魔王様、溺愛しすぎです!
1000. 魔王城は通常運転でした
少し冷たい風が部屋に吹き込む。閉めようか迷ったルシファーが顔を上げると、リリスが両手で持った大きな印章にぐりぐりと体重をかけていた。あれでは疲れるだろう。少し迷って休憩を口にした。
「休まないか? リリス」
「……もう休むの?」
さっきも休んだじゃない。そう匂わせるリリスは平気そうだが、手のひらが少し赤くなっていた。思い切り紙に押し付ける作業は、上半身をすべて使う重労働だった。魔力があれば違うが、今戻すのも危険だし……そもそも罰として封じたんだから簡単に戻せない。
悩んだ末、自分が疲れたと口にした。リリスは素直に受け取り、わかったと頷く。
「ベルゼビュートの温室が綺麗な薔薇を咲かせたぞ。今はオレンジと黄色が見頃か」
季節に合わせて様々な薔薇を咲かせる温室に、リリスは目を輝かせた。以前にお茶会もしたし、お風呂に薔薇を浮かべるリリスにとって、もっとも身近な花だった。
「ルカ達も誘ってお茶したいわ」
「アデーレに頼んで、ローズティを用意させよう」
あっさり決まったお茶会を、侍女長のアデーレに命じる。大公女達は揃って護身術の勉強中だった。竜族や獣人も交えて、様々な種族と組み手や魔法での戦いを経験する。視察で後回しになったが、本来はもう終えているべきカリキュラムだった。
単に間に合わなかった理由は、リリスである。彼女があれこれと騒動を起こしたり、死にかけたり、戻ったりしたため……勉強どころではなかった。振り回された彼女達は被害者なのだ。とにかくも前庭と呼ばれる森で訓練中なので、伝令役としてヤンが飛び出した。
「ヤンって足が速いのね」
「フェンリルだからな」
あれでも森の守護者と呼ばれる神獣の一種だ。群れを治めるセーレの時はちゃんと威厳もあった。これも威厳が消えたのはリリスの……いや、やめよう。考えを打ち切ったルシファーは、部屋の入り口に立つ金髪の騎士に目を向けた。
「イポスも同席するんだぞ」
「……護衛任務中です」
勝手についてくる護衛に、同席を求める。つまり一緒にテーブルにつけと命じたのだが、彼女は複雑そうな間を置いたあとで断りを口にした。
「安心しろ、命令だ」
誰にも文句は言わせん。そう言い切ったルシファーに譲る気はない。リリスが喜ぶなら、アスタロトの叱責くらい受けようではないか。なんとも情けない覚悟を示す魔王に、イポスは肩をすくめた。それから徐に髪飾りを外す。高い位置でゆったり、ひとつに纏めるのは勤務中のイポスの決め事だった。それを外したことで、休憩中だと示す。譲歩した騎士に頷いた。
「ルシファー、ロキちゃんやアシュタはいつ帰ってくるの?」
「そんなに掛からないだろ」
「ふーん、レラジェも一緒にいなくなったのよ。探してもらおうと思ったんだけど」
指摘されて、ルシファーは慌てた。幼い頃の自分の顔と、リリスの色を持つ子供……見失ったとなれば叱られるのは確実だ。
「陛下、お探ししましょうか」
「いや……でも、そうだな。こういう探し物は誰が得意だったか」
唸りながら混乱から立ち直ったルシファーに、準備ができたと呼びにきたベリアルが一礼する。
「探し物でしたら、魔犬族が最適です」
得意げに胸を逸らすコボルトは、犬の嗅覚がある。消えた子供を探すのに適任だろう。
「任せる! 見つけたら連絡してくれ」
「かしこまりました」
言いつけられた仕事を侍従仲間と分かち合うため、ベリアルは足取りも軽く駆けていく。ここに大公の誰かがいたら叱られたかも知れないが、今は幸い誰も見ていなかった。
「ヤンも大公女達も戻る頃か、下の温室へ行こう」
髪を解いたイポスを従え、リリスと腕を組んで階段を降りていく。行方不明のレラジェもすぐ見つかるはずだ。楽観視した魔王ルシファーは、テラスの窓を閉めなかった。吹き込んだ冷たい風が、小さな騒動の芽を運んでくるというのに。
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