闇を統べる者

吉岡我龍

シャリーゼ -ガゼルという男-

 13年前。
まだ『ボラムス』という国家が残っていた時代。
この国にガゼルは家を構えていた。
同い年の妻と生まれたばかりの長子。
それらを養い、守るために彼は衛兵として日々奮戦する。
戦う事が好きな訳でも特別強かった訳でもない。
防衛部隊の長だった身分を差し引いても、彼の周りには何故か人が集まってきた。

「隊長!また北で小競り合いが!!」

『ボラムス』は北を『リングストン』南を『ジグラト』に挟まれた小国である。
『ジグラト』国王は争いを好まない性格で、周囲との外交により上手く生き抜いてきた国だ。
なのでその国からの衝突は一切なかったが、北の大国は『ボラムス』を大いに困らせた。
いつも形だけの和平を結んではいたが、平均で半年、早ければ1月もしない内に
国境付近に近づいてきては小競り合いを仕掛けてくる。
その都度小さいながらも戦が起こり、またも和平に繋がる不毛な繰り返しを続ける日々。
「規模は?!」
「100騎程です!!既に村に入られてます!!」
2人が慣れた様子で短く応答しあうと、
「ケイド、センジャ、バーヌーンは残って情報をまとめろ!!残りは俺に続け!!」
素早く長剣を2本腰に佩き、国境から少し南に建ててある駐在所から
衛兵達が一斉に表に出てきて馬に飛び乗る。
小国ゆえ、全員分の騎馬が用意してあるはずもなく、
ガゼルを含めた20騎以外は徒歩で駆けつける。

襲われた村まで馬だと十分もかからない。
煙は見えていないので火はつけられていないようだ。
そもそも国境周辺の小さな村に金品などはほとんどない。
『リングストン』側はただ暴れて、女を拐かし、男を殺す。
嫌がらせのように国力を削って和平に持ち込み、その締結条件として金品や特産品を要求してくるのだ。
小国ゆえの負の円環にガゼルも何となく気が付いてはいた。
「情けはいらねぇ!!!全員ぶっ殺せ!!!!」
小国ゆえの苦悩を吹き飛ばす怒声を放つ。
ガゼル自身は退路を塞ぐのと、より多くの敵兵から注目を集めるため、
敵陣深くまで馬を走らせる。
ぎりぎりまで移動すると2剣を抜き、馬上から飛んで相手の騎兵に斬りかかった。
「ぎあっはっ?!」
喉に長剣が刺さった兵士は妙な声を上げて馬上から落ちる。
転がりながら受身を取ったガゼルもすぐに立ち上がり、
網の目を縫うように走って兵士の脚や馬の腹ごと鞍の皮紐に剣戟を走らせた。
体勢を崩し、更に馬は痛みで驚き我を忘れて暴れだす。
落馬し、蹄に蹴られ、絶命していない者を見定めて剣を振るう。
突出した強さは無いが、それなりの腕と頭を使った強者と呼べる戦い方だ。
しかし全ての騎兵を仕留める事はできず、距離を取った敵兵から矢が放たれ始めた。
慌てて身を翻し、木々の中に飛び込んで姿を隠す。
防戦一方な展開の中、村を荒らしていた敵を一掃した仲間が駆けつけてきた。
ボラムス兵の怒りは凄まじく、怒涛の寄せを見たリングストン兵は一目散に逃げていく。

敵を退けた後に歩兵も合流し、村に散らかった死体の処理が始まる。
すべてが終わる頃には日が暮れ、翌日には葬儀だ。
減った村人の穴を埋めるために別の村からの移住も進められるだろう。
しかし最前線に近いこの地帯に好んで住もうとする国民などいない。
無理矢理高い報酬を用意するか、罪人だった者を寄越す等様々な方法はあるが、
結局の所、犠牲になる人間を増やしているだけに過ぎない。

