魔王様、溺愛しすぎです!
1005. 意外な結末には裏が?
ぱらぱらと落ちた髪を、アスタロトが一瞬で焼き尽くした。魔王含め、上位魔族の髪や爪は焼き払うのが作法だ。うっかり残すと悪用され、かつてそれで苦戦したことがあった。
さすがにその間は邪魔をせず、ベルゼビュートも汗でしっとり重くなった巻毛をかき上げる。
「どうしました? もう疲れたのですか」
「あんた、その丁寧を装った口調やめなさいよ。俺になったら全然話し方違うくせに」
「……私では不満ですか」
すっと周囲の温度が下がった。錯覚なのに、まるで実際そう感じたように肌が粟立つ。晒した両腕をさすりながら、ベルゼビュートが溜め息をついた。
「いえ、『俺』よりマシね」
うっかり藪を突くところだった。一人称が俺に変わった時のアスタロトは口調だけじゃなく、性格も残忍さが全面にでる。うっかりこんな場所で俺を引きずり出せば、人族どころか魔の森の一部を消失する羽目に陥る。せっかく休ませた魔王を呼び出す気はない。
聖剣を構え直したベルゼビュートが、フェンシングのように突き中心の攻撃に変えた。踏み出した足にしっかり力を込めて蹴り、その勢いを上手に攻撃に生かす。体術に関して自信のある彼女ならではの攻撃だった。
「っ、やりますね」
すべてをかわしてるくせに、よく言うわ。優雅な足捌きで避けるものの、いくつかが髪や袖をかすめる。服に傷がついたと嘆くフリの男に、精霊女王は攻撃の手を休めない。
アスタロトが横に大きく払った剣の余波が、遥か向こうの建物を壊した。すでに周囲は土煙に覆われ、ほとんど見通せない。危険を察知した魔族は大急ぎで離脱していた。少し離れた森の手前で、持ち帰った獲物を分配する魔獣の姿が見える。
「まだまだいけるでしょう? アスタロト」
「反撃に出ますよ」
わざわざ宣言して、アスタロトが前に踏み出した。いくつかの攻撃を食らうことを承知で、一気に距離を詰める。右腕に2箇所、左肩に1箇所、そして脇腹を掠めた傷が血を滲ませた。それでも突きをかわされたことで、ベルゼビュートは舌打ちする。間近に迫った男を牽制するため、左手に短剣を呼び出した。
長い聖剣を引き戻していては間に合わない。そう判断した彼女は、あっさりと聖剣を手離す。落ちて甲高い音を立てる聖剣に、アスタロトが僅かに気を逸らした。
「えいっ!」
振りかざした短剣を突き立てる。ぐさっと手応えがあり、ベルゼビュートは焦って柄を離した。
「嘘、刺さったの?」
「どうやら鈍っていたようで」
腹部へ向けられた攻撃を、かろうじて左腕で防いだ。盾にした腕に刺さる短剣は刃を半分ほど埋め、おそらく骨に当たって止まっただろう。手応えから判断したベルゼビュートは、乱れた髪を直しながら近づく。
「やだ、思ったより深いわ。大人しくしてなさい」
互いに倒すことが目的ではないため、ここで戦闘終了だ。周囲は余波で荒れ野と化していた。それらを無視して、目の前の傷に手を翳す。ベルゼビュートの治癒能力の高さを知るアスタロトは、短剣の柄を握ったが抜かなかった。
彼女の治癒により短剣が押し出される。だから手を添えているだけでよかった。
「事務仕事ばかりしてるからよ」
たまには辺境で苦労しなさい。そう言い聞かせるベルゼビュートは、年長者振った口調で苦笑いするが、アスタロトが肩をすくめた。
「では私がしばらく外回りしますので、書類の署名を……」
「あたくし、用事を思い出したわ」
治癒を終えたと逃げるベルゼビュートの肩を掴み、吸血鬼王は満面の笑みで言い放った。
「まだ手が痛いようなので、しばらく事務処理を手伝っていただきます」
がくりと肩を落としたベルゼビュートに、小さな精霊が寄ってきて慰める。
「放っておけばよかった」
吐き捨てた彼女は忘れている。数千年前も同じ捨て台詞をしたことを。覚えているアスタロトは、次回もこの手を使えそうですねと笑った。
「魔王様、溺愛しすぎです!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
ある化学者(ケミスト)転生〜無能錬金術師と罵られ、辞めろと言うから辞めたのに、今更戻れはもう遅い。記憶を駆使した錬成品は、規格外の良品です〜
-
4
-
-
聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
-
6
-
-
全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ
-
14
-
-
S級魔法士は学院に入学する〜平穏な学院生活は諦めてます〜(仮)
-
3
-
-
《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。
-
2
-
-
最強聖女は追放されたので冒険者になります。なおパーティーメンバーは全員同じような境遇の各国の元最強聖女となった模様。
-
5
-
-
【旧版】自分の娘に生まれ変わった俺は、英雄から神へ成り上がる
-
32
-
-
ハズレ勇者の鬼畜スキル 〜ハズレだからと問答無用で追い出されたが、実は規格外の歴代最強勇者だった?〜
-
5
-
-
悪役令嬢、職務放棄
-
10
-
-
水魔法しか使えませんっ!〜自称ポンコツ魔法使いの、絶対に注目されない生活〜
-
20
-
-
乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
-
16
-
-
パーティに見捨てられた罠師、地龍の少女を保護して小迷宮の守護者となる~ゼロから始める迷宮運営、迷宮核争奪戦~
-
5
-
-
婚約破棄されたので帰国して遊びますね
-
11
-
-
夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
-
25
-
-
深窓の悪役令嬢
-
15
-
-
聖女(笑)だそうですよ
-
6
-
-
魔王なのに、勇者と間違えて召喚されたんだが?
-
14
-
-
婚約破棄された悪役令嬢が聖女になってもおかしくはないでしょう?~えーと?誰が聖女に間違いないんでしたっけ?にやにや~
-
11
-
-
冒険者パーティー【黒猫】の気まぐれ
-
57
-
-
聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜
-
7
-
コメント