魔王様、溺愛しすぎです!
1015. 今までありがとう
魔の森へと還元されるモレクの魔力を食い止めようと、吸血鬼が集まって結界を張った。その隙間を縫うようにして、駆けつけた精霊が治癒を施す。それでも大きすぎる体を癒すには足りなかった。
「……よ、ぃ」
老体にそのような情けは不要だ。このまま死なせてくれれば、母なる魔の森に戻って再び生まれる道もあろう。そう告げる声は溢れる血の音に紛れて、誰の耳にも届かなかった。
「誰かっ! 魔王陛下、お助けください」
「アスタロト様」
「ベール大公閣下」
それぞれに実力者の名を呼ぶ。魔族の声に秘められた魔力は多く、故に遠くまで声は届けられた。
「ベルゼビュート閣下がおられれば」
治癒が使える。
「ルキフェル様なら」
魔法陣で魔力の流出を止められるのでは? それぞれの期待が膨らんで、助けを求めた。
魔の森がざわりと揺れる。漏れ出た魔力を回収する枝が伸び、根が地中を走って芽吹いた。人族の築いたウリエル国の街は一瞬で緑に覆われる。意思をもって這う蔦が龍の巨体に絡みつき、根が石畳を壊して隆起した。
溢れた魔力を吸い込みながら、芽吹いた幹は太くなり枝が増えていく。まるで龍を苗床に新たな命が生まれるような、どこか幻想的な光景だった。
「これは……」
魔の森の意思なのか? 神龍のモレクは寿命が尽き、母なる森の迎えが来た……と。
エルフの若者は、己を助けた恩人を救おうと必死に葉を千切り、蔦を払いながら近づいた。
「モレク様、私のためにこのような」
もう言葉も発しないが、ぎろりと大きな目が動いた。少し濁った瞳は穏やかな色を湛え、ゆっくり瞬く。すべてを受け入れる年長者の穏やかな表情に、エルフは膝から崩れ落ちた。
「申し訳あ……いいえ。ありがとうございました」
震える声でこぼした謝罪を自ら否定し、目元の鱗に手を押し当てた。ひんやりした鱗に、ぽたりと温かな涙が落ちる。抱きついて頬を押し付け、エルフは助けられた礼を言い直した。わずかに開いた瞼が再び閉じ、まるで頷いたように見える。
「っ! モレクか」
転移で現れた魔王ルシファーが慌てて駆け寄る。若いエルフに看取られようとしていた巨体が、わずかに身じろいだ。濁った目が開き、必死に眼球を動かす。もう見えないが、この声は唯一と定めた主君だ。地中から盛り上がった根を避けて舞い降りた純白の魔王は、目を見開いた。
ああ、もう遅い。彼の寿命は尽きたのだ。どんなに手を尽くしても、切れた命の糸を繋ぐ方法はなかった。長く生きたからこそ、魔王も大公も知っている。
助けられる命と、見送るしかない命が存在することを……そして看取ることの大切さも。
「ご苦労であった、余の民を守ったそなたの生涯の献身と忠誠に心から感謝する」
口々に助けてくれと叫んだ魔族が、しんと静まり返った。後ろに続いた大公達も青ざめたり唇を噛むものの、反論も手出しもしない。それが答えだった。
「……モレク様は、私を助けてくださって」
必死でそれを口にしたエルフはまだ若い。外見ではなく、まだ生まれて数十年の個体だった。だからモレクは己の身を危険に晒しても助けたのだ。そう気づいて、エルフに頷いた。
「助けられた命だ。死ぬまでにそなたは、同じように誰かを助けよ。命に報いるとはそういうことだ。忘れるな」
恩人の命が失われる痛みも重みも、この若者の成長の糧になるだろう。龍の目元にしがみついたまま、エルフは頷いた。モレクの命が絶えるまで動かない。その決意を滲ませた表情に微笑み返した。
伸ばした手でモレクの鱗に触れる。無言で手を繋いだリリスも、空いた手を同じように鱗の上に置いた。
「今までありがとう」
その言葉を合図に、ぱちんと音がして結界が弾ける。吸血鬼達が張った魔力を封じる結界が割れて、森に魔力が還元されていく。光の帯となった神龍の巨体は、森の根に包まれて見えなくなった。
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