年下の上司
story1 April「100エーカーの森の人」(2)
「的場さん、遅くなってゴメンナサイ」
ちろっと可愛らしい舌を出して、期限より1日遅れの書類を出してくれたのは、都市政策部に去年新規採用された須藤流奈だった。
男所帯の計画課ではアイドルのような存在で、何故か「モーニング娘」と呼ばれている可愛らしい女性である。
身長は152センチ、カラーリングしたさらさらのミディアムショートで、目が大きい。身長165センチの果歩から見ると、本当に女の子らしい外見をしている。
「じゃ、ちょっと見せてね」
流奈を立たせたまま、果歩は書類をチェックする。去年はひどいものだったが、元来飲み込みの早い性格なのか、最近では殆んど書類の不備はない。
「的場さん、今年の新人君たちから、早くもチェックされてますよ」
流奈は、いたずらっぽい声で囁いた。
「総務の局長秘書っていったら、高嶺の花ですもんね。しかも元市長秘書のブランドつき」
「余計なことは言わなくていいから」
「市長秘書から、那賀局長に気に入られて都市計画課に引き抜かれて……もう10年近く、女子職員の憧れの秘書の仕事……独り占めですよねぇ」
「……そんなたいした仕事でもないのよ」
果歩は書類に目を落としながら、ちょっと自嘲気味に言ってみる。
それは謙遜でもなんでもなく、全くの本音だった。10年近くたっても、主な仕事はお茶汲みと庶務と電話の取次ぎ、それが秘書の実態だ。
さらには7年前、果歩は追い出されるようにして市長秘書を辞めさせられた経緯がある。それを流奈がどの程度聞いているのかは知らないが、当時、庁内に蔓延した悪意に満ちた噂くらいは耳にしているだろう。
が、流奈は、ますます楽しげな声で続けた。
「的場さん、つきあってる人がいるのかって、私、この4月から散々聞かれてるんですよぉ」
「ふぅん」
それは曖昧に濁しておいて、果歩は、赤鉛筆で日付けと起案日をチェックした。
「わぁ……でっかい……」
と、ふいに流奈が感嘆したように呟いた。
「…………?」
果歩もつられて顔を上げる。
流奈の視線は、果歩からデスクひとつ挟んだ庶務係の上席。係長席で、決裁書類に目を落としている藤堂瑛士に向けられていた。
「間近で見ると、本当、大きな人ですね~、新しい……係長の」
「藤堂さん」
「うん、どんな感じです?」
と、流奈は好奇心で目をきらきらさせながらしゃがみこんだ。
「どんなって?」
「……ゴメンナサイ、うちでの評判はサイアクなんです。とにかく決裁が回るのが遅いって」
「ああ、」
果歩は即座に頷いた。
実はそれが、4月来からの果歩たち庶務係の悩みでもある。とにかく藤堂は――じっくりと起案文書を読む。まだ赴任したばかりで、わけがわからないだろうに――多分、わけが判るまで読み込んでいる。
真面目といえばそれまでだが、都市計画局の予算、決算、その執行に関わる全ての書類の決裁は、全からく総務の庶務係長、つまり藤堂のポジションを通すのが要綱で定められている。
単市分だけでなく、国の補助予算もあるからその量はハンパではないし、ただでさえ気ぜわしい4月である。期限ものの起案文書を滞らせることだけは許されないというのに――。
「仕方ないわ、まだ、来られて間もないし……」
果歩は溜息をついて、担当者の欄に自分の印を押した。
慣れれば藤堂も判るだろうと思う。
決裁とは、各課の課長決裁を得た時点である意味完成されている。合議先である総務課庶務係長の判など、正直、押してあるだけでいいのである。何しろ電話帳より分厚い決済文書、それは様々な法律条例規則要綱に基づいて作成され、専門知識がなければ決して理解できない図面やら設計書が添付されている。
総務課庶務係長とは局の雑用処理専門のようなもので、他の仕事も山のようにある、そんな中、局内の全ての業務を担当者レベルのところまで理解するのは、はっきり言って不可能だ。
その決裁文書が、その後回っていく総務課長、次長、局長もそこは心得ていて、起案文書に不備があれば、直接起案した担当者に電話するなり呼ぶなりして説明させて直させる。合議先の藤堂のことなど、誰も気にしていないのである。
「じゃ、これ、係長に回しとくから」
この決裁も遅くなるかな……と思いつつ、果歩は笑顔を流奈に向けた。
「なるべく早くお願いしますね」
ぱちんと手をあわせて、いったんは立ち去りかけた流奈だが、何を思ったか、ふいに足をとめて、いたずらめいた目で声をひそめた。
