魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

972. まさかの全員転倒?

 寒さに弱い種族を、寒い北の大陸に留める意味はない。いざというときに動けない側近を連れ歩くより、現地出身の側近や部下を頼るのが正解だった。互いに不幸な結果を招くのは目に見えていた。この辺の割り切りは魔王としての経験がものをいう。毛皮を纏うフェンリルは暑いより寒い方が強い種族だが……。


 くちゅん……可愛いくしゃみを追加でいくつか繰り返し、ようやく落ち着いたらしい。ふわふわの毛だから平気かと思ったが、南の大陸にいたヤンはまだ夏毛だった。秋になりこれから寒くなるため毛が増えてくる。いきなり北に連れてこられても即座に対応できないのだ。これは申し訳ないことをした。


「悪い、戻るか?」


「嫌です」


 即答されたため、ヤンの上にも結界を張った。これで寒さはかなり防げるし、氷での攻撃を受ける心配も減る。礼を言うヤンを見守るイポスやルーサルカとルーシアも結界で包んだ。


「この時期は虹蛇もまだ冬眠に入っていない予定だが、雪が降ったなら巣穴にいるか」


 当初の予定では、夏の終わりに訪れるはずだった。本来なら虹蛇は南の大陸の方が生活しやすい。変温動物である蛇や龍は、外気温の暖かい地域を好むからだ。


 だが南の大陸は人族がいて、貴重な幻獣を狙っていた。鳳凰も南の大陸の火口に棲まうが、彼らは己を守る術に長けている。火口という人族にとって危険な場所を住処とするため、狙われても捕らえられることはなかった。


 その意味で虹蛇は格好の獲物なのだ。特殊で美しい蛇皮を求めて狩られ、貴重な卵を奪われてしまう。幻獣霊王であるベールの領地に隠したのが始まりだった。


 寒い地域に馴染んで冬眠するようになったのは、彼らがこの地域に住むようになってすぐだ。それ以降、虹蛇は棲まう地域の安全性を優先した。麒麟や一角獣など、侵入者に対して気の荒い種族と上手に同居している。


「巣穴、ですか?」


「ああ、安心してくれ。立って歩けるくらいに広い」


 狭い洞窟を想像したルーサルカの質問に、ルシファーは魔法陣を呼び出す。立って歩けると聞いて、少し考えたヤンが牛くらいのサイズに縮んだ。さすがに元の大きさで入れる巣穴ではないだろう。


「崖の中腹にあって危険だから転移で行くぞ」


 人族の乱獲で危険な目にあった虹蛇は、大地に掘った穴ではなく、崖の中腹に鳳凰が作る穴を譲り受けるようになっていた。対価は治療や薬の提供を申し出るので、互いに損はない。


 魔法陣に飛び乗った護衛と大公女を確かめ、手を繋いだリリスに頷く。転移した先は、ほんのりと暖かかった。


「この地下に、鳳凰がマグマを呼ぶ。温泉地がいつも暖かいのと同じだ」


 説明されながら、巣穴の奥へ進む。何度か訪れたルシファーは失念していた。この穴を作った鳳凰の作る道はガラス質が溶けて滑りやすいのだと。


「きゃっ!」


「やだ!」


「嘘!?」


 次々と転んだのは、ルーシア、ルーサルカ、イポスだ。ヤンは鋭い爪を立てて、なんとか無事だった。氷の上で滑ったのと同様、手をつく間もなくお尻で着地した。硬い地面に打ち付けた腰や尻を撫でながら立ち上がる彼女らは、まだへっぴり腰だ。また滑ることを警戒している様子だった。


「ルシファー、滑らない魔法って……きゃぁああ!」


「うわああ!」


 手を繋いだため無事だったリリスが、勢いよく転がった。離さなかったリリスに引っ張られ、よそ見していたルシファーが腰を打つける。地面に転がったのは久しぶりで、思わず声を立てて笑う。リリスも笑い出すと、大公女達も遠慮なく吹き出した。イポスが護衛の意地か、なんとか立ち上がり……さりげなくヤンを利用して姿勢を保つ。


 全員が転んだ光景に、きょろきょろしたヤンは態とらしく転がって見せた。猫と違い爪を引っ込められないため、転んだというより寝転んだ形だ。


「ヤン、別に転がる必要はないんだぞ?」


 純白の髪を地面に散らかしたルシファーの指摘に、リリスが笑いながら先に立ち上がる。手を差し伸べて、ルシファーに注意した。


「ヤンだけ仲間外れはダメじゃない。ヤンも一緒に転んだのよね」


「……そうですぞ」


 説明されて複雑そうな顔をしながらも、ヤンは大きく頷いて同意した。

「魔王様、溺愛しすぎです!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く