きた屍がこちらに向かって走ってきた。



 「ん!?あれは・・・!?」
さすがに戦い慣れしたガゼルが一番早く気が付いた。
「どしたの?」
ヴァッツが呑気に質問してくるので、
「やれやれ、ハズレくじ引いちまったかな。奴らが来たぞ。」
「ええ!?」
ため息交じりに面倒臭そうに答えるとクレイスが驚き、村人達にも動揺が走る。
「慌てんな。大丈夫だ。こっちにはヴァッツがついてる。さっきも助かったろ?」
ガゼルが村人に自信満々の笑顔で伝える。
年の功もあるのだろう、その堂々とした振る舞いを見た皆の表情に安堵が見て取れた。
「・・・・・」
目の前の危機より、そのガゼルの姿にやきもきするクレイス。
その男は自分を攫おうとした山賊、いや、シャリーゼを滅茶苦茶にした国賊だよ?!
と声を大にして言い回りたいが今はそれどころではない。
理屈かわからないが死んだはずの騎士達が自分たちと敵対してくるのだ。
余計な考えを頭から振り払い自身も剣を構える。

初めての実戦、ちゃんと動けるだろうか。

不安が募る中、騎士達は思いもよらない行動に出てまたも皆を驚かせた。

「ヴァッヅザま。おむガえにあがりまジダ。」
近づいてきた6人の騎士達は剣を抜くこともなく、静かに歩みを寄せると警戒されない距離をとって跪く。
「んん?!喋れんのか?!」
剣を向けたまま大いに驚くガゼル。
「ん?オレを迎えに?」
「バい。我らが唯一ジん、ユリアンザまのご命令でズ。あなダザまは、『ガみに選ばれダゴ』だド。」
今しゃべっている騎士は咽喉の傷で絶命したのか。
非常に聞き取りにくい声だがそれも気にせず物怖じせずのヴァッツ。更に会話は続く。
「『神に選ばれた子』ねぇ・・・」
胡散臭そうにため息交じりでガゼルがつぶやくと、
「お前ダヂバガんゲいない。邪魔なのでゴろジデいグ。」
物騒な物言いだが村をここまで荒らしたのだ。嘘ではないだろう。
話が終わると6人の騎士は剣を抜き、一気に襲い掛かってきた。
村人の男勢も先程死んだと思っていた騎士団から奪った武器と鍬などで防戦する構えをみせる。
クレイスもガゼルから借りた剣を力強く握ると、

がきんっ!!

ガゼルと共に最前線に立っていたクレイスの剣は一瞬で手から離れる。
恐ろしい膂力で繰り出された騎士団の薙ぎによる剣閃は、
素人に毛が生えた程度の彼に抑えられるものではなかった。
手に残るしびれと痛みが、今の窮地をより一層深刻なものだと本能に訴えてくる。

なし崩し的だが初めての実践となるこの戦いで、命を落とすことになるなんて・・・
あまりにも早い剣戟が、自身の体に入ってくる・・・と諦めた時。

いつの間にか隣にいたヴァッツが素手でその剣を掴んでいた。

「・・・・・お前達・・・オレの、仲間を傷つけようとしたな・・・?」
ヴァッツがいつになく激しい感情を乗せて声を出す。
と同時に見た事のない黒い霧がヴァッツの足元から先程の村の黒煙とは比べ物にならない量が噴出し、
辺り一帯を一瞬で覆っていく。

まだ日も高かった明るさは消え、全てが真夜中の月明かりさえない闇夜のように真っ暗になった。

更に蒼い髪は黒い炎のように揺らめき染まり、双眸も白目と黒目が反転してまるで別人のようだ。
「な、なんだ!?何が起こった!?!?」
ガゼルが周囲をきょろきょろと見渡し、板についている狼狽を披露している。
足元から地面を踏む感覚がなくなり浮遊感を覚える中、
同時に村人からも小さな悲鳴が漏れてくる。

(なんだろ・・・不思議だけど・・・)

クレイスは非常に心地がよかった。ヴァッツの変貌には少し戸惑うけど、
今起きている『何か』は、自分に害を与えるものじゃない。何故か確信が持てる。
周囲に襲い掛かろうとしていた騎士達も、その闇と浮遊感に体がとられて動けないでいるようだ。