「……独身なんですよね。彼女……いると思います?」
「さぁ?」
藤堂のことだろうか、果歩はけげん気に眉をひそめる。
「セックス、結構強そうな気がしません?」
「…………」
さがに果歩は唖然として流奈を見上げた。
「うふふ、ドン臭そうだけど、脱いだらすごい人だったりして」
それだけ言うと、流奈はすたすたとカウンターを出て、自分の課がある方に向かって歩いていった。
去年入庁したばかりの、純情で可愛いとばかり思っていた後輩の意外な一面を見た気がして、果歩は妙に不快な気持ちのまま、その書類をぱたん、と伏せた。
*************************
――痛……。
眼の奥から来る痛みは、もう完璧な偏頭痛と化していた。
夜10時。退庁時刻はとうにすぎているが、まだ帰れるような状況ではない。
「……サイアク……」
サニタリー。
果歩は、鏡に映る自分を見て呟いた。
焼け石に水で注した目薬が睫にしみて、マスカラがその分だけ滲んでいる。
汗で崩れたファンデごとクレンジングして、いっそのこと一からメイクしなおしたいが、無論、そんな時間はない。
どんなに疲労していても、若い頃の肌にはまだ活き活きとした張りがあった。今は――どこかくすんで、年相応の疲れと寝不足がありありと浮き出して見える。
目周りのファンデを重ね、パチン、とコンパクトを閉じて、照明の落ちたエレベーターホールに出た時だった。
「果歩」
背後からふいに呼び止められる。
嫌な所に……と思ったが、果歩はそのまま振り返った。
彼が<果歩>、と呼ぶからには、周囲に人がいないのに違いない。
彼――前園晃司。
3年前からつきあっている2つ年下の恋人である。
「なんだ、お前、すごい顔してんな」
笑顔で歩み寄ってきた長身痩躯の男は、間近まで来た途端、形良い眉をわずかにゆがめた。
すごい顔って、どんなだろう。そう思いながら、果歩は慌てて視線を逸らす。
「疲れてるのかな。4月入ってから、ずっと深夜勤務だったから」
「ま、局総が忙しいのは今だけだろ、我慢しろよ」
晃司は優しい声でそう言って、端正な顔に、男らしい笑みを浮かべた。
3年前、南区役所から都市計画局都市政策部調整課―――若手職員にとっては、まさに出世の登竜門とも言うべき課に転属してきた晃司は、土日返上で、連日深夜まで仕事をしている。
この時期だけ忙しい果歩とは、忙しさの次元が違うのだ。
が、その晃司も、さすがに疲れがたまっているのか、シャツを肘までまくり、ネクタイも緩んで、どこか精彩を欠いた顔をしていた。
むき出しになった男の二の腕。その手首に目を留めた果歩は、わずかな寂しさを感じて視線をそらした。
「…………」
最近少し疎遠になった感のある恋人は、付き合い始めてすぐに果歩がプレゼントした腕時計をもう長いことつけてはくれない。まぁ、今は携帯電話で時間をチェックする人も増えているし、腕時計などあまり必要ないのかもしれないが。――
「でも、あれだな、民間登用の……例のあいつ。いいのか、あんな使えないでくの坊が局総なんかで係長やってて」
晃司は、そんな果歩の寂しさにも気づかず、疲れたように前髪に指を絡めた。
「いい人よ、でも」
「あれで悪人だったら救いようがないだろ」
晃司はひょいと肩をすくめ、再度用心深く周囲を見回した。
そして、ふいに声をひそめて囁いてくる。
「……今週末、うち、来れる?」
「うん……仕事さえ片付けば」
果歩は、横顔だけ見せた笑顔で答える。
「いい加減会おうぜ。俺たち恋人らしいこと、最近全然してないだろ」
さっと周囲を見回した晃司が、素早く頬に唇を寄せてくれた。
軽いキス。それでも随分久しぶりの感触に、こんな場所なのにときめていている自分がいる。
「じゃ、来れるようなら、携帯に連絡しろよ」
「ん、わかった」
ぽん、と肩を叩かれて、果歩が顔を上げるより早く、晃司はさっさと背を向けてしまった。
薄暗い廊下に、遠ざかる足音だけが響いて消える。
再び、一人取り残されたような寂しさを感じ、果歩は、顔から笑いを消した。
(――結婚は、……まだ、早いだろ)
今年の1月。30歳の誕生日に電話だけをくれた恋人が、心底困惑した声でそう言ったのが、まだ苦い響きとなって耳の奥に残っている。
(――俺……35くらいまでは結婚しないよ。できないよ、今はそれどころじゃないんだ、マジで)
――35、か……。
