魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

991. 人族は森の子じゃないもの

 全力疾走したフェンリルに驚いた獣人が腰を抜かし、避けた馬車が屋台に突っ込んだ。そんな被害報告書を前に、ルシファーは無言で署名して予算書に押印する。ちなみに被害額は予備費から支払うことになっていた。


「ルシファー、今度はいつお出かけするの?」


「うーん。これが終わったら出かけるぞ」


 壁のように聳え立つ書類は、絶対に嫌がらせだ。魔王の署名を必要とする書類がこんなにあるわけない。ちらちらと見る先で、アスタロトが淡々と内容を説明して目の前に並べた。


 重要書類から手をつけているのはわかる。つまり積んだ書類のほとんどは報告書で、目を通せばそれ以上の処理は必要なかった。本来は魔王まで回ってこない報告書まで積まれているのは確実だが、ここで文句を言ったら被害が大きくなる。何度も叱られて鍛えられたルシファーのセンサーが、危険を察知した。


 いまは黙って書類を処理すればいい。


「これは却下だ」


 3枚続けて署名し、4枚目を弾いた。さりげなく混ぜてサインを得ようとした申請書を退ける。


「却下の理由をお伺いします」


 普段なら引き下がるところを、アスタロトは食い下がった。この申請書の出所は、彼らしい。僅か1枚の薄っぺらい紙に記された内容は重かった。


「人族の滅亡など、手を下さなくても……」


「前にも同じ議論をしましたが、いい加減決断をしていただきたい。嫌ならその理由をきちんと説明するべきでしょう。我々大公4人の署名入りで、同じ書類は用意してあります」


 大公全員が署名した書類は、ルシファーの決裁書類と同等の効力をもつ。ルシファーが拒んでも、彼らは強行できた。それでも尋ねているのだから、理由をきちんと口にしないのは不誠実だろう。


 ペンを置いて、インク瓶にきっちり蓋をした。


「前にも言ったが、どの種族も必要だから存在している。自然消滅なら仕方ないが、勝手に滅ぼすのは身勝手に過ぎる」


「ならば人族に滅ぼされた薬花の無念は、誰が晴らすのですか。殺された獣人や子供を虐殺された魔獣の気持ちは? リリス姫を害した獣への処罰は……」


 何度も同じ話を繰り返した。いつもは引いてきた大公も、そろそろ堪忍袋の緒が切れたか。ルシファーは冷静にそう判断しながら、それでも署名したくない書類に目を落とした。


「全員が……悪人ではない」


 善良な人族もいるだろう。畑を耕し、ただ平和に暮らしたい者達まで蹂躙するのか。それでは人族の蛮行と変わらない。ルシファーの言い分を、アスタロトは静かに聞いた。


「仕分けは不可能です。なぜなら、彼らは立場が変われば襲ってくる。普段は穏やかに魔獣と交流する者が、突然槍を手に攻撃した事例もあります。理性で感情を抑えられない種族は他にもいますが、人族ほど残虐ではありませんよ」


 交流を深めた魔獣を、ある日突然突き殺した。その理由が、殺した魔獣を食らえば魔力が満ちて魔法が使えるようになる……そんな迷信だった。だれが吹聴したのか、それは問題ではない。魔力持ちになれば贅沢な暮らしが出来て、英雄扱いされる。その欲に負けて、魔獣の信頼を裏切ったことが問題なのだ。


 魔族は弱肉強食だが、人族のような汚い裏切りは排除の対象だった。まれに暴走する者もいるが、一族ごとの自浄作用が生きている。その抑えが効かない危険な種族を、このまま生かす価値があるのか。それを問われていた。


「だが……魔王と勇者は対だから、人族を滅ぼせば」


「大丈夫よ。だって人族は森の子じゃないもの」


 魔王と勇者は対で、人族から多く生まれる。その存在を否定するリリスの声に、アスタロトが目を見開いた。思わぬ発言に、ルシファーもリリスを見つめた。


「魔の森の子、じゃない?」


「ええ。前も言わなかったかしら。人族は勝手に落ちてきて住み着いたの。だから魔力がないのよ」


 この世界の理から外れた存在だ。魔の森の娘であるリリスは、残酷な現実をあっさりと突きつけた。

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