頑張っても頑張っても光明が見えない仕事に心の光は風前の灯だ。
その夜は愛する家族の下に帰ると飯もそこそこに泥のような眠りにつくガゼル。
(国を離れるか・・・いや、新天地でうまくいく保障がない・・・)
悩みが晴れぬまま朝となり、未だ疲れが残る体を無理矢理起こすと
隣では長子が妻の腕の中で抱かれてご機嫌だった。
「まだ眠そうよ?もう少し休んだら?」
ガゼルを起こさないよう静かにあやしていたのだろう。
息子からはきゃっきゃと嬌声が漏れている。
「・・・いや。昨日の後処理がまだ残ってる。飯を用意してくれ。」
そう言って自分も体を起こすと妻から息子を預かり、今度は夫があやし出す。
25歳とまだ若いにも関わらず、苦労と元が強面のせいか年上に見られがちなガゼルが、
表情を崩し、生後半年の長子を抱く姿をみて妻も微笑を向ける。

自分1人なら国を離れるのも訳が無かった。

だが今は守るべき家族がいる。
これを思うとどうしても新天地へ向かう事が無謀に思えてしまうのだ。
ジリ貧な防衛の仕組みに気が付き始めたのも子供が出来てからだ。
もう少し早く気が付きたかったが、新たな家族を迎えた事が疑問へのきっかけに繋がった。
あちらを立てればこちらが立たぬ。
まさに人生の縮図のような出来事に苦笑いしか出てこない。

夕べはほとんど食べなかった為、朝から目が回るほどの空腹に襲われる。
それを察してか、妻は朝から腕をふるって料理を並べてきた。
部隊内でも評判の新婚おしどり夫婦はお互いを大事に思うからこそお互いの心情をよく汲み取る事ができた。
「さすがアメリだ。これで今日も頑張れるぜ!」
息子を妻に預けると出された料理を昨日の分まで腹に流し込み、
非常に満足の行く朝に祈りを奉げた後、2人に別れを告げて駐在所に向かった。





 国境付近の村が襲われて3ヶ月ほどが過ぎた。
元々リングストンの侵犯行動は不可侵条約の再締結、搾取が目的だ。
お互い多少でも犠牲が出るし、気を張り続けなければならないのも負担が大きい。
(もしかすると年内にもう1回くらいは衝突があるか?)
何となくだがガゼルはそんな気がしていた。
いつもなら毎年条約の再締結がこの時期に行われているはずなのだが、
未だにそんな話は聞こえてこない。
不定期なので予想を立てるのは難しいが、年に数度の侵攻が必ず起こっていた。
なのに今年はまだ1回しか衝突していない。そこに違和感を覚えていたのだ。
「いい加減国境にしっかりとした壁を築きたいっす!」
年下の部下が息巻いて提案してくる。
これにはガゼルも大いに賛成なのだが、
「それをすると相手は本気で攻め落としに来るんだとさ。
だから国境は無防備なままに侵攻されたら対応するしかない。弱小国の宿命ってやつだな。」
この仕事に就いて5年。守衛の部隊長になって2年。
隣国との関係を少しずつ理解し始めたガゼルは寂しい笑顔で部下に諭す。
いつ潰されてもおかしくない『ボラムス』の命運は大国の気分次第なのだ。
もちろん相手も手加減はわかっている。
だから苛烈な攻めは行わないし、必要以上の条件をつけた条約は持って来ない。
「・・・静かだな・・・」
年下の部下の熱い論弁を聞き流しつつ思いに耽っていた。