今、28歳の晃司が35になる頃、果歩は37になっている。30になったばかりの自分には、まだまだ信じられないほど先すぎて――想像さえできない年齢。
そして、その頃、おそらく確実に出世しているであろう晃司が、自分を伴侶にしてくれる確証はどこにもない。
でも、その時も、果歩は電話口で笑ったのだった。
そうだよね、うん、今言った事、忘れて。
自分でも嫌になるくらい爽やかにそう言い、以来、二度とその話題には触れないようにしている……。
*************************
「的場君、これ、付箋をつけている所を、すぐに40部コピーしてくれ」
執務室に戻った途端、慌しい声にそう指示された。
総務課計画係長兼課長補佐。つまり総務課に属するもう一つの係、計画係の係長で、課長補佐でもある中津川貞治である。
五十代半ばのミイラのように痩せこけた風貌で、絵に書いたような昭和の男――ある意味、時代に取り残されたような、根強い男尊女卑思考の持ち主だ。
「上で使うものだから、付箋の影は残さないように」
「はい」
笑顔で答えながら、果歩は手渡された書類の重みに愕然とした。
これはどう見積もっても200部以上ある。その6割近くのページにばらばらと付箋がついていて、しかも、紙面にはページ番号さえ振っていない。
全てコピーするのは簡単だが、付箋箇所だけを引き抜くのでは倍以上の手間がかかる。しかも、ページ番号がない以上、付箋だけが頼りで――その付箋自体は、コピー機に通す前に外さなければならない。
つまり、一枚一枚、順番を確認しつついちいち付箋をつけ外しながらコピーしなければならないのである。
それを――今から、40部。
時間は、午後10時を軽く回っている、しかも、明日までの期限ものの仕事も終わってはいない。
計画係の島では、今年入庁したばかりの男性職員がパソコンに向かっている。が、中津川は、コピーお茶汲みなどの雑用は、絶対に男性職員にやらせない。必ず、隣の係の果歩に頼む。
総務課の係は2つ。
果歩のいる庶務係と、中津川率いる計画係。その中でたった一人の女性職員の果歩は、その2つの係の雑用を一手に背負わされているのである。
バイトの妙見がいればまだマシだが、むろん時間外勤務の間の雑用は全て果歩に回ってくることになる。
心にこみあげる不満も、苛立ちも、果歩は決して顔にも言葉にも出さなかった。
次の瞬間には、自分でも嫌になるくらい、爽やかな笑顔で頷いていた。
「わかりました、すぐにコピーしてお持ちします」
分厚い書類の束を抱え、丁度、総務からは一番遠い場所にある、局のコピー室に向かう。
10時を過ぎると残業組は一気に減る。が、元来忙しい都市計画局では、この時間でも相当数の職員が残っていた。
通り過ぎ様に、晃司のいる都市政策部をのぞいてみると、晃司は会議机で、協議の真っ最中のようだった。
「…………」
おそらく気がついているだろうに、果歩の視線を、晃司はまるっきり無視している。
同じフロアに、恋人がいる。
庁内恋愛は珍しいことではないが、公になれば、確実にどちらかは別の部署に飛ばされるだろう。だから晃司は、頑なに2人の関係を黙しているのだ。
それともう一つ、晃司は決して口には出さないが、果歩の過去も、彼を消極的な気持ちにさせているのかもしれない。――
歩いていると、すれ違い様に、残っていた職員の何人かが振り返った。
「庶務は大変だね、的場さん」
「いいえ、私は楽をさせてもらってます。ほかの方は、もっと遅くまで残ってらっしゃるのに」
かけられた声に、果歩は笑顔でそう答えた。
新規採用の時から美人だ、気立てがいいだと、言われ続けてきた。そのイメージを崩したくなくて、どんなに目が痛くてもコンタクトを外せないし、目があえば笑顔で応える。そして、太るのが怖いから、習慣のようにダイエットを続けている。
そんな自分を馬鹿だと思うが、そういう性格なのだろうとも思う。
でも、時々――。
「…………」
そこでコピー室に足を踏み入れた果歩は、はっと驚いて息を引いた。
大きな背中が、どん、と狭いコピールームを塞いでいる。
実際は、壁際に置いてある共用パソコンの前に座っているだけなのだが、その存在感があまりに大きすぎて、まるで室内全体を圧迫しているかのように感じられた。
「……藤堂さん」
ずっとここにいたんだ、と果歩は改めて思っていた。
とっくに帰ったのだと思っていた。総務課全員に余裕がないこの時期、新任の係長に、仕事を任せるような者は誰もいない。
