魔王様、溺愛しすぎです!
1049. 扉は閉めた方がいいよ
「アンナ、大丈夫か?」
慌てて駆け寄り、膝をついたアンナを抱き上げた。真っ赤な顔で、はあはあと荒い息を繰り返す彼女は「うっ」と呻いて、顔を手で覆った。これは重症かもしれない。
お姫様抱っこで、部屋の中に鎮座するベッドへ運んだ。そっと下ろすが、アンナの手はしっかり上着を握っている。
「アンナ?」
片手で顔を覆いながら、隙間から視線を合わせてくる。これはまずい、可愛い。だが具合の悪い女性を襲うのは鬼畜の所業だった。ぐっと堪えて、手を離してくれるよう願う。
「手を……誰か呼んでくる」
「やだ」
幼子のような受け答えをして、ぐいっと引き寄せられた。反射的に両手をアンナの顔の横についた姿勢で、少しだけ体を寄せる。彼女が好んで使う甘い香りが鼻を刺激した。
まずい、本格的に危険だ。具合が悪くて助けを求める妹を、自分勝手な欲望で汚すわけにいかない。ロマンチックな状況を好むアンナのため、旅行の準備を整えているイザヤは、それまで手を出す気はなかった。
事実上の妻として認められていても、結婚式はしてやりたい。妹から妻になる儀式を省く気はなかった。だから初夜は妻となったアンナと迎える気なのだ。本人は気づいていないが、イザヤも意外とロマンチストだった。ある意味、似た者兄妹だ。
「えっと……扉は閉めてた方がいいと、思うけど」
魔王城ほど人が多くないが、今回は獣人や魔獣などもこの城に滞在している。研究所の魔族も数人常駐するため、扉が開いていれば覗かれる可能性があった。そう忠告したルキフェルが扉を閉めようとする。
「ま、待ってください! アンナの具合が悪いみたいで」
「あ、え? そういう事情? じゃあ診せてもらうね」
アンナが呆然としている間に、ルキフェルはさっさと部屋の中に入った。もともと話を聞こうと顔を出したのだ。覗いた先でイザヤがアンナを押し倒していなければ、そのまま入室するつもりだった。ちょうどいいと空気を読まずに近づいたルキフェルは、首を傾げた。
具合が悪いというか、発情状態――?
鑑定や状態確認の魔法陣を使うまでもなく、アンナの現状を把握したルキフェルは、困惑顔だった。本当に邪魔してしまったようだ。顔を上げると、イザヤが心配そうにしている。イザヤは本当に具合が悪いと思っているらしい。
アンナは慌てて両手で顔を覆った。やっと妹の手が離れたイザヤは、ベッドの端に座り直す。
「えっと……たぶん大丈夫そう。また来るね」
「待ってください! 今は落ち着いてますが、さっきは呼吸も乱れて、熱くて」
「うん、それ発じょ……っ」
とんでもない表現を使おうとしたルキフェルに、アンナがクッションを投げた。咄嗟に受け止め、睨みつける眼差しに負けて目を逸らす。これは真実を話したら、ずっと恨まれるだろう。協力してくれなくなったら困る。
「熱は発散させた方がいいな。少し休ませるといいよ。知らない部屋で不安だろうし、添い寝してあげて」
「わかりました」
覚悟を決めた顔で頷くイザヤに押し付け、アンナの体裁を整える。そのままルキフェルは逃げ出した。そそくさと部屋を出る大公を見送り、アンナは暴露されなかったことに安堵の息を吐く。顔を覆う手を外すと、穏やかな笑みの兄がいた。
「よかった」
心の底からそう告げる兄の鈍さが憎い。でもこんな兄だから愛しい。相反する気持ちを深呼吸で落ち着けて、隣に横たわった兄の胸に顔を埋めた。悔しいから、今夜はこのまま眠ってしまおう。自分の感情で手一杯のアンナは気づかなかった。兄の鼓動がいつもより早いことに。
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