この時のガゼルの勘は半分当たっていたのを後ほど知る事になる。



 その日の午後に、またも国境近くの村が襲われた報が入る。
そこはかなり北東寄りで距離もある場所だ。
いつも通りの少ない手勢と、別の駐在所にも応援を要請し村へ急行するガゼル達。
相変わらず攻め手の数は100騎前後、しかしこの日の敵兵はかなり錬度が高かった。
何合か剣を交えたガゼルが、
「手堅く行け!!こいつらつえぇぞ?!」
注意を促すように怒号で周囲に伝えると、今日2度目の違和感に気が付く。
相当な手練のはずだが、本気で戦っていない様な気がしたのだ。
(何だ?何をしてるんだ?)
いつものリングストン兵は、目的が何にせよ侵攻はきっちりと行ってくる。
命を奪われるし奪いもする。こちらは国民が殺されているのだ。
上の意思がどうであれ、それにはしっかりと報いを与えてやらねばならない。
だが戦況は完全に拮抗している、というよりは遊ばれているのか?
相手はほとんど攻撃をしてくることはなく防戦一方だ。
『ボラムス』側からは、更に別の守衛が応援に駆けつけ、北東の小さな村には兵士達が相当数集まってきている。
このまま押し切れば相手を全滅にまで追い込めるはずだ。
しかし双方とも全く犠牲が出ない。まるで模擬戦かと錯覚する。
(・・・・・何だ?時間を稼いでるのか?)
戦いの最中、確証はないが1つの答えにたどり着くガゼル。
(目的があるのか?)
今までに無い流れに嫌な予感を抱くがその先がわからない。やがて総力戦が30分も続いた頃、

じゃあん!!じゃあん!!!じゃあん!!!じゃあん!!!

大きな銅鑼の音が繰り返し鳴り響き、リングストン兵が一斉に退却していく。
小さな侵攻の場にその様な楽器を持ってきていた事でますます頭が混乱するが、
とにかく相手を退ける事には成功した。
見渡すと村人達はほとんど殺されていながらも、守衛は息こそ上がってはいるもののほとんど倒れていない。
・・・・・
(陽動・・・?何のために?)
もうそれくらいしか可能性が思い浮かばないが、その真意に近づく事は出来なかったガゼル。
集まった守衛達が死体を運んで処理していく中、既に日は傾き、薄暗くなりつつあった。





 少し遠方の村まで足を運んでいた事もあり自宅へ戻るのは相当夜も更けてからになった。
いつもより相手が強かったのも相まって疲れでへとへとだったガゼルは猫背で騎乗している。
同じ村に住んでいる部下達も一言も無いままとぼとぼと帰路に着く中、
「・・・・・なんだ?煙?」
目の良い部下の1人がそんな事を口走る。
村までまだ距離がある上に夜の帳でガゼルには判断しにくい。
最初は疲れで雲と見間違えたんだろうと聞き流していたが、
不意に木々の焼け焦げた匂いが夜風に乗ってガゼル達を包み込んだ。
「・・・まさか?!」
有り得ない事ではない、だがあって欲しくはなかった。
一瞬で嫌な想像が頭の中を埋め尽くし、気が付けばそう口に出した後に馬を全力で走らせていた。

(村が襲われた?!)

自分達の住む場所はどの国境からも遠い場所、つまり国内の中央付近にある。
地形から考えていきなりそこに敵が押し寄せる可能性はほとんど無い筈なのだ。
だが今日一日の重なり続けた違和感の答えがそこにありそうな予感がした。
部下達も慌てて後を追って来ているが、今はそれを確認する余裕はない。
木々に囲まれた街道を抜け、開けた丘に出ると、むせ返る強い匂いと黒煙が薄く確認出来る。
もはや疑う余地はない。
今日の疲れなど吹っ飛んだガゼルは緩やかな斜面を全力で駆け下りる。
焼け焦げた民家と、その周囲の死体が焦燥感を煽ってくる。
わき目も触れず我が家にたどり着いたガゼルは、その焼け焦げた廃墟を前にほぼ絶望する。
(・・・・・あ、あいつは俺に似て強かな部分がある・・・・・)
愛する妻と息子が家の影に隠れているに違いない。
そして仕事から帰った夫をひょっこりと姿を現し出迎えてくれるのだ。
一縷の希望を乗せて、下馬したガゼルは静かに歩いて近づいていく。

