魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

988. 元勇者の災難は続く

 翌日、アベルはようやく研究室から解放された。朝の出勤で魔王城に向かう文官達と逆方向へ帰る。徹夜で武器の扱いを説明し、銃を分解して話した。それでもゲームで覚えた知識は曖昧で、モデルガンを組み立てたプラモデルの経験が一番役に立った。


 収納に放り込まれる銃は、もう二度と日の目を見ることはないだろう。両手を合わせて「なーむー」と見送ったら、その言葉の語源に興味を持たれて説明に小一時間かかった。目の下の隈を擦りながら、疲れた身体を引きずってアベルは城下町の屋敷を目指す。


「アベル! 昨夜はどうし……なんだか、ずいぶん疲れてそうね」


 聞き馴染んだ声に顔を上げると、イザヤと腕を組んで出勤するアンナが首をかしげる。少し眠そうなイザヤと、やたら肌艶の良いアンナ――くそ、俺が危険な研究室で棘に刺されかけてるとき、お前らいちゃついてやがったな。完全な八つ当たりもあり、半分ほど閉じかけた目で睨んだ。


「今日は休みか?」


「……徹夜だったから。明後日から出勤」


 ルキフェルに2日間の休みをもらった。この辺の管理はしっかりしているようで、研究室にベールが入ってきて勤務記録を見るなり、個々に休みや休憩を言い渡した。さらにルキフェルは隣の触手部屋にて、強制的に休憩を取らされている。


 ストラス達の話では、肩凝りや腰痛の解消には最適らしい。本当に耐えられなくなったら、使わせてもらおう。そう考える程度に、アベルの脳は疲れ切っていた。


「しっかり休め」


 ぽんと肩を叩くイザヤに頷くと、アンナが思い出したように付け加えた。


「食事! 用意してあるわ。収納ボックスから出して食べてね」


「ああ……ありがとう」


 驚いて声がかすれた。俺のこと忘れていちゃついてたわけじゃないのか? ふらふらと歩いて途中で運よく荷馬車に乗せてもらえた。ちなみに名前は馬車だが、荷車を引いているのは大きな熊だ。これは魔物らしく、魔熊より知能が低いらしい。そんな雑学を聞く間に街に到着し、お礼に手持ちの飴……は危険なので、焼き菓子を渡して別れた。


 御者のネズミ獣人は機嫌よく手を振って去り、家の門をくぐって自宅に転がり込む。収納ボックスにご飯が……ダメだ後にしよう。その意識が最後で、アベルは泥のような眠りの中に沈んだ。


「ねえ、これ美味しいわ」


「アンナが作ったんだろう」


「今度お料理教えてもらおうかしら」


 楽しそうな声を、頭の中でタグ付けしていく。リリス姫、魔王様、……ルカ? 婚約者の声に覚醒を促され、アベルは重い目蓋を押し上げた。部屋はやや陽が陰った午後の光が差し込み、だが夕暮れには余裕がある。まだ眠いと訴える頭を左右に振ったアベルが身を起こす。


「起きたのか、邪魔しているぞ」


 ルシファーは整った顔で、アベルの部屋のソファに陣取っている。寝る前に鍵を閉めなかったかな? 記憶をさぐりながら眉を寄せるアベルに、ルーサルカが笑いかけた。


「お義父様から逃げてきたの。少し匿って頂戴ね」


 何か騒動を起こして逃げ込んだ……そこまで理解したアベルは、部屋の中の状況に溜め息をついた。元商人の離れだけあって、この家はわりと広い。少なくとも一人暮らしするには贅沢な大きさがあった。その居間の家具の間もそれなりに広いのに、びっしりとベッドが並んでいた。


「泊まっていく、んですか?」


「ああ、屋根を借りるだけだ」


 にこにこと機嫌よく告げる魔王の姿に、頭を抱えてぼやいた。


「巻き込まれ確実じゃないっすか。絶対……俺が共犯扱いされる」


「大丈夫よ、私が庇うわ」


 ルーサルカが力強く請け負う。追いかけてきたアスタロト大公の前で、俺を庇うルーサルカを見たら……昇天確実だな。アベルは乾いた笑いを漏らしながら、再びベッドに横たわった。


 目を閉じて自分に暗示をかける――俺は何も知らない、見なかった。目が覚めたら、普通の朝のはず……。

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