藤堂が、声に反応するかのように視線を上げる。そして、軽く目で会釈すると、また再びパソコン画面に視線を戻した。どうやらコピー前の文書をここで急いで修正しているらしい。
「驚きました、帰られたのだと思ってましたから」
その背に向かって愛想よくそう言いながら、果歩はコピー機に総務課のカードを差し込んだ。
スイッチを入れ、その間に付箋のついている書類を抜き出して、コピーの用意をする。
その煩雑さにうんざりした。連続コピーならともかく、こうやって、一枚一枚引き抜いて、付箋を剥がしてコピー機に入れて……を繰り返すとなると、1時間近くかかってしまう。
書類にページ番号が振ってないから、たくさんの量をまとめて引きぬくと、元々それが、どこのページだったかわからなくなってしまうのだ。
付箋は、いちいち剥がさなければコピー機が詰まる原因になる。こんな時間に故障でもすれば、業者が直しに来るのは翌朝だ。
「あ、的場さん、悪いけど先やかせて」
と、順調にコピーを回している最中にも頻繁に邪魔が入る。
正直、断ってしまいたかった。こんな煩雑なコピーの最中に中断を余儀なくされると、わけがわからなくなるからだ。
コピー機は、反対のフロアにもある。ものの1分も歩けば、そこに空いたコピー機がいくらでもあるというのに……。
「はい、どうぞ」
が、苛々しながらも、果歩は、その度に笑顔で順番を譲った。――まだ5分の1も終らない付箋の山を見て、思わず疲れた溜息を吐く。頭が痛い……頭痛薬、飲みたい。
ふいに背後から、大きな手が伸びてきたのはその時だった。
「これを、コピーするんですか」
いつの間に背後に立っていたのか、それは藤堂の声だった。殆んど背中が当たるくらい近くに、見上げるほどの巨体がある。果歩はさすがに驚きつつも、萎えかけていた背筋を伸ばし、「ええ、そうなんです」とだけ言った。
「…………」
藤堂は無言で、書類の束を、そのまま掴んで持ち上げた。
体だけでなく、手まで大きな人だな、と思っていた。意外なくらい指が長く、関節が太くて、男らしい。
図体の大きい人は、正直言えば異性としては好みではない。が、指の長い人は、何故か昔から好きだった。
野暮ったいとばかり思っていた人の意外な美しさに、少しだけ果歩は驚いている。
が……顔をあげて藤堂を見つめ、やはり、好みじゃない、と果歩は改めて思っていた。
半端なく背が高いだけではない。首周りも太いし、肩もシャツが張り詰めるほどに厚みがある。腰周りの大きさだけでも圧倒されるし、腿はスーツがはちきれそうだ。――言っては悪いが、とても、同じ人間とは思えない。
基本的に果歩は、職場でネクタイを外す男が好きではない。なんとはなしに、だらしなく思えてしまうのだ。
首周りが窮屈なせいか、藤堂は、残業時は必ずといっていいほどネクタイを外す。この日の藤堂も、襟ボタンを2つほど外していて、やはり果歩にはどこかだらしなく見えて、知らずに眉をひそめていた。
「……計画係のものですね」
淡々した声でそう言い、藤堂は、ぱらぱらとページを捲り始めた。
あっ、やめてください――と、口まで出かけるのを、果歩はかろうじて堪えていた。
勝手にめくられては、どこまでコピーしたのか、判らなくなる。
「……あの、係長……」
「…………」
「すみません、……ちょっと、急いでいるんですが」
藤堂は答えず、ざっと全てのページをめくり、そしていきなり、付箋のついているページをまとめて抜き取った。
「か……係長??」
さすがに果歩は愕然とした。
が、藤堂は何も言わず、全ての付箋付きページを抜き取り、さっさと付箋を外しはじめる。
「す、すみません、それされるとページの順番がわからなくなるんですけど」
返ってくる返事はない。
これは―― 一体なんの真似だろう、一体なんの嫌がらせなんだろう。
藤堂は、大きな手で数十枚の付箋をつかみ、次々と抜き去ると、書類を全て、コピー機に入れ込んだ。
「ちょ……、困ります、あの」
「40部ですね」
返って来た言葉はそれだけで、無骨な指がコピー機のスイッチを押す。
「的場さんは、席に戻って、仕事をしてください」
視線だけはコピー機に向けたまま、少しだけ優しい声がした。
――は……? と、果歩は思っていた。
そんなことできるわけがない、ばらばらの書類を返して中津川補佐に激怒されるのは私なのだ。
一体、何をしてくれているんだろう、この人は!