【神を名乗る贋物に操られし愚か者共よ。我が主の怒りに触れた報いを受けるがよい。】

さすがにその声を聞いて勢いよく振り向くクレイス。
(ヤミヲさん?!そうか・・・これはヤミヲさんがやってるのか・・・)
そう言ったヴァッツは特に何かをするわけでもない。
だが目の前では確かにその現象が起きていた。
ただでさえ上も下もわからない真っ暗闇の中、
そこにいた騎士達がゆっくりと闇の中に沈んでいったのだ。
(ハルカと戦ってた時とはまた違う感じがするな・・・)
彼らの姿が闇に飲まれ消え去った後、周囲は一瞬で元の景色に戻り、
ヴァッツもガゼルも村人達も何事もなかったかのように同じ場所で立っていた。



 後方の、村人達が避難していた場所でヴァッツの様子が突然かわった時、
村でも同じ現象が起きていた。
「ひいぃぃぃ!?!?」
それを一度体験した事のあるハルカが、年相応の悲鳴を上げ時雨に抱きつく。
「・・・これは?!」
「恐らくヴァッツ様のお力・・・」
クンシェオルトのつぶやきに、一度体験したことがある時雨が答えた。
死なないのか、死んでもなお動くのかはわからなかったが、
とにかく四肢を落とせば動きを封じることが出来る。
5人が少しずつ騎士団達を無力化していた最中の出来事。
「なんだこれ・・・」
「全く、動けません。これはまずいのでは?」
少年2人も足が地を掴めなく、尚且つ上下の感覚が失われている状況に肝を冷やす。
だがそれは騎士団も同じようで、彼らももぞもぞしてはいるがその場から動くことはかなわなかった。

いつまで続くのか・・・

と不安に思っていると何やら様子がおかしい。
騎士団達がゆっくりと闇に沈んでいくように消えていく。
それぞれが上下左右に消えていくので沈むという表現は不適切なのかもしれない。
そしてそれらが全て消え去った後、周囲は戦いのあった村へと戻っていた。





 唯一神ユリアンの教えの元、他の宗教は全て悪と断じ、それらを排除する為なら手段は選ばない。

それが周りからみた『ユリアン教』の印象だ。
もちろん、総本山には御神体があり、それらが数々の奇跡を起こしているという話もよく耳にする。
だが本当の所は、そこに所属している人間しかわからない。

「さて、今『神に選ばれし子』に接触した。」
全裸の、細くもしっかり筋肉をつけた体躯の男が、
石造りで出来た部屋の中央にある大きな寝具に横たわっている。
そこには半裸の、まだ幼さの残る少年と少女に囲まれ、
それらを愛撫しながら部屋の出入り口前に跪いている老人に話しかける。
「はい。聖騎士団達は上手くやれるでしょうか?」
「問題ない。私の力を授けてあるのだ。」
体を起こすと左手に座る少年が持つ大皿の上にある葡萄を摘まみ
1個引きちぎって口に入れる。
「ただ、思っていたより戦力が集まっている。ふむ・・・全滅したな。」
まるで目の前でその様子を見ているかのように話すと、
葡萄を更に一つ摘まんでちぎり、それを少女の唇に押し当てる。
少女が虚ろな目でぱくりと口の中に入れるのを見て満足げに頷き、
「あとで私の部屋に来なさい。」
耳元でそう囁くと少女は俯き気味にか細く返事をする。

「いいな。やはり彼はいい。」

不気味な笑みを浮かべると少年少女らを退出させ、寝具から立ち上がる。
「・・・恐らく1月ほどでこちらに来るだろう。歓迎の準備をしておけ。
詳しくはまた追って知らせる。」
そういって手で退室を促し、老人も恭しく頭を下げて出て行った。

と、いきなりその扉の影から送り出したはずの騎士団長がうめき声と共に姿を現した。
その体は数十もの刺し傷で息絶えていた。
足元には絶えず血が滴り落ちていて眼は虚ろ、なのに何故か動けている。
「フフフ。わざわざ返事を送ってくれるとは。ますます気に入ったぞ。」
『ユリアン教』の御神体、
創始者である彼は高らかに笑うと騎士団長の元へ近づき顔に手をかざすと、
動いていた死体は力なくその場に崩れ落ちる。

「さて、彼が来るまで英気を養っておかなくてはな。」

扉を開け、見張りの衛兵に騎士団長の死体を片付けるよう伝えると、
全裸の彼はそのまま大聖堂に向かって歩き出した。

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