魔王様、溺愛しすぎです!
979. 卵は温めると孵る?
念のため落下防止の魔法陣付きで渡した。さすがに手を滑らせたりしないと思うが、相手はリリスだ。予想外の行動で、取り返しのつかない事態を引き起こす可能性は捨てきれない。両手でしっかり受け取ったリリスが、振り返ってルーシア達に希望を出した。
「この卵が包めそうな大きなスカーフ貸して」
「タオルならあるぞ」
先にルシファーが収納から取り出したのは、バスタオルだった。リリスを包むために大きく作らせたタオルを見て、満足そうに頷く。タオルの中央に卵を置き、リリスは飴を包むように転がして巻いた。それから背負う形で斜めにかけてタオルをきつく結ぶ。
何を始めたのか。そんな顔で見守る周囲をよそに、結び目を後ろに回して卵を腹の方へ持ってきた。胸の少し下、腹の位置に卵が落ち着く。
「これでいいわ。温めると孵るんでしょう?」
「ん? 孵る、かな」
卵を温めるのは間違ってないが、それは通常の有精卵の話だ。今回は自分から閉じこもった卵なのだし、話が違う気がした。しかし指摘するだけの根拠がない。迷うルシファーの力ない言葉に、アスタロトが噴きだした。
「いいじゃありませんか。リリス様にお任せしましょう」
「……つまり、オレの仕事が増えたわけか」
アスタロトの丸投げに、増えた負担に気づいてしまった。リリスを守りながら、このレラジェの卵も守らねばならない。そういえば、レラジェを押し付けたルキフェルはどうした? 仕事を放棄か。
「ルキフェルに預けたはずだが……」
「ベルゼビュートが置き去りにしたのを回収したと聞いています。午前中に書類の整理をしていたところ、レラジェが熱を出したとルキフェルが飛び込んできました。あいにく治癒が得意なベールが外出中のため、私が対応しようと手を伸ばしたら、この姿です」
「……え? それってアスタロトのせい、で合ってる?」
この事態を招いたのは、レラジェが恐怖を覚えて卵の殻に逃げ込んだ――が正解じゃないか。だとしたらアスタロトがいなくなったら、外に出てきそうな気がした。
思わず口を滑らせたルシファーは、ぞくりとして身を震わせる。気の毒そうに視線を逸らすヤンは、心の中で主君に手を合わせた。イポスは数歩下がる。空気を読んだルーサルカがリリスを招き、ルーシアが結界を張った。
「ほう、私のせい……ですか」
「いや、あの……もしかしたら、って可能性の話で」
言い訳するほどドツボですぞ、我が君。そんなヤンの目配せに、ルシファーは深呼吸した。
「予想した事態のひとつに過ぎない。いちいち言葉尻を捉えるな。大人げないぞ」
「大人げなくて結構ですよ」
ふふっと笑った側近に、逃げ腰の最強魔王。最後に余計な一言を付け加えたのが運の尽きだ。しかも当人は自覚がなかった。
数万年の付き合いでも、ここまで理解し合えないのね。呟いたリリスの言葉は、ある意味真理をついていたのかもしれない。
「さすがに視察中の陛下に、腹心の私が手を出すわけにいきませんから……今夜の帰城を楽しみにしておりますよ。寝かせませんからね」
恐ろしい予言を残して消えたアスタロトは、本当に忙しかったのだ。気分がハイになるほど書類が溜まっていた。ようやく片付く目処がついたところで、卵になったレラジェの面倒を主君に押し付けにきただけ。だから自分が残した「朝までしっかり書類整理をさせてあげましょうね」という意味の言葉が、第三者にどう聞こえたか。考える余裕はなかった。
「……陛下はついにアスタロト大公閣下に」
「嘘、そうなの?」
「もう経験済みと聞いてるけど」
ペガサスとユニコーン達はひそひそと言葉を交わし、複雑そうな視線で純白の魔王と婚約者のリリス姫を見つめる。意図せず、視察に絡ませた顔見せを邪魔したアスタロトだった。
「アシュタとルシファーは仲いいわよ」
勘違いしたリリスが止めを差す。まさかの婚約者公認? 噂は尾びれ背鰭をつけて、数日後に魔王城まで届くが、今はまだ森の一角だった。
城に帰りたくないから泊めてくれと泣きついたルシファーの姿に、気の毒に思った1頭のペガサスが宿を貸そうとした。しかし「嫉妬に狂った閣下に攻撃されるぞ」と仲間に止められ、結局ルシファーは城へ戻るしかなかった。
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