廃墟の中には死んでから火をつけられたのだろう。
体が半分焼け焦げた妻と息子が血溜まりの中、動かないまま床に倒れていた。



その夜は声が枯れるまで怒りで吼え、目が萎むまで泣き続けた。





 気が付けば妻と子を抱き寄せて眠っていた。
目が覚めて体を起こし、周囲を確認するともう日が暮れかかっている。
「・・・隊長。」
焼け焦げて形を成していない廃墟の、玄関があった場所に部下が一人、
こちらに声をかけてきた。
誰よりも悲しみ、怒り、泣いたガゼルは静かに立ち上がると、
「・・・ずっと待っててくれたのか?」
「はい。交代で、ですけどね。」
他の部下達も悲しみの中、村や近隣の情報を集め、遺体の整理に追われていたようだ。
「待たせたな。どこか拠点に出来る場所はあるか?」
「隊長の家の前に全てを集めて行動してます。」
それを聞いて少し驚く。だがその話を聞いてから耳にはかなりの雑踏と会話が入ってきた。
「ははは。全く気が付かなかったぜ。」
それだけ心身ともに疲れ果てていたのだ。
妻と息子の遺体に優しい視線を送ると、すくっと立ち上がり、
「飯はあるか?話を聞きながら食いたい。」
一日近く食べていないガゼルは自身の体を整えながらこの惨劇を調べる方法を選ぶ。

愛する家族を失った。それは部下達も同じだ。
もちろん全員が所帯を持っていたわけではないが、両親や祖父母、血縁関係の者が全て殺されたのだ。
怒り狂う気持ちは生き残ったもの全ての心の中にある。
「まず、この村の生き残りは?」
「いません。全員殺されてました。」
「周囲の村はどうなってる?」
「同じです。全員殺されてます。」
焼かれた鹿の脚を枝肉ごと食いつきながら短いやり取りをする。
「原因は?」
「わかりません。が、城には全く危害がありませんでした。」
「・・・・・」
ということは王族とその関係者は見逃されたのか、許されたのか。
はたまた例の不可侵条約に関わっているのか。
「誰か登城させたか?」
「門前払いでした。」
答えは出たようだ。その話を聞くと、
「家族との別れをしっかりしておけ。明日一番に城にいく。全員武装して万全で臨むんだ。
いいか?城の人間を同国の者だと思うな。覚悟を決めろ!!」
ガゼルが憎悪の声で一同に言い放つと、怨嗟の声で返事が返ってくる。
散り散りになっていた守衛や同僚の村にも結集の使いを送り、そこで一度解散となった。

二日続けての夜。

ガゼルは小さな皮袋に妻と息子の髪を束ねて入れるとその口を紐で縛る。 
小さな巾着のような形になったが、これが唯一の形見であり、全てだ。
自身が眠っている間に墓穴も用意してくれていた部下達に感謝を述べ、そこに妻と子を一緒に眠らせる。
死を覚悟していたガゼルはすぐに2人の元へ迎えそうな予感がしていた。
だが、その前にこの惨劇の全てを暴く必要だけはある。
自身と、部下達の思いを晴らさなければならない。
最後の晩餐か、死者を弔う為か。
その夜ガゼルの元には100人近い衛兵が集まり、酒と歌と踊りで賑わいを見せた。





