魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

993. あれ、これ、それで通じる

 状況を把握したベールの指示で、魔王軍の精鋭達が招集される。人族の勢力は何も考慮する余地がないほど弱い。だが新たに異世界から落ちてきた人族が合流していれば、あの金属片を飛ばす武器を入手した可能性があった。


 ルキフェルの体験から、物理結界が強く張れる種族を中心に結成していく。人族の魔法は心配いらないため、力押し重視の編成だった。


 竜や竜人を始めとして、名乗りをあげた種族は両手に余る。リザードマンは結界を張る能力は低いが、巫女や長を襲撃されたこともあり、辺境を守り続けた実績から参加を許された。彼らを結界で護るため、ルキフェル特製の魔法陣を刻んだペンダントを授ける。準備は順調で、驚くべき早さで進んだ。


「……どうなさいますか?」


 署名を促すアスタロトに、ルシファーは溜め息をついた。こうなっては止める理由がない。ルキフェルの報告はベール経由で耳に入った。


 レラジェの言葉が、魔の森の意思表示だとしたら……魔王に拒む余地はない。自らの赤い手を呪うルシファーに、これ以上望まぬ決断をさせないよう気遣うタイミングだった。手にしたペンで、大公4人の上に残された空白に署名し、隣で待っていたリリスが印章を押し付ける。


 くっきりと赤い印がついた公式書類を、アスタロトは確認して微笑んだ。それから一礼する。


「魔王陛下と魔王妃殿下に勝利を。我らが魔族の永き繁栄の礎として捧げましょう」


「総指揮はベールだ」


 首をかしげて「私では不服ですか?」と尋ねる側近に、机に肘をついたルシファーが苦笑いした。


「お前は必要以上に苦しめそうだ。人族を滅ぼすとしても、節度が必要じゃないか」


 適当な落としどころを見つけて対応するなら、苛烈に過ぎるアスタロトは向かない。交渉事も戦いも、敵とみなした相手を徹底的に叩きのめす男だった。人族の一部は確かに魔族を苦しめる命令を出したかも知れない。だが何も知らずに暮らす人族を、無為に痛めつける必要はなかった。


 ルキフェルも暴走しそうだが、彼の使う術は大規模で瞬時に効果が出るものが多い。魔法陣を人族に適用しても、一瞬で蒸発させるような方法を選ぶだろう。行き過ぎるようなら、ベールがストッパーになる。


「ベルゼもお前も、やりすぎない範囲なら参加を許可する」


「承知しました。ルシファー様のご意向を無視する気はありません。それと、人族の処理が済むまで城にいてくださいね」


 ふらふらと出歩くな。護衛のヤンやイポスがいても、大公4人が出払った状況で魔王が城を留守にするわけにいかない。その理屈はわかりやすいので、素直に頷いた。


「わかった、リリスもいいな?」


「うん」


 あっさりと納得したリリスは、ポーチから取り出した飴を口に入れ、もう1つをルシファーの口に押し込んだ。それから瓶を揺すって尋ねるが、アスタロトは首を横に振る。


 ひとつの種族を滅ぼす命令書を手に、アスタロトは軽やかに部屋を出ていく。その後ろ姿を複雑な心境で見送り、ルシファーはぼそっと呟いた。


「魔の森の意思表示って、ときどき物騒だな」


「そう? とても長い期間をかけて、彼らにチャンスを与えたと思うわ。アシュタやベルちゃんが先にキレなかったのが不思議なくらいよ」


 ころころと飴を転がしながらリリスは、瓶をポーチに詰め込む。魔力を封じられた彼女は、いつもなら収納へ入れていた物もポーチで持ち歩こうとする。そのため大量の荷物を抱えて移動することになり、肩を竦めたイポスが預かっていた。


「イポス、あれが欲しいわ」


「はい。こちらですね」


 さっと差し出されたのは、リリスお気に入りのふわふわタオルだ。今の言葉でよくわかったな。感心するルシファーだが、自分も似たような特技を持つことを失念していた。


「今夜はあれが食べたいの」


「わかった。用意させよう」


 コカトリスの唐揚げハイエルフお手製の柚子ドレッシング掛けを、侍女長のアデーレに申し付ける。どちらもどちらだと、足元でヤンは大きな欠伸をしながら眺めた。

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