魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

1027. 監視役からの合格通知

 1本で仕留めた獲物が声もなく転がる。猛獣と表現すればいいのだろうか。アベルには魔獣と区別がつかない。強いて言えば、倒す前に魔力を感じなかったから動物分類だろう。


 キリンに似た長い首を持ち、カバのような胴体をしていた。これは首長恐竜の絵に近い? 首を傾げるが、弱点が右前足の付け根だったのは覚えておこうと決めた。次に出会って仕留める時のためだ。知識はいくらあっても足りないことはない。


 前世界で学んだ数学や理科も役立った。なんでも覚えておいて損はない。祖母に習った礼儀作法だって、多少は役に立ってると思う。大公一家と食事をして無作法しなかったんだから。


「すごい! さすがルカだ」


「ありがとう。苦しめなくて済んでよかったわ」


 獲物として仕留めた動物を気遣う婚約者は、外見だけじゃなくて心の中まで美しい。だったら狩猟をやめればいいと考えるのは、異世界人くらいだった。生きていくために奪う命は、ありがたく頂く。


 前世界でだって、家畜の肉を食べてきた。誰かが知らない場所で殺して捌き、肉として提供してくれただけ。店頭に並んだ肉の形で生まれてきたわけじゃないんだから。


 首長恐竜もどきに襲われた子兎は、勢いよく逃げていった。個体の区別はつかないが、将来大きくなったあの兎を狩るかもしれない。弱肉強食の掟は、いつか自分が捕食される可能性も秘めていた。


 この世界で生きて死ぬと決めたアベルは、子兎を見送って立ち上がる。寝転がっていた茂みを揺らすルーサルカに手を差し出した。


 微笑んだ彼女の手が触れた時、何か視線を感じた。びくりと身を震わせたアベルと同様、視線に敏感な獣人のルーサルカも肌を粟立たせる。


「敵?」


「わかんない」


 殺気じゃない。でも監視するような視線は強く、アベルは周囲を見回した。


「くそ、居場所がわかんねえ」


「危ないなら一度引き上げる?」


「広い場所の方が戦いやすいか」


「そうね」


 相談は早かった。見つかっていないなら茂みは隠れ場所として最適だが、視線に捕捉された状況なら、広い場所で迎え撃つ。


 勇者時代に騎士から教えられた剣の構え方は、最近変わってきた。守るものを持った自覚のせいだろう、とイザヤは指摘したが。


 攻撃に特化した形から、変幻自在に守備へ回れるよう手の位置が変わった。収納から出した剣を構え、後ろにルーサルカを庇う。彼女が川を飛び越えたのを確かめ、自分も川を渡った。


 川の両脇に木が生えてないため、真上は開けている。降り注ぐ日差しが、雲に遮られた。まるで不安な心をそのまま表現したみたいに。さっと暗くなった視界に舌打ちし、視線の主を牽制するために剣先を突きつける。


 明暗反応により失った視覚の分だけ、聴覚が鋭敏になった。わずかに聞こえた音に反応し、剣先を左へ動かす。ぴたりと気配の移動が止まった。空いた左手でルーサルカを背中に隠す。


「……合格だ」


 そんな声が聞こえて、どこかで聞いたような? と首をかしげる。誰だったか思い出すより早く、左側の木の影から男が姿を現した。


「あ、あああああ! ゲーテ?!」


 叫んだアベルに、肩を竦めるのは人狼のゲーテだ。腕に子狼のアミーを抱いている。


「監視役って、あなただったのね」


「何、その監視役って」


「お義父様が用意したみたい。お義母様から聞いてたのよ」


 なぜそれを先に言ってくれなかった? 膝から崩れ落ちそうなアベルだが、ルーサルカは後ろで獲物を収納へ入れていた。ちょっと容量がきつい。迷って、中にしまったお昼ご飯とピクニック用の鞄を引っ張り出した。容量に余裕ができたため、獲物を無理なく回収する。


「一緒にご飯食べましょう?」


 お昼が入ったバスケットを掲げると、匂いに反応した人狼と子狼の尻尾が大きく揺れた。

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