 悲しみは涙を流せば流すほどにその気持ちを静めてくれるという。
誰よりも吼え、涙したガゼルは誰よりも冷静に、だが憤怒を心にしまい込み、
最前で部隊を率いて小城に向かっていた。
100人ほどとはいえ、城側からすれば何事かと慌てた様子を見せてはいたが、
「一昨日、内陸の村のほとんどが焼かれ、殺された。その件について確認をしたい。」
知らないわけが無いし、生き残った者がこういう行動を取るのもある程度予測はつくだろうが、
「ま、待て!約束も無い一般兵を城内に通すわけにはいかん!!」
平時なら通るであろう理屈を口にする守衛。
だが怒りと悲しみに溢れている遺族にその対応は火に油だ。
これ以上の問答を無駄だと判断したガゼルは、素早く剣を抜き守衛の首を貫く。
それを見ていた城側の人間が素早く防備に移行するが、ここで覚悟の差が生まれた。
ガゼルの部下達も相手を同郷の人間だと思っていないゆえに、容赦なく城の衛兵達の命を奪って動く。
「やりすぎるな。俺達の目的はこの国のお偉いさん方だ。」
少しだけ手綱を引いて部隊の殺戮を抑えつつ素早く城内に入っていく。

城自体がそれほど大きくないのもあるが、僅かな時間で謁見の間までたどり着いたガゼル達。
もちろん国王の姿はない。
「何だ貴様らは!!」
この国の有力者だろう。身分などに疎い彼らにそんな事は関係ない。
「一昨日の国内であった大量の殺戮。村々が燃やされた件について聞きたい。
何で誰も助けを寄越さなかったんだ?お前らは何をしてたんだ?」
ガゼルが代表して口を開く。
「そんな話は聞いておらん!!貴様らの勘違いだろう?!」
様々な憶測が頭の中を埋め尽くしていたが、一番望んでいない答えに、

だだだっ!!

無言で、しかし全力で走り、強権を持つであろう男に近づくと、

しゃっ!!しゃっ!!!

手にした二剣を怒りのまま振るう。
相手の両腕が方から斬り落とされ、腰を抜かして何とも言えない悲鳴を上げる。
が、それを憤怒の表情で睨み付けるガゼル。
落ちた両腕を思い切り踏みつけながら、
「8つだ。8つの主要な村々が皆殺しで落とされてるんだぞ?!
てめぇらの目と頭は飾りかぁっ?!?!」
右手の長剣を相手の左目に突き刺す。更に情けない声が上がるが手心を加える気はない。
付きたてた剣を捻って引き抜き、その情けない声の漏れる口元に蹴りを入れると、
「国王なら理由を答えてくれるよな?どこにいやがる??」
頭に血が上りすぎて手加減するのに必死な中、
「隊長!!裏門から逃げたようです!!」
部下の1人が謁見の間に飛び込んできた。
急襲とはいえ、100人程度の兵士が乗り込んできただけで逃げたのか・・・。
呆れで怒りが若干収まる中、
「追うぞ!!邪魔する奴は容赦なく殺せ!!!」
すぐに指令を出し、居城を後にした。





 「北に向かったようです!」
行軍の中、報告してきた兵士から行方を聞く。
城にあった馬のほとんどを徴収した為、100人の移動速度は飛躍的に上がっていた。
「・・・北・・・まさかリングストンに・・・」
逃げ込む理由があるとすれば何か取引があったからだろう。
でなければ敵対国に向かうわけが無い。
それを口に出すと兵達に動揺が走る恐れがある為、無言で北に部隊を動かす。
(逃がすかよ!!口を割らせて首を獲る!!)
何としても墓前に吉報を持っていかなければならないガゼルは、
自身と、仲間達の家族を想って強く決意する。

やがて数騎に守られた立派な作りの馬車が見えてきた。
「いいか?!口さえ利けたらいい!!邪魔する奴は全部殺せ!!!」
いよいよ最後の戦いになるだろう。士気は憤怒と憎悪で十二分に補えている。
やりすぎないようにだけ指示を出し、全隊に攻撃命令を出した。

逃亡側の護衛から弓矢が仕掛けられるが、こちらは圧倒的に数が多い。
5,6本の矢を前衛が盾で難なく凌ぐと後衛の騎馬隊が一斉に前に出て数十の矢を射掛ける。
1本でも当たれば戦力として半減するそれを、護衛達は何本も体に受ける。
馬にも当たり、振り落とされ、追っ手の100人は一瞬で馬車に追いつき御者席に槍を突き出す。
全てを処理したガゼル達は国王が逃げないように少し大きめに取り囲むと、
ガゼルが下馬し、その馬車に近づいていく。
・・・もしかすると反撃の兵が中に残っているかもしれない。
扉を勢いよく開き、一歩さがって長剣を構えなおす。

しかし中には誰もいなかった。



刹那、周囲からおびただしい矢が降り注いできた。
全員が馬車に注意を払っていた為その動きに誰も反応出来ず、相当数が落馬し、倒れていく。
「罠だ!!!逃げろ!!!!」
ガゼルが力の限り大きく吼え、部隊も盾を構えながら慌てて南に下がっていく。
まさか罠に嵌められるとは微塵も思っていなかったのだ。
咄嗟に撤退命令を出せたのは奇跡に近い。
だか尋常ではない数の矢が彼らの行く手を阻む。
1人、また1人と落馬し、馬に刺さっては振り落とされ、完全に混乱状態だ。
「走れ!!拠点まで逃げろ!!」
ガゼルの村を拠点としていた為、名前は出さず周囲に呼びかける。
そんな中、彼の腕にも矢が刺さり形勢は完全に逆転しはじめた。
「隊長!!先に走ってください!!」
これ以上仲間の死を許すわけにはいかない彼は殿に近い動きをしていたのだが、
それを止めに部下が割って入ってくる。
「馬鹿野郎!!これ以上あいつらの好き勝手にされてたまるか!!!」
彼の、心の底からの声に部下達も火が付いたようにガゼルの元に集まって盾を構える。
「だったら尚更です!!皆で退却して、皆で報復を成しましょう!!」
「・・・・・おおう!!!!」
皆が同じ憎悪と憤怒を共有している。
それを確認しあった仲間達は傷だらけになりながらも、
雨のような矢が降る中、ひたすら拠点まで走り続けた。





 ・・・・・
「あの侵攻は国を従属化させる為にボラムス王が国民を売ったんだ。お前には難しいか?」
ガゼルはわかりやすいように自身の過去を話し続ける。
だがそれでもヴァッツには難しいようで小首を傾げながら、
「うーん?国民を売る?どういうこと?」
その様子に優しい表情で机の上にあった小物を使いながら答えるガゼル。
「つまりだ。元々『ボラムス』にあった村々にリングストン人を移住させる。
結果村はリングストン人に支配され、その地は完全に『リングストン』の物になる。
だがそれにはボラムス人が邪魔になる。だから皆殺しにした訳だ。」
理解が追い付いたのかわかりやすくむすっとした表情になり、
「・・・・・それってひどくない?」
鼻息を荒くして尋ねてくる。
「ああ、最悪だ。ひどいなんてもんじゃねぇ。
だから俺達はあの地でのうのうと生きている奴を殺さなければならねぇんだ。
残った仲間達と、先立たれた家族達の為にもな。」
目の前の純粋な少年が自身の代わりに憤ってくれたお陰か、
優しい表情と口調はそのままに自分の成すべき事を再確認しつつ伝え終えると、
「もうあれから随分経つ。仲間も少しずつ減っていって今じゃ20人もいねぇ。
これ以上、俺らの命を国とやらの都合に振り回されてたまるかよ!」
握り拳を作って見せ、力強く言い放った。
「だからヴァッツ!!俺の仲間を助けるのを手伝ってくれ!!」
「うん!!!で、それっていつやるの?」
改めて元気な即答を得たと同時に決起の時を尋ねられる。
残された時間は少ない。なので回りくどい説明もなく、
「今夜だ!」
伝えて、お互いが拳を作ってぶつけ合う。

ここに後世にまで語り継がれる破格の大脱走計画が幕を開けた。

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