全部の書類をそのまま放り込んでコピーするなら、それは子供でも出来る仕事だ。
「庶務の仕事が、まだ残っているんじゃないですか」
優しいようで、命令するような口調でもある。果歩は反応に窮したまま、コピー機の回転する機械音を、ただ無言で聞いていた。
「あ、すみませんっ、このコピー急ぎなんですが、ちょっと割り込みさせてもらえませんか」
背後から切迫した声がして、それが晃司のものだと果歩にはすぐ分かった。
協議中のようだったから、急いで戻らなければならないのだろう。振り返ると、「悪い」とでも言うように、晃司は片目をつぶっている。
「あ……はい」
慌ててコピー機を止めようとすると、頭上から、やんわりとした声がした。
「前園さん、申し訳ないが、反対のフロアのコピー機を使ってください。こちらも急いでいますので」
藤堂である。果歩は再度唖然とした、こんな風にはっきりものが言えるタイプだとは……思えなかったし、信じられない。
「……はぁ」
「お急ぎのところ、すみません」
柔らかな声だが、図体が大きなだけに、有無を言わせない迫力がある。
晃司は一瞬憮然として、その不満も顕わに、肩をそびやかしてコピー室を駆け出していった。
「……あの、係長」
「はい?」
藤堂は、コピーし終わった原本を機械から取り出すと、それに、元通りに付箋を貼り始めた。
そして、付箋なしの原稿の束を取上げ、その中に挟み込んでいく。
殆んど内容も確認せずに、果歩から見ると、適当に差し込んでいるとしか思えない。
――この人……中津川補佐を舐めてるんだろうか。
――それとも、計画係の仕事を庶務に回されたから、怒っているんだろうか。
悪いが、そんな風にしか思えない。
コピー機が40部全てを焼きおわった。
それと同時に、藤堂の手から、元の原稿が手渡される。
「……あの……」
「これは明日の市長ヒアの資料です。いるのは、今年度の財政関係のところだけなんですよ」
「……はぁ」
「僕も、会議に出る予定ですから、記憶してしまっているんです」
淡々とした声でそう言うと、彼は再び元のパソコンに向き合うように席についてしまった。
「…………」
果歩はあっけにとられていた。それは、いくら資料の内容を熟知しているからといって、殆んど内容を確認もせず――付箋された紙の分だけを、正確に記憶できるものなのだろうか。
少なくとも100ページ近くある。ぱらぱらと見ても、全く意味不明の、繋がりが判らない表ばかりが並んでいるのに。
が、仕方なく果歩が執務室に戻ると、手渡した原稿をざっとチェックした中津川は、「ありがとう、これでいいよ」とだけ果歩に言った。
「……間違って、ませんか」
おそるおそる聞くと、
「……いや?」
と、逆にけげんな目で見返される。
コピー元の原稿は、その後も計画係内でやりとりされていたようだが、ページの並びについて、文句が出ることは一度もなかった。
――……もしかして……藤堂さんって、すごく、仕事のできる人?
それとも、あの書類は、もともとページの順番なんてどうでもいいものだったのかしら。
言っては悪いが、そんな風にも思えてしまう。
コピー室から執務室に戻り、相変わらず決済文書とにらみあっている藤堂を見て、果歩は、不思議な気持ちに包まれていた。
――この人……どういう人なんだろう……?
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