魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

1055. 女性以外入室禁止

 アベルが倒れているのを見つけたのは、偶然通りかかったアラクネだった。仲間が持っている見本の布を受け取りに中庭へ向かう途中、軽く踏んづけたのだ。脚の下から聞こえた、ぐぇ……という呻き声に、慌ててコボルト達を呼んだ。

 回収されたアベルに大きな外傷は見当たらず、踏まれた痕が脇腹に残っている程度だった。しかし彼が診察を受けている間に、ルキフェルからの連絡がきたのだ。そこで侍従のベリアルが正直に状況を報告し、焦った大公が転移で中庭へ飛び込んだ。大きな騒ぎの割に、アベルは空腹以外の異常はない。

「連れて行くから」

 回収して消えるルキフェルを見送り、ベールは己の城の様子を確かめるという名目で休暇を取った。忙しい時期なのでやめて欲しいと思う。だが、似たようなタイミングで眠りに入った過去のあるアスタロトは、何も言わずに許可の印を押した。

 何かあれば呼び出せばいいでしょう。そんな軽い気持ちが、そのままフラグになるとは……。




「きゃぁあああ!!」

「ルシファーっ! ルシファ……」

「おケガを!?」

 同僚を見送った直後、アスタロトの耳に届いたのは少女達の取り乱した声だった。蝙蝠の翼を持つ吸血種は耳がいい。普段はほとんどの声を聞き流して処理するが、ルーサルカの声が混じっていた。主君の名を呼ぶリリスの声は、半泣きだった。

 ケガという単語に反応し、慌てて執務室を飛び出す。走る直前の速さで廊下を進む侍女を見つけ、後を追いかけた。声が聞こえた方角に廊下の角を曲がり、その先で……入室を拒まれる。

「何故ですか?」

 声と表情が険しくなるのも当然だ。中で何かトラブルが起きたなら、魔王の側近であるアスタロトを拒む理由はない。しかし妻アデーレは、侍女長の肩書を振り翳して留めた。

 侍女長である彼女は、魔王城の管理人としての地位があり魔王妃となる姫の後見人でもある。リリスがいる室内への立ち入りを拒む権利があった。だが緊急時は大公の権限が優先するはずだ。

 口早にそう告げるが、一番心配なのは義娘ルーサルカだった。それを見抜いたアデーレが娘を手招く。半泣きで鼻を啜るルーサルカを、夫の腕に押し付けた。

「外にいて、男性の立ち入りを禁止します。ルカ、アスタロト大公閣下を入室させてはいけません。いいですね?」

 疑問系だが命令の声色に、ルーサルカは勢いよく頷いた。満足そうにアデーレは扉を閉めた。だが窓から入った風が血の匂いを運ぶ。

「中で出血した者がいますね」

「お義父様、後で説明しますから今は下がってください」

 両手を広げて扉を背で守る態度を見せるルーサルカに、アスタロトは大きく息を吐き出した。彼女を押しのけて入ろうとは思わない。その意味で、アデーレがルーサルカを外に出したのは正解だった。

「わかりました。説明してくれるのですね」

「はい……リリス様が落ち着いたら、必ず」

 どうやら騒動の中心は、リリスのようだ。落ち着くまで待てと言われれば、そこは従うしかない。リリスが採寸に使ったのは、広めの会議室だった。隣の少し小さな会議室は誰も使っておらず、ひとまず隣室に待機となった。

 廊下をバタバタと走ってきたベルゼビュートが、扉を守るルーサルカに頷いて中に入る。女性しか入室させない判断は、ケガの場所が問題か。異性に見せられない場所をケガしたなら、今の状況も理解できた。夫でも婚約者でもない男に、魔王妃となる女性の肌を見せるわけにいかないだろう。納得しながら待つアスタロトのいる会議室へ、肩を落としたケットシーが入ってきた。

 中にいたのだろう、リリスの血の匂いが微かについている。

「何があったのですか?」

「わかりません」

 申し訳なさそうに頭を下げるケットシーは、まだ下っ端なのだと名乗った。上司である女性の補佐として入室していたが、姫が出血したと聞いた直後に外へ出された。その際、見本素材を並べていて室内の状況は、何も見ていない。

 ルシファーの魔力を探ると、隣室にいるようだ。あの騒ぎと呼び声で、すぐに転移したのだろう。魔王がいる上、治癒に長けたベルゼビュートが入室したなら、すぐに治るでしょう。そう考え、アスタロトはソファに深く身を沈めた。

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