魔王様、溺愛しすぎです!
1057. お祝い事にはコカトリスを
ベルゼビュートの声に、ルシファーは抱えていた頭を持ち上げ、だが振り向くことを躊躇う。
「振り返ってもよいか?」
「どうぞ」
アデーレの許可が出て、ほっとしながら振り返った。立ち上がって姿勢を正し、ソファに座るリリスの手前で膝をつく。いきなり横に座ったら驚かせるかも知れない。リリスの心の傷という話もあったのだ。慎重にいこう。
ルシファーの手が触れると、リリスはきゅっと指先を握った。泣いた目元は少し赤く、頬もまだ赤い。熱があるように見えた。
「具合が悪いのか? ベルゼに治癒してもらったのだろう?」
不安になって尋ねると、アデーレが進み出て深呼吸した。目配せでリリスと頷き合い、いきなり礼をする。すると周囲の大公女達も一斉に頭をさげた。
「「「「おめでとうございます」」」」
「あり、がと」
ぎこちなくリリスがお礼を言う。状況が理解できず固まったルシファーに、アデーレが説明を始めた。
「リリス様は年頃になられ、この度お子を授かる準備が整いました」
「……子、準備?」
鈍いルシファーは、首をかしげる。遠回しに何かを告げられたようだが、はっきり言われないと分からない。だが皆が断言を避けている以上、その単語を教えてほしいと言いづらかった。
「以前に温泉地で、アンナ嬢から性教育を受けていましたが、それでも突然のことに混乱されたようです。悲鳴はそのためですわ。ルシファー様も、月に一度の女性の不調を優しく受け止めてくださいませ」
そこまで言われれば、さすがに理解した。本当かと問うルシファーの眼差しがすぐに蕩け、指先を握るリリスの手を逆の手で包み込む。片手で抱き上げられるほど幼く軽かった赤子が、もう子を産めるほど成長した。
もちろん、すぐに子を産むわけではない。だが準備が整ったということが、祝い事なのは知っていた。恥ずかしそうなリリスの周りでは、同じ経験をした女性達が喜んでいる。
「おめでとう、リリス」
意味を理解したことを告げる代わりに、ルシファーも寿いだ。膝をついた姿勢から、ソファの隣に腰掛ける。それからリリスの膝にストールを掛けた。確か温める方が良いと聞いたことがある。
「お祝いを振る舞いたいのですが、あからさまなのもどうかと思いますの」
アンナは性教育で「赤飯を炊く」と言っていたが、確かにあからさまだ。今までなかった習慣を突然始めれば、周囲が理由を勘繰るだろう。誰にとってもめでたいことだが、吹聴するのもおかしな話だ。
「ならば、リリスの好物を振る舞うのはどうだ?」
妥協案として口にしたルシファーだが、ベルゼビュートが手を叩いた。
「いいわ。それならお祝い事があったと伝わるし」
「内容を公開しなくても済みますわ」
アデーレも同意した。この時点で決定だ。すぐにアデーレが部屋を出て、外に待機していた侍従のベリアルに夕食の献立変更を頼み始めた。イフリートは忙しいだろうが、祝い事なので協力してもらおう。
「コカトリスの唐揚げ、柚子のドレッシングがいいわ」
リリスが希望を告げるが、その前にアデーレ達は動いている。手を握ったまま、ルシファーは微笑んだ。
「わかっている。リリスの希望通りにしよう。エルフにも新鮮な柚子を頼まないといけないな」
「私が行ってきますわ」
軽い足取りで部屋をでたベルゼビュートは、ピンクの巻毛を指先で回しながら機嫌よく廊下を駆ける。
「走らない!」
叱るアスタロトの声が聞こえ、ルシファーは次の問題に気づいた。ベルゼビュート以外の大公達に、どう伝えるか。彼らに隠し事は通用しないだろう。今後、リリスに腹痛や体調不良が出た際に調整してもらう必要もある。話すしかないが……。
「アスタロト大公閣下にお伝えしますので、上手に心配りしていただきましょう」
アスタロト大公夫人の宣言に、ルシファーは頷く。気づいたのだが、こういった場で男は本当に無力だ。側近に大公女達を選んでおいて、本当